ステマ1号案件について(医療法人社団祐真会)
2024年6月6日、消費者庁はステマをしていた医療法人社団祐真会に対して措置命令を出しました。
昨年10月のステマ告示施行から約8か月ですから、まずまず早かったのではないでしょうか。
医療行為という人の生命や健康に関わる役務で違法行為が行われたことが重要視されたのかもしれませんが、ともかく、優良誤認との抱き合わせではない純粋なステマでいきなり命令を出したことに、悪質なステマは見逃さないという消費者庁の本気度を感じます。
以下、措置命令を読んで気づいたことを記しておきます。
まず、本件措置命令では、違反対象役務(「本件役務」)を、「『マチノマ大森内科クリニック』と称する診療所・・・において供給する診療サービスに係る役務」としています。
この事件では、Googleマップに星5つか4つの投稿をしてくれた患者にインフルエンザワクチン接種代金を割り引いていたのですが、違反対象役務はインフルエンザワクチン接種ではなく、診療サービス全般になっています。
これは、割引を受けるための投稿の宣伝対象がインフルエンザワクチン接種だけでなく同診療所での診療サービス全般だったことから、当然であると考えられます。
インフルエンザワクチン接種はあくまでステマの対価として割引提供された役務に過ぎません。
同命令では、
「インフルエンザワクチン接種のためにクリニックに来院した者・・・に対し」
依頼をした、と認定されているので、素朴に考えれば投稿対象はインフルエンザワクチン接種である可能性が高いように思われますが(「インフルワクチン安かった」とか、「インフルワクチン待ち時間なくスムーズに打てた」とか)、ステマの依頼の内容(あるいは内容)が、Googleマップの口コミに、
「クリニックの評価として『★★★★★」・・・又は『★★★★』の投稿をすること」
を条件にインフルエンザワクチン接種費用を割り引くということだったので、あくまでクリニックの評価全体が宣伝対象だった、ということなのでしょう。
現在は指定告示違反には課徴金がかからないので違反対象商品役務が何なのかはあまり大きな問題にはなりませんが、もし将来課徴金の対象になったら大きな争点になりそうですし、他の指定告示違反と違ってステマは広告を実際に書くのが第三者なので、宣伝対象があいまいだということもありえそうで、そうするとなおさら大きな争いになりそうです。
それに、命令では、そもそも違反表示とされたのは、別表1と2をみると、「星5」という部分だけです。
つまり、投稿者のコメントの文章の部分は違反表示ではなく、「★★★★★」という表示だけが違反表示だ、ということです。
これは、違反者祐真会の指示が、星5つか4つで割引、というものだったので、その関与した「内容」は星の数だけ、ということなのでしょう。
ここで頭の体操ですが、NHKの報道(2024年6月7日「「☆星4以上のクチコミで割引」はステマ 消費者庁が措置命令」)によると、本件では、違反者が違反行為をするまえは星1つが大半だったのに、違反行為をはじめてから星5つが急増したとされています。
もし、これではいかにもステマっぽいと危惧した違反者が、星1つとか2つとか3つをそれぞれ目標数を定めて個別に患者に依頼して適当にばらけさせたとした場合、星1つとか2つもステマになるでしょうか?
答えは、ステマになります。
ステマは優良誤認表示や有利誤認表示と異なり広告の内容は問わないので、広告主にとって不利な内容もステマに該当するからです。
不利な表示に顧客誘引性があるのか、という疑問が生じるかも知れませんが、ステマであることを見抜かれないために2や3も付けさせている、という実態を全体的に見れば、全体として顧客誘引性はあるといえるでしょう。
同じNHKの報道で興味深いのは、
「NHKがクリニックへのクチコミを調べたところ、「『星5のレビューを投稿すればさらに550円OFF』と案内があったので、(5の評価を)投稿しました」とか、「口コミを登録したらさらに500円引きになりお得でした」といった投稿がみられました。」
という部分です。
措置命令では明らかにされていませんが、もしこれらのコメントを付けた投稿があったとしたら、この部分に限っては違反にはならなかったと思われます。(これが、ステマ発覚の端緒にはなるとしても。)
というのは、ステマガイドライン第3ー2⑴イでは、
「イ 「A社から商品の提供を受けて投稿している」といったような文章による表示を行う場合。」
が、広告であることが明瞭な例として挙げられているからです。
ここで思いつく問題が、もし違反者が「PR」という表示を付けて投稿するように投稿者に指示していたにもかかわらず投稿者がこれに反して「PR」という表記をしなかったとしたら、ステマになるのでしょうか?
