過去に取引をした者を対象に⾏う企画に関する消費者庁Q&A10番に対する疑問(旧13番)
消費者庁ウェブサイトの景品類Q&Aの10番(「過去に取引をした者を対象に⾏う企画」)では、
「Q10 当店では「お客様感謝デー」として、昨年1年間に、当店で合計10万円以上購⼊してくれた顧客を対象に、抽選で景品を提供する企画を実施しようと考えています。この場合、取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。
なお、当店で通常販売している商品等のうち最も安いものは100円です。」
との設問に対して、
「A 取引を条件としない場合であっても、経済上の利益の提供が、取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるときは、「取引に付随」する提供に当たります。
過去に取引をしたことのある顧客に対して景品類を提供する場合は、原則として、景品企画を告知した後の取引につながる蓋然性が⾼いことから、取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるものとして、告知をした後に発⽣し得る今後の取引に付随する提供にあたると認められます。
したがって、取引の価額は、景品企画を告知した後に発⽣し得る通常の取引のうち最低のものとなり、過去の購⼊額を取引の価額とすることはできません。
本件は、このお店で通常販売している商品等のうち最も安いものが100円ですので、取引の価額は100円となります。
(参照)
「景品類等の指定の告⽰の運⽤基準について」(昭和52年事務局⻑通達第7号)1(2)、4
「『懸賞による景品類の提供に関する事項の制限』の運⽤基準」(平成24年消費者庁⻑官通達第1号)5(1)
「『⼀般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限』の運⽤基準について」(昭和52年事務局⻑通達第6号)1(2)」
との回答がなされています。
ですが、私はこの回答は取引附随性の認定を誤っており、間違いだと思います。
これは、改訂前の旧13番と比べてみるとよくわかります。
旧13番では、
「Q13 昨年1年間に,当店で10万円分以上の商品を購入してくれたお客様を対象として,今後の取引を期待して「お客様感謝デー」を実施し,来店してくれたお客様にもれなく景品を提供する旨をダイレクトメールで告知しようと考えています。
この場合,取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。」
との設問に対して、
「A 既存の顧客に対して景品類を提供する場合の取引の価額については,原則として,当該企画が,同企画を告知した後の取引を期待して行われるものであると認められることから,取引の価額は,当該企画を告知した後に発生する通常の取引のうち最低のものということになり,過去の購入額を取引の価額とすることはできません。
御質問のケースは,来店を条件として景品類を提供するものと認められますので,取引の価額は100円又は当該店舗において通常行われる取引の価額のうち最低のものとなり,提供できる景品類の価額は取引の価額に応じたものとなります。
(参照)
「景品類等の指定の告示の運用基準」(昭和52年事務局長通達第7号)1(2)」
との回答がなされていました。
つまり、旧13番の企画は、来店を条件とするものであることが明示されており、だからこそ、告知後の取引との取引附随性が認められる、という理屈でした。
これに対して、現10番の企画は、どこにも来店を条件とするとは書かれていません。
(「お客様感謝デー」という響きがスーパーの企画っぽくって、来店を匂わせないではないですが、最近はネットショップの「お客様感謝デー」もふつうにあるでしょうし、書いてないものはないものだと扱うのが当然でしょう。)
なので、現10番においては、取引附随性が認められる要素がありません。
現10番の回答では、それでも取引附随性が認められる理由として、
「過去に取引をしたことのある顧客に対して景品類を提供する場合は、
原則として、景品企画を告知した後の取引につながる蓋然性が⾼いことから、
取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われるものとして、
告知をした後に発⽣し得る今後の取引に付随する提供にあたると認められます。」
という説明がなされていますが、この手の企画で「取引につながる蓋然性が高い」などとは到底言えないと思われます。
もしこの手の企画で「取引につながる蓋然性が高い」といえるなら、そんな楽な商売はありません。
もう少しちゃんと説明しますと、「取引につながる蓋然性」を議論する場合には、その経済上の利益(≒景品)の提供があることによって、提供がない場合に比べてどれくらい取引の蓋然性が上がるのかを考えないといけません。
この点、10番の回答は、「過去に取引をしたことのある顧客」であることによる、将来の取引をする蓋然性と、景品を提供することによる、将来の取引をする蓋然性とを、混同しています。
例えば、去年このお店で10万円以上の買物をした人が1000人いたとして、そのうち、この企画がなくても今年このお店で何らかの買物をするであろう人が600人いるとします。
(なお、イメージとしては、スポーツジムのような継続的取引ではなく、単発(かつ複数)の取引を念頭におくほうが、分析にノイズが入らなくてよいと思います。)
このような場合に、景品が「取引につながる蓋然性が高い」といえるためには、当該企画がなければ取引をしなかったであろう400人のうちの相当数(=「蓋然性が高い」と評価できるほどの数)が、取引をするといえなければなりません。
