支払特殊指定の「受託事業者」の定義の立証責任
2027年4月1日に施行される支払特殊指定(「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法」)では、「受託事業者」が、
「当該製造委託等〔注・中小受託法2条6項の製造委託等〕を受けた事業者(その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていないと認められる者を除く」
と定義されています。
この、「劣っていないと認められる者を除く」という、二重否定のような回りくどい表現が、何か立証責任を転換している(受託事業者が委託事業者に劣っていないことを委託事業者が主張立証する責任を負う)かのような印象を与えます。
では実際どうなのでしょうか。
この点については、パブコメでも意見が出ています。
すなわち、パブコメ10番では、
「・「取引上の地位が…劣っていない」に関して、相手方との間に取引上優越した地位があることの立証責任を、違反を主張する当局側ではなく、被疑行為者側に転換する旨の規定であるようにも読めるが、そのような趣旨か。
仮にそのような趣旨ではない場合には、このような規定ではなく、取引上優越した地位にある場合にのみ規制対象とすることを明確にする規定とすべきではないか。」
というコメントが出され、これに対して公取委は、
「「製造委託等」の取引では、委託が反復継続的となり受注者の発注者に対する取引依存度が高くなる傾向があるなど、取引先変更の可能性が低くなりやすい構造にあるため、類型的に発注者が優位に立ちやすい傾向が認められます。
ただし、対等又は対等以上の取引上の地位にある受注者と取引する場合にまで規制を及ぼす必要があるとまでは考えられないため、このような受注者が除外される旨を規定することとしています。」
と、「立証責任を転換する趣旨か」という質問には、正面から回答していません。
このあたりはほんとうにずるいというか、せこいと思います。
立証責任が転換されていると国民が誤解する(ひょっとしたら、同等の相手方にも60日以内に支払わないといけないとまで誤解する)ことを期待して印象操作をしているとしか思えません。
ただし、これだけはっきり質問されているのに答えないということは、立証責任を転換する趣旨ではないとみて間違いないでしょう。
つまり、立証責任を意図した規定なのかと質問されているのに立証責任について何ら触れないということは、立証責任を意図した規定ではない、ということです。
そもそも、この規定ぶりは大規模小売業告示の備考3の、
「この告示において「納入業者」とは、大規模小売業者又はその加盟者が自ら販売し、又は委託を受けて販売する商品を当該大規模小売業者又は当該加盟者に納入する事業者
(その取引上の地位が当該大規模小売業者に対して劣っていないと認められる者を除く。)
をいう。」
というのと同じ規定ぶりであって、とくに目新しいものでもありません。
ちなみに、この大規模小売業告示については、立案担当者の解説(粕渕『大規模小売業告示の解説』38頁)で、
「納入業者の取引上の地位について、百貨店業告示では、納入業者を「その取引上の地位が当該百貨店業者に対して劣っているものをいう。」と積極的に規定していたが、本告示では「(その取引上の地位が当該大規模小売業者に対して劣っていないと認められる者を除く。)」と消極要件にしている。」
と解説されています。
(参考までに百貨店業告示の備考二の全文をあげておくと、
「この告示において「納入業者」とは、百貨店業者が自ら販売し、または委託を受けて販売する商品を百貨店業者に納入する事業者であって、その取引上の地位が当該百貨店業者に対して劣っているものをいう。」
です。)
ただし、「消極要件」というのが何を意味するのかの説明はありませんし(たんに、「除く」なので消極だ、という意味でしょう。)、どうして積極的な規定から消極要件に変えたのかも、説明はありません。
ともかく、百貨店業告示から大規模小売業告示に変わって納入業者についての立証責任が転換されたという話は聞いたことがありませんし、支払特殊指定がとくに目新しいことをしようとしているわけでもありませんので、
「その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていないと認められる者を除く」
というのは、
「その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていると認められる者に限る」
と読み替えて何の問題もないと考えられます。
またそもそも、このような定義規定の中で用いられる「に限る」「を除く」という文言が、立証責任を左右するものであるとの議論もありません。
この点は、条文の本文は原告が、ただし書は被告が立証責任を負うという議論がなされているのと混同してはいけません。
定義規定は、その法令におけるある概念を定義する規定なわけですから、むしろ要件事実的には、その定義規定で定義された概念(「納入業者」)から生じる効果を主張する者が、その概念の存在を立証する責任を負うのは当然のことであると考えられます。
つまり、定義規定で定義された概念は1かたまりの概念であり、「除く」とか「限る」とかの些末な表現のためにその概念をさらに細分化して細分化された「サブ概念」のようなものの立証責任を云々すべきではない、ということです。
もし公取委が立証責任を転換したかったのであれば、たとえば、
「製造委託等・・・をした事業者・・・が、当該製造委託等を受けた事業者(以下「受託事業者」という。)に対し、当該製造委託等に係る給付・・・に対し支払うべき代金を、その給付を受領した日・・・から起算して六十日の期間経過後なお支払わないこと。
ただし、受託事業者の取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていないと認められる場合 または当該代金を当該期間内に支払わないことについて正当な理由がある場合を除く。」
とでもすればよかったのです。
(ただし、このような規定ぶりにしたからと言って、裁判所が立証責任の転換をみとめるとはかぎりません。きっと認めないでしょう。ということは、「正当な理由」についても、正当な理由の不存在を公取委が立証すべきということです。)
