電磁的記録を保管させることが不当な経済上の利益の提供要請とされた事例(矢崎部品)
矢崎部品に対する2026年3月30日勧告では、
「イ 矢崎部品は、本件下請事業者のうち119名との間で取引基本契約書、品質管理基準書等を取り交わし、
当該119名に対し、
委託に係る本件製品又は本件部品の製造における作業に関する記録、検査に関する記録、品質不具合に関する記録その他の品質記録に関する帳票類
(以下「品質記録帳票類」という。)
を
書面又は電磁的記録に係る記録媒体
(以下「電磁的記録媒体」という。)
に記録された電磁的記録の形式で
20年間等の所定の期間保管するよう求めていたところ、
遅くとも令和5年9月1日以降、当該119名に対し、
自己のために無償で品質記録帳票類を保管させ、
及び
品質記録帳票類に係る書面を電磁的記録に変換して電磁的記録媒体に記録させ
ることにより、
当該119名の利益を不当に害していた。」
と認定されています。
つまり、品質記録の電子データを無償で保存させたら不当な経済上の利益の提供要請だ、というのです。
でも、これはあんまりにもひどいのではないでしょうか。
まず、「20年間等」といっているので、20年間保存させたものだけが違法と認定されたわけではありません。
ひょっとしたら、3年とか5年とか、もっと短期間でも違法と認定された可能性があります。
というか、勧告文を読むと期間の長短は問わない、としか読めません。
「等」とは、行政ではオープンエンドの意味で使われるからです。
つまり、「20年等」(というのも変な日本語ですが、それはさておき)といったら、「18年とか21年くらいとか、20年の近辺なんだろうな」というような常識的な読み方をするのではなく、要は何年でもいい(オープンエンド)と読むのが行政です。
もし長期間であることを違法認定の要件とするなら、「20年以上」などと認定するはずです。
現に金型の無償保管では、
「当該金型等を用いて製造する本件製品の部品の発注を長期間行わないにもかかわらず」(ダイヘン勧告)
とか、明示的に何年といわないまでも、長期間発注がないのに保管させたことがいけないのだ、というふうにされています。
ところが、矢崎部品の「20年等」だと、期間の縛りがまったくなくなっているわけです。
むしろ、これは最長が「20年」だった、とみるのが自然でしょう。
これがもし違うというなら、担当官解説でしっかり釈明してほしいものです。
(こんな大事なことを、担当官解説で書けばすむというものではありませんが、ないよりましでしょう。)
つまり、「20年も保管させやがって、なんて悪いやつなんだ。」という、公取委による印象操作です。
というわけで、矢崎部品の勧告では、突如、期間の縛りがなくなっています。
次に問題なのは、保管を求めているのが「品質記録に関する帳票類」だ、ということです。
これって、ビジネス上必要なこともあるのではないでしょうか?
こういうのが、期間も問わず一切無償保管が認められないとすると、たいへん窮屈なことになるように思います。
そういうのが不当な経済上の利益の提供要請だというなら、不当性をきちんと認定すべきでしょう。
金型の無法保管の場合はまさに、「長期間発注がないにもかかわらず」というところが、不当性の認定だったわけです。
しかも金型の場合には、必要になるかどうかもわからないけれど捨てられない、というあいまいな存在で、その負担が一方的に下請にしわよせされていたのが問題だったのだと思います。
でも品質記録なんて、「いるかいらないかわからない」とはとうてい言えないでしょう。
結果的に保証期間や対応年数を不具合もなく終えたということがあったとしても、それは結果的に品質記録をチェックする必要がなかっただけのことで、金型みたいに、そもそも発注があるかどうかわからない(必要性がわからない)というのとは、わけが違います。
次に問題なのが、「所定の期間」という部分です。
「所定の期間」ということは、文字どおりの意味は、「定めたところの期間」ということです。
広辞苑では「定まっていること。定めてあること。『ーの席につく』」と定義されています。
ということは品質記録に関する帳票類の保管は、事前に契約で定めていたのではないでしょうか?
少なくとも勧告文の「所定の期間」という文言からは、そうとしか読めません。
ひょっとしたら、勧告に「品質管理基準書等を取り交わし」と認定されている、品質管理基準書等で合意されていたのではないでしょうか。
でも、そういうふうにあらかじめ品質記録の保管を求めることが、不当なことでしょうか?
大いに疑問です。
金型の無償保管の場合には、少なくともこれまでは、長年の慣行でなんとなくずるずると無償で保管していたのが、下請事業者の負担になっていけなかったわけです。
でも、あらかじめ品質記録の保管について合意することが、そんなに不当なことでしょうか?
次に問題なのが、記録を求めるのが電子データだということです。
こんなもの、たいして費用もかからないのではないでしょうか?
なんでこんなものまで下請法で規制しないといけないのでしょうか?
大いに疑問です。
というわけで、この勧告は、ここ数年の「金型の無償保管」というところからの、たんなる”連想ゲーム”で、違反にしたとしか思えません。
たいへんずさんな、また、まじめな企業にとっては非常に頭の痛い勧告だと思います。
最近、中小受託法(旧下請法)については、こういう無茶な解釈がどんどん平気で行なわれているという印象を受けます。
企業の人も、公取委からそういわれたら、そういうもんなのか、と思うでしょう。
あるいは、矢崎部品のケースもそうですが、たくさん違反行為が認定されて、そのなかに1つ、こういうわけのわからない違反認定がされていても、いちいち注意深く見ることもないのではないでしょうか。
でも、こういうのが、実務では大問題なわけです。
中小受託法は、勧告が裁判で争われることが制度上ないため、判例評釈の対象にもならず、そのため、研究者の方の関心の対象にもなりません。
ときどき研究者の方が中小受託法に言及することがありますが、実務で知りたいこととはぜんぜん視点がちがいます。
なので、こういう細かいことは、私のような実務家が批判するしかないのが実情です。
私も本音のところでは、こんな「あほらしい」勧告にいちいちコメントするのは、それこそ「あほらし」と思っています。
そもそも中小受託法は、独禁法に比べれば、低級な法律です。
そのことが、こんな勧告が出てしまうことにも表れています。
でも、在野法曹としては、こういう横暴は見過ごすことができません。
というわけで、これからもしつこく公取委の問題点を指摘していきたいと思います。
また、発注者のみなさん、中小受託法はぜひ、(できれば専門の)弁護士に相談してください。
そうしないと、いいようにやられます。
悲しいかな、それが中小受託法の運用の実態です。
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