しかし、実際には、この手の企画で囲い込める(10万円以上の取引をしてくれる)顧客の数は、400人のうち1割(=40人)でもいれば大成功、といったところが相場ではないかと思われます。
(1円以上10万円未満の取引をする人は、分析が複雑になるので無視します。それでも、問題の本質には関係ないでしょう。)
というのは、400人の人が10万円の取引をしてくれるとしたら、粗利が5割として、2000万円の増益になるからです。
Q10の企画は抽選(懸賞)ですから、ふつうは賞品をもらえない人のほうが多いはずであり、なおさら顧客を囲い込む効果は小さいと思われます。
(懸賞か総付かで取引附随性の解釈が変わるわけではないので、この点は問題の本質ではありませんが。)
もし3割(=120人)もいたら、ほとんど奇蹟でしょう。
なぜそのように言えるのかというと、どんなに高額の景品をもらっても、400人の大半は、(懸賞であれ総付であれ)「もらい逃げ」をするのが合理的なはずだからです。
(なので、この手の企画では、景品の額も総付ではそんなに高額にはならないか、懸賞なら当選確率が低くなるか、のいずれかでしょう。)
まして、Q10の企画は懸賞が前提ですから、外れた人はなおさら、企画を理由に取引を続ける理由がありません。
当たった人だって、当たったことを恩義に感じて取引を継続するという殊勝な(あるいは、効用を最大化しないという意味で不合理な)人でもないかぎり、企画ゆえに取引を継続するということはないはずです。
「今回こういう企画があったのだから、来年も同じ企画があるだろう。」と期待して取引を継続するということは、理屈の上ではなくはないですが(それでも、そんな人は400人中2割もいないでしょうが)、Q10ではそのような同種企画の常態化をうかがわせる事情はありませんので、そのような常態化はないという前提で分析すべきでしょう。
このように、1000人の顧客のうち40人(=400人×0.1)にも満たない(それでも企画としては異例の大成功)人が、この企画ゆえに取引をしたに過ぎないのを、「取引につながる蓋然性が高い」と評価するのは、どう考えてもおかしいですし、定義告示運用基準の他の取引附随性の例(ラベルでの告知、入店者、取引勧誘)と比べても、まったく異質です。
ラベルで抽選企画の告知をした場合(定義告示4⑵ア)、その企画に参加したい人は、ふつうはその商品を買うでしょう(企画の内容をメモだけして買わない人は、少数派でしょう)。
購入するとクイズへの解答が容易になる場合(定義告示4⑵イ)も、応募するなら、がんばってクイズの解答を調べるより、その商品を買ってしまったほうが早いと考える人のほうが多数でしょう。
入店者(定義告示4⑵ウ)についても、お店まで来ない人に比べれば、購入する確率はぐっと上がるでしょう。
取引の勧誘(たんなる広告を超える積極的な勧誘)にあたって提供する場合(定義告示4⑶)も、勧誘を伴わない場合に比べれば、商品購入の可能性は相当上がると思われます。
少なくとも、景品をもらい逃げ(勧誘を受けて、景品だけもらって、商品は買わない)する罪悪感は、Q10の場合に比べれば、はるかに高く、景品をもらった人のかなりの割合が購入するでしょう。(もちろん、景品ももらわないし、商品も買わない、という人が一番多いのでしょうけれど。)
もしQ10のようなレベルで「取引の相⼿⽅を主たる対象として⾏われる」ものとして取引附随性が認められてしまうと、取引誘引性以外に取引附随性を要求した意味がなくなります。
どうも最近の消費者庁は、取引誘引性と取引附随性を混同しているフシがあり、困ったものです。
もちろん、今まで取引をしたことがない人に対して同様の企画をした場合に比べれば、去年取引をした人に対してしたほうが、「取引につながる蓋然性が(相対的に)高い」とは言えるかも知れません。
例えば、今まで取引をしたことのない人1000人に同様の企画を行っても、今年10万円以上の取引をしてくれる人は10人もいない(よって、既存顧客に絞った場合の40人と比べてかなり少ない)かもしれません。
しかし、このように「アットランダムにやれば10人のところ、既存顧客に絞ったので40人に増えたのだから、『取引につながる蓋然性が高い』と言えるのだ」という理屈は、前述のとおり、完全に誤りです。
(10番の回答は、このような誤りを犯している可能性が濃厚です。)
百歩譲って取引附随性を認めるとしても、取引の価額が100円となる根拠が全く不明です。
このようなケースにおける取引の価額については、懸賞運用基準やそれが準用する総付運用基準には規定がありません。
なので、この100円というのは、完全に、旧13番の来店者の場合に引きずられただけだと考えざるを得ません。
あるいは、取引を条件とするけれども額は問わない場合の取引の価額は原則100円(総付の場合、総付運用基準1⑵)なのに、Q10のように取引を条件としない(Q10の立場ですら、蓋然性が高いだけ)場合の取引の価額が100円だというのも、いかにもバランスが悪いです。
そこで、運用基準にはないけれどいくらと考えるのが妥当か、かなり無理矢理考えてみると、過去10万円以上の取引をした人を対象にしているのですから、「また10万円の取引をしたら来年も同じような懸賞があるかも。」と期待するということで、せめて10万円でしょう。
10万円購入しないと参加できない企画で、なぜ100円の取引が誘引されるのか、理解できません。
あるいは、懸賞運用基準5⑴で準用する総付運用基準1⑴の、
「(1) 購入者を対象とし、購入額に応じて景品類を提供する場合は、当該購入額を「取引の価額」とする。」
における「購入者」を、過去の購入者も含むと無理矢理読み替えて(換骨奪胎して)、10万円だ、というのなら、まだ条文の根拠はあるといえなくもありません(そんな読み替えをしても過去の取引に取引附随性が生じるわけはないので、いずれにせよかなり無理矢理ですが)。
というわけで、10番は誤りですから、実務上は無視して差し支えないと思われます。