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2023年12月

2023年12月28日 (木)

過去に取引をした者を対象に⾏う企画に関する消費者庁Q&A10番に対する疑問(旧13番)

消費者庁ウェブサイトの景品類Q&Aの10番(「過去に取引をした者を対象に⾏う企画」)では、

「Q10 当店では「お客様感謝デー」として、昨年1年間に、当店で合計10万円以上購⼊してくれた顧客を対象に、抽選で景品を提供する企画を実施しようと考えています。この場合、取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。

なお、当店で通常販売している商品等のうち最も安いものは100円です。」

との設問に対して、

「A 取引を条件としない場合であっても、経済上の利益の提供が、取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるときは、「取引に付随」する提供に当たります。

過去に取引をしたことのある顧客に対して景品類を提供する場合は、原則として、景品企画を告知した後の取引につながる蓋然性が⾼いことから、取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるものとして、告知をした後に発⽣し得る今後の取引に付随する提供にあたると認められます。

したがって、取引の価額は、景品企画を告知した後に発⽣し得る通常の取引のうち最低のものとなり、過去の購⼊額を取引の価額とすることはできません。

本件は、このお店で通常販売している商品等のうち最も安いものが100円ですので、取引の価額は100円となります。

(参照)

「景品類等の指定の告⽰の運⽤基準について」(昭和52年事務局⻑通達第7号)1(2)、4

「『懸賞による景品類の提供に関する事項の制限』の運⽤基準」(平成24年消費者庁⻑官通達第1号)5(1)

「『⼀般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限』の運⽤基準について」(昭和52年事務局⻑通達第6号)1(2)」

との回答がなされています。

ですが、私はこの回答は取引附随性の認定を誤っており、間違いだと思います。

これは、改訂前の旧13番と比べてみるとよくわかります。

旧13番では、

「Q13 昨年1年間に,当店で10万円分以上の商品を購入してくれたお客様を対象として,今後の取引を期待して「お客様感謝デー」を実施し,来店してくれたお客様にもれなく景品を提供する旨をダイレクトメールで告知しようと考えています。

この場合,取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。」

との設問に対して、

「A 既存の顧客に対して景品類を提供する場合の取引の価額については,原則として,当該企画が,同企画を告知した後の取引を期待して行われるものであると認められることから,取引の価額は,当該企画を告知した後に発生する通常の取引のうち最低のものということになり,過去の購入額を取引の価額とすることはできません。  

御質問のケースは,来店を条件として景品類を提供するものと認められますので,取引の価額は100円又は当該店舗において通常行われる取引の価額のうち最低のものとなり,提供できる景品類の価額は取引の価額に応じたものとなります。

(参照)
「景品類等の指定の告示の運用基準」(昭和52年事務局長通達第7号)1(2)」

との回答がなされていました。

つまり、旧13番の企画は、来店を条件とするものであることが明示されており、だからこそ、告知後の取引との取引附随性が認められる、という理屈でした。

これに対して、現10番の企画は、どこにも来店を条件とするとは書かれていません。

(「お客様感謝デー」という響きがスーパーの企画っぽくって、来店を匂わせないではないですが、最近はネットショップの「お客様感謝デー」もふつうにあるでしょうし、書いてないものはないものだと扱うのが当然でしょう。)

なので、現10番においては、取引附随性が認められる要素がありません。

現10番の回答では、それでも取引附随性が認められる理由として、

「過去に取引をしたことのある顧客に対して景品類を提供する場合は、

原則として、景品企画を告知した後の取引につながる蓋然性が⾼いことから、

取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるものとして、

告知をした後に発⽣し得る今後の取引に付随する提供にあたると認められます。」

という説明がなされていますが、この手の企画で「取引につながる蓋然性が高い」などとは到底言えないと思われます。

もしこの手の企画で「取引につながる蓋然性が高い」といえるなら、そんな楽な商売はありません。

もう少しちゃんと説明しますと、「取引につながる蓋然性」を議論する場合には、その経済上の利益(≒景品)の提供があることによって、提供がない場合に比べてどれくらい取引の蓋然性が上がるのかを考えないといけません。