この「限る」と「除く」について論じている文献はあまり多くありませんが、平野敏彦「をいう・という・含む・除く・限る : 法令用語釈義 その6」58頁では、
「定義規定のうち,「を含む」で指示された結果は,元の被定義項を拡張解釈した場合の結果と同じものとなる。裁判官や学者などの解釈者は,用語の意義を把握するために,解釈という作業を行う。それに対して,立法者が,解釈者の差異により発生するおそれのある疑義を予め解消するために,解釈と同じ思考操作を指示をしたと見ることができる。
同様に,「を除く」は縮小解釈,「限定する」〔注・「限る」の誤記?〕は限定解釈の指示だと言える。「にあっては」等は一定の場合についての読替えの指示だと解すれば,類推解釈の指示だと言えよう。(もっとも,条文の中での読替えが,立法者によって指示されている場合だとすれば,むしろ「準用」の指示と見てよい。)」
と述べられています。
つまり「除く」も「限る」も、ふつうに理解される用語の意味(ここでは「受託事業者」)を縮小ないし限定解釈せよとの指示だ、ということで、それ以上の意味はありません。
大島『法令起案マニュアル』199頁では、
「また、ある規定において特に用語の概念に変更を加える場合や、同じ法令内の用語であっても、ある規定ではその内容を拡大したり、逆に他の規定においてはその内容を限定・縮小したりする場合がある。
これも広い意味で定義規定ということができる。
このような規定では、( )内で「含む」「限る」「除く」という語句が用いられる。」
と説明されています。
つまり、それ以上の、たとえば立証責任とか、深い意味はなさそうです。
なお、
「その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていないと認められる者を除く」・・・①
から、
「その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていると認められる者に限る」・・・②
への読み替えは、純粋に論理的なものなので、「同等の者はどうなんだ?」という疑問は問題になりません。
つまり、①は、
委託事業者から製造委託を受けた者ーその取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていない者=受託事業者
であり、これを変形すると、
委託事業者から製造委託を受けた者ー(委託事業者から製造委託を受けた者ーその取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っている、委託事業者から製造委託を受けた者)=受託事業者
となり、さらに変形すると、
委託事業者から製造委託を受けた者ー(委託事業者から製造委託を受けた者ーその取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っている、委託事業者から製造委託を受けた者)=受託事業者
となり、簡単にすると、
その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っている、委託事業者から製造委託を受けた者=受託事業者
となり、これは結局、
「その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていると認められる者に限る」・・・②
と同じ意味になります。
さらに念のためですが、
「その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていないと認められる者」
には、文言上、同等の者が含まれます。
なぜなら、同等の者は、「劣っていない」からです(当たり前です)。
というわけで、「同等の者にも60日以内に支払わないといけないのか?」というのは、杞憂です。
さらにダメ押ししておくと、大規模小売業告示では、売上や店舗面積が一定の基準以上であることが「大規模小売業者」の要件になっています。
つまり、それだけで優越的地位を推認させる条件がビルトインされています。
これに対して支払特殊指定では、企業規模の縛りは何もなく、たんに「製造委託等」だというだけです。
上記パブコメ回答は、
「「製造委託等」の取引では、委託が反復継続的となり受注者の発注者に対する取引依存度が高くなる傾向があるなど、取引先変更の可能性が低くなりやすい構造にあるため、類型的に発注者が優位に立ちやすい傾向が認められます。」
といいますが、これだけで優越的地位を推認するというのは、かなり無理筋の理屈です。
中小受託法ですら、「製造委託等」であることにくわえて、資本金基準と従業員基準で縛りをかけているわけです。
それが、支払特殊指定では、「製造委託等」だけなわけですから、それだけで優越的地位を推認するのは無理があります。
(実はこれが支払特殊指定の一番の理論的な問題だと思います。)
少なくとも、大規模小売業告示においては、流通における日用品の大規模な小売業者の地位からすれば納入業者に対して優越的地位にありそうだ、ということがかなり言えそうです。
そのうえでの
「3 この告示において「納入業者」とは、大規模小売業者又はその加盟者が自ら販売し、又は委託を受けて販売する商品を当該大規模小売業者又は当該加盟者に納入する事業者(その取引上の地位が当該大規模小売業者に対して劣っていないと認められる者を除く。)をいう。」
という規定ですら、立証責任を転換するとは考えられていないわけです。
これに対して、何ら業種も絞っていない支払特殊指定において、たんに「製造委託等」だからというだけの理由で優越的地位を推認するというのは、もともと無理があります。
ということは、取引上劣った地位にあるかどうかの立証責任を企業側に負わせる前提が、大規模小売業告示以上に、まったくない、ということです。
よって、大規模小売業告示ですら立証責任の転換は行われていない以上、支払特殊指定において立証責任の転換が行なわれることはよりいっそう考えにくい、ということになります。
当たり前のことを当たり前に言うことも大事だと思うので、以上のとおりまとめておきました。
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