中小受託法5条1項3号(代金減額)では、
「第五条
委託事業者は、中小受託事業者に対し製造委託等をした場合は、次に掲げる行為・・・をしてはならない。
三 中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、製造委託等代金の額を減ずること。」
と規定されています。
この代金減額は、一般的には、発注後に代金を減額することである(それが発注前に低い対価を定める買いたたきとの違いである)と理解されていますが、実はそうではありません。
すなわち、この「額を減ずる」について、中小受託法テキストp72では、
「委託事業者が、中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、発注時に定めた代金の額を減ずることを禁止するものであり、「歩引き」や「リベート」等の減額の名目、方法、金額の多少を問わず、発注後いつの時点で減じても本法違反となる。」
とされており「発注時に定めた代金の額」を「発注後」に減じることが5条1項3号に該当するかのように読めます。
ところがテキストではそのあとのところに、
「また、仮に委託事業者と中小受託事業者との間で代金の減額等についてあらかじめ合意があったとしても、中小受託事業者の責めに帰すべき理由なく代金の額を減ずる場合は本法違反となる。」
と書いてあって、あらかじめの合意(発注前の合意)があっても5条1項3号に違反するとされています。
これをダメ押ししているのが、中小受託法テキストp74のQ96で、そこでは、
「Q96: 委託事業者と中小受託事業者との間で代金の額を減ずることについてあらかじめ合意があったとしても、中小受託事業者の責めに帰すべき理由なく、代金の額を減じている場合は本法違反となるとされているが、例えば、事前に契約書等の書面において、歩引きとして5%を代金の額から差し引く旨の合意を記載していても問題になるのか。」
との設問に対して、
「A: 本法第5条第1項第3号は、中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、委託事業者が中小受託事業者の給付に対し支払うべき代金の額を減ずることを禁止しているものであり、委託事業者と中小受託事業者との間で、歩引きとして5%を代金の額から減ずることについてあらかじめ合意し契約書等で書面化していても、問題となる。」
とされています。
たしかに、5条1項3号では、
「中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、製造委託等代金の額を減ずること。」
としか言っておらず、減額するのが発注前か発注後かを区別していないようにも読めます。
しかし、このような公取委の発注以前の減額合意に関する解釈は、中小受託法5条1項3号の文言解釈としては間違っていると思います。
(まあ、公取委がこうだといえば何でも通ってしまうのが中小受託法なので、言っても詮無いことですが。)
まずそもそも、あらかじめの合意(発注前の合意)があるかどうかを「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」の有無の問題だとする公取委の解釈は、文言上相当無理があります。
もし事前合意の有無が「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」の有無の問題だとしたら、むしろ、ちゃんとした合意であればあるほど、「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」があることはあきらかです。
中小受託者自身がちゃんと合意したこと自体が、まさに「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」であるといわずして、何というのでしょう?
合意をした以上、責任をとれ(=責めに帰すべき理由あり)、という、至極当たり前のことです。
比ゆ的に言えば、過失(=うっかりミス)については損害賠償責任を負うのに、故意(=正々堂々と締結した合意)については負わない、みたいなものです。
このように、発注以前の減額合意を「中小受託事業者の責めに帰すべき理由」の有無として論じるのは誤りだと思います。
公取委の解釈では、どんなにまともな合意であっても、それが減額の合意であるかぎり(裏から言えば、増額の合意でないかぎり)、一切効力を認めないということになり、両当事者間の契約自由をまったく無視することになり、結論としても妥当ではありません。
まあそれはさておき、どうやったら公取委みたいな解釈が出てくるのかを考えてみると、おそらく公取委は、代金の合意(例えば、代金100万円と合意する)と代金の減額の合意(5%引くことを合意する)は全く別物だ、と考えているのだと思われます。