この点、10番の回答は、「過去に取引をしたことのある顧客」であることによる、将来の取引をする蓋然性と、景品を提供することによる、将来の取引をする蓋然性とを、混同しています。

例えば、去年このお店で10万円以上の買物をした人が1000人いたとして、そのうち、この企画がなくても今年このお店で何らかの買物をするであろう人が600人いるとします。

(なお、イメージとしては、スポーツジムのような継続的取引ではなく、単発(かつ複数)の取引を念頭におくほうが、分析にノイズが入らなくてよいと思います。)

このような場合に、景品が「取引につながる蓋然性が高い」といえるためには、当該企画がなければ取引をしなかったであろう400人のうちの相当数(=「蓋然性が高い」と評価できるほどの数)が、取引をするといえなければなりません。

しかし、実際には、この手の企画で囲い込める(10万円以上の取引をしてくれる)顧客の数は、400人のうち1割(=40人)でもいれば大成功、といったところが相場ではないかと思われます。

(1円以上10万円未満の取引をする人は、分析が複雑になるので無視します。それでも、問題の本質には関係ないでしょう。)

というのは、400人の人が10万円の取引をしてくれるとしたら、粗利が5割として、2000万円の増益になるからです。

Q10の企画は抽選(懸賞)ですから、ふつうは賞品をもらえない人のほうが多いはずであり、なおさら顧客を囲い込む効果は小さいと思われます。

(懸賞か総付かで取引附随性の解釈が変わるわけではないので、この点は問題の本質ではありませんが。)

もし3割(=120人)もいたら、ほとんど奇蹟でしょう。

なぜそのように言えるのかというと、どんなに高額の景品をもらっても、400人の大半は、(懸賞であれ総付であれ)「もらい逃げ」をするのが合理的なはずだからです。

(なので、この手の企画では、景品の額も総付ではそんなに高額にはならないか、懸賞なら当選確率が低くなるか、のいずれかでしょう。)

まして、Q10の企画は懸賞が前提ですから、外れた人はなおさら、企画を理由に取引を続ける理由がありません。

当たった人だって、当たったことを恩義に感じて取引を継続するという殊勝な(あるいは、効用を最大化しないという意味で不合理な)人でもないかぎり、企画ゆえに取引を継続するということはないはずです。

「今回こういう企画があったのだから、来年も同じ企画があるだろう。」と期待して取引を継続するということは、理屈の上ではなくはないですが(それでも、そんな人は400人中2割もいないでしょうが)、Q10ではそのような同種企画の常態化をうかがわせる事情はありませんので、そのような常態化はないという前提で分析すべきでしょう。

このように、1000人の顧客のうち40人(=400人×0.1)にも満たない(それでも企画としては異例の大成功)人が、この企画ゆえに取引をしたに過ぎないのを、「取引につながる蓋然性が高い」と評価するのは、どう考えてもおかしいですし、定義告示運用基準の他の取引附随性の例(ラベルでの告知、入店者、取引勧誘)と比べても、まったく異質です。

ラベルで抽選企画の告知をした場合(定義告示4⑵ア)、その企画に参加したい人は、ふつうはその商品を買うでしょう(企画の内容をメモだけして買わない人は、少数派でしょう)。

購入するとクイズへの解答が容易になる場合(定義告示4⑵イ)も、応募するなら、がんばってクイズの解答を調べるより、その商品を買ってしまったほうが早いと考える人のほうが多数でしょう。

入店者(定義告示4⑵ウ)についても、お店まで来ない人に比べれば、購入する確率はぐっと上がるでしょう。

取引の勧誘(たんなる広告を超える積極的な勧誘)にあたって提供する場合(定義告示4⑶)も、勧誘を伴わない場合に比べれば、商品購入の可能性は相当上がると思われます。

少なくとも、景品をもらい逃げ(勧誘を受けて、景品だけもらって、商品は買わない)する罪悪感は、Q10の場合に比べれば、はるかに高く、景品をもらった人のかなりの割合が購入するでしょう。(もちろん、景品ももらわないし、商品も買わない、という人が一番多いのでしょうけれど。)

