フリーランス適正化法5条(特定業務委託事業者の遵守事項)では、
「第五条 特定業務委託事業者は、特定受託事業者に対し業務委託
(政令で定める期間以上の期間行うもの
(当該業務委託に係る契約の更新により当該政令で定める期間以上継続して行うこととなるものを含む。)
に限る。以下この条において同じ。)
をした場合は、次に掲げる行為
(第二条第三項第二号に該当する業務委託〔役務提供委託〕をした場合にあっては、第一号及び第三号に掲げる行為を除く。)
をしてはならない。
一 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、特定受託事業者の給付の受領を拒むこと。
二 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、報酬の額を減ずること。
三 特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、特定受託事業者の給付を受領した後、特定受託事業者にその給付に係る物を引き
取らせること。
四 特定受託事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を不当に定めるこ
と。
五 特定受託事業者の給付の内容を均質にし、又はその改善を図るため必要がある場合その他正当な理由がある場合を除き、自己の指定
する物を強制して購入させ、又は役務を強制して利用させること。」
と規定されています。
そして、「政令で定める期間以上の期間」について、同法施行令1条(法第五条第一項の政令で定める期間)では、
「第一条 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下「法」という。)第五条第一項の政令で定める期間は、一月とする。」
と規定されています。
さらに、「特定受託事業者に係る取引の適正化等関す法律の考え方」p26では、
「ア 単一の業務委託又は基本契約による場合」
として、この「期間」の始期は、
「単一の業務委託又は基本契約による場合における期間の始期は、次の日のいずれか早い日である。
①業務委託に係る契約を締結した日(3条通知により明示する「業務委託をした日」)
②基本契約を締結する場合には、基本契約を締結した日」
であり、終期は、
「単一の業務委託又は基本契約による場合における期間の終期は、業務委託に係る契約が終了する日又は基本契約が終了する日のいずれか
遅い日であり、具体的には次の日のいずれか遅い日である。〔中略〕
①3条通知により明示する「特定受託事業者の給付を受領し、又は役務の提供を受ける期日」(ただし、期間を定めるものにあっては、
当該期間の最終日)
②特定業務委託事業者と特定受託事業者との間で、別途当該業務委託に係る契約の終了する日を定めた場合には同日
③基本契約を締結する場合には、当該基本契約が終了する日」
であるとしています。
つまり、一番単純な、単発の契約で単発の発注だけをする場合であっても、「期間」の終期が給付受領日であるため、作業に1か月以上かかると、5条の遵守事項の対象となることになります。
しかし、私はこの「考え方」の解釈はおかしいと思います。
フリーランスの単発の仕事でも、たとえば個人でやっているイラストレーターとか、書籍の翻訳とか、仕事に1か月以上かかるものはいくらでもあると思います。
それらが単発の発注なのにすべて5条の対象になるというのは、実質的な理由がありません。
この点、立案担当者の解説である、松井他「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の概要」(NBL1246号39頁)では、5条の「期間」の趣旨について、
「本条〔5条〕で列挙している遵守事項は、政令で定める期間以上にわたり継続して業務委託をした場合(契約の更新により政令で定める期間以上継続して行うこととなるものを含む)に適用される。
これは、下請法の規制対象でない小規模な発注事業者であっても、従業員を使用していれば本法の特定業務委託事業者となり得るところ、
発注事業者とフリーランスとの間に経済的な依存関係が生じる継続的な取引の場合に、
発注事業者から不利益な取扱いを受けやすい傾向にあるという保護の必要性と
小規模事業者を含む発注事業者に過度な負担が生じることがないようにする観点を考慮し、
規律の範囲を定めるものである。」
と説明されています。
つまり、経済的な依存関係が生じることが、1か月という「期間」を定める趣旨なわけです。
なのに、単発の発注で作業が1か月以上かかるだけで「経済的な依存関係」が生じるというのは、どう考えても無理があります。
また、継続的な取引関係であるために経済的な依存関係が生じることに注目する立法例として独禁法2条9項5号の優越的地位の濫用の定義がありますが、そこでは、優越的地位の濫用は、
「五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
〔以下省略〕」
と定義されていますが、これに例えば納期が1か月以上の単発の発注が入るのかというと、入らないと思います。
また、単発の発注を「継続的な取引」というのも、言葉の問題としてかなり無理があります。