その上で、「代金の合意」は買いたたきに該当しないかぎり有効だけれど、「代金の減額の合意」は瑕疵等をのぞき例外なく無効である、と考えているものと思われます。
民法的な発想でいるかぎり、「代金の合意」と「代金の減額の合意」をわけることなんてできるはずがありません。
民法的な発想なら、「代金の合意」で代金100万円と合意し、「代金の減額の合意」で5%引くことに合意したなら、代金は95万円に合意したというほかないのであり、存在するのは両方まとめた95万円という最終合意だけのはずです。
なので、「代金の合意」と「代金の減額の合意」を分けて考える公取委の発想はかなり異様なのですが、中小受託法を理解するためにはその異様さを理屈抜きで呑みこむ必要があります。
ではこのような「代金の合意」と「代金の減額の合意」の区別を条文のどの文言の解釈に位置付けるべきかといえば、中小受託法2条11項の、
「この法律で「製造委託等代金」とは、委託事業者が製造委託等をした場合に中小受託事業者の給付(役務提供委託又は特定運送委託をした場合にあつては、役務の提供。以下同じ。)に対し支払うべき代金をいう。」
という製造委託等代金の定義における、「べき」とはなんなのか、どう決まるのか、という問題だと位置づけるしかないでしょう。
(なお、このあたりの考え方は、横田直和「プライベート・ブランド商品の製造委託と下請法」p54以下に大いに触発されています。)
つまり、代金減額についての5条1項3号は、
「中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、製造委託等代金の額を減ずること。」
を禁止しており、「支払うべき代金」の「額を減ずること」が違反なので、結局、「べき」(2条11項)とはなにか、という問題になるのです。
この文言解釈の位置づけを前提にすると、「代金の合意」と「代金の減額の合意」とを分けて考える公取委の解釈は、要するに、
「支払うべき代金」は「代金の合意」のみで決まり、「代金の減額の合意」とは無関係である、
ということになるでしょう。
公取委がそういう考え方をしていることを印象付けるのが、2005年9月21日の竹田印刷への勧告です。
担当官解説(公正取引661号49頁)によると、この事件は、竹田印刷が、100%子会社の光風企画に下請取引の発注業務(発注書の作成等)を委託する対価として、下請代金から事務手数料名目で下請代金の5%を徴収することを下請事業者に通知して、事務手数料として5%を減額した、という事件です。
まあ、100%子会社に発注事務を委託したことはまったく本質的ではないので、竹田印刷自身が発注書作成事務手数料として5%減額した、と考えてもいいでしょう。
もちろん、発注書に発注金額10万円と記載しながら事務手数料として5%引いたらあきらかに減額ですが、この事件はそうではありません。
つまり、担当官解説50頁によると、
「竹田印刷は、下請法第3条に基づき下請事業者に交付する発注書面に、下請事業者との間で取り決めた下請代金の額(以下「合意金額」という。)を記載せず、「合意金額」から5%を差し引いた金額を記載し、発注書面どおりの金額を支払うという方法で下請代金を減額していた(下記イメージ図参照)。」
ということだったそうで、「下記イメージ図」では例として、合意金額10万円、発注書面記載金額9万5000円、という例があげられています。
つまり、発注書に9万5000円と書いてあって、9万5000円を支払ったのに、代金減額になった、ということです。
発注書に9万5000円と書いてあったとしても5000円の減額だ、という判断は、
「支払うべき代金」は10万円の「代金の合意」のみで決まる、
5000円の「代金の減額の合意」は無関係
という理屈にもとづいていると考えると、非常にすっきりとします。
実際、担当官解説p50では、
「本件では、外形上、発注書面どおりの金額が支払われているため、合意金額と発注書面上の金額のどちらが「下請代金」に該当するのかという点が問題となる。
発注書面に記載することが義務付けられている下請代金の額とは、親事業者と下請事業者とで発注前に交渉し、発注内容の対価として双方で合意された金額であることが前提とされている。
したがって、合意金額(注・「下請事業者との間で取り決めた下請代金の額」p50)と発注書面の金額が異なっているとしても、本来、下請事業者の給付に対して支払うべき下請代金は、竹田印刷と下請事業者との間で発注内容の対価として取り決めた合意金額であるため、本件では合意金額を下請代金と認め、下請代金を減額したという認定をしたものである。」
と解説されています。
もちろん、これは民法的な観点からいうと、かなりめちゃくちゃなことを言っています。
まず、担当官は、
「発注書面に記載することが義務付けられている下請代金の額とは、親事業者と下請事業者とで発注前に交渉し、発注内容の対価として双方で合意された金額であることが前提とされている。」
