みずほ証券に対する注意について
4月13日、公取委はみずほ証券に対して優越的地位の濫用で注意をしたことを公表しました。
理由は、
「ア みずほ証券は、
新規上場会社A(以下「A社」という。)から他の証券会社のセカンドオピニオンに基づき十分に検討された想定発行価格の算出方法や水準等について説明を受けたにもかかわらず、
当該説明について十分な検討を行わずに、
A社が主張した価格を下回る想定発行価格を設定し、
A社に対し、当該価格を受け入れるよう要請した。
イ みずほ証券は、
仮条件の設定に当たって、機関投資家から妥当と考えられる新規上場会社B(以下「B社」という。)の株価等に関する意見を電話ヒアリングにより聴取した際、
意見を聴取した機関投資家のうち1社が、B社の類似会社との比較に基づき、B社の株価を想定発行価格よりも高く評価していたにもかかわらず、
当該機関投資家に想定発行価格が受入れ可能かどうかを確認し、受入れ可能との回答を得たことのみをもって、想定発行価格と同額が妥当と考えられる株価であるとする意見を得たこととした。
また、仮条件を設定するに当たり参考にできるのは自らが回収した機関投資家の意見のみであるとして、
B社から、B社が会社説明会において機関投資家と面談した結果を提示されたにもかかわらず、
当該面談結果を考慮しない理由について十分な説明を行うことなく、
B社が主張した価格を下回る仮条件を設定し、B社に対し、当該仮条件を受け入れるよう要請した。」
ということでした。
しかし、私はこれを優越的地位の濫用だというのは(注意ではありますが)、根本的に間違っていると思います。
このことについては、以前、公取委のIPO報告書について書いたので、そちらもご参照いただければと思いますが、理由を一言でいえば、公取委の優越ガイドラインでは、優越的地位の濫用が成立するためには被濫用者が将来の取引への影響を懸念することが必要(懸念要件)であるとされているのに、本件では懸念要件を充足するはずがないからです。
(懸念要件については、別の投稿でも書きましたので、併せて参照いただければと思います。)
つまり、本件は、優越ガイドラインでいえば、第4の3⑸の
「(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等」
の
「ア 取引の対価の一方的決定」
に最も近いですが、そこでは、
「(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等
ア 取引の対価の一方的決定
(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。」
とされています。
つまり、IPOをする会社が、みずほ証券のいうことを今聞いておかないと将来のみずほ証券との取引で不利益を受けるかも知れないと懸念することが必要なわけです。
これは、これまでの優越的地位濫用の運用にも沿った、妥当な解釈です。
たとえば、典型的な優越的地位の濫用である、従業員の無償派遣のケースでは、納入業者は無償派遣はいやだと思っていても、これを断るとそのスーパーからその後の取引量を減らされるんじゃないかと懸念して無償派遣に応じるわけです。
そのような、将来への懸念というものが、本件にはありえません。
公取委の報道発表では、本件での懸念らしきものとして、
「新規株式公開は、推薦審査(注3)の終了後に公開価格設定プロセス(注4)を経て行われるところ、上場予定日の延期を希望しない新規上場会社にとっては、公開価格設定プロセスの段階で主幹事を変更することは困難であるため、主幹事が、新規上場会社にとって著しく不利益な要請等を行っても、新規上場会社はこれを受け入れざるを得ない」
という事実が認定されていますが、これは、取引先変更可能性のことなので、優越的地位について述べたものであるとみられます。
ということは、やはり、公取のプレスリリースには、懸念要件についての記述がなにもない、ということです。
というわけで、今回の注意は、公取委自身のガイドラインに反していると言わざるを得ません。
こんなガイドラインなら、ないほうがましでしょう。
今回のケースに限らず、最近の公取委の運用は、この懸念要件(ガイドラインの記述)を全く無視していますが、いいかげんにしてほしいものです。
研究者も実務家もマスコミも、こんな重大な不正義をなぜ指摘しないのか、不思議でなりません。
というわけで、今回の注意には法解釈論的に根本的な欠陥があるのですが、実務はこの方向で動いていくでしょうから、今回のプレスリリースから読み取れることを、以下に記しておきます。
まず、違反(のおそれの)事実として、
「ア みずほ証券は、
新規上場会社A(以下「A社」という。)から他の証券会社のセカンドオピニオンに基づき十分に検討された想定発行価格の算出方法や水準等について説明を受けたにもかかわらず、
当該説明について十分な検討を行わずに、
A社が主張した価格を下回る想定発行価格を設定し、A社に対し、当該価格を受け入れるよう要請した。」
と認定されているので、セカンドオピニオンが出てくれば主幹事会社は十分に検討し、検討した経過や結果を記録に残しましょうね、ということです。
もちろん、セカンドオピニオンにも一理あると思えば、それにしたがって想定発行価格を引き上げましょう。
次に、
「イ みずほ証券は、仮条件の設定に当たって、
機関投資家から妥当と考えられる新規上場会社B(以下「B社」という。)の株価等に関する意見を電話ヒアリングにより聴取した際、
意見を聴取した機関投資家のうち1社が、
B社の類似会社との比較に基づき、B社の株価を想定発行価格よりも高く評価していたにもかかわらず、
当該機関投資家に想定発行価格が受入れ可能かどうかを確認し、
