今朝の日経法務面「偽造品、アマゾンの責任は」の記事のカライスコス教授のコメントについて
今朝(2025年9月8日)の日経朝刊の法務面の掲題記事で、
「巨⼤プラットフォームの対応の限界を指摘する声もある。
訴訟でアマゾンは「年間250万件を超える苦情・問い合わせに対応しており、⼀つ⼀つの申告について吟味、検証することは難しい」と主張した。
「責任放棄だ」との⾒⽅もあるが、欧州連合(EU)や⽇本の消費者保護に詳しい⿓⾕⼤のカライスコス・アントニオス教授は「250万件すべてに対応するのは酷だ」とみる。
そのうえでカライスコス教授は「EUがデジタルサービス法に基づき導⼊している『トラステッドフラッガー(信頼できる通報者)』の仕組みを⽇本でも取り⼊れるのが有効ではないか」と話す。」
と、カライスコス教授のコメントが紹介されています。
(電子版はこちら。)
ですが、少なくともこのアマゾンのパルスオキシメーターの事件については、「250万件すべてに対応するのは酷だ」という論評は、まったくあてはまらないと思います。
欧州でtrusted flaggerが問題になる文脈は、あくまで、違反が具体的に発覚する前に、プラットフォーム運営者としてどこまで対応しておくべきか、ということです。
つまり、EUのデジタルサービス法22条(Trusted flaggers)の1項では、
「Providers of online platforms shall take the necessary technical and organisational measures
to ensure that notices submitted by trusted flaggers,
acting within their designated area of expertise,
through the mechanisms referred to in Article 16,
are given priority and
are processed and decided upon without undue delay.」
と定められています。
和訳すると、
「オンラインプラットフォーム提供者は、
指定された専門分野の範囲内で行動するtrusted flaggerが第16条に規定する仕組みを通じて提出した通知が、
優先的に扱われ、
不当な遅滞なく処理され、
〔当該通知に基づきオンラインプラットフォーム提供者の〕意思決定がなされることを
確保するために必要な技術的及び組織的措置を講じなければならない。」
ということです。
ちなみに、22条で言及されている16条(Notice and action mechanisms)の1項では、
「Providers of hosting services shall put mechanisms in place
to allow any individual or entity to notify them
of the presence on their service of specific items of information
that the individual or entity considers to be illegal content.
Those mechanisms shall be easy to access and user-friendly, and shall allow for the submission of notices exclusively by electronic means.」
と規定されていて、和訳すると、
「ホスティングサービス提供者は、
個人または団体が自らのサービス上に存在する特定の情報を違法コンテンツとみなす場合、
その旨を通知できる仕組みを設けるものとする。
当該仕組みは、アクセスが容易で、かつユーザーフレンドリーであるとともに、電子的手段による通知の提出のみを可能とするものとする。」
です。
つまり、DSA16条では、違法コンテンツの通報を受ける仕組みを構築する義務が課され、22条では、その仕組みの中でtrusted flaggerからの通知を優先的に扱う措置を講じましょうね、ということです。
さらに言えば、DSAの規定に違反すると最大売上の6%の制裁金が課される(52条)わけで、要は、16条の仕組みを設けず、22条のtrusted flaggerの優先扱いの「技術的及び組織的措置」を設けないと、それだけで巨額の制裁金を受けますよ、という、たいへん厳しい内容なわけです。
むしろ本件のような、私人からの損害賠償請求については、54条(Compensation)で、
「Recipients of the service shall have the right to seek, in accordance with Union and national law, compensation from providers of intermediary services, in respect of any damage or loss suffered due to an infringement by those providers of their obligations under this Regulation.」
