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2023年9月

2023年9月 8日 (金)

ダークパターンについてのNHKサイト記事の紹介

NHKのウェブサイトに、9月7日付で、ダークパターンに関する記事が載っています。

「あなたは大丈夫?ダークパターンに気付いていますか?」

末尾に、

「身近な人に、ぜひ伝えてほしいと思います。」

とあったので、紹介させて頂きました(笑)。

すぐに読める長さの記事なので内容は本文を見て頂ければと思いますが、とてもよくまとまっていて、わかりやすいです。

国内のホテルが海外の旅行サイトで勝手に割引キャンペーンに参加させられた事例で、参加するかしないかの選択画面を閉じる画面右上の「×」印が見えにくくしてある、というのなんて、「へ~、そんなのがあるんだ」と思うとともに、「確かにそんなのがあったな、あれもダークパターンだったんだ」と思い出しました。

競争法の界隈では数年前から、このダークパターンが話題で、今年4月にワシントンDCで開かれたAntitrust Spring Meetingでもダークパターンについてのセッションがあり、会場から人が溢れるくらいの盛況ぶりでした。

それにしても、このブログでも何度か触れていますが、最近のNHKのウェブサイトの充実振りはすざまじいです。

超優秀な人たちが、圧倒的な組織力と情報収集力と経済力を背景に、極めて正確でクオリティの高い記事を連投している感じです。

ウェブの記事には、他の記事をコピペしただけである臭いがプンプンするものが少なくないですが、あたりまえですがNHKなので、足を運んで汗をかいて記事を書いていることがよくわかります。(今回紹介した記事もそうです。)

「WEB特集」は、比較的若手の記者さんが担当されているようで、この記事も、2015年入局の記者さんが書かれています。

新聞などのメディアと違って、会社の立場を打ち出したり、スポンサーの意向を気にしたり、スクープを狙ったり、視聴率や閲覧数を気にして派手なことをする必要がないことも、骨太の記事を載せ続けられる理由ではないかと想像します。

このクオリティの情報が、(一般的にはクオリティが低い)インターネットにおいて、無料で手に入るというのは脅威的だと思います。

競争法的観点からは、受信料収入で成り立っているNHKがここまでやると、競合他社は大変だろうと推察しますが(と同時に、多くの人はNHKのサイトなんか見ないから、結果的に棲み分けができているような気もしますが)、私はもともと、何でもかんでも競争が良いというような競争原理主義の立場ではないですし、いち消費者としては、とてもありがたい情報源であることに間違いはありません。

とくに、放送や出版など、思想や言論に関わる分野では、市場での余剰発生・分配では図れない、場合によっては金銭的価値に換算できないような、「正の外部性」が非常に大事だと思います。

これからも、NHKさんには、質の高い情報を期待したいですし、期待できると思っています。

2023年9月 3日 (日)

原価構成の開示要求と優越的地位の濫用

優越的地位にある事業者が取引先にその原価構成の開示を強要すると優越的地位の濫用になるおそれがあると信じられています。

その1つの原因は、優越的地位の濫用ガイドライン第4の3⑸アの想定例⑩(23頁)の、

「⑩ 取引の相手方から,

社外秘である製造原価計算資料,労務管理関係資料等を提出させ,

当該資料を分析し,

「利益率が高いので値下げに応じられるはず」などと主張し,

著しく低い納入価格を一方的に定めること。」

という想定例だと考えられます。

しかし、この想定例では、「著しく低い納入価格」を「一方的に」定めることが、最終的には要件になっていることに注意が必要です。

つまり、「著しく低い納入価格」を定めなければ、仮に一方的であっても違反にならないし、仮に「著しく低い納入価格」であっても、「一方的」でなければ、違反にはなりません。

