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2024年4月

2024年4月26日 (金)

共同研究開発終了後の同一テーマの研究禁止について

共同研究開発ガイドライン(「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」)の

「第2 共同研究開発の実施に伴う取決めに対する独占禁止法の適用について」

の、

「2 不公正な取引方法に関する判断」

の、

「⑴ 共同研究開発の実施に関する事項」

の、

「ア 原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項」(白条項)

の⑨では、

「⑨ 共同研究開発の成果について争いが生じることを防止するため

又は

参加者を共同研究開発に専念させるため

に必要と認められる場合に、

共同研究開発終了後の合理的期間に限って、

共同研究開発のテーマと同一又は極めて密接に関連するテーマの第三者との研究開発を制限すること(⑴ウ〔黒〕①及び②参照)」

とされています。

そして、第2の2⑴の、

「ウ 不公正な取引方法に該当するおそれが強い事項」(黒条項)

の①では、

「① 共同研究開発のテーマ以外のテーマの研究開発を制限すること((1)ア⑧及びの場合を除く。)」

が黒条項とされており、

(なお、「⑴ア」(白条項)の⑧というのは、

「⑧ 共同研究開発の成果について争いが生じることを防止するため

又は

参加者を共同研究開発に専念させるため

に必要と認められる場合に、

共同研究開発のテーマと極めて密接に関連するテーマの第三者との研究開発を

共同研究開発実施期間中について制限すること(⑴ウ〔黒〕①参照)」

というものであり、「⑴ウ」(黒条項)の①というのは、

「① 共同研究開発のテーマ以外のテーマの研究開発を制限すること((1)ア〔白〕⑧及び⑨の場合を除く。)」

というものです。)

第2の2⑴ウ〔黒〕の②では、

「② 共同研究開発のテーマと同一のテーマの研究開発を

共同研究開発終了後について制限すること

((1)ア〔白〕⑨〔終了後合理的期間第三者との研究禁止〕の場合を除く。)」

というのが黒条項とされています。

また、ガイドラインでは第2の2⑴ウ〔黒〕の②に続けて

 「○ 上記①〔テーマ以外の禁止〕及び②〔終了後の禁止〕のような事項は、

参加者の研究開発活動を不当に拘束するものであって、

公正競争阻害性が強いものと考えられる(一般指定第一二項(拘束条件付取引))。」

とされています。

加えて、ア〔白〕⑦では、

「⑦ 共同研究開発のテーマと同一のテーマの独自の又は第三者との研究開発を共同研究開発実施期間中について制限すること」

が白条項とされています。

黒と白の例外がぐるぐると循環して少々わかりにくいですが、まとめると、

原則:

A. 期間中、

同一テーマの制限は、例外なく白(ア⑦)、

テーマ
以外の
制限は、原則黒(ウ①)、

B. 終了後、

同一テーマの制限は、原則黒(ウ②)、

テーマ以外の制限は、原則黒(ウ①)

例外:

(紛争防止または専念に必要な前提で)

C. 期間中、

極密接テーマ〔※同一テーマは例外なく白。ア⑦〕で、⑵第三者との共同研究開発の制限は、白(ア⑧)、

D. 終了後、

同一テーマ制限は、⑴同一または極密接テーマで、⑵第三者との共同研究開発の制限は、白(ア⑨)、

ということになります。

ここで、共同研究開発期間終了後同一または極密接テーマの部分だけ抜き出すと、「紛争防止または専念に必要」という前提なら、

原則黒(ウ②、①)、

例外として、第三者との共同研究開発の制限は、白(ア⑨)

となります。

つまり、期間終了後同一または極密接のテーマの、相手方自身による研究開発を制限することは、原則どおり黒(同一につき、ウ②。極密接につき、ウ①かつア⑨の不適用)となります。

しかし、私は、期間終了後の同一または極密接テーマの相手方自身による研究開発を制限することを「不公正な取引方法に該当するおそれが強い事項」というのは、少々厳しすぎると思います。

「不公正な取引方法に該当するおそれが強い事項」といわれると、ほとんどの企業は自動的にあきらめてしまうと思いますが、それほど悪いものではないと思います。

それに、そもそも同じ期間後の制限なのに、第三者との同一・極密接共同研究開発なら白になる(ア⑨)のに、相手方単独開発だと黒(同一につき、ウ②。極密接につき、ウ①かつア⑨の不適用)になるのか、合理的な説明は難しいように思われます。

