中小受託法5条2項4号の協議拒否に対する勧告についての予想
来年1月1日に施行される中小受託法5条2項4号では、
「中小受託事業者の給付に関する費用の変動その他の事情が生じた場合において、中小受託事業者が製造委託等代金の額に関する協議
を求めたにもかかわらず、当該協議に応じず、又は当該協議において中小受託事業者の求めた事項について必要な説明若しくは情報の
提供をせず、一方的に製造委託等代金の額を決定すること。」
により中小受託事業者の利益を不当に害してはいけないとされています。
ちょっと気になるのが、実際、この条項違反として勧告を出すしたら、ちょっと面倒なことにならないか、ということです。
というのは、勧告を出すときは、通常、違反行為の相手方である下請事業者が特定されます。
ということは、協議拒否についても、相手方を特定することが予想されます。
そうすると、「中小受託事業者が製造委託等代金の額に関する協議を求めた」ことの立証も、公取委がしないといけないことになります(条文に書いてあるのだから、当たり前です)。
でも、この、「協議を求めた」ことの立証って、けっこう大変ではないでしょうか。
というのは、代金減額とかだと、「ナントカ協力金」みたいな形で下請代金からの減額がされていたら、それだけで公取委は違反を認定できます。
でも、この「協議を求めた」という事実は、下請事業者の側から積極的に言ってもらわないと、公取委にもわからないのではないでしょうか。
書面調査や立入検査で「協議を求めた」ことが判明することもあるのかもしれませんが、他の違反行為と異なり、3条書面や5条書類からは、協議を求められた事実が出てくるとは思えません。
しかも、公取委が勧告を打とうとして、下請事業者に「あなたは値上げの協議を求めましたか?」と尋ねても、親事業者に気兼ねして、なかなか協議の申し出の証拠を出してくれないのではないか、ということも懸念されます。
さらに、最初から勧告を狙って協議を申し入れる下請事業者はいないでしょうから、協議の申し入れの証拠がちゃんと残っているのかも、微妙だと思います。
この点、中小受託法運用基準案第4・9⑶では、
「なお、「協議を求めた」とは、書面か口頭かを問わず、明示的に協議を求める場合のほか、協議を希望する意図が客観的に認められる場合をいう。」
とされていますが、「明示的に協議を求め」た証拠が残っていればいいですが、「協議を希望する意図が客観的に認められる」というのは、どうやって認定するのでしょう?
しかも、この「協議を希望する意図が客観的に認められる」というので勧告を出すとしたら、親事業者によっては、事実認定を争うのではいでしょうか。
ここで、ふと気が付きましたが、「協議を希望する意図が客観的に認められる」というだけで「協議を求めた」と認定するのは、さすがに無理ではないでしょうか。
「協議を希望する意図」なんて、あくまで意図なのですから、下請事業者の内心のことです。
「協議を求めた」というためには、その意図が親事業者に対して表出される必要があることはあきらかでしょう。
(パブコメしとけばよかったと後悔。だれかしていることを望みます。)
まあ所詮、勧告は裁判で争えませんから、公取委がどんな無茶な事実認定をしても親事業者は争いようがないので、公取委はやろうと思えば何でもできるのですが、公取委にも良心があるでしょうから、さすがにそこまでえげつないことはしないのではないかとも思われます。
というわけで、「協議を求めた」ことの立証はそれなりに大変かもしれず、被害者がせいぜい1社とか、2,3社にとどまる、ということになるのではないかと予想されます。
ただ、この協議拒否は、減額分の返金とか金銭的な実害の回復ではなく、もともと牽制的な効果を期待しているだけですから(そもそも協議拒否しただけで金銭的な実害があるともいえません)、被害者1社でも、公取委にとってはぜんぜんかまわないのかもしれません。
次に気になるのは、勧告の主文はどうなるのか、ということです。
この点、勧告に関する中小受託法10条では、
「(勧告)
第十条 公正取引委員会は、第五条の規定に違反する行為があると認めるときは、
当該行為をした委託事業者(委託事業者が合併により消滅した場合にあつては合併後存続し、又は合併により設立された法人、委託事業者の分割により当該行為に係る事業の全部又は一部の承継があつた場合にあつては当該事業の全部又は一部を承継した法人、委託事業者の当該行為に係る事業の全部又は一部の譲渡があつた場合にあつては当該事業の全部又は一部を譲り受けた事業者。次項及び次条において「違反委託事業者」という。)に対し、