それに、そもそも同ガイドラインp3では、

「また,第2以下において,どのような行為が優越的地位の濫用に該当するのかについて具体的に理解することを助けるために,「具体例」及び「想定例」を掲げている。

「具体例」とは,過去の審決又は排除措置命令において問題となった行為等の例である。

また,「想定例」とは,あくまでも問題となり得る仮定の行為の例であり,

ここに掲げられた行為が独占禁止法第2条第9項第5号に該当すれば,優越的地位の濫用として問題となる。」

とされており、「想定例」は、違反に「なり得る」というだけであり、直ちに独禁法違反になるわけではありません。

つまり、「想定例」であっても、独禁法2条9項5号に該当しない余地があることを、ガイドライン自身が認めています。

さて、どうしてこういうことを今さら指摘するのかというと、最近の公取委が、下請事業者等の取引先の人件費やエネルギーなどのコストアップによる納入価格の引き上げを認めないと優越的地位の濫用や下請法違反になる、という解釈を強く打ち出しているからです。

その際に、お互いが納得のいくまで十分に協議しなさい、ということが公取委から言われます。

例えば、公取委の「労務費,原材料費,エネルギーコストの上昇に関する下請法Q&A」では、

「Q: 最低賃金の引上げや原油価格の高騰によりコストが上昇した場合,その上昇分を取引価格に反映しないことは,問題となるのか。」

という質問に対して、

「A: 最低賃金の引上げにより労務費等のコストが上昇した場合や,原油価格の高騰に伴いエネルギーコストが上昇した場合,「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」第4の5(2)ウ及びエのような方法で下請代金の額を定めることは,買いたたきに該当するおそれがある。

(参考:下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(抄))

第4 親事業者の禁止行為

5 買いたたき

(2) 次のような方法で下請代金の額を定めることは,買いたたきに該当するおそれがある。

ウ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。

エ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず,価格転嫁をしない理由を書面,電子メール等で下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。」

という回答がされています。

このように、「明示的に協議」したり、「価格転嫁をしない理由を書面,電子メール等で下請事業者に回答」したりすることをきちんとやろうと思えば、当然、

「労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性」

について十分話を聞いて協議する必要があるはずです。

そうすると、当然、コストがどれだけ上がったのか、という総額と、それを価格に反映するための、商品1個あたりの上昇分について、協議をする必要があります。

また、最近の特殊事情として、インボイス制度への対応があります。

つまり、「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」のQ7では、

「Q7 仕入先である免税事業者との取引について、インボイス制度の実施を契機として取引条件を見直すことを検討していますが、独占禁止法などの上ではどのような行為が問題となりますか。」

という設問に対して、

「1 取引対価の引下げ

 取引上優越した地位にある事業者(買手)が、

インボイス制度の実施後の免税事業者との取引において、

仕入税額控除ができないことを理由に、

免税事業者に対して取引価格の引下げを要請し、

取引価格の再交渉において、

仕入税額控除が制限される分(注3)について、

免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で、

双方納得の上で取引価格を設定すれば、

結果的に取引価格が引き下げられたとしても、独占禁止法上問題となるものではありません。

 しかし、再交渉が形式的なものにすぎず、

仕入側の事業者(買手)の都合のみで著しく低い価格を設定し、

免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格を設定した場合には、

優越的地位の濫用として、独占禁止法上問題となります。

 また、取引上優越した地位にある事業者(買手)からの要請に応じて仕入先が免税事業者から課税事業者となった場合であって、

その際、仕入先が納税義務を負うこととなる消費税分を勘案した取引価格の交渉が形式的なものにすぎず、

著しく低い取引価格を設定した場合についても同様です。

(注3)免税事業者からの課税仕入れについては、インボイス制度の実施後3年間は、仕入税額相当額の8割、その後の3年間は同5割の控除ができることとされています。」

と回答されています。

これにも真面目に対応しようとすると、当然、

免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担

や、

免税事業者が負担していた消費税額

や、

仕入先が納税義務を負うこととなる消費税分

が、具体的にいくらなのか、を知る必要があるわけです。

(ちなみに、ここでの、「免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格」という表現については、

白石忠志「インボイス制度と独禁法・下請法・フリーランス法」ジュリスト1588号43頁

では、

「他方,公取委等のQ&A(前掲注2))のQ7や,令和3年度相談事例7には,

「免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格」を問題視する表現がある。

免税事業者は消費税の納税をしないので,ここでいう「負担」は,売手が仕入れをする際に上乗せされて支払った消費税相当額を指すのであろう。」

と適切に解説されています。)