この点について、平林英勝編著『共同研究開発に関する独占禁止法ガイドライン』(1993(平成5)年)p82では、

「(2) 同一テーマの終了後の制限

共同研究開発のテーマと同ーのテーマの研究開発を共同研究開発終了後について制限することは,基本的には,参加者の事業活動を不当に拘束し公正競争阻害性が強いものと考えられる(一般指定13項(拘束条件付取引))。

ただし,例外的に共同研究開発終了後の同一テーマの第三者との研究開発の制限については,

共同研究開発の成果に関する紛争防止(工業所有権等の帰属の問題)または共同研究開発に専念させること(共同研究開発終了後直ちに他と研究開発を行って成果を得るといった背信行為の問題)を目的として,

合理的期間に限りそのような制限を設けたとしても,独占禁止法上許容される場合があると考えられる。

なお,この場合の「合理的期間」は,あくまで背信行為の防止または権利の帰属の確定のために必要不可欠な範囲に限られる。

「第三者との」研究開発の制限については,合理的な期間許容される場合があり得るが,

「独自の」研究開発の制限については,紛争防止や背信行為の防止の問題は,成果等に関する両者間の取決めによって解決できると考えられ,

このような制限を終了後についてすることは共同研究開発の実施のために必要とされる合理的な範囲を超えた制限であり,不公正な取
引方法に該当するおそれが強いと考えられる。」

と説明されています。

しかし私には、独自研究の場合に、「紛争防止や背信行為の防止の問題」が、どうやったら「成果等に関する両者間の取決めによって解決できる」のか、理解できません。

まず「紛争防止」(「共同研究開発の成果に関する紛争防止(工業所有権等の帰属の問題) 」については、たとえばA社とB社の共同研究開発で、共同研究開発の成果を、A社に帰属させるのか、B社に帰属させるのか、両方の共有にするのか、という取決めをするのでしょう。

そこで、A社に帰属させるという取決めをして、成果が出たので共同研究が終了し、その後、B社が同じテーマの独自研究をしたとしましょう。

この場合に、A社が当該取決めによって「紛争防止」できるとすれば、たとえば、「B社の研究はA社に帰属する成果を用いているので契約違反だ」と主張してB社の独自研究を差止める、ということが考えられるかもしれません。

あるいは、そういう差止めを受けることをおそれてはじめからB社が当該成果を用いた独自研究をするのを控える、ということで「紛争防止」になる、ということがあるかもしれません。

でもそれは、B社が共同研究の成果を用いていることが明らかならそうですが、B社が成果を用いていることを争ったら(独自のアイディアで研究しているのだと言われたら)、やはり紛争防止にはならないのではないでしょうか。

しかもこれだと、独自研究と第三者との共同研究の場合で差を付ける理由が、やっぱりわかりません。

もう1つの「背信行為の問題」のほうについては、上記引用部分では、

「共同研究開発に専念させること(共同研究開発終了後直ちに他と研究開発を行って成果を得るといった背信行為の問題)」

という性格付けがなされていますが、そもそも「共同研究開発終了後直ちに他と研究開発を行って成果を得る」ことが、「背信行為」だと断定するのは疑問です。

こういうのはお互い様ですから、お互いに「共同研究開発終了後直ちに他と研究開発を行って成果を得ることはやめておこう」と思うのであればそのような合意をすればいいのであって、その結果お互いに他と研究開発をしないのは、合意をしたからしない(やってはいけない)のであって、「背信行為」だからしない(やってはいけない)のではないと思います。

それに、やっぱり、

「共同研究開発終了後直ちに他と研究開発を行って成果を得る」

ことが「背信行為」なのに、

「共同研究開発終了後直ちに独自研究開発を行って成果を得る」

ことは「背信行為」にならない、という区別の理由もよくわかりません。

私がこのガイドラインの部分を読んだときに頭に浮かんだ理由は、たとえば、

消極的販売の禁止は競争への影響が大きいので違法だが、積極的販売は禁止できないと取引のインセンティブが失われるので禁止してもいい、

とか、

ワイドなMFN(あらゆる販売チャネルを利用して販売する価格を,価格Aより安くしてはならない)は競争への影響が大きいので違法だが、ナローなMFN(供給者が消費者に直接販売する価格を,価格Aより安くしてはならない)はそれほどでもないので適法だ、

といった、競争への影響を考慮した理由付けでした。

つまり、

B社に第三者との共同研究までやられてしまうとA社は一気に競争劣位になってダメージが大きいので、これを禁止できないと共同研究のインセンティブが失われてしまうので第三者との共同研究の禁止は認めるのに対して、

