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2024年5月18日 (土)

労務費転嫁ガイドラインについて

公正取引委員会は2023年11月29日、内閣官房と連名で、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(労務費転嫁ガイドライン)を公表しました

このガイドラインには、発注者は取引先から言われなくても人件費高騰による値上げの必要性について自発的に協議しないといけないとされていているなど、法律家の目からみるとおよそ法律論の名に値しないようなひどい内容なのですが、このガイドラインに書いてあるようなことに反すると社名を公表するなど(このガイドライン公表前ですが、2022年12月27日公取委報道発表)、現在の公取委はほんとうにこういう運用をしているので、どうしようもありません。

いちおう公平を期すためにガイドラインの関連箇所を引用しておくと、p3では、

「発注者が本指針 に記載の 12の 採るべき行動/求められる行動 に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある場合には、公正取引委員会において独占禁止法 及び 下請代金法 に基づき厳正に対処していく 。」

としており、12の行動を採らなかったからといって直ちに優越的濫用に該当するとまではいっていません。

つまり、「公正な競争を阻害するおそれがある場合には」というのは、いわゆる黒灰白の3分類によれば「灰」に該当するものについての定型句なので、これらに該当してもケースバイケースで判断する、ということです。

ただ、優越の公正競争阻害性なんて、流取ガイドラインや知財ガイドラインと違って、ほとんどあってないような要件で、行為の外形が認められたら即公正競争阻害性ありとされるので、ほんらいは限りなく黒に近いともいえます。

また続けてガイドラインでは、

「他方で、後記第2の1〔発注者が採るべき6つの行動〕及び3〔双方が採るべき2つの行動〕に 記載の 全ての行動を適切に採っている場合には 、

取引条件の設定に当たり取引当事者間で十分に協議が行われた もの と考えられ、

通常 は 独占禁止法 及び 下請代金法 上の 問題は生じない と考えられる ことから、

独占禁止法 及び下請代金法 違反行為の未然防止の観点からも、同行動に沿った積極的な対応が 求められる 。」

としており、12の行動はいわばセーフハーバーないしはベストプラクティスという位置付けなのだということのようです。

でも、実際には、前述のとおり12の行動は違反すると限りなく黒に近いと捉えられかねない記載にしており、ベストプラクティスというのとはまったく異質な印象を受けます。

いわば、ベストプラクティスをするように脅しているようであり、国家権力のありようとしてたいへんいやらしいものを感じます。

でも本音のところでどこまで真面目にこのガイドラインに付き合わないといけないのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれないので、私なりの感覚を述べておくと、12の採るべき行動のうち、これに反すると注意を受ける可能性があると思われれるのは、

受注者が求めなくても価格引上げ協議をすること(発注者の行動②)

公表されたもの以外の根拠資料を求めないこと(発注者の行動③)

値上げを求められたことを理由に不利益な取扱いをしないこと(発注者の行動⑤)

でしょうね。

逆に、

経営トップの関与(発注者の行動①)

受注者の拙い交渉には値上げの考え方を提案すること(発注者の行動⑥)

は、さすがにこれに従わなかったからといって直ちに注意を受けると言うことは考えにくく、あくまでベストプラクティスなのだと思います。

経営トップ(代表取締役社長に 加え 、代表権を持つ取締役等実質的に会社組織の最上位に位置する者も含む)の関与については、具体的には、

①労務費 の上昇分 について取引価格 への 転嫁 を受け 入 れ る 取組方針を 具体的に 経営トップまで上げて決定すること、

②経営トップが同方針 又はそ の要旨 など を 書面等の形 に 残る方法で 社内外に示すこと、

③その後の取組状況を定期的に経営トップに報告 し、 必要に応じ、経営トップが更なる対応 方針 を示すこと。

が求められていますが、そもそもこんなことにまで経営トップが関与しなければ独禁法違反になるなんていう解釈は馬鹿げてます。

きっと、カルテルで経営トップの関与が重要だというのに着想を得た思いつきのレベルでしょう。

受注者の拙い交渉には値上げの考え方を提案すること(発注者の行動⑥)については、関連部分を引用すると、

「受注者からの 申入れ の巧拙 にかかわらず 受注者と 協議を行い 、必要に応じ 労務費上昇分の価格 転嫁に 係る考え方を提案する こと。」

とされています。

つまり、値上げの要求の仕方が分からないという取引先には、発注者が手取り足取り値上げ交渉の仕方を教えてあげなさい、ということです。

私はそんな取引先は潰れても仕方ないと思いますが(あるいは経営コンサルでも雇うべきでしょう)、公取はけっこう本気のようです。

このガイドラインでもう1つ気になったのは、なぜか発注者の行動⑤(不利益扱いの禁止)のところ(p11)に書いてあるのですが、

「そもそも、労務費も原材料 価格 やエネルギーコストと同じく 適切 に 価格 に反映 させるべき コストであ り 、発注者においては 、 受注者から 、原材料価格やエネルギーコストとは明示的に分けて 労務費の上昇を理由とした取引価格の引上げ を求められた場合 についても協議のテーブルにつくことが求められる。」

という記述です。

要は、人件費とその他のコストは分けて協議しないといけない、ということです。

分けて積み上げていったら全部まとめて交渉するときよりも大きな値上げに結びつきやすいのが通常だと思われるので、発注者の側は要注意でしょう。

下手をすると、原材料費の高騰を理由に値上げ交渉して妥結したら、その後に人件費の高騰を理由に別途値上げを要求された、というようなことも理屈の上では起こりうるわけです。

その当否はさておき(そもそも本ガイドラインは法的な当否を論じるに値しないことは冒頭で述べたとおりです)、もしこれを書くなら独立した行動として書くべきであり、不利益扱いの禁止とか、ぜんぜん関係ないところに書くにはいかがなものかと思います。

わかりにくいですし、体系的ではありません。

また上記引用箇所につづけて、

「なお、持続的な賃上げの実現の観点からは、受注者 が過去に引 き上げた賃金分の転嫁だけでなく 、今後賃金を引き上げるために必要な 分の転嫁についても 同様に、協議のテーブルにつくことが求められる。」

と書かれており、これも不利益扱いの禁止とは何の関係もありません。

ただ、言っていることは理解できて、要は、従業員の給料を上げるためにはまず値上げに応じてもらわないと上げられないので、まだ人件費が増えてなくても、増やす見込である(増やしたい)ということをもって、値上げの理由として受け入れろ、ということです。

これは、人件費が他のコストと異なり受注者が自分で決められることからくる人件費の特徴といえます。

ですが、これはけっこう大事なことなので、これまた不利益扱いの禁止の中でこっそり書くようなことではないと思います。

たぶんこのような法的に議論する価値のないガイドラインは学者の先生方が論評することもまずないでしょうけれど(もしそういう論評をご存じの方がいたらぜひ教えて下さい)、おかしいものはたとえつまらないことでもおかしいといわないといけないと考え、今回は書いてみました。

世の中にこれを参考にしてくる人が少しでもいてくれたらうれしいです。

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