景表法の確約手続ガイドラインについて
2024年4月18日に、「確約手続に関する運用基準」が出ました。
独禁法の確約のガイドラインと瓜二つで、既視感のある記述がくり返されていますが、注目は確約の対象事件です。
すなわち、景表法の確約ガイドライン5(「5 確約手続の対象」の⑶(「(3) 確約手続の対象外となる場合」)では、
「①違反被疑行為者が、
違反被疑行為に係る事案についての調査を開始した旨の通知を受けた日、
景品表示法第25 条第1項の規定による報告徴収等が行われた日
又は
景品表示法第7条第2項若しくは第8条第3項の規定による資料提出の求めが行われた日
のうち最も早い日
から遡り10 年以内に、法的措置〔注・措置命令又は課徴金納付命令〕を受けたことがある場合(法的措置が確定している場合に限る。)、
及び
②違反被疑行為者が、
違反被疑行為とされた表示について
根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っているなど、
悪質かつ重大な違反被疑行為と考えられる場合には、
違反被疑行為等の迅速な是正を期待することができず、
違反行為を認定して法的措置をとることにより厳正に対処する必要があることから、
一般消費者による自主的かつ合理的な商品及び役務の選択を確保する上で必要があると認めることができないため、
確約手続の対象としない。」
とされています。
ちなみに独禁法の確約ガイドラインの5(「5 確約手続の対象」)では、
「他方,
[1]入札談合,受注調整,価格カルテル,数量カルテル等のように,独占禁止法第3条,第6条又は第8条第1号若しくは第2号に関する違反被疑行為であって,
かつ,
独占禁止法第7条の2第1項
(独占禁止法第8条の3において準用する場合を含む。)
に掲げるものに関する違反被疑行為
〔注・不当な取引制限又は不当な取引制限に該当する事項を内容とする国際的協定若しくは国際的契約であつて、商品若しくは役務の対価に係るもの又は商品若しくは役務の供給量若しくは購入量、市場占有率若しくは取引の相手方を実質的に制限することによりその対価に影響することとなるもの〕
である場合,
[2]事業者が違反被疑行為に係る事件について独占禁止法第47条第1項各号に掲げる処分を初めて受けた日から遡り10年以内に,違反被疑行為に係る条項の規定と同一の条項の規定に違反する行為について法的措置を受けたことがある場合
(法的措置が確定している場合に限る。)
及び
[3]「独占禁止法違反に対する刑事告発及び犯則事件の調査に関する公正取引委員会の方針」(平成17年10月7日公正取引委員会)に記載のとおり,
一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な違反被疑行為である場合
には,違反行為を認定して法的措置を採ることにより厳正に対処する必要があり,公正かつ自由な競争の促進を図る上で必要があると認めることができないため,確約手続の対象としない。」
とされています。
独禁法の確約ガイドラインの[2]のさかのぼって10年以内の違反については、以下の経緯から、確約手続施行前に違反した場合も含む(一種の遡及効)が明らかです。
すなわち、独禁法の確約ガイドラインの原案では、該当箇所は、
「他方,【中略】
②事業者が違反被疑行為に係る事件について独占禁止法第 47 条第1項各号に掲げる処分を初めて受けた日から遡り 10 年以内に,
違反被疑行為に係る条項の規定と同一の条項の規定に違反する行為を行ったことがある場合
(法的措置が確定している場合に 限る。)
【中略】 には,
違反行為を認定 して法的措置を採ることにより厳正に対処する必要があり,公正かつ自由な競争の促進を図る上で必要があると認める
ことができないため,
確約手続の対象としない。」
とされていたのが、パブコメ(16番)で、
「法的措置後に違反行為を繰り返した者でない場合は,
確約制度の対象とすべきと考えられるため,
確約手続の対象としない場合のうち②については,
「(法的措置が確定している場合に限る。)」
という文言を,
「(法的措置が確定している場合であって違反被疑行為が当該法的措置後に行われた場合
(当該法的措置前から継続する場合を含む。)
に限る。)」
と変更すべきである。 (学者等)」
というコメントがなされ、これに対して公取委が、
「御指摘の記載は,
繰り返し違反行為に対する課徴金制度の制度の独占禁止法の関係関係規定〔注・現行独禁法7条の3〕と同様の記載としたものです。
そのことが明確になるように修正を行いました。」
と回答しました。
ここで参照されている独禁法7条の3第1項(くり返し違反による課徴金の加重規定)では、
「第七条の三
前条第一項の規定により課徴金の納付を命ずる場合において、
当該事業者が次の各号のいずれかに該当する者であるときは、
同項(同条第二項において読み替えて適用する場合を含む。)中「合算額」とあるのは、
「合算額に一・五を乗じて得た額」とする。
ただし、当該事業者が、第三項の規定の適用を受ける者であるときは、この限りでない。
一 当該違反行為に係る事件についての調査開始日から遡り十年以内に、