もしQ10のようなレベルで「取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われる」ものとして取引附随性が認められてしまうと、取引誘引性以外に取引附随性を要求した意味がなくなります。

どうも最近の消費者庁は、取引誘引性と取引附随性を混同しているフシがあり、困ったものです。

もちろん、今まで取引をしたことがない人に対して同様の企画をした場合に比べれば、去年取引をした人に対してしたほうが、「取引につながる蓋然性が(相対的に)高い」とは言えるかも知れません。

例えば、今まで取引をしたことのない人1000人に同様の企画を行っても、今年10万円以上の取引をしてくれる人は10人もいない(よって、既存顧客に絞った場合の40人と比べてかなり少ない)かもしれません。

しかし、このように「アットランダムにやれば10人のところ、既存顧客に絞ったので40人に増えたのだから、『取引につながる蓋然性が高い』と言えるのだ」という理屈は、前述のとおり、完全に誤りです。

(10番の回答は、このような誤りを犯している可能性が濃厚です。)

百歩譲って取引附随性を認めるとしても、取引の価額が100円となる根拠が全く不明です。

このようなケースにおける取引の価額については、懸賞運用基準やそれが準用する総付運用基準には規定がありません。

なので、この100円というのは、完全に、旧13番の来店者の場合に引きずられただけだと考えざるを得ません。

あるいは、取引を条件とするけれども額は問わない場合の取引の価額は原則100円(総付の場合、総付運用基準1⑵)なのに、Q10のように取引を条件としない(Q10の立場ですら、蓋然性が高いだけ)場合の取引の価額が100円だというのも、いかにもバランスが悪いです。

そこで、運用基準にはないけれどいくらと考えるのが妥当か、かなり無理矢理考えてみると、過去10万円以上の取引をした人を対象にしているのですから、「また10万円の取引をしたら来年も同じような懸賞があるかも。」と期待するということで、せめて10万円でしょう。

10万円購入しないと参加できない企画で、なぜ100円の取引が誘引されるのか、理解できません。

あるいは、懸賞運用基準5⑴で準用する総付運用基準1⑴の、

「(1) 購入者を対象とし、購入額に応じて景品類を提供する場合は、当該購入額を「取引の価額」とする。」

における「購入者」を、過去の購入者も含むと無理矢理読み替えて(換骨奪胎して)、10万円だ、というのなら、まだ条文の根拠はあるといえなくもありません(そんな読み替えをしても過去の取引に取引附随性が生じるわけはないので、いずれにせよかなり無理矢理ですが)。

というわけで、10番は誤りですから、実務上は無視して差し支えないと思われます。

2023年12月18日 (月)

ふるさと納税のポイント還元に景品規制は適用されるか(2023年12月8日付朝日新聞デジタル記事について)

2023年12月8日付の朝日新聞デジタルに、

ポイント、⾦券…ふるさと納税、「おまけ」乱発 寄付なら許される︖

という有料記事があり、その中で寄附額の30%ものポイント還元をする大手ふるさと納税仲介サイトのキャンペーンが景表法の20%までという総付規制の上限に違反するのではないか、という問題が指摘されています。

そして、寄附は「取引」にあたらないので景表法に違反しないと考えているという仲介サイトのコメントが紹介された後、

「⼀⽅、景表法を所管する消費者庁の⾒⽅は異なる。

担当者は「個々のケースを⾒ないといけない」としたうえで「寄付額を取引価額として考え、ポイントなどの付与は寄付の2割以下を基準とするという考え⽅は⼗分ありうる」と話し、規制対象にもなりうるとの⾒⽅を⽰した。」