といいますが、発注書面は発注者の意思表示なのですから、あくまで申し込みの意思表示にすぎません。
双方の合意は、下請事業者からの承諾の意思表示で成立するはずです。
下請事業者の承諾の意思表示は、請書でもいいでしょうし、黙示の意思表示でもいいでしょうし、商法509条の、
「(契約の申込みを受けた者の諾否通知義務)
第五百九条
商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならない。
2 商人が前項の通知を発することを怠ったときは、その商人は、同項の契約の申込みを承諾したものとみなす。」
の2項による承諾の擬制でもいいでしょう。
なので、竹田印刷の件で下請事業者が減額分の支払を求めて訴訟提起しても、間違いなく負けます。
ですがここで言いたいのはそういう細かい理屈ではなくて、公取委は「代金の合意・代金の減額の合意」区別説に立っているとみられる、ということです。
さらに担当官解説では、「代金の合意・代金の減額の合意」区別説の実質的な根拠についても、
「竹田印刷が下請事業者に対して事務手数料の徴収についての要請をした上で減額をしていることから、下請事業者がこれを了解していた場合にも下請法違反に問われるのかという疑問が生じるかもしれない。
下請法は、親事業者による優越的な地位の濫用を簡易迅速に処理し、下請事業者の利益保護を図るために制定された法律であり、その根底には、下請事業者は優越的な地位にある親事業者からの要請に従わざるをえない立場にあるという考えがある。
そのため、本件のように、下請事業者に納品の瑕疵や納期遅れなどの帰責事由がないにもかかわらずあらかじめ定めた合意金額から事務手数料を差し引く行為は、仮に下請事業者の「合意」や「了解」を得ているとしても下請代金の減額に該当し、下請法違反となることに注意する必要がある。」
と解説しています。
(ここでは事案に即して「事務手数料の徴収」と述べられていますが、一般的に「減額」と読み替えてよいでしょう。)
つまり、下請事業者は弱い立場にいるので、親事業者の代金の減額の要請に「要請に従わざるをえない」ので、「代金の減額の合意」は一律に(正確には、帰責事由がないかぎり)無効である、と述べているのです。
というわけで、公取委は「代金の合意・代金の減額の合意」区別説に立っているように思われます。
それはおかしいと個人的には思いますし、批判も強いところですが(前掲横田論文をご覧ください。)、公取委がそういう以上、仕方ありません。
実務上の関心は、では公取委の解釈を前提に、実務上どこまでのことができるのか、ということでしょう。
まず、竹田印刷のように一方的な要請をするのではなく、5%引きの価格で合意しなおして価格合意書を作成しておくのはどうでしょう。
きっとだめでしょうね。
中小受託者は委託者の「要請に従わざるをえない」からです。
ただしこれだと、年次の価格改定すら認められないことになりかねません。
でもそれはきっとそういうことではなくて、2025年に1個10万円で合意したのを、2026年には1個9万5000円で合意しなおすのは、2025年からの「代金の減額の合意」ではなく、2026年のあらたな「代金の合意」だとみるのでしょう。
どうしてそういえるのかというと、”感覚”あるいは”常識”ですかね(笑)。
もうすこしまじめに考えると、取引の実態などから、2025年の価格は2025年中だけ有効だと当事者は認識していて、翌年はまた別に価格交渉するつもりだったから、ということでしょうか。
逆に言うと、当事者が1年間有効と期待していた(あるいは契約書に明記していた)のに2025年中に価格改定すると、「代金の減額の合意」だといわれかねないと思います。
「それでは期中の価格交渉ができなくなって発注者に酷ではないか」という疑問がありうるところですが、事務手数料の徴収の要請がだめなのに代金自体を下げる要請ならいい、という理屈はないように思います。
まあ、事務手数料みたいな姑息な手段ならだめで、正々堂々と価格改定するならいい、という浪花節のような解釈もあるかもしれませんが、私は怖くてそんな解釈はとれません。😖
それでも、やむにやまれぬ事情で期中に価格引下げをしたい、ということであれば、竹田印刷のような一方的な通知で要請するのではなく、ていねいに交渉して合意するしかないでしょう。
少なくとも、「竹田印刷は一方的な要請だったからだめなのであって、合意書を巻いておけば良かったのではないか?」と安易に考えるのは危険です。
民法および商法の考え方でいけば、発注書に値引後の金額が書いてある以上、そして、それに下請が異議をとどめなかった以上、合意は成立するのであるにもかかわらず、「要請に従わざるをえない」という一言で公取委はだめだと竹田印刷事件で言っているからです。