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2026年7月 3日 (金)

瑕疵による損害賠償請求を代金減額とした伊藤軒事件勧告の問題点

2023年12月22日、伊藤軒が下請代金から「クレーム処理代」を差し引いたことで、公取委が下請法違反で勧告を出しました

(なおこの勧告は、長澤先生の取適本p533でも紹介されています。)

勧告の問題の箇所は、

「⑵ 伊藤軒は、令和4年6月から令和5年5月までの間、次のアからオまでの額を下請代金の額から差し引くことにより、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減じていた。減額した金額は、総額837万460円である(下請事業者66名)。

〔ア~エ省略〕

オ 「クレーム処理代」の額」

という部分です。

これだけ見ると何が問題かわからないので、担当官解説(小菅敦=樋口高文=藤原達矢「株式会社伊藤軒に対する勧告について」公正取引881号64頁)をみると、

「⑵ クレーム処理代の減額

伊藤軒は、下請事業者が製造した菓子等が不良品であり、消費者等へのクレーム対応が生じた際、下請事業者に対し、クレーム処理代と称して、クレーム1件当たり1,080円等を下請代金の額から差し引いていた。

伊藤軒は、クレーム処理代を差し引く理由について、不良品が発生した際の消費者等へのクレーム対応に要する費用の一部について、当該不良品を製造した下請事業者に負担してもらうためと説明していた。

そのため、クレーム処理代は、伊藤軒が下請事業者に代わって行った不良品が発生した際の対応の対価とみることもできる。

しかしながら、減額については、下請法運用基準第4の3⑵アにおいて、瑕疵があるなど下請事業者の責に帰すべき理由があるとして返品する場合には下請代金の額を減ずることが認められるとされているが、

前記⑴の返品で述べたように、受入検査を省略する場合には、瑕疵があっても返品することが認められないところであり、

同じく瑕疵の存在を理由としてクレームの処理にかかった費用を下請事業者に負担させることについても、下請事業者の責に帰すべき理由があると認めることは相当ではない。

したがって、伊藤軒がクレーム処理代の額を下請代金の額から差し引くことは、下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減じており、当該行為は下請法で禁止している減額に該当すると認めたものである。

なお、本件は、受領した商品に「瑕疵の存在」が認められることを理由にクレーム処理代を下請代金の額から差し引いた行為について、商品に瑕疵があった場合であっても、受入検査を行っていないことを理由に下請事業者の責に帰すべき理由が認められないとして減額を認定した初の勧告事例である。」

と書いてあります。

要は、受入検査をしないと瑕疵(契約不適合)があっても、損害賠償を代金から減額してはいけない、ということです(「受入検査を行っていないことを理由に下請事業者の責に帰すべき理由が認められないとして減額を認定した」)。

「減額を認定」しただけなので、減額せずに別途損害賠償請求をすることは妨げられないと考えられます。

ただ、下請法(現在は中小受託法)の解釈はコロコロ変わるので、この先どうなるかはわかりません。

以下、担当官解説の内容を検討してみます。

まず、

「クレーム処理代は、伊藤軒が下請事業者に代わって行った不良品が発生した際の対応の対価とみることもできる。」

という部分ですが、民法的な観点からは不自然な認定です。

まず、伊藤軒が行なったクレーム対応は、取引先から伊藤軒自身に対してなされたクレームへの対応でしょうから、「下請事業者に代わって」行なった対応ではありません。

つまり、伊藤軒が取引先に対して不良品納入という債務不履行または契約不適合責任違反をしたので、その完全履行や追完(の一環)として、あくまで自己の取引先との義務の履行として伊藤軒自身が行なった、とみるしかないでしょう。

また、「対応の対価」というのも不自然です。

「対価」というのは、

「個々の契約による財産の移転又はサービスの提供に対する反対給付の価額」(『法令用語辞典』学陽書房)