受入れ可能との回答を得たことのみをもって、想定発行価格と同額が妥当と考えられる株価であるとする意見を得たこととした。」
というのが問題だ、ということなので、ヒアリングをした機関投資家がした評価額をその機関投資家の意見としましょう(あたりまえですが)、ということです。
それを、「ご意見はごもっともですが、こちらの価格〔みずほ想定価格〕も、ありえなくはないですよね?」みたいなことを言って、露骨に誘導してはいけません。
だいたい、機関投資家は安く買えれば買えるほどいい人たちなので、そういう人たちに、発行会社の立場に立って「受入れ可能かどうかを確認」する、というのは、そもそもおかしいとも言えます(安ければ安いほどいいので、安い価格が受け入れ不可能なはずがない)。
次に、
「また、仮条件を設定するに当たり参考にできるのは自らが回収した機関投資家の意見のみであるとして、
B社から、
B社が会社説明会において機関投資家と面談した結果を提示されたにもかかわらず、
当該面談結果を考慮しない理由について十分な説明を行うことなく、
B社が主張した価格を下回る仮条件を設定し、B社に対し、当該仮条件を受け入れるよう要請した。」
ということなので、たとえ発行会社自身が機関投資家から聞いた意見であっても、これを考慮しない場合には、きちんとその理由を説明しましょうね、ということです。
逆に言えば、十分な理由を説明すれば、結果的に、会社が主張する仮条件を下回っても良い、ということです。
ちょっとよくわからないのが、公取委報道発表では、一方で、
「そして、2社の新規株式公開案件における初値は、いずれについても公開価格の倍以上となるなど、公開価格を大幅に上回っており、
2社は、自らが主張した想定発行価格又は仮条件に基づき設定されたであろう公開価格により新規株式公開ができていれば、より多くの資金を調達した可能性がある。」
と言って、初値が公開価格の2倍以上になるなんてひどよよね、と仄めかしておきながら、
「上記⑵ア及びイの事例に関する新規株式公開案件の公開価格設定プロセスにおいて、
みずほ証券は、2社に対し、想定発行価格及び仮条件の設定根拠について具体的な説明を行っていること等を踏まえると、
みずほ証券が2社と協議を行わずに合理性のない価格を設定したとまでは認められないことから、
上記⑵のみずほ証券の行為は、直ちに独占禁止法違反と認められるものではない」
と言っており、結局は、A社〔有価証券届出書に記載する〕に対する想定発行価格についても、B社に対する〔ブックビルディング機関の最終需要集計の基となる〕仮条件についても、具体的な具体的な説明をしているので問題ないのだ、としていることです。
ということは、結局、
A社が持ってきたセカンドオピニオンについては十分な検討をしなかったけれど、全体としては、想定発行価格について具体的に説明をしているから違反ではないし、
B社について機関投資家1社から高い仮条件の評価が出ていたのにみずほの条件も受入れ可能といっただけでみずほの条件が妥当ということにしたり、B社の聞き取った機関投資家の意見を無視してその理由も説明しなかったりしたけれど、全体としては、仮条件について具体的に説明しているから違反ではない、
というように読めて、全体としては問題ないのに個別の事情(セカンドオピニオン、機関投資家の意見の誘導、発行会社が聞き取った機関投資家の意見の無視)に問題があったので注意がされた、と読めかねません。
この点、公取委の報道発表では、違反(の疑いの)行為と結論との間に、
「⑷ 令和3年3月以降、みずほ証券は、
仮条件の設定に当たって機関投資家から意見を聴取する際には、仮条件の設定プロセスを公正・中立かつ精緻なものにする観点から詳細にヒアリングを行うこと等を新規株式公開の業務に関する基本的な考え方として定めて担当者に周知するとともに、
新規株式公開に関する実務マニュアルについて、新規上場会社の納得感を高めるコミュニケーションを行うための留意事項を追記する改正を行って担当者に周知する等の改善策を採っている事実
が認められた。」
という一節が挿入されていています。
これをどう読むか、前後のつながりがよくわからないのでなんとも言いがたいのですが、私なりに素直に読むと、A社とB社についても、上記のような違反(の疑いの)事実はあったけれど、その後、(ひょっとしたら公取委のIPO実態調査があったために?)改善措置が採られているので、A社への想定発行価格についても、B社への仮条件についても、具体的に説明しているから、違反(の疑い)の瑕疵が治癒されて、違反ではないのだ、といいたいのかな?と思いました。
あるいは、もっと厳しい、論理的な読み方をするなら、全体として具体的な説明をしていても、一部でも、問題のある行為(セカンドオピニオン、機関投資家の意見の誘導、発行会社が聞き取った機関投資家の意見の無視)をすれば、注意をするぞ、ということなのかもしれません。
このあたり、厳密な法的分析を可能にする観点からは、上記2⑷とその前後との関係が論理的にわかるように書いて欲しかったところですが、公取委としては、ともかくこういう行為が違反の疑いがある行為なのだと公表したかったので、法的論理構成は二の次だったのでしょう。
もう1つ納得いかないのは、
「2社の新規株式公開案件における初値は、いずれについても公開価格の倍以上となるなど、公開価格を大幅に上回っており、2社は、自らが主張した想定発行価格又は仮条件に基づき設定されたであろう公開価格により新規株式公開ができていれば、より多くの資金を調達した可能性がある。」
と述べて、あたかも初値と公開価格の乖離が大きかったという結果を問題視している(印象操作?)ように見える部分です。
しかし、公取委報道発表ではあくまで、濫用にあたるかどうかは、
「みずほ証券が2社と協議を