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2023年12月15日 (金)

有明海苔全量出荷の差止・仮差止について

12月14日の毎日新聞ウェブ版では、

「有明ノリ全量出荷 佐賀・熊本の団体、排除措置命令差し止め求め提訴」

という見出しで、

「有明海の養殖ノリの全量出荷を巡り、公正取引委員会が、独占禁止法違反で佐賀、熊本両市の漁業団体に排除措置命令を出すとの処分案を通知したことを不服とし、団体側が命令の差し止めを求める訴えを東京地裁に起こしたことが14日、代理人弁護士への取材で分かった。命令の仮差し止めの申し立てもした。」

と報じられています。

独禁法の排除措置命令に対しては、排除措置命令取消訴訟を提起するのが一般的ですが、今回、行政事件訴訟法上の差止訴訟と仮差止訴訟が申し立てられたわけです。

行政事件訴訟法上の差止訴訟(「差止めの訴え」)は、

「行政庁が一定の処分〔=排除措置命令〕又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、

行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟」(3条7項)

と定義されており、その提起要件については、37条の4第1項で、

「差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない。」

と規定されています。

仮の差止めの訴えは、37条の5第2項で、

「2 差止めの訴えの提起があつた場合において、

その差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、

かつ、本案について理由があるとみえるときは、

裁判所は、申立てにより、決定をもつて、仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること(以下この条において「仮の差止め」という。)ができる。」

と定められています。

仮の差止めのほうは、「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」という、かなり高いハードルがありますし、差止めの訴えも、「重大な損害」については、37条の4第2項で、

「2 裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。」

と規定されていて、そもそも損害の有無さえ問われず違法なら取り消される排除措置命令取消訴訟よりは、だいぶハードルが高いといえます。

加えて、差止訴訟が認容されるための要件について、37条の4第5項では、

「5 差止めの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、

その差止めの訴えに係る処分又は裁決につき、

行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ

又は

行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、

裁判所は、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずる判決をする。」

と規定されていて、排除措置命令の差し止めで勝つのはなかなか容易でないことがわかります。

しかも、出訴期限については、37条の4第1項で、

「差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。」

とされていることから明らかなように、「一定の処分」(排除措置命令)がされようとしている間に提訴しなければならず、排除措置命令がなされた後には提訴できません。

なので、独禁法の排除措置命令で差止訴訟と仮差止訴訟が提起されることはあまりないのですが、では、提起する意味がないのかというと、実は大ありなのです。

というのは、排除措置命令の取消訴訟では、公取委は、排除措置命令書に書いていないことや、意見聴取手続で説明していなかったことでもいくらでも主張してくるし、裁判所も、そのような主張を制限することは、まずありません。(大変残念なことですが。)

なので、取消訴訟において公取委が追加的な主張や法律構成の大幅な変更をしてきた場合、当事者は、そこで初めて知る事実や証拠について、証拠もない中で反論しないといけない、という、なかなかつらい状況に追い込まれます。

かつて審判制度があった時代には、裁判所に行く前に審判で何年も掛けて主張立証がされるので、さすがに、公取委が審判での主張を取消訴訟で大幅に変えてきたり、新たな主張を追加してきたり、ということはやりにくかったはずです。

それが、審判制度が廃止になって、ほとんど骨と皮だけみたいな排除措置命令書と、それに毛が生えただけの意見聴取手続での説明(しかも、説明は口頭でするだけなので、書き取るのが大変!)に基づいて取消訴訟を準備しなければならず、当事者は、大変つらい思いをすることになります。

それでも、意見聴取手続での説明の範囲内で取消訴訟での主張立証がなされるのなら問題ないのですが、前述のとおり、実際には、そんなことはまったくありません。

なので、そういうつらい状況を避けるためには、排除措置命令の取消訴訟の前に、排除措置命令の差止訴訟を提起しておいて、公取委にさんざん手の内を出させておいて、取消訴訟の準備をする、ということに大きな意味があります(もちろん事案によりますが)。

有明海苔の代理人の先生も、そういう目的で差止訴訟を提起されたのではないかと推測します。

ですので、この事件は、差止めや仮差止の内容や結論はさておき(いずれにせよ勝つのは難しい)、その後の取消訴訟でどのような主張立証がなされるのかが注目されます。

また、今後は、独禁法でも、差止訴訟+仮差止訴訟がスタンダードな手続になるかもしれません。

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