婦人用アパレル販売のレリアンが2020年2月14日、下請法違反で勧告を受けました。
しかし、私はこの勧告はまちがいだと思っています。
部外者なので細かい事実関係がわからないので、断定的なことは言いづらいのですが、それでも、公開情報やいろいろ漏れ伝え聞くところも総合すると、本件は製造委託にはあたらないと思います。
担当官解説(公正取引835号70頁)では、
「レリアンは、下請事業者に対し、商品のコンセプトについてのディレクションを行い、サンプル品の提出を求め仕様等についての協議を行った後、商品化が決定した旨を下請事業者に連絡し、レリアンブランドのタグを付して納品させていることなどから、下請法上の製造委託に該当するものである。」
と解説されています。
しかし、これだけみても、果たしてこれで製造委託と言えるのか疑問がわいてきます。
製造委託における「委託」の定義は、
「事業者が他の事業者に対し,給付に係る仕様,内容等を指定して物品等・・・の製造(加工を含む。)を依頼すること」(下請法テキスト令和元年版p5)
です。
そこでまず、担当官解説の「商品コンセプトについてのディレクション」ですが、まず、目的語が、「商品コンセプト」という、きわめて漠然としたものです。
これだけで、委託の定義の「仕様、内容等」にはあたらなさそうなことがわかります。
さらに、動詞が、「ディレクション」という、なぜこんな大事な事実認定で無意味な外来語が使われているのか疑問がわくような単語が使われており、これ自体、商品コンセプトの「指定」ですらなかった(「指定」という言葉を使える実態がなかった)ことを、強くうかがわせます。
ちなみに「ディレクション」を辞書で引くと・・・なんと広辞苑にも精選版日本国語大辞典にも載っていません!
広辞苑にものっていない外来語なんて、法制局をとおるかとおらないかとか言うレベルの話ではなくて、お役所の(いちおう「個人の見解」ではありますが)文書としてどうなんでしょう??
(そういえば、小泉ポエム環境大臣の使った「セクシー」の意味を、安倍内閣が閣議決定してましたね。「ディレクション」の意味も(公正取引委員会の)委員会で決定したらどうでしょうか。)
しかたないのでdirectionをOxford Advanced Learner's Dictionaryで調べると、
「instructions about how to do sth, where to go, etc.」
と説明されており、用例として、
「Simple instructions for assembling the model are printed on the box.」
というのが載っています。
ついでにinstructionを調べると、1つめの意味として、「instructions [pl.] ~(on how to do sth)」と前置きした上で、
「detailed information on how to do or use sth」
と説明され、類義語としてdirectionsがあげられています。
さらにinstructionの別の意味として、「[C. usually pl.] ~(to do sth)|~(that ...)」と前置きした上で、
「something that sb tells you to do」
と説明され、類義語としてorderがあげられています。
これをみると、directionには、「命令」というニュアンスはないことがわかります(instructionの1つめの意味でdirectionを類義語とする説明では、instructionはあくまで「information」なので)。
instructionの2つめの意味は類義語でorderが上がっているくらいなので命令のニュアンスがありますが、それはあくまでinstructionの意味であって、directionの意味ではありません。
ほかには、Longman dictionary of contemporary Englishでは、
「1 [TOWARD] [C] the way something or someone moves, faces, or is aimed
2 directions [plural] instructions about how to get from one place to another
3 WAY STH DEVELOPS [C] the general way in which someone or something changes or develops