前条第一項又は第七条の九第一項若しくは第二項の規定による命令〔注・課徴金の納付命令〕
(当該命令が確定している場合に限る。)、
次条第七項〔リニエンシーにより課徴金を命じないこととした旨の通知に関する規定〕
若しくは
第七条の七第三項〔罰金刑またはすそ切りにより課徴金納付を命じない旨の通知に関する規定〕の規定による通知
又は
第六十三条第二項の規定による決定
(以下この項において「納付命令等」という。)
を受けたことがある者(当該納付命令等の日以後において当該違反行為をしていた場合に限る。)」
とされており、公取委回答は、「原案はこれと同様なのだ。」と回答したわけです。
その結果、独禁法の確約手続ガイドラインの成案では、
「他方,【中略】
②事業者が違反被疑行為に係る事件について
独占禁止法第 47 条第1項各号に掲げる処分を初めて受けた日から遡り 10 年以内に,
違反被疑行為に係る条項の規定と同一の条項の規定に違反する行為について法的措置を受けた ことがある場合
(法的措置が確定している場合に 限る。)
【中略】 には,
違反行為を認定して法的措置を採ることにより厳正に対処する必要があり,公正かつ自由な競争の促進を図る上で必要があると認めることができないため,確約手続の対象としない。」
と修正されました。
つまり、過去10年以内に起こった事実が、原案では、
「・・・違反する行為を行ったことがある場合
(法的措置が確定している場合に 限る。)」
だったのが、成案では、
「・・・違反する行為〔注・前回の違反行為〕について法的措置を受けた ことがある場合
(法的措置が確定している場合に 限る。)」
に変更されたわけです。
変更後の成案が、独禁法7条の3第1項の、
「〔課徴金の納付命令〕
(当該命令が確定している場合に限る。)、
・・・を受けたことがある者
(当該納付命令等の日以後において
当該違反行為〔注・今回の違反行為〕をしていた場合に限る。)」
に沿った内容になっているのか(むしろ、学者コメントのほうが7条の3第1項に沿っているのではないか)、という疑問はありますがそれはさておき、ここで大事なのは独禁法の確約ガイドラインの10年以内のくり返しが独禁法の10年以内のくり返しによる加重規定を参考にしているということです。
そして、独禁法の10年以内のくり返しによる加重規定は、加重規定が導入される前の違反行為も含むと解されています(文言に反しないし、過去の行為を加重して罰するのではなく今回の行為を加重するだけなので、「遡及効」というわけでもないため)。
ということは、独禁法の確約ガイドラインのさかのぼって10年の違反は確約手続導入前の違反も含まれる(つまり、確約導入前で10年前に違反していると、確約の対象にならない)、ということです。
そうすると、独禁法の確約ガイドラインと瓜二つの景表法の確約ガイドラインでも同様に解される(確約導入前の違反もカウントされ、10年前なら確約の対象にならない)、ということになります。
次に、確約の対象から、
「②違反被疑行為者が、
違反被疑行為とされた表示について
根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っているなど、
悪質かつ重大な違反被疑行為と考えられる場合」
が除外されています。
この、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」というのが何を意味するのかが問題です。
まず、痩せるはずのない健康食品を痩せると謳って販売するのが、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている
」に該当することは、
争いないでしょう。
私はよく講演で、不当表示を、
①虚偽だと知りながら表示していた(痩せないダイエット食品)
②表示の意味を誤解・曲解していた(「芝エビ」を小さなエビと曲解するケース)
③「実際」が変わったのに、表示を変えるのを忘れた
④本来予定した「実際」を作れなかった(能力不足、材料不足)
⑤「実際」の証拠がなかった(不実証広告規制で争って負けるケース)
に分類して説明しますが、この分類にしたがえば、①ですね。
これに対して、「②表示の意味を誤解・曲解していた(「芝エビ」を小さなエビと曲解するケース)」が、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている 」にあたるのかというと、かなり微妙で、ケースバイケースでしょう。
というのは、この②には、ほとんど故意で①に近いものもあるからです。
でも、「芝エビ」を小さいエビの意味で使っていた、というケースなら、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」とまではいえないと思います
「③「実際」が変わったのに、表示を変えるのを忘れた」というのは、メーカー希望小売価格が廃止されたのを知らずに小売店が「メーカー希望小売価格」と表示して二重価格表示をしていたサンドラッグ事件のようなケースですが、これも通常はうっかりミスですから、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」にはあたらないでしょう。