この点、本件措置命令が、「星5つ」という指示をしていたことから、
「同表「表示内容」欄記載〔「星5」〕のとおり投稿している又は投稿していたことから、
祐真会は、本件役務に係る別表1及び別表2 「表示内容」欄記載の表示内容〔「星5」〕の決定に関与しているものであり」
と認定していることからすれば、表示の内容を具体的に指示している(本件では星5か4の投稿をする)場合には、その具体的指示に対応する部分だけが違反表示と認定されているともいえそうです。
そうすると、反対に、広告主が「PR」と表記するように指示していたのに表示行為者がこれに反して(場合によっては、忘れて)「PR」の表示をしなかった場合には、表示行為者の表示は広告主の指示の範囲を超えており、「事業者の表示」にはあたらず、ステマにはならないと考えるべきと思われます。
・・・と、言って早々何なのですが、Googleマップの星の場合、それではまずいような気もします。
というのは、Googleマップの星は集計されて星の数の(おそらく)平均値だけがトップにくるようにできているので、個別のコメント欄に「PR」と書いてあっても、平均の星の数のところには「PR」とは表示されないからです。
というわけで、このあたりは具体的な表示態様に照らして個別に考える、ということになるのでしょう。
次に、違反行為を認定している「別表1」と「別表2」をみると、
別表1では、
表示期間(依頼期間ではありません)が「令和5年12月8日以降」の表示が34件(別添写し1~34)
表示期間が「令和6年5月8日以降」の表示が1件(別添写し35)
つまり命令時点で表示が続いているものが合計35件、
別表2では、
表示期間の始期が「令和5年12月8日」で、終期もそれぞれ認定されている表示が10件(枝番を別と数えれば11件。別添写し36~45)
つまり命令時点で終了しているものが合計10件(または11件)
の違反表示が認定されていることがわかります。
別表1と2を、命令時に続いているものと既に終わっているものに分けたのですね。
次に、ステマに措置命令が出るときに個人的に注目していたのが主文(「1 命令の内容」)の記載でしたが、こちらは案外あっさりしたものでした。
まず、1⑴では、違反表示の取りやめとして、
「(1) 貴法人は、本件役務の取引に関し、次に掲げる表示をしている行為を速やかに取りやめなければならない。
本件役務を一般消費者に提供するに当たり、
インフルエンザワクチン接種のためにクリニックに来院した者(以下「第三者」という。)に対し、・・・
Googleマップ・・・内の貴法人が開設し運営するクリニックの・・・プロフィール・・・における・・・口コミ投稿欄・・・のクリニックの評価として「★★★★★」・・・又は「★★★★」の投稿をすること・・・を条件に
当該第三者がクリニックに対して支払うインフルエンザワクチン接種費用から割り引くことを伝えたこと
によって当該第三者が投稿した、別表・・・記載のとおりの表示」
と命じられていますが、何をしたら「取りやめ」たことになるのかは書かれていません。
理論的には、口コミを消さないと取りやめたことにはならないでしょうから、きっと消費者庁からはそう指示されたのでしょう。
つまり、投稿者に「投稿を消してくれ」と依頼するだけでは足りないということです。
そうすると、投稿をクリニック側で勝手に削除することはできませんから、Googleに削除を請求したのではないかと思われますが、削除請求は昨今数多くの裁判で話題になっていることからもうかがわれるようにけっこう大変そうなので、どうやったのか(するのか)、気になります。
ご存じの方がいたら教えて下さい。
次に、1⑵では、一般消費者への周知として、
「(2) 貴法人は、
貴法人が一般消費者に提供する本件役務に係る表示に関して、
次に掲げる事項を
速やかに一般消費者に周知徹底しなければならない。
この周知徹底の方法については、あらかじめ、消費者庁長官の承認を受けなければならない。
ア(ア) 貴法人は、
本件役務を一般消費者に提供するに当たり、
第三者に対し、
本件星投稿を条件に当該第三者がクリニックに対して支払うインフルエンザワクチン接種費用から割り引くことを伝えたことによって、
第三者が、別表・・・記載のとおり投稿したことから、
当該投稿による表示は、
貴法人が供給する本件役務の取引について行う表示(以下「事業者の表示」という。)であると認められること。
(イ)前記(ア)の表示は、
表示内容全体から一般消費者にとって事業者の表示であることが明瞭になっているとは認められないことから、
当該表示は、
一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難であると認められる表示に該当するものであったこと。」
と命じられています。
これは、原産国告示の措置命令と比べるとなかなか興味深いです。
というのは、原産国告示2項では、
「外国で生産された商品についての次に掲げる表示であって、その商品がその原産国〔本当の原産国〕で生産されたものであることを一般消費者が判別することが困難であると認められるもの」
が違反表示なので、それに合わせて措置命令では、「その商品がその原産国〔本当の原産国〕で生産されたものであること」を周知することが命じられます。
これとパラレルに考えると、ステマ告示では、
「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」
が違反表示なわけですから、問題の表示が「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」であったこと、つまり、事業者自身の広告であったこと、を周知することでも足りそうなものです。
しかし本件措置命令は、ステマの具体的な手口まで周知するよう命じました。
これは妥当な命令だと思います。
というのは、これくらいきちんと背景事情を開示しないと、消費者には一体何が問題だったのかわけがわからないし、悪質さも伝わらないからです。
ちなみに、本件で、投稿者に頼むなりして、Googleマップへの投稿に「PR」との表記をさせたからといって、過去の表示が広告であると判別困難なものであったことの周知をしなくてよくなるわけではありません。
というのは、(わかりやすさ重視で割り切って説明すると)過去の表示は過去の診療に対する表示であり、現在の表示は現在の診療に対する表示ですから、両者は別物だからです。
あるいは、現在の表示に「PR」とつけたからといって、過去の表示にさかのぼって「PR」と付けたことになるわけではない、とも説明できます。
この点は、原産国告示でも同様です。
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