B社独自の研究まで禁止してしまうとイノベーションへの悪影響が大きい上にB社の自由を縛りすぎるので、独自研究の禁止は認めない、

といったことかな、と思いました。(それが説得力があるとは思いませんが。)

でも、前掲書にはそのような競争への影響の発想はまったく見られません。

むしろ、「背信行為」という、民法の不法行為のような、道徳のような理由が述べられています。

まあ、平成初期の公取委はこんな感じだった、ということなのでしょう。

これに対して、共同研究に入るインセンティブの確保というのは、共同研究開発にともなう制限を認めるべきかどうかという議論全体におよぶべきものだと思います。

共同研究開発ガイドラインでも、たとえば、第2の2⑶ア①で、

「① 成果であるノウハウの秘密性を保持するために必要な場合に、合理的な期間に限って、成果に基づく製品の販売先について、他の参加者又はその指定する事業者に制限すること((3)イ③参照)」

が白条項とされているのなどは、共同研究開発に入るインセンティブ確保の趣旨でしょう。

そういう一般的な理屈が、共同研究開発終了後の独自開発の制限の場合にだけあてはまらないということはありえないでしょう。

実際、A社が、

「自分(A社)のほうがノウハウをたくさん提供しているのに、終わった途端B社に独自研究されたらたまらない。

だけど、成果を自分(A社)に全部帰属させるという条件だと、B社が共同研究に応じてくれないだろう。

でも、成果共有で、期間終了後は独自研究をしない、という条件なら共同研究してくれそうだ。

だって、共同研究で成果が上がらないのにB社の独自研究で成果が上がる保証もないんだから。」

といったような具合で、共同研究開発期間終了後の独自開発を制限することが最適解であるということは、世の中にそれなりにあるのではないでしょうか。

そいういった、当事者のインセンティブとイノベーションへの影響というものを、考えないといけません。

2024年4月21日 (日)

公正取引に米国反トラスト法コンプライアンスについて寄稿しました。

公正取引882号(2024年4月号)の、「企業におけるコンプライアンス」という特集に、

「米国反トラスト法におけるコンプライアンス・プログラム ~アップル電子書籍カルテル事件モニター報告書の検討を通じて~」

という論文を寄稿しました。

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原稿執筆依頼は米国反トラスト法のコンプライアンスについて書いて欲しいということだったので、「公取委のコンプライアンス・ガイド(「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド-カルテル・談合への対応を中心として-」)が出たので特集を組むんだろうなぁ」と思いを巡らしながら、どういう切り口で書こうかいろいろと考えたのですが、「米国」という括りでテーマを絞るのがなかなか大変でした。

理論的にも、実務的にも、(日本でもEUでもなく)「米国」独自のコンプライアンスというものがあるわけではありません。

もちろん、競争法の実体法や手続法は各国違うのですが、では米国についてロビンソン・パットマン法について書くのも何か違うなと思いました。

米国の特色を出すなら、リニエンシーや秘匿特権などの手続面に絞って書くということも考えましたが、たぶんこの特集でそれは期待されていないだろうなぁと考えました。

論文の冒頭サマリーにも、

「競争法遵守プログラムに、国による本質的な違いはない。あるのはトリビア的な違いに過ぎず、本誌において主題的に論じるに値しない。そこで本稿では、米国企業による米国反トラスト法遵守プログラムの具体例を示すべく、電子書籍カルテル事件の連邦地裁判決によりアップルに設置が命じられた社外モニターがその報告書で明らかにした同社の反トラスト法遵守プログラム(社外モニターの提言を含む。)の内容を紹介することにする。」

と、率直に書きました。

というわけで今回は、米国企業の反トラスト法コンプライアンスプログラムの詳細が明らかにされている希有な例ということで、アップルの電子書籍事件社外モニター報告書に依拠して、同社のコンプライアンスプログラムの内容を紹介することにしたわけです。

今回、4通のモニター報告書を読んでみましたが、これがなかなか面白いです。

(ちなみにこの社外モニターについては当時、報酬が高すぎるとアップルが裁判所に解任を求め、モニターの最初の2週間の報酬が138,432ドル(!)だったと報じられたり、なかなか曰く付きではあります。)

とくに、モニターとアップル代理人との間のやりとりが、コンプライアンスプログラムとして何をどこまですべきなのかについて、立場によってさまざまな考え方がありうることを示していて、大変興味深かったです。

読まれた方は、報告書を要約しただけなのかとがっかりされるかも知れませんが、全部で500頁近くある4通の報告書を要約するのはけっこう大変でしたし、参考になりそうなところはだいたい拾ったつもりですから、じっくり読んでいただければそれなりに参考になることがあるのではないかと思います。