4 CONTROL [U] control, management, or advice (以下省略)」
という感じです。4番目のcontrolがやや、「指示」のニュアンスを感じますが、それでも、managementやadviceと並列してのcontrolですから、ちょっと(だいぶ)「指示」とは違いそうです。
私がアメリカに留学していた当時にいちばんdirectionというのをよく使ったのは、Googleマップ(当時はマップクエストがメジャーでしたが)で調べる「道順」の意味です。
なので、「命令」というより、「道順を教えてもらう(あるいは教えてあげる)」という感じです。
あるいは「方向付けを与える」という感じでしょうか。
ちなみにリーダーズ英和辞典でdirectionを引くと、
「指揮、指導、監督、管理」
といった意味であり、ここでも「命令」という意味はなく、「委託」の定義で使われている「指定」という意味はありません。
(ただし公平を期すためジーニアス英和辞典では、4番目の意味として、「〔機械・薬などの〕使用法、説明(書)〔for〕; 〔・・・に関しての/・・・せよという〕(方向)指示、指図;指令」というのが出てきますが、「方向」の指示、つまり、「あっち」という指さし、のことなので、かなり弱いと思います。ランダムハウス英和大辞典でも5番目に、「(・・・についての)(・・・せよとの)指示、指図、指令、命令・・・;(・・・へいく)行き方を教えること」というのが出てきます。ただ、4番目とか5番目でだいぶ下の方ですし、目的語にとるのが「・・・せよとの」なので、「コンセプト」には合いにくいと思います。それに、こういう場合、英和辞典はだいたいにおいてあてになりません。)
さらに、委託の定義で使われている「指定」を広辞苑で引くと、
「それとさし定めること」
とあり、精選版日本国語大辞典では、
「人、場所、時間、事物などを特にそれと定めること」
とあり、あきらかに「こちら(=指定者)が決める(=定める)」というニュアンスです。
そこで疑問がわくのが、担当官解説では、「コンセプトについてのディレクション」とされている点です。
婦人服の「コンセプト」なんて、具体的に「定める」ことができるのでしょうか?
そういう意味で、「コンセプトについてのディレクション」という表現は、動詞と目的語がいまいち噛み合っていないように思います。
たぶんそのせいで、「コンセプトのディレクション」というと具合がよくないので、「の」ではなく「についての」としたのだと思いますが、これを委託の定義の「指定」に置き換えられるかというと、「コンセプトについての指定」という、なんともけったいな日本語になってしまいます。
そして、前述のようにdirectionのニュアンスは「方向付けを与える」という感じなので、それもふまえて「コンセプトのディレクション」をニュアンスを汲みながら翻訳すると、「コンセプトの方向付け」というのがぴったりです。
でも、「コンセプトの方向付け」だけで「仕様、内容等の指定」だというのは、ちょっと意味を広げすぎだと思います。
というわけで、「コンセプトについてのディレクション」というのは、どう転んでも、「仕様、内容等の指定」とはなりえないと思われます。
ついでに、「コンセプト」も辞書で引くと、
「企画・広告などで、全体を貫く統一的な視点や考え方」(広辞苑)
「広告・企画・新商品などの全体をつらぬく、新しい観点・発想による基本的な考え方」(明鏡国語辞典)
と説明されています。
これをみても、「コンセプト」というのは、統一的あるいは基本的な考え方・視点のことなので、そもそも「指定」するようなたぐいのものではありません。
ということは、「コンセプトの指定」というのはかなり無理のある日本語で、委託の定義の「仕様、内容等の指定」の「等」に「コンセプト」も入るのだ、というのもかなり無理な解釈だと思われます。
きっと担当官解説で「ディレクション」という、広辞苑にすらのっていない外来語を使っているのは、レリアンが社内でじっさい使っていた言葉をそのまま使ったのだと想像されます(役人というのはそういうものです)。
そして、そのときにたぶん担当官は、「ディレクション」=「指示」というように、頭の中で読み替えたのだと思われます。
しかし上述のように、「ディレクション」≠「指示」ですし、「コンセプト」は「指示」の目的語にはなりにくいです。
というわけで、この「コンセプトについてのディレクション」という言葉は、担当官が、言葉の意味も取引の実態も先入観にもとづいて解釈してしまった可能性が濃厚です。