「④本来予定した「実際」を作れなかった(能力不足、材料不足)」というのは、最初は作れると思って作り始めているわけですから、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」の「当初から」の要件をみたさず、確約の対象となるとみていいでしょう。
「⑤「実際」の証拠がなかった(不実証広告規制で争って負けるケース)」は、これまたケースバイケースで、たとえば翠光トップラインのシーグフィルムや大幸薬品のクレベリンのケースは、裁判で負けはしたもののそこそこ証拠はあったので、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」にはあたらないでしょう。
でもそういうケースは取消訴訟で争うので、そもそも確約にはならない、というジレンマもあります。
(もちろん、裁判になったら勝てる可能性があると思っているけれど確約で終わらす、というケースもないわけではないでしょうから、そういうケースなら、確約になる可能性はあるでしょう。)
これに対して、タバクール(ニコチンがビタミンに変わるとうたっっていた商品)の事件や、「バリ5」(携帯に貼ると電波が強くなることをうたっていた商品)の事件は、訴訟で争ったもののほとんどまともな証拠がなかったので、もし当事者が確約を希望しても「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」にあたるとして、確約の対象外になるかもしれません。
反面、消費者庁としては、ややこしい事件を訴訟で争われるより確約にしてしまおう、というインセンティブがはたらくかもしれず、理屈ではわりきれない面もありそうです。
さて、以上は確約の対象についての注目点でしたが、もう1つ注目すべき点として、返金の取扱いがあります。
すなわち、確約ガイドラインの「6 確約計画」の「(3) 確約措置」の「イ 確約措置の典型例」の「(オ) 一般消費者への被害回復」では、
「例えば、被通知事業者が違反被疑行為に係る商品又は役務を購入した一般消費者に対し、
その購入額の全部又は一部について返金
(景品表示法第10 条第1項に定める「金銭」の交付をいう。)
することは(注2)、
一般消費者の被害回復に資すること、及び自主返金制度が設けられた法の趣旨を踏まえると、
措置内容の十分性を満たすために有益であり、重要な事情として考慮することとする。
(注2)返金の手段、方法等は、事業者の自主的な判断に委ねられるが、
自主返金制度において定める内容が参考となる。」
とされています。
まず、注2の記載から、ここでの「返金」は、景表法10条の返金措置にかぎられないことはあきらかです。
では、その他の返金もみとめられるとして、このガイドラインの規定により、確約が認められるためには返金が必須になるのでしょうか。
この点については、独禁法の確約ガイドラインでは、「6 確約計画」の「(3) 確約措置」の「イ 確約措置の典型例」の「(カ) 取引先等に提供させた金銭的価値の回復」で、
「例えば,被通知事業者が取引先に対して,
商品又は役務を購入した後に契約で定めた対価を減額することや,
当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させることが違反被疑行為に該当する場合には,
被通知事業者が収受した利得額や当該取引先の実費損害額を当該取引先に返金することが
措置内容の十分性を満たすために有益である。」
とされています。
これはあきらかに優越的地位の濫用を念頭に置いた規定ですが、優越の事件では、被害回復がされる確約とそうでない確約があります。
はっきりした基準はわかりませんが、お金で被害が測りやすいものが「金銭的価値の回復」の対象になっているように思われます。
そうすると、景表法でも、お金で被害が測りやすいもの(たとえば、レストランが仕入先にだまされてA4ランクの牛肉を「A5ランク」と表示して売ったような場合)は返金が事実上要求され、そうでないものは要求されない、ということになりそうです。
痩せる健康食品の場合は商品が無価値なので全額返金でいいように思いますが、そういうケースは「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている 」に該当し、上述のとおりそもそも確約の対象外です。
場合によっては、「根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っている」場合であっても確約をエサにして返金をさせるという方法もあったのかな、と思いましたが、そういう業者(=社会的信用を重んじない業者)は、全額返金するくらいなら3%の課徴金を払う方を選ぶのでしょう。
というわけで、実際の運用がどうなるのかいろいろと興味が湧いてくるガイドラインでした。
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