これを読んで興味を持たれた方はぜひ、報告書の原文も参照していただければと思います。

報告書原文に当たりやすいように、論文には報告書のページ数を逐一記載しておきました。

それから、引用するにも文字数がきつかったり(ギリギリ詰めて6頁に収めました)、ボツにしたりしたので、論文には引用しませんでしたが、執筆過程で参考になった文献を以下に挙げておきます。

最初に、American Bar Associationの、

『Antitrust Compliance: Perspectives and Resources for Corporate Counselors, Second Edition』

は、プログラムの作り方など大変実務的で、日本企業にも参考になることが多かったです。

理論的な整理としては、『The Oxford Handbook of Strategy Implementation』の第7章の、

Sokol, Antitrust Compliance

が、大変詳細かつ網羅的に反トラスト法コンプライアンスを整理しており、とても参考になりました。

末尾の参考文献リストは極めて網羅的です。

この論文もそうですが、アメリカの(というか、英語の)論文を読むと、そもそも企業にコストをかけてコンプライアンスプログラムを導入させることの合理性にまで遡って議論がなされていて、判で押したように「コンプライアンスプログラムは大事!」と叫ぶのより、よほど理知的な議論がなされていて、たとえばコストベネフィットを考えずリニエンシーや確約制度を景表法に導入してしまう日本の現状と比べて、彼我の議論の厚みの差を感じました。

米国企業の反トラスト法プログラムの具体例については、

Howard Bergman and D. Daniel Sokol, The Air Cargo Cartel: Lessons for Compliance

が、エアカーゴ事件の実例を内部者の証言を交えつつ詳細に紹介していて、とても貴重な資料だと思いました。

今回の論文執筆にも参考にしようかと一瞬考えましたが、検討対象がルフトハンザで米国企業ではなかったので(笑)、やめました。

同じくSokol教授の、

CARTELS, CORPORATE COMPLIANCE, AND WHAT PRACTITIONERS REALLY THINK ABOUT ENFORCEMENT

は、反トラスト法弁護士に反トラスト法の執行についてどう思うかをアンケートで尋ねた結果をまとめたもので、「へぇ~、こんな研究手法もあるんだ」と感心するとともに、実務家の本音が垣間見られて興味深かったです。

あとは、公取委ガイドにも引用されている、

OECD, "Competition Compliance Programmes"(2021)

が、なかなかよくまとまっていました。

公取委ガイドを読んでしっくりこなかったところをこちらで確認すると腑に落ちたりします(苦笑)。

2024年4月15日 (月)

ABA Antitrust Spring Meeting 2024 に行ってきました。

先週4月10日(火)から12日(金)にワシントンDCで行われたAmerican Bar AssociationのAntitrust Spring Meetingに行ってきました。

今回一番印象深かったのは3日目のAntitrust Markets Critical to Decocracyというセッションでした。

パネリストは、

ミシガン大学のDaniel Crane教授と、

私も反トラスト法を教わったNew York UniversityのHarry First教授と、

元FTC委員(共和党)のChristine Wilson氏と、

Columbia Center of Sustainable Investmentsという機関のDenise Hearn氏

で(モデレーターはHenry Su氏)した。

Crane教授は、「Antimonopoly and American Democracy」という書籍の編者でもあられます。

内容は、民主主義のためには市場が競争的であることがいかに重要かを説くものでした。

米国反トラスト法も、それを受け継いだ日本の独禁法も、社会の民主化を目指すことを目的の1つにしていたということはよく言われることですが、それを戦後ドイツ(Crane教授)と日本(First教授)の歴史の裏付けに基づき説得力のある議論を展開し、それでいながら、もちろん競争法のできることには限界があることを認め、実に迫力に満ちたセッションでした。

Hearn氏(女性)は、比較的お若い方でしたが、さまざまな文献からのフレーズを議論の中で縦横無尽に、かつ極めて的確に引用され、実によく勉強されていて、頭のよい方だと思いました。

出る前からこのセッションは外せないと思っていたのですが(First教授が出ることは事前発表されておらず、当日その場で知りました)、実に、期待を上回るものでした。

最後のQ&Aで質問者の1人が「自分が出たセッションの中でこのセッションが最高だった。」と激賞されていましたが、全くそのとおりで、私の中では、今回のみならず、これまで出てきたSpring Meetingのすべての中で最高でした。

(それに比べると、本来ハイライトであるはずのEnforcers' Roundtableは、いまいちでした😖)