というのは、この件についてレリアンが出しているプレスリリースに添付されている取引先の声明文によると、
「むしろ商品は我々納⼊業者が企画⽴案してレリアンの店頭情報を参考に製造しレリアンにおいて販売しているという関係です」
とされており、企画立案は納入業者がおこなっていたことがわかります。
(ちなみにこの件については納入業者10社がこの声明文を出すと共に、自分たちは不利益をうけていないという記者会見までおこなっており、本件勧告が実質的にもおおいに問題のあるものであったことを強く印象づけます。
「「“下請けいじめ”ない」 23億円分のレリアン下請法違反勧告に納入業者10社が異例の声明」)
さらに伝え聞いたところでは、本件では商品は納入業者が企画提案し、レリアンは店頭データに基づく助言をするが、仕様書を出すわけではなく、売れ筋情報、顧客の好むテイストをフィードバックするだけだった、ということです。
これは上記声明文にも合致し、たぶん正しいのでしょう。
ここまで聞くと、「なんでこれが製造委託なの??」と思ってしまいます。
次に、担当官解説であげられている「サンプル品の提出を求め」というのも、「委託」とは関係がありません。
サンプル品の提出なんて、通常の売買でも十分ありうることだからです。
次に、「仕様等についての協議」というのも、「委託」にはなりません。
「協議」ではなく「指定」をしないと「委託」にはならないからです。
「ここちょっとこうしたらいいんじゃないかなぁ」みたいな意見をいったら「指定」だ、なんて、意味を広げすぎです。
次に、「商品化が決定した旨を下請事業者に連絡」というのも、たんに、レリアンが「商品化する」という意思決定を伝えた、というだけであり、とうてい「委託」の根拠にはなりえません。
最後に、「レリアンブランドのタグを付して納品させている」というのも、「委託」の根拠になりえません。
これも伝え聞くところでは、レリアンは公取委から、「ブランドを使わせている以上、製造委託だ」といわれたそうなのですが、これもとんでもない誤解です。
たしかに、自分のブランドを使わせている場合には、仕様等の指定もすることが多いかもしれませんが、常にそうだというわけでは決してありません。
とくに、アパレルのような、メーカーのほうに製造ノウハウがあって、販売店はブランドと売れ筋情報を持っているだけ、という業界では、販売店のブランド名を使わせても販売店が仕様の指定をしないことは、十分にありえます。
というわけで、上記担当官解説は、それ自体委託を根拠づけるとはいえないような事実をよせあつめ、
「商品のコンセプトについてのディレクション」
とか、
「サンプル品」
とか、
「仕様等についての協議」
とか、
「商品化(の)決定」
だとか、
「タグを付して納品させている」
とか、ともかくレリアンに主導権があるかのように印象づける表現を並べているだけで、まったく論理的ではありません。
そもそも製造委託の概念は下請法の適用を画するための基本概念であり、下請法は適用対象の明確化を旨としますから、これだけの間接事実をかき集めないと「委託」が認定できないとうこと自体が問題で、端的に、「仕様・内容等の指定」があったかどうかだけを問題にすべきなのです。
前記プレスリリースによると、レリアンも納入業者も、下請法の要件には形式的には該当するという立場ですが、私に言わせれば、下請法の要件にそもそもあたらないと思います。
たぶん公取委は、ブランドを使わせているということで製造委託だという先入観を持っちゃったんでしょうね。
こうなると、「金槌を持っているとなんでも釘に見える」(When you have a hammer, everything looks like a nail.)というわけで、どんな事実でも製造委託の根拠になるように見えたのでしょうね。
そうではなくてシンプルに、「仕様等の指定(=さし定めること)」にあたるのかをみればよかったのにと思います。
わたしが最近あつかった案件で、発注者のブランド名を付けている似たような案件があって、公取委とだいぶ交渉しましたが、結論は製造委託にあたらず、でした。
その件は、ぜんぶに発注者のブランド名が付いているわけではなくて、一部だったのですが、全部だったらレリアン同様、公取委は製造委託と言っていたかもしれません。
というくらい、レリアンのような先例が生きていると、これから先どこまでも限界が微妙な(少なくとも公取委自身には微妙に見える)判断を続けていかざるをえなくなることが目に見えています。
ここはまちがいをみとめて、シンプルに「指定」にあたるかどうかをみていくプラクティスにもどすべきだと思います。