「直接の利益」は全ての濫用行為に適用されるわけではありません。
ときどき誤解される方がいらっしゃるようなのですが、優越的地位の濫用において濫用行為該当性を否定するために常に「直接の利益」が要求されるわけではありません。
優越的地位の濫用ガイドラインでは、濫用行為該当性をまぬがれるために「直接の利益」が要求されているのは、
協賛金(第4-2(1))
従業員等の派遣の要請(第4-2(2))
返品(第4-3(2)返品)
だけです。
審判決にまで目を広げても、トイザらス事件審決で、減額を原資とした値引きに直接の利益があれば濫用にならないとされているのがあるくらいです。
あとは、長澤先生の優越本〔第4版〕p331に、給付内容の変更を受入れさせることの見返りとして相手に利益を与えることが約束されている場合があげられているくらいです。
けっして、すべての濫用行為で「直接の利益」が要求されるわけではありません。
たとえば、「取引の対価の一方的決定」(第4-3⑸ア)では、
「(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,
正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。
この判断に当たっては,対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法のほか,他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,取引の相手方の仕入価格を下回るものであるかどうか,通常の購入価格又は販売価格との乖離(かいり)の状況,取引の対象となる商品又は役務の需給関係等を勘案して総合的に判断する。」
とされており、基準は「著しく低い対価又は著しく高い対価」であって、「直接の利益」という言葉はどこにも出てきません。
もし対価の決定で直接の利益を要するとしたら、値上げしたときには値上げ分に相当する利益を還元することが必要ということになり、事実上値上げが一切できないことになってしまい、不当であることがあきらかです。
そもそも優越ガイドラインで「直接の利益」が出てくるところでは、たとえば協賛金の場合では、
「当該取引の相手方が得る直接の利益(注9)等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となり,当該取引の相手方に不利益を与えることとなる場合(注10)」(第4-2⑴)
という書き方になっていて、「直接の利益」はあくまで「合理的であると認められる範囲を超えた負担」かどうかの判断の一要素でしかありません。
では、どういう行為類型に「直接の利益」が関係するのかを考えてみると、主には、不当な経済上の利益の提供要請型(協賛金と従業員派遣)ですね。
返品も、ほんらい契約上の義務ではない負担をさせる(=濫用者に対して利益を提供させる)という意味では、不当な経済上の利益の提供要請型といえます。
減額を原資とした値引きも同じようなものでしょう。
これらの行為は、取引相手方に提供させる利益が契約上のほんらいの義務ではないので、基本的には提供させるべきではなく、かといって一切許されないとするのも窮屈であり、ではどんな場合ならOKなのかなと考えてみると、提供させた経済上の利益で取引相手方に直接の利益があるならいいんじゃないかという基準が浮かんできた、ということなのでしょう。
対価の決定も、値上げに応じることが「契約上のほんらいの義務」であるわけではないのですが、そうはいっても対価は取引の根幹ですから、経済上の利益の提供要請みたいに、付随的な行為(場末の飲み屋のイメージ)というわけにはいきません。
むしろ逆に、優越ガイドラインが「直接の利益」に言及しない行為類型をみてみると、たとえば、「1 独占禁止法第2条第9項第5号イ(購入・利用強制) 」(第4-1)では、
「(1) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務の購入を要請する場合であって,当該取引の相手方が,それが事業遂行上必要としない商品若しくは役務であり,又はその購入を希望していないときであったとしても,今後の取引に与える影響を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。
(2) 他方,取引の相手方に対し,特定の仕様を指示して商品の製造又は役務の提供を発注する際に,当該商品若しくは役務の内容を均質にするため又はその改善を図るため必要があるなど合理的な必要性から,当該取引の相手方に対して当該商品の製造に必要な原材料や当該役務の提供に必要な設備を購入させる場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない。 」
とされていて、「事業遂行上必要としない」かどうかが基準とされていて、こちらのほうが購入強制では「直接の利益」を云々するより明確ですから、これでよいのであり、これをあえて「直接の利益」と読み込む必要はないでしょう。
また、同じ経済上の利益の提供要請でも「(3) その他経済上の利益の提供の要請」(第4-2)では、
「ア 協賛金等の負担の要請や従業員等の派遣の要請以外であっても,
取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,取引の相手方に対し,発注内容に含まれていない,金型(木型その他金型に類するものを含む。以下同じ。)等の設計図面,特許権等の知的財産権,従業員等の派遣以外の役務提供その他経済上の利益の無償提供を要請する場合であって,
当該取引の相手方が今後の取引に与える影響を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注15)。」
については、具体的な基準がなにもありませんが、これは、提供される利益の種類がさまざまなので一概にいえないからこうなっているのでしょう。
たとえば、特許を無償提供させることの「直接の利益」といわれても、ピンときません。
ただそれだけのことです。
ちなみに上記引用部分に続けて注15の説明があり、そこでは、
「(注15) 無償で提供させる場合だけでなく,取引上の地位が優越している事業者が,取引の相手方に対し,正常な商慣習に照らして不当に低い対価で提供させる場合には,優越的地位の濫用として問題となる。この判断に当たっては,「取引の対価の一方的決定」(第4の3(5)ア)に記載された考え方が適用される。」
とされており、不当に低い対価で経済上の利益を提供させる場合(特許を安く買いたたくような場合)には、対価の一方的決定の「著しく低い対価又は著しく高い対価」の基準が適用されることが明記されています。
つまり、同じ不当な経済上の利益提供要請型であっても、「直接の利益」の基準がしっくりくるものと、「著しく低い対価又は著しく高い対価」がしっくりくるものがある、ということです。
もちろん、注15にはあたらない、第4-2⑶の利益も当然あり、それについては、ガイドラインでは具体的な基準は示されていない、ということになります。
そのほかの、受領拒否や支払遅延なども、「直接の利益」に触れていませんが、受領拒否が「直接の利益」になるなんておよそ考えられないので、それでよいのです。
どうして何でもかんでも「直接の利益」を持ち出したがる人が出てくるのかなぁと考えると、「直接の利益」という語感が、なんとなく具体的な基準を立てているようで説得力があるように聞こえるから、あるいは、印象的で耳に残りやすいから、ということではないかと想像します。
あと、何でもかんでも「直接の利益」を持ち出して説明する人は、ガイドラインでいう「直接の利益」と「代償措置」の話を混同しているのではないかと想像します。
つまり、「代償措置(相手方に通常生ずべき損失の補償)」(たとえば従業員派遣で、派遣のために通常必要な費用を負担すること。第4-2⑵イ)は、濫用行為該当性を否定する方向にはたらく要素になります(長澤先生の優越本152頁)。
でも、これと「直接の利益」は、まったく別の話です。
少なくとも優越ガイドラインは別に扱っています。
なので、実務家としては、ガイドラインで使っているような意味で「直接の利益」という言葉を使うべきなのであって、代償措置の意味で「直接の利益」などという言葉を使うべきではありません。
実務家である以上、学者ではないのですから、自分で好きなように概念を変えてはいけないのです。
もしそういう言葉の使い方をするなら、はっきりと「私のいう『直接の利益』はガイドラインとは別物です」と断るべきでしょう。
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