という消費者庁担当者のコメントが紹介されています。

しかし、この消費者庁担当者の考え方は、明らかに間違いです。

理由を一言で言えば、無償行為である寄附は「取引」(景表法2条3項)に該当しないからです。(百歩譲って無償行為も「取引」に当たるという前提に立っても、今度は返礼品は「商品」(景表法2条3項)に該当しなくなり、かつ、ふるさと納税において「商品」にあたりそうなものはほかにないので、いずれにせよポイントは景品類には該当しません。)

つまり、「景品類」は、景表法2条3項で、

 この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。」

というように定義されています。

そして、景表法には、「取引」(景表法2条3項)という用語自体の定義ははありませんが、定義告示3⑵では、

「(2) 販売のほか、賃貸、交換等も、「取引」に含まれる。」

とされています。

ここで挙げられている「販売」「賃貸」「交換」はいずれも有償の取引(取引の対象商品役務と消費者が支払う金員等が対価関係にある取引)であることから、景表法2条3項の「取引」も有償取引に限られると考えられます。

また、「取引」という言葉の通常の意味としても、「取引」は有償取引に限られるというべきです。

たとえば、内閣法制局法令用語研究会『法律用語辞典』では、「取引」は、

「商人間又は商人と一般人との間において営利目的で行われる売買行為。実質的な意味での商行為と同義に用いられることが多い。例、『不当な対価をもって取引すること』(独禁2⑨2)」

と定義されており、有償行為に限られています。

広辞苑でも、「取引」は、

「①商人と商人、または商人と顧客との間の売買行為」

と説明されています。

それでももしふるさと納税が「取引」に該当すると考えられるとすれば、寄附額と返礼品が対価関係にある、という解釈が成り立つ場合でしょう。

しかし、寄附額と返礼品とは対価関係にはありません。

これは、一般人の素朴な感覚としてもそうですし、ふるさと納税制度の制度設計に照らしてもそうです。

すなわち、ふるさと納税制度は、そのふるさと納税額(寄附額)が寄附金控除として一定の限度で所得税・個人住民税から全額控除されることが法律上明確に定められています(地方税法37条の2第1項、同法314条の7第1項)。

当然、一般消費者もふるさと納税の寄附は(寄附金控除を受けられる)寄附であると十分に理解してふるさと納税制度を利用していると考えられます。

(もし寄附金控除を受けられないなら、いくら返礼品がもらえても、ふるさと納税なんてする人はいないでしょう。もしいるとしたら、本当にその自治体に自腹を切って寄附をしたいという人くらいでしょう。)

また、ふるさと納税の返礼品は一時所得に該当するとされていることも、ふるさと納税額は返礼品の対価ではないことを傍証しているものと言えます(「『ふるさと納税』を支出した者が地方公共団体から謝礼を受けた場合の課税関係」https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/02/37.htm)。

つまり、もし寄附額と返礼品が対価関係にあるなら、例えば1万円の寄附をして3000円相当の返礼品をもらったときに、3000円分が所得になるはずがありません。

もちろん、世の中には様々な寄附があり得ますので、ものによっては、返礼品と寄附が対価関係にあることもあるかもしれませんが、ふるさと納税の場合には、上述のとおり税法上制度化されていることにより、寄附と返戻金は対価関係にないことが明らかです。

また、朝日新聞の記事は仲介サイトが提供するポイント等をテーマにしているので、実は景品規制の観点からは一ひねり入った事例なのですが、もっと単純な、自治体自体がポイント還元をしたら景品類にあたるのか、という事例を考えてみると、消費者庁担当者の考え方がおかしいことがより一層はっきりします。

まず、「取引」は有償のものに限るという前述の通説的見解を前提にすると、ポイントが景品類に該当するためには、本体商品(景品が誘引しようとする取引の対象商品)は返礼品だ、ということになります。

つまり、1万円の寄附をして2000円相当の返礼品をもらうのは、1万円の寄附をして2000円相当の返礼品を購入したのと同じだ(取引価額は1万円)と考えるわけです。

そうすると、そのような場合に、自治体が寄附額の3割の3000円をポイント還元(その自治体内で使えるポイントでも、ペイペイの残高でも、auペイの残高でも、なんでもいい)したら、それは、3000円の値引以外の何物でもありません。