そして、「コストアップをしたので値上げを認めて下さい。」と下請事業者等に言われ、公取委には、「十分協議して下さい」と言われれば、優越的事業者としては、ではどれくらいコストアップしたのかを下請事業者等に尋ねて協議をしたくなるわけです。

これは当たり前のことだと思います。

ところが、上記のガイドラインがあって、取引先にコスト情報の開示を求めると濫用行為になるのではないかという懸念がはびこっているために、優越的事業者がそれを躊躇しかねない、という実態があります。

ですが、私はそんなことを躊躇する必要はないと思います。

1つには、前述のとおり、前記想定例⑩は、かなり厳しい条件を付けており、コスト構造の開示を求めること自体が幅広く濫用行為に該当するという書き方になっていません。

次に、下請事業者等のほうからコストアップを理由に値上げを求めるなら、いくらコストアップになったかを下請事業者等の側から積極的に説明する必要があることは、当然のことです。

それどころか、中小企業庁の、

「中小企業・小規模事業者のための価格交渉ノウハウ・ハンドブック」

のp15では、

「原材料価格、エネルギーコストなどの価格転嫁や発注者からの価格低減要請への対応に向けた交渉において、価格根拠を上手に伝える方法として、コストに関する客観的なデータを提示することが考えられます。

ケース① 原材料価格、エネルギーコストや労務費などの上昇分を価格に転嫁したい場合

発注者による価格低減要請・指値発注に対し、適正価格を設定したい場合

具体的なノウハウ例

a-1. 原材料コスト上昇の根拠を明確化するため、原材料の内訳を明確化し、その価格の推移表を作成する。」

と、堂々と書かれてあります。

さらに念押ししておくと、ここでは、「原材料の内訳」と「その価格の推移」を開示することとされており、原材料額の上昇部分だけでなく、原材料価格そのもの(とその推移)まで開示することが推奨されています。

つまり、原価の内訳を明確にして提示することは、中小企業庁が推奨する交渉方法です。

なので、ほんらい受注者側からこれらを開示すべきなのであって、それを発注者が求めたら濫用になる、というのは、まったく理屈に合わない話だと思います。

次に、前述の優越ガイドライン想定例⑩が想定しているのは、劣後的取引先の原価を丸裸にすることにより値下げを求めるという場面だと思われます。

そうすると、例えばエネルギーコストが上がっていることを理由に値上げ交渉を受けた場合を想定すると、エネルギーコストの上昇分だけを開示させればいいわけであり、必ずしも全てのコストを開示させなければならないわけではありません。

(くどいですが、中企庁のガイドブックの立場だと、エネルギーコストの上昇分だけでなく、総額の開示が推奨されることになるのでしょう。)

インボイス対応の場合でも、(私は「免税事業者が負担していた消費税額」というのは免税事業者の他のコストと性質上区別できないしすべきでもないので、このインボイスQ&Aの基準自体おかしいと思いますが、それはさておき)受注者の仕入原価率が分かればいいだけなので、原価構成(詳細項目)を丸裸にするという想定例⑩の場面とはかけ離れていると思います。

要は、優越事業者をジレンマに陥れるような解釈は採るべきではありません。

というわけで、発注者のみなさんは、コストアップを理由に値上げを求められたら、堂々と、いくらコストアップになったのか(コストアップの上昇総額と、それに対する商品1個あたりのコストアップ額)の開示を求めたら良いと思います。

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