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2023年6月24日 (土)

広告ではないアフィリエイト?(ステマ運用基準第2の2⑴ウ)

ステマ運用基準第2の2⑴ウでは、

「ウ アフィリエイターの表示であっても、

事業者と当該アフィリエイターとの聞で当該表示に係る情報のやり取りが直接又は間接的に一切行われていないなど、

アフィリエイトプログラムを利用した広告主による広告とは認められない実態にある表示を行う場合」

が、

「「客観的な状況に基づき、第三者の自主的な意思による表示内容と認められる場合」、つまり、事業者の表示とならない場合」

の例として挙げられています。

これに対しては、パブコメ80番で、情報のやり取りが一切無くてもアフィリエイトの仕組みの下で報酬も支払われているのだから広告ではないか、という至極まっとうなコメントが出ています。

私もまったく同感です。

消費者庁回答をみても、

「通常、アフィリエイト広告は、事業者がアフィリエイターに自らの商品等の表示を委託するものですので、事業者の表示と考えられるところですが、広告主とアフィリエイターの間に一切の情報のやり取りが行われていない実態がある場合には、広告主が表示内容の決定に関与したとはいえないと考えております。」

ということで、ガイドラインを繰り返すだけで、何も付け加えるところがありません。

実質論は、パブコメ80番のコメントに加えるものはありません。

形式論上の問題点としては、上記ウの具体例と規範が噛み合っていません。

まず前提を整理すると、ガイドラインでは、

「当該表示に係る情報のやり取りが直接又は間接的に一切行われていない」

と言っていおり、「間接的」なものもないと明記しているので、広告主がアフィリエイトサービスプロバイダ(ASP)を通じてアフィリエイターに情報提供するのも駄目です。

次に、ガイドラインでは、

当該表示に係る情報のやり取りが直接又は間接的に一切行われていない」

と言っており、「当該商品役務に係る」ではないのをどのように考えるのかが問題となりえます。

1つの読み方としては、「当該表示」といっているからには、それぞれの表示の内容に関する(係る)情報のやり取りを意味しているのであって、「当該表示」(そのアフィリエイターに、どのように表示して欲しいかということ)とは関係のない、もっぱら商品自体に関する客観的情報は、ここでの「当該表示に係る情報」にはあたらない、と読むことが考えられます。

しかし、当該商品に係る情報と当該表示に係る情報を区別するのは無理でしょう。

というわけで、ここでは、「当該表示に係る情報」という部分にはあまり重きを置かず、とにかく、広告主とアフィリエイターとの間で、商品にまつわる一切の情報のやりとりをしない、という意味だと解すべきでしょう。

そして、広告主とアフィリエイターがつながる(接点)としたら、広告主の広告対象商品を通じてでしか通常はありえませんから、実質的には、広告主とアフィリエイターとの間では何も情報のやり取りをしてはいけない、ということになります。

さらに、間接的な(ASPを通じた)情報のやりとりも禁止されるので、広告対象商品に関する情報をASPにすら提供してはいけない、ということになります。

これはさらに考えると、そもそも広告主からASPに広告依頼をかけない、というのに等しいことがわかります。

というのは、具体的な商品について広告依頼をかけると、当然、その商品の情報をASPに提供することになり、ひいては、アフィリエイターにも間接的にに提供していることになるからです。

「ASPに広告の依頼もしてないのにアフィリエイターが記事を書く(しかも売れたら報酬を払う)ことなんてあるのか?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際、そういう仕組みは世の中にあります。

私が知っているだけでも2つあります。

まあ、こういうふうに、ステマ運用基準第2の2⑴ウは、かなり特殊な仕組みを想定しているのですが、だからこそ、アフィリエイト広告の実態がないといえるわけです(私は結論には反対ですが)。

そのことが、ガイドラインの記述だけからはまったく分からないところが、難点といえば難点です。

そういうアフィリエイトを実際に使っている(使わされている)人には、「あ、あれのことね。」とわかるのかもしれません。

ここでようやく、上述の、規範と具体例が噛み合っていない、という問題点ですが、規範(一般論)というのは、第2の2⑴冒頭の、

「客観的な状況に基づき、第三者の自主的な意思による表示内容と認められる場合」

です。

「客観的な状況に基づき」というのはほとんど飾り(客観的な状況に基づかず当事者の主観を基準にしてよいという規範はおよそありえない)なので、もっと簡単にすると、

「第三者の自主的な意思による表示内容」

が、規範(一般論)です。

(なお、ここでも、「自主的な意思」は、「表示内容」に関するものであり、表示をするかどうか(記事を書くかどうか)に関する自主性ではないことに、注意が必要です。)

ところが、これと、具体例の

「当該表示に係る情報のやり取りが直接又は間接的に一切行われていない」

というのが、噛み合っていないのです。

というのは、広告主との「情報のやり取り」があっても、第三者の「自主的な意思」による表示だということは、いくらでもありそうです。

「情報のやり取り」があったら、「自主的な意思」による広告でなくなるというのは、情報をもらった以上は広告主に恩義を感じて悪口をかけないと感じるようなアフィリエイターを想定しないと、ちょっと成り立たないと思います。

反対に、「情報のやり取り」がなくても、少なくともこの商品が売れれば報酬が手に入るということさえ分かっていれば、アフィリエイターは悪口は書かないでしょう(つまり、「自主的な意思」でない)。

つまり、「情報のやり取り」と「自主的な意思」を結びつけるのは、どう考えてもはじめから無理があるのです。

そもそもベイクルーズ判決の基準をステマに使っていることに端的に表れていますが、この運用基準は、実態に合わない基準を採用してそれに具体例をむりやりあてはめている(でも実はあてはまっていない)、という例が散見されるように思います。

というわけで、ステマ運用基準は、「自主的な意思」などの一般論にはあまり重きを置かず、具体例だけ読むのが吉だと思います。

しかも、具体例もあまり分析的に読むと上記のアフィリエイトのようなちぐはぐなことになっていしまうので、あまり考えず(分析せず)、さらっと読んでなんとなく分かった気になる、というくらいがちょうど良いと思います。(もちろん、皮肉です。)

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