つまり、本来1万円出して「購入」すべき返礼品を7000円で購入できた、ということです。

なので、3000円のポイントはたんなる値引であって、景品類にはなりません。

もし、「7000円しか払っていないのに2000円相当の返礼品をもらえるのは不当な寄附の誘引だ」と考えたくなる人がいたとしたら、それは、ふるさと納税の返礼品が寄附額の3割までに制限されていること(の潜脱)と、景品類による消費者の合理的選択の阻害とを混同しています。

つまり、景品類がなぜ消費者の合理的選択を阻害するのかと言えば、本来の取引の内容ではないからです。

ですが、値引は、本来の取引の内容である対価を減額するものです。

なので、ポイント還元(=値引)の結果、取引の魅力が増して寄附が誘引されたとしても、それは、本体取引とは別の(取引附随性のある経済上の利益の提供としての)景品類による誘引とは、まったく別物です。

そして、自治体自体が提供するポイント還元が(ふるさと納税制度の返戻金の上限に違反するかはさておき)値引であって景品類ではないとすると、仲介サイトが提供するポイント還元も、値引にしかなりようがありません。

というのは、仲介サイトが提供するポイント還元が景品類に該当するためには、

①仲介サイトが、商品(返礼品)の供給主体であり(商品供給主体性。自治体との共同供給も可)、かつ、

②仲介サイトが、ポイントの提供主体であり(景品類提供主体性。自治体との共同提供も可)、かつ、

③ポイントが返礼品の取引に附随したものであること(取引附随性)、

が必要です。

しかし、仲介サイトが返礼品の供給主体だ、というのは、(無償行為も取引だというほど無茶ではないですが)かなり無理があると思います。

(なお、ECサイトの商品供給主体性については緑本第6版に解説がありますが、その問題点は以前「オンラインモールの商品供給主体性についての緑本第6版の解説について」という記事で指摘したとおりです。名前が「仲介サイト」というだけで、不動産仲介業者と同じように考えるのは無理があります。)

やはり、返礼品を供給しているのは自治体だというべきでしょう。

さらに、仮に仲介サイトの商品供給主体性が認められるとすると、仲介サイトが提供するポイントは、自己の供給する商品の対価の減額ということになり、やはり値引となります。

つまり、どう転んでも、仲介サイトの提供するポイントは、景品類にはなりません。

以上は、ふるさと納税は寄附額による返礼品の購入だという、それ自体かなり無理のある(それでも、取引は有償取引に限るという通説的見解に立つ限りはポイント還元が景品類だといえる可能性のある)解釈を採り、やはり景品類にはならないという結論を導いたのですが、次に、ふるさと納税は無償の寄附だ、それでも「取引」に当たるのだ、と考えた場合には、以下のように考えられます。

ここでも、自治体自身がポイント還元をする、仲介サイトがからまない、単純なケースを考えてみましょう。

例えば、ある自治体が、1万円の寄附者に対して、3000円の返礼品を贈っていたとします。

さらにその自治体が、3000円の返礼品に加えて、4000円のポイント還元をしたとします。

もしここで、4000円のポイント還元を、1万円の寄附という「取引」に附随した景品類だと考えるとすると、3000円の返礼品も、1万円の寄附という「取引」に附随した景品類だと考えざるを得ないでしょう。

というのは、ここでは1万円の寄附と3000円の返礼品との間に対価関係はない(寄附は無償行為である)ということを前提にしているので、そうであるならば、3000円の返礼品が本体取引で4000円のポイント還元がそれに附随した景品類だ、というような主従関係を観念することができないからです。

さらにいうならば、もし取引に無償行為も含まれることを前提に景品類該当性が判断され、1万円の寄附が1万円の取引だと考えるのであれば、1万円の寄附に対して3000円の返礼品を供給することは、総付の2割の制限を超えてしまい、返礼品自体が景表法違反だ、ということになってしまいます。