やっぱりこういうのは本を読むだけではなく、生の議論を聞くに限ります。

自分の仕事がどれくらい世の中の役に立っているのかは誰しも気になるところではないかと思います。

最近はbull shit job(クソどうでもいい仕事)という言葉がはやっていて、さすがに独禁法弁護士が「クソどうでもいい仕事」とは思いませんが、それでも、過去の経験を切り売りするような仕事に果たしてどれだけの社会的意味があるのか、それはお金は生んでも価値を生んでいないのではないか(まさに「クソどうでもいい仕事」のように)、など疑問を感じることは時々あります。

そう考えると、自分のやっている競争法という仕事が、民主主義に貢献できるかもしれないと実感できたことは、私にとって大きなモチベーションとなりました。

とくに最近は巨大デジタルプラットフォームやAIの規制が競争法では大きなテーマで、今回のSpring Meetingでも多くのセッションで取り上げられていましたが、経済的な厚生という狭い価値ではなく民主主義という大きな価値にかかわるものであると考えると、日本のプラットフォーム規制法も、またぜんぜん違った見え方がするのではないでしょうか。

経済法をまじめにやると経済学を勉強しないといけなかったり、景表法の不実証広告規制をまじめにやると統計学を勉強しないといけなかったりと、やらないといけないことが増えるのは大変であるとともに楽しくもあるのですが、今回あらたに、民主主義と競争法が私の勉強のテーマに加わりました。

あともう1つ面白かったのが、初日の、DO NON-COMPETES CAUSE MORE HARM THAN GOOD? というセッションでした。

このセッションでは、経済学者のEvan P. STARR氏(University of Maryland, Robert H. Smith School of Business)が、競業避止義務がいかに競争に悪影響を与えるかを、ご自身のものを含め数々の実証研究を引きながら、実に説得的に論じられていたのが印象的でした。

そのほかのパネリストはみなロイヤーで、競業避止義務は必要な場合もあるので合理の原則にすべきだとか、実際、競業避止義務がないことで困ったケースがあったというエピソードばかりで、やっぱり法律家ってどこの国でもこの程度のことしか言えないんだなぁと感じ、逆にあらためて、経済法における経済学のツールとしての有用性、強力さに感銘を受けました。

経済学の強力さは、何も計量経済学のようなデータの問題だけではなくて、今回のStarr氏の反論の中心も、

①競業避止義務がった場合となかった場合で給与が上がったとか下がったとか言っても無意味であり、causationとcorelationを混同してはいけない、

②比べるべきは、秘密保持義務と目的外利用禁止義務があって競業避止義務はない場合と、競業避止義務がある場合、なのであり、競業避止義務がある場合とない場合を比べても意味がない、

という、実に理路整然としたものでした。

これを聞いて思い出したのが、かつてとある勉強会でクレジットカードの手数料の議論をしていたときに、ある弁護士さんが、

「自分はクレジットカードのポイントでファーストクラスにアップグレードしたりして大きなメリットを得ているので、多少手数料が高くても気にならないし、こういうサービスがなくなるならむしろ手数料の規制には反対だ。」

というような発言をされていたことでした。

私は、これを聞いて、「ああこの人分かってないかぁ」と思いました。

というのは、理屈の上では、手数料が高い現状と、低い(あるいは、ない)場合(but for)を比べないといけないんですね。

そして、数々の経済学の研究が指摘するのは、手数料が高いために小売価格が高止まりしているのではないか、という点なわけです。

つまり、カードでポイントをたくさん稼いでいる人も、実は、but forの状態に比べて高い価格でたくさん買い物をすることで、ポイント原資以上を負担しているのではないか、ということなのです。

少なくともご自身はそうであっても、このようにbut forを想定して、世の中で損をする人と得をする人のどちらが多いのか、を考えないといけないわけです。

でも、これがふつうの法律家の限界なのでしょうね。

競業避止義務については、かつて読んだ「Against Intellectual Monopoly」という本に、退職後の競業避止義務がイノベーションにとっていかに有害であるか、ということが書いてありました。

同書では、シリコンバレーがあれだけ栄えたのは競業避止義務が州法で禁止されているからだ、ということでした。

それ以来、私は競業避止義務に批判的なのですが、今回のセッションはそれに経済学的な裏付けがあるということがわかり、その意味でも実に有益でした。

それから、ウクライナ支持の私はいつも黄色と青のウクライナカラーのネクタイをしているのですが、Enforcers' Roundtableのときにウクライナ人の女性の弁護士が、それをみて声をかけてくれて、実に嬉しかったです。

がんばれ、ウクライナ!

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