さらに、単発の取引だけど納入までに1か月以上かかる取引なら「発注事業者から不利益な取扱いを受けやすい傾向にある」というのも、まったく成り立たないと思います。
さらに、「考え方」の解釈は、5条の文言にも反すると思われます。
すなわち、5条では、「政令で定める期間以上の期間行う〔業務委託〕」が、5条の遵守事項の対象だとしています。
そして、「業務委託」は2条3項で、
「一 事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造(加工を含む。)又は情報成果物の作成を委託すること。
二 事業者がその事業のために他の事業者に役務の提供を委託すること(他の事業者をして自らに役務の提供をさせることを含む。)」
つまり、1号であれ2号であれ、「業務委託」は、「委託すること」です。
そして、「委託すること」とは、発注(契約の申込み)をすることであると解されます。
このことは、「委託すること」は、広辞苑で「委託」が、
「法律行為または事実行為などをすることを他人に依頼すること」、
つまり他人に何かをお願いすることが「委託すること」であると説明されていることとも整合しますし、民法で、
「(委任)
第六百四十三条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」
「(寄託)
第六百五十七条 寄託は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。」
というように、「委託し」が契約の申込みを意味する用例があることや、同じく民法で、
「(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
第九百八条 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。」
というように、遺言という単独行為で「委託する」という行為がなされることを前提にしている用例があることとも整合的です。
よって、「政令で定める期間以上の期間行う〔業務委託〕」というのは、発注行為を1か月以上の期間にわたって行うこと、という意味になります。
すると、発注(「委託すること」)という、いわば「点」の行為を1か月以上の期間行う、というわけですから、これは、複数の発注を継続的に1か月以上行うという意味に解するほかないことになります。
そもそも、「業務委託」は、「x〔エックス〕を委託すること」なのですから(2条3項)、主語は発注者です。
なので、フリーランスの行為は、「業務委託」の定義に入ってきません。
よって、フリーランス側の行為である納入を「政令で定める期間以上の期間行う〔業務委託〕」に読み込むのは、概念における主語ー述語関係の読み違えです。
このような、主語ー述語関係の読み違えは、法律解釈では致命的です。
例えば事業譲受に関する独禁法16条では、
「 第十六条 会社は、次に掲げる行為をすることにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該行為をしてはならず、及び不公正な取引方法により次に掲げる行為をしてはならない。
一 他の会社の事業の全部又は重要部分の譲受け
二 他の会社の事業上の固定資産の全部又は重要部分の譲受け
三 他の会社の事業の全部又は重要部分の賃借
四 他の会社の事業の全部又は重要部分についての経営の受任
五 他の会社と事業上の損益全部を共通にする契約の締結」
というように、両社対等で取引の方向を概念できない5号を除き、すべて受け側の行為として統一されています。
(ちなみに、なので企業結合では、「事業譲渡」ではなく「事業譲受」(じぎょうゆずりうけ)という用語を使うことが圧倒的に多いです。)
フリーランス適正化法2条3項の「業務委託」を、委託を受ける側の行為も含むのだという解釈は、事業譲受を譲渡側の行為も含むのだと解釈するようなものであり、主語-述語関係の誤読です。
法律解釈では、概念の広狭を云々することも大事ですが、この主語-述語関係(概念と概念の論理的な関係)を読み違えないことのほうが、ずっと大事です。
時効の解釈において、期間よりも起算点が大事なのと同じです。
このように、フリーランス適正化法の条文のどこを見ても、「考え方」のように、業務委託(「委託すること」)の期間が、発注から給付受領までの期間を意味するという解釈は出てきません。
それに、決定的な問題として、「考え方」の解釈では、例えば1週間で終わる作業を毎月1件ずつ12か月にわたり発注し続けたような場合でも、基本契約がないかぎり、5条の対象にはならないことになり、むしろフリーランスの保護に欠けるのではないかと思われます。
これだと、たとえばウーバーイーツの配達員向け約款が「基本契約」に該当しないと仮定すると(該当するかしないかは、また別の機会に考えます。ひとまず頭の体操として、ここではこれを前提にして下さい)、ウーバーイーツの配達員はそれぞれの配達が1時間程度以内で終わるので、何年配達員をやっていてもフリーランス適正化法の保護を受けない、ということになります。
というわけで、「考え方」の解釈は誤りですから、発注者のみなさんは、納期が1か月以内の発注であっても、くり返し発注する場合にはフ適法5条が適用されることを前提に行動すべきと考えます。