でも、さすがに消費者庁担当者も、そのようには考えていないでしょう。

ということは、もし「取引」に無償行為も含まれ、寄附額と返礼品に対価関係がないという前提に立つと、4000円のポイント還元は、単に寄附額1万円のうち4000円をバックしているだけ(値引とすら言わない?)、ということになります。

そんなものが景品類に該当するはずがありません。

さらに言えば、無償行為も取引だという前提なら、そもそも返礼品は寄附とは対価関係になく、そうすると、景品類の定義の、

「この法律で「景品類」とは、顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するものをいう。」(景表法2条3項)

における、「自己の供給する商品」(商品供給主体性)の要件を満たさないので、やはりポイント還元は景品類には該当しないことになります。

以上を踏まえ、ふるさと納税は無償の寄附で、それでも「取引」に当たるのだ、という前提で、自治体が1万円の寄附者に対して3000円の返礼品を提供し、仲介サイトが4000円のポイントを提供する、という場合を考えると、やはり仲介サイトの4000円のポイントは、「景品類」には該当しません。

理由は自治体がポイントを提供する場合とほぼ同じなので繰り返しませんが、ここでも、対価関係を否定する以上、「商品」の要件を満たさないことは動かしようがないと思います。

ふるさと納税という、政治的なものもふくめいろいろと分析のノイズ(税金が仲介サイトの手数料やポイント原資になっているのではないか、など)が多い制度ではなく、単純な寄附を考えてみれば、分析はより明晰になります。

例えば、ある博物館が、クラウドファンディングで、1万円寄附した人に、3000円相当の返礼品を提供したとします。

(さらにイメージをふくらませるために、3000円相当の返礼品をその博物館は1000円で調達できるので9000円が手元に残り、充分ハッピーだ、と想定しましょう。)

もし、このクラウドファンディングが「取引」にあたるというだけで、返礼品(=景品類)が2割を超えるので景表法違反になるのだとしたら、世の中のクラウドファンディングはかなり困ってしまうはずです。

そして、ふるさと納税に対する3割のポイント還元が景表法違反だというなら、クラウドファンディングで3割の返礼品を提供するのも景表法違反だと言わないと辻褄が合いません。

消費者庁の担当者がそこまで考えて発言しているのか、はなはだ疑問です。

以上より、朝日新聞の記事にもかかわらず、仲介業者のみなさんは、景品規制を気にする必要はないと思います。

万が一消費者庁から注意を受けたら、以上を参考に反論してみて下さい。(どうせ、措置命令はありえませんし。)

私の経験では、公取委や消費者庁に質問して間違った回答がなされるということは、それほど珍しいことではありません(一部には、聞き方が悪かったのではないかと疑われるケースもありますが)。

この朝日新聞での消費者庁担当者のコメントは、そのようなことが実際にあるという例として、企業法務に関わる方々の記憶と記録に長くとどめておかれるべき価値のあるものでしょう。

さらに、役所の見解を批判的に検討する姿勢も大切です。

そして、役所に聞いて納得できなかったら、コストをかけてでも専門家に確認してみるべきでしょう。

今回のように、かなり露骨で単純な役所の間違いというのでなくても、たとえば、専門家に相談したら、役所に質問したときに大事な前提事実を伝えていなかったことがわかった、というようなことは起こりえます。

そのコストをかけるのがいやだという人は、役所の言うことに唯々諾々と従うしかないでしょう。

2023年12月15日 (金)

有明海苔全量出荷の差止・仮差止について

12月14日の毎日新聞ウェブ版では、

「有明ノリ全量出荷 佐賀・熊本の団体、排除措置命令差し止め求め提訴」

という見出しで、

「有明海の養殖ノリの全量出荷を巡り、公正取引委員会が、独占禁止法違反で佐賀、熊本両市の漁業団体に排除措置命令を出すとの処分案を通知したことを不服とし、団体側が命令の差し止めを求める訴えを東京地裁に起こしたことが14日、代理人弁護士への取材で分かった。命令の仮差し止めの申し立てもした。」

