「パートナーシップ構築宣言」のひな形の落とし穴
以前、パートナーシップ構築宣言の最大のデメリットとして、下請振興基準を遵守しなければならないことであると書いたことがあります。
ところが、その後もこの宣言についてご相談を受けることが何度かあり、いずれの会社も、宣言をすることはトップの指示だからとか、業界を挙げての取り組みだからとか、税金や補助金で優遇を受けられるからとかということで、宣言すること自体は所与の前提になっており、デメリットをご説明しても宣言をしないことまでの決定には至っていただけないケースばかりでした。
そこで、宣言をすることは既定路線である場合であっても、これだけは避けて欲しい(あるいは、よく理解した上でやって欲しい)ということを申し上げることにします。
それは、パートナーシップ構築宣言のひな形にある、
「※「下請取引以外の企業間取引についても、取引上の立場に優劣がある企業間での取引の適正化を図るという下記項目の趣旨に留意する」場合には、その旨記載ください。」
という任意記載に関する記述です。
この記載をすることはリスクが大きいので、絶対にお勧めしません。
仮にどうしても記載したいなら、そのリスクを十分に理解した上で記載するようにしてください。
間違っても、ひな形にそう書いてあるからとか、他社の例を見たらそう書いてあったからといった安易な理由で記載しないようにしてください。
この記載は、要するに、ほんらい振興基準の適用対象は下請取引だけなのに、その適用範囲を、任意に、自社が優越的地位にあるすべての取引に拡張する、という内容です。
これはちょっと考えてみると大変なことであることがわかります。
というのは、多くの企業にとって、下請取引は、すべての取引の中でほんの一部に過ぎないからです。
ということは、この、
「下請取引以外の企業間取引についても、取引上の立場に優劣がある企業間での取引の適正化を図るという下記項目の趣旨に留意する」
という任意の記載を宣言の中に記載すると、下請取引以外の何倍もの取引に振興基準の縛りがかかってくる、ということです。
なので、取引先と揉めたときにこのパートナーシップ構築宣言を引き合いに出されて、
「おたく、パートナーシップ構築宣言してますよね? 振興基準を守らないといけないんじゃないですか?」
といわれても、その取引先との取引が下請取引でなければ、
「何言ってるんですか。振興基準は下請取引にしか適用がないのですよ。」
といえば話は済むわけです。
ところが、この任意記載をしてしまうとそうはいかず、優劣関係があれば(優劣関係がない取引なんて、むしろ少数でしょう。)、すべて振興基準が適用されてしまうわけです。
さらに細かいことをいえば、この任意記載の「取引上の立場に優劣がある」というのも、独禁法の優越的地位の濫用のことをいっているのかどうか、はっきりしません。
むしろ、「優劣」なんていう非常に漠然とした、かつ簡潔な表現をしていることからすると、優越的地位の濫用の優越的地位が認められない場合でも「優劣」はある、という場合がありうると読むのが自然だと思います。
(優越ガイドラインでは、取引先変更可能性など、優越的地位の判断に関する記述が約3頁にわたって長々と説明されています。)
もちろん、パートナーシップ構築宣言の趣旨からすれば、下請取引とそれ以外とを区別するのがそもそもおかしいわけで、すべての優劣関係のある取引に適用するのが趣旨に適っているとはいえます。
なので、どうしてもその原理原則に従いたいのだという強い希望があるのであれば、私も止めません。
どうぞご自由になさって下さい。
ですが、この任意記載をするメリットは何かあるのかというと、私の考えるところでは、何もありません。
まず、これは任意記載ですから、この記載をしてもしなくても、補助金の審査に影響したり税制上有利な扱いを受けたりというメリットがなくなることはありません。
また、実際にできあがった宣言を読んでみても(読む人もそんなにいないと思いますが。)、この任意記載がなかったからといって、全然違和感はありません。
つまり、「この会社は下請取引にしか宣言を適用しないのか。けしからん!」なんて思う人は誰もいません。
ということは、日本企業がよく気にする、”見てくれの悪さ”というのもなければ、”悪目立ち”というのもないわけです。
もちろん、このひな形を作った役人の人は、企業を罠にかけてやろうと思ってこの任意記載案を入れたのではないと思います。
パートナーシップ構築宣言の本来の趣旨からすれば、下請取引とそれ以外を区別する理由はなく、むしろ当然の内容だからです。
ですが、結果的に、これはパートナーシップ構築宣言の最大の”罠”になっていると思います。
というわけで、企業の皆さん、くれぐれもご注意下さい。
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コメント
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先生、初めまして。パートナーシップ構築宣言のデメリット、任意記載のメリットは何もない、というのはやや語弊があるがします。車や家電製品などの超巨大メーカの裾野には、下請法対象とはならないが取引上の地位としては劣後する沢山の実質下請企業が存在します。これらの会社はさらに、実質下請企業のほか、本来の下請法対象会社と取引を行っており、実質下請会社とこれらの会社の間の取引が、本進行基準に従っていただけないと、割を食う形で実質下請企業だけが損をすることを嫌い、下請会社との取引を適正化することが難しい、ということになります。サプライチェーン全体が、誰も取り残すことなくフラットなパートナーとして扱われる世界を望むところです。
投稿: 通りすがりの中企業 | 2023年12月 1日 (金) 09時28分