です。

本件で伊藤軒と下請との間に、「伊藤軒が下請にクレーム対応サービスを提供する契約」があったかというと、あるはずがありません。

これはたんに、債務不履行または契約不適合責任違反による損害賠償請求だというべきでしょう。

どうしてこういうことにこだわるのかというと、本件のような民事法と下請法が抵触する場面では、民法理論の正確な理解が不可欠だからです。

下請法が民法の領域に踏み込む以上、「民法の世界ではどのように理論構成されるか」をきちんと踏まえたうえで議論すべきでしょう。

それなのに担当官解説は、そもそも民法の理解がかなり怪しいといわざるをえません。

そこであえて公取委の気持ちになって(民法は知らないふりをして)、どうしてこういう分析になったのかを想像してみると、減額がみとめられる場合として、中小受託法テキスト74頁(当時の下請法テキストも同じ)に、

「● 代金の額を減ずることに当たらない場合

以下の場合は、代金の額を「減ずること」には当たらない。

・ 中小受託事業者に販売した商品等の対価や貸付金等の弁済期にある債権を代金から差し引くこと。」

という記載があるため、

「減額にあたらない理由としては「商品等の対価」にあたる必要があるのだから、伊藤軒が減額にあたらない理由としては「不良品が発生した際の対応の対価」というのくらいしか考えられないよなぁ」

という発想だったのではないか、と想像されます。

いずれにせよ、この段階ですでに「クレーム処理代」の法的性質が(「商品等の対価」ではなくて)損害賠償請求だ(あるいは、損害賠償請求かもしれない)ということに、思いが至っていません。

別に「商品等の対価」であろうが、「損害賠償請求権」であろうが、適法な債権であることには変わりはないわけで、両者は本質的には何も違いがないと思います。

(ただし後述のとおり、下請法テキストには瑕疵で減額が認められる場合についてこまごまとした規定があります。)

次に、担当官解説の、

「減額については、下請法運用基準第4の3⑵において、

瑕疵があるなど下請事業者の責に帰すべき理由があるとして返品する場合には

下請代金の額を減ずることが認められるとされている」

という部分を念のため確認しておくと、「下請法運用基準第4の3⑵ア」(当時)は、

「⑵ 「下請事業者の責に帰すべき理由」があるとして下請代金の額を減ずることが認められるのは、次のア及びイの場合に限られる。

「1 受領拒否」(2)又は「4 返品」(2)にいう下請事業者の責に帰すべき理由

〔注・1⑵はアが瑕疵、イが納期違反。4⑵は瑕疵、ただし検査省略だと返品不可

があるとして、下請事業者の給付の受領を拒んだ場合又は下請事業者の給付を受領した後その給付に係るものを引き取らせた場合(減ずる額は、その給付に係る下請代金の額に限られる。)

〔イ省略〕」

というものです。

なので、担当官解説の「瑕疵があるなど下請事業者の責に帰すべき理由があるとして返品する場合には下請代金の額を減ずることが認められる」という部分は、下請法運用基準のとおりなので、まあよいとしましょう。

次の、

受入検査を省略する場合には、瑕疵があっても返品することが認められない」

という部分も、運用基準第4の4⑵オ(当時)どおりで、とくに問題ありません。

(ちなみに、運用基準第4の4⑵オ(当時)の「給付に係る検査を省略する場合」に返品が認められないという規定は、"裏金"世耕プランによる平成28年改正で導入されたものです。)

次の、

「同じく瑕疵の存在を理由としてクレームの処理にかかった費用を下請事業者に負担させることについても、下請事業者の責に帰すべき理由があると認めることは相当ではない。」

という部分は、一瞬、「下請事業者に負担させること」自体がいけないかのように読まれかねないですが、そうではなくて、あくまで「下請事業者の責に帰すべき理由があると認めることは相当ではない。」と言っているので、あくまで減額のことを言っているだけです。

つまり、上記引用部分の「下請事業者の責に帰すべき理由」というのは、下請法(当時)4条1項3号の「下請事業者の責めに帰すべき理由」のことです。

そうすると、別途損害賠償請求をすることが不当な経済上の利益の提供要請にあたるのではないかといった論点は出てきません。

不当な経済上の利益の提供要請(中小受託法5条2項2号)には「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」という文言は出てこないからです。

というわけで、この担当官解説はもっぱら減額の可否について述べている、というべきでしょう。

しかし、油断は禁物です。

というのは、昔は別途支払わせるのは減額にはなりませんでしたが、最近の公取委の解釈変更で、別途支払わせるのも減額になることがあることになったからです。

(このあたりの公取委の解釈変更については、以前書きました。)