「本サービスの受益者は、本規則に基づく義務の違反により被ったいかなる損害または損失について、EU法および加盟国法に従い、仲介サービス提供者に対し賠償を求める権利を有する。」
ということで、損害賠償についてはEU法および加盟国法に従って請求できるとしているだけで、DSA上、なんら損害賠償請求を制限する建付けにはなっていません。
つまり、DSAのもとですら、損害賠償についてはEU法と加盟国法にしたがうのであって、trusted flaggerとは無関係です。
(推測ですが、54条のような規定が設けられたのは、16条とか22条の義務を果たせばプラットフォームは免責されるのだというプラットフォームからの抗弁をふさぐためではないかと思われ、そうだとしたら、その想像力には背筋が凍る思いがします。)
なので、「250万件すべてに対応するのは酷だ」という同教授のコメントは、DSAのもとでも成り立たないと思います。
(ただ、これはEU法に詳しい同教授が、EU法と加盟国法も踏まえて「酷だ」とコメントされているのかもしれず、そのあたりはEU法と加盟国法の損害賠償法に疎い私には、わかりません。)
むしろDSAのtrusted flaggerの制度は、単に通知を受ける仕組みの整備義務(16条)に加えて、さらにtrusted flaggerを優先する義務(22条)を課しており、義務を軽減しているのではなく、加重しているのだとみるべきでしょう。
まとめると、DSAのtrusted flaggerの制度は、あくまで問題が起きる前の事前の義務であり、問題が起きた後の事後の義務(補償義務)については、DSAはEU法および加盟国法に委ねている、ということです。
まして日本法では、知財高裁平成24年2月14日判決(チュッパチャプス対楽天)があります。
この事件では、楽天市場で商標侵害品が売られていたので、チュッパチャプスが楽天に差止を求めたのですが、知財高裁は、
「本件における被告サイトのように,ウェブサイトにおいて複数の出店者が各々のウェブページ(出店ページ)を開設してその出店ページ上の店舗(仮想店舗)で商品を展示し,これを閲覧した購入者が所定の手続を経て出店者から商品を購入することができる場合において,
上記ウェブページに展示された商品が第三者の商標権を侵害しているときは,
商標権者は,直接に上記展示を行っている出店者に対し,商標権侵害を理由に,ウェブページからの削除等の差止請求と損害賠償請求をすることができることは明らかであるが,
そのほかに,ウェブページの運営者が,単に出店者によるウェブページの開設のための環境等を整備するにとどまらず,運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い,出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であって,
その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったときは,
その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り,
上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し,商標権侵害を理由に,出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。
けだし,(1)本件における被告サイト(楽天市場)のように,ウェブページを利用して多くの出店者からインターネットショッピングをすることができる販売方法は,販売者・購入者の双方にとって便利であり,社会的にも有益な方法である上,
ウェブページに表示される商品の多くは,第三者の商標権を侵害するものではないから,
本件のような商品の販売方法は,基本的には商標権侵害を惹起する危険は少ないものであること,
(2)仮に出店者によるウェブページ上の出品が既存の商標権の内容と抵触する可能性があるものであったとしても,
出店者が先使用権者であったり,商標権者から使用許諾を受けていたり,並行輸入品であったりすること等もあり得ることから,
上記出品がなされたからといって,ウェブページの運営者が直ちに商標権侵害の蓋然性が高いと認識すべきとはいえないこと,
(3)しかし,商標権を侵害する行為は商標法違反として刑罰法規にも触れる犯罪行為であり,ウェブページの運営者であっても,出店者による出品が第三者の商標権を侵害するものであることを具体的に認識,認容するに至ったときは,同法違反の幇助犯となる可能性があること,
(4)ウェブページの運営者は,出店者との間で出店契約を締結していて,上記ウェブページの運営により,出店料やシステム利用料という営業上の利益を得ているものであること,
(5)さらにウェブページの運営者は,商標権侵害行為の存在を認識できたときは,出店者との契約により,コンテンツの削除,出店停止等の結果回避措置を執ることができること
等の事情があり,これらを併せ考えれば,
ウェブページの運営者は,商標権者等から商標法違反の指摘を受けたときは,出店者に対しその意見を聴くなどして,その侵害の有無を速やかに調査すべきであり,
これを履行している限りは,商標権侵害を理由として差止めや損害賠償の責任を負うことはないが,