と報じられています。

独禁法の排除措置命令に対しては、排除措置命令取消訴訟を提起するのが一般的ですが、今回、行政事件訴訟法上の差止訴訟と仮差止訴訟が申し立てられたわけです。

行政事件訴訟法上の差止訴訟(「差止めの訴え」)は、

「行政庁が一定の処分〔=排除措置命令〕又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、

行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟」(3条7項)

と定義されており、その提起要件については、37条の4第1項で、

「差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない。」

と規定されています。

仮の差止めの訴えは、37条の5第2項で、

「2 差止めの訴えの提起があつた場合において、

その差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、

かつ、本案について理由があるとみえるときは、

裁判所は、申立てにより、決定をもつて、仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること(以下この条において「仮の差止め」という。)ができる。」

と定められています。

仮の差止めのほうは、「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」という、かなり高いハードルがありますし、差止めの訴えも、「重大な損害」については、37条の4第2項で、

「2 裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。」

と規定されていて、そもそも損害の有無さえ問われず違法なら取り消される排除措置命令取消訴訟よりは、だいぶハードルが高いといえます。

加えて、差止訴訟が認容されるための要件について、37条の4第5項では、

「5 差止めの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、

その差止めの訴えに係る処分又は裁決につき、

行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ

又は

行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、

裁判所は、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずる判決をする。」

と規定されていて、排除措置命令の差し止めで勝つのはなかなか容易でないことがわかります。

しかも、出訴期限については、37条の4第1項で、

「差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。」

とされていることから明らかなように、「一定の処分」(排除措置命令)がされようとしている間に提訴しなければならず、排除措置命令がなされた後には提訴できません。

なので、独禁法の排除措置命令で差止訴訟と仮差止訴訟が提起されることはあまりないのですが、では、提起する意味がないのかというと、実は大ありなのです。

というのは、排除措置命令の取消訴訟では、公取委は、排除措置命令書に書いていないことや、意見聴取手続で説明していなかったことでもいくらでも主張してくるし、裁判所も、そのような主張を制限することは、まずありません。(大変残念なことですが。)

なので、取消訴訟において公取委が追加的な主張や法律構成の大幅な変更をしてきた場合、当事者は、そこで初めて知る事実や証拠について、証拠もない中で反論しないといけない、という、なかなかつらい状況に追い込まれます。

かつて審判制度があった時代には、裁判所に行く前に審判で何年も掛けて主張立証がされるので、さすがに、公取委が審判での主張を取消訴訟で大幅に変えてきたり、新たな主張を追加してきたり、ということはやりにくかったはずです。

それが、審判制度が廃止になって、ほとんど骨と皮だけみたいな排除措置命令書と、それに毛が生えただけの意見聴取手続での説明(しかも、説明は口頭でするだけなので、書き取るのが大変!)に基づいて取消訴訟を準備しなければならず、当事者は、大変つらい思いをすることになります。

それでも、意見聴取手続での説明の範囲内で取消訴訟での主張立証がなされるのなら問題ないのですが、前述のとおり、実際には、そんなことはまったくありません。

なので、そういうつらい状況を避けるためには、排除措置命令の取消訴訟の前に、排除措置命令の差止訴訟を提起しておいて、公取委にさんざん手の内を出させておいて、取消訴訟の準備をする、ということに大きな意味があります(もちろん事案によりますが)。

有明海苔の代理人の先生も、そういう目的で差止訴訟を提起されたのではないかと推測します。

ですので、この事件は、差止めや仮差止の内容や結論はさておき(いずれにせよ勝つのは難しい)、その後の取消訴訟でどのような主張立証がなされるのかが注目されます。

また、今後は、独禁法でも、差止訴訟+仮差止訴訟がスタンダードな手続になるかもしれません。

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