変更後の解釈でも、さすがに瑕疵の損害賠償を別途請求したときまで減額になるとは思えませんが、下請法の解釈はしょっちゅう変わるので、油断はできません。

次に、これは伊藤軒事件の勧告が悪いわけではなくて下請法運用基準のほうが悪いのですが、検査しないと減額できないというのは、受領拒否の減額の場合と比べると、いかにもアンバランスです。

当時の下請法運用基準第4の3⑵では、

「(2) 「下請事業者の責に帰すべき理由」があるとして下請代金の額を減ずることが認められるのは、次のア及びイの場合に限られる。

ア 「1 受領拒否」(2)又は「4 返品」(2)にいう下請事業者の責に帰すべき理由があるとして、下請事業者の給付の受領を拒んだ場合又は下請事業者の給付を受領した後その給付に係るものを引き取らせた場合(減ずる額は、その給付に係る下請代金の額に限られる。)

イ 「1 受領拒否」(2)又は「4 返品」(2)にいう下請事業者の責に帰すべき理由

〔注・受領拒否の1⑵につき瑕疵や納期遅れ。

返品の4⑵につき瑕疵と速やかな引き取り、ただし検査省略は返品不可〕

があるとして受領を拒むこと又は給付を受領した後その給付に係るものを引き取らせることができるのに、下請事業者の給付を受領し、又はこれを引き取らせなかった場合において、委託内容に合致させるために親事業者が手直しをした場合又は瑕疵等の存在若しくは納期遅れによる商品価値の低下が明らかな場合(減ずる額は、客観的に相当と認められる額に限られる。)」

とされていました。

つまり、 受領拒否のルートに乗せると、

「1 受領拒否」(2)にいう下請事業者の責に帰すべき理由〔注・瑕疵や納期遅れ〕があるとして受領拒否できるのに、

下請事業者の給付を受領し場合において、

委託内容に合致させるために親事業者が手直しをした場合又は瑕疵等の存在若しくは納期遅れによる商品価値の低下が明らかな場合

には、検査の有無にかかわらず減額できました。

これが、返品のルートに乗せたとたん、検査を省略すると(返品ができないため)減額はできない、となったわけです。

これはアンバランスだったといわざるをえません。

ちなみに、中小受託法運用基準では、受領拒否ルートでの減額の場合には、第4の3⑵ア(イ)で「(イ) 当該理由がある旨を中小受託事業者にあらかじめ伝えた上でその給付を受領した場合」とされ、受け取る前に瑕疵があることを伝えないと減額できないという不可能を強いる規定になったので、受領拒否ルートがふさがれたことによって返品ルートとのアンバランスは、皮肉にも解消されました。

また、中小受託法運用基準第4の3⑵イでは、

「(2) 「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」があるとして代金の額を減ずることが認められるのは、次のア及びイの場合に限られる。

〔アは、受領拒否の場合なので省略〕

イ 「4 返品(2)にいう中小受託事業者の責めに帰すべき理由〔注・瑕疵。なお4オで検査省略は返品不可〕

がある場合であって、次の(ア)又は(イ)に該当するとき。

(ア) 中小受託事業者の給付を受領した後、当該理由があるとして、その給付に係るものを引き取らせ場合(減ずる額は、その給付に係る代金の額に限られる。)

(イ) 中小受託事業者の給付を受領した後、当該理由がある旨を中小受託事業者にあらかじめ伝えた上でその給付に係るものを引き取らせなかった場合に、

委託内容に合致させるために委託事業者が手直しをしたとき

又は

委託内容と適合しないこと等若しくは納期遅れによる商品価値の低下が明らかなとき(減ずる額は、客観的に相当と認められる額に限られる。)。」

となり、検査省略すると返品できないという規定は、第4の4⑵から分離されて、4⑶オに分離されたので、検査を省略すると減額できないという事態は、少なくとも中小受託法運用基準の文言上は解消されました。

とはいえ、公取委が(運用基準を改正しようとしまいと)また解釈を変更する可能性があるので、こちらも目が離せません。

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