これを怠ったときは,出店者と同様,これらの責任を負うものと解されるからである。」
と判示しました。
(長い引用で恐縮です。でも、とても大事ですし、紙面の制限のないネットなのでご理解ください。正確に要約するが大変だ、という事情も、もちろんあります😵)
というわけで、知った以上はちゃんと対応しろというのが知財高裁の判決であり、「250万件すべてに対応するのは酷だ」という発想は微塵もありませんし、楽天も、そんな主張はしていません。
当然だと思います。
この点は、日経記事で、
「「責任放棄だ」との⾒⽅もある」
とされてますが、こちらこそが当然の見方だと思います。
250万件もクレームが来るくらいビジネスを広げたなら、それに対応するのが当然であって、対応できないなら、そこまでビジネスを広げなければいいだけです。
身の丈に合ったビジネスをすればいいだけのことです。
欧州のDSAでは、ヘイトスピーチとか、児童ポルノとか、違法コンテンツとはいえ確かに全責任をプラットフォームに負わせるのは酷だ(昔よく言われた、「インターネットの掲示板は便所の落書きみたいなものだから、掲示板の運営者に落書きの責任を負わせるのは酷だ。」という発想)、という場面も想定して議論がされていますが、本件では、人の命に係わるパルスオキシメーターを売っている(売らせている)わけですから、その意味でも、DSAの事前の措置に関する一般論とは前提が異なります。
ちなみに、知財高裁が楽天の責任を否定した部分を引用すると、
「イ そこで以上の見地に立って本件をみるに,一審被告は,前記(1)のようなシステムを有するインターネットショッピングモールを運営しており,出店者から出店料・システム利用料等の営業利益を取得していたが,
前記(2)イの番号1,2の展示については,展示日から削除日まで18日を要しているが,
一審被告が確実に本件商標権侵害を知ったと認められるのは代理人弁護士が発した内容証明郵便が到達した平成21年4月20日であり,
〔注・原審事実認定によると、原告から被告への最初の通知の電子メールは、4月3日です。〕
同日に削除されたことになる。
また,前記(2)イの番号3~8の展示については,展示日から削除日まで約80日を要しているが,
一審被告が確実に本件商標権侵害を知ったと認められるのは本訴訴状が送達された平成21年10月20日であり,
同日から削除日までの日数は8日である。
さらに,前記(2)ウの番号9~12の展示については,
展示から削除までに要した日数は6日である。
以上によれば,ウェブサイトを運営する一審被告としては,商標権侵害の事実を知ったときから8日以内という合理的期間内にこれを是正したと認めるのが相当である。」
となっています。
このように、楽天は知ってから最大8日以内には対応しており、アマゾンとは雲泥の差です!
ちなみに、「250万件すべてに対応するのは酷だ」というのは、日本のアマゾンの取引の実態としても、ちょっと疑問です。
私もかつてはアマゾンをよく使っていましたが、主に配送のことで、何度かクレームというか、問い合わせをアマゾンにしたことがあります。
アマゾンのサイトから問い合わせ方法の選択があり、その中で「今すぐ電話がほしい」という選択肢をクリックすると、ほんの数秒で、指定した自分の携帯にアマゾンのカスタマーサービスから電話がかかってきたのです!
しかもその対応もとても丁寧で、ちょっと中国語っぽいアクセントのある男性でしたが流ちょうな日本語で、クレームにもきちんと対応していただきました。
さらに、こちらが求めもしないのに、
「お詫びにアマゾンプライムの1ヶ月無料クーポンをさしあげます。」
という対応までしていただきました(笑)。
このときは、「ほんとうに、アマゾンすげぇなぁ~。むしろ日本企業のほうが負けてるな。」と、心底感心しました。
「250万件」に、消費者からのクレームが含まれるのかどうかわかりませんが、ともかく、私の知るかぎり、アマゾンは消費者に対する対応は徹底的にやっていると思います。
なので、出品者に対する対応も、同じようにできないことはないんじゃないか、という気がします。
というわけで、「250万件すべてに対応するのは酷だ」という専門家のコメントが独り歩きしないことを、切に願います。
カライスコス先生の真意は別のところにあったかもしれず、今度お目にかかる機会があったらお尋ねしてみたいと思いますし、もしこのブログをご覧になっていたら、コメント欄ででも、ダイレクトメール(このブログ画面の左上、「メールを送信」にリンクがあります。)でも、コメントいただけると大変幸甚です。
(ちなみに最後になりましたが、この記事では私のコメントも引用していただいています。)
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根拠は異なりますが「酷」との表現私も全く同じ意見です。
この記事を読んだ時から許せない気持ちになりました。
「250万件すべてに対応するのは酷だ」という専門家のコメントが独り歩きしないことを、切に願います。…彼は有識者として行政で意見も述べる立場の人なので
https://x.com/rinayuya221/status/1964580365240279288
私は酷だと意見する何が何に対して酷か是非聞いてもらいたいです。
投稿: | 2025年9月 9日 (火) 18時31分