速やかにその中小受託事業者の給付を受領し、その製造委託等代金若しくはその減じた額若しくは第六条の規定による遅延利息を支払い、その給付に係る物を再び引き取り、その製造委託等代金の額を引き上げ、若しくはその購入させた物を引き取るべきこと若しくはその不利益な取扱いをやめるべきこと又はその中小受託事業者の利益を保護するための措置をとるべきことその他必要な措置をとるべきことを勧告するものとする。
2 公正取引委員会は、第五条の規定に違反する行為が既になくなつている場合においても、特に必要があると認めるときは、違反委託事
業者に対し、当該行為が既になくなつている旨の周知措置その他当該行為が排除されたことを確保するために必要な措置をとるべきことを勧告することができる。」
と規定されていますが、ご覧のとおり、協議拒否を念頭においた勧告内容になっていません。
しいて言えば、「その中小受託事業者の利益を保護するための措置をとるべきこと」の部分が該当しそうですが、何も具体的なことは書いてありません。
そこでおそらく、「親事業者は、中小受託事業者から求めのあった製造委託等代金の額に関する協議に応じること。」みたいな主文になるのかな、と予想されます。
そこでまた違反事実の立証の話に戻ってしまいますが、もし親事業者が「ちゃんと協議には応じた」と反論したら、どうするのでしょう?
この点については、ガイドライン案の第4・9⑶では、
「(3) 「中小受託事業者が製造委託等代金の額に関する協議を求めたにもかかわらず、当該協議に応じず」とは、
中小受託事業者からの協議の求めを明示的に拒む場合のほか、
例えば、協議の求めを無視したり、協議の実施を繰り返し先延ばしにしたりして、協議の実施を困難にさせる場合を含む。」
とされていますが、これを素直に読む限り、「無視」も「先延ばし」もせず、ともかく協議の席についたり、協議のメールのやり取りを繰り返していれば、「協議に応じず」とは認定されないことになります。
(まあそれで下請事業者の保護として十分なのかは疑問もありますが、条文には忠実な解釈なので、しかたないでしょう。)
2025年4月18日の衆議院経済産業委員会の議事録を見ると、向井参事官が、
「この協議に応じない一方的な代金決定というものは、実質的な協議を行わずに価格を決定することをいいまして、協議の求めを拒む、無視する、又は繰り返し先延ばしにしたりして協議に応じずに価格を決定をするということや、形式的な協議のみで必要な説明などを行わずに価格を決定する、そういうものが考えられるわけでございます。」
という答弁をされているので、「形式的な協議のみで必要な説明などを行わず」というのも加わっていますが、何をもって「形式的」な協議というのか、どれだけ説明していれば「必要な説明」といえるのか(たとえば、親事業者が、「その値段ではうちの利益が出ない」という説明は「必要な説明」なのか)、といったことが、延々と問題になると思われます。
そうすると、明らかに形だけの、アリバイ作りのための協議であれば、「形式的な協議のみで必要な説明などを行わず」で拾えそうですが、それでもなお、「協議の実施を困難にさせる」と認定するのは、なかなか難しいように思います。
そもそも取引の実態を知らない公取委が、当事者の協議の経過を見て、これは実質的な協議だ、これはアリバイ作りの「形式的」な協議だ、「必要な説明」をしていない、なんて、判断できるのでしょうか?
そのような判断をできるためには、下請事業者がかなり積極的に協力しないと難しいように思われますが、それはまた、下請事業者にとってハードルが高いかもしれません。
というわけで、「協議に応じず」の認定も、なかなかハードルが高いのではないかと思われます。
と、このように考えていくと、いちおう中小受託法の内容を知って対応を考えている親事業者の場合は、この協議拒否についてはいかようにでも対応できそうであり、現実的には、そもそも下請法が改正されれて協議義務が入ったことを知らなかった、という場合が、まずはターゲットになりそうな気もします。
逆に言えば、法改正をきちんと社内で周知しておくことが重要、ということでしょう。
おそらく協議拒否の勧告が出るのは今から1年後くらいではないかと思われますが、今から首を長くして待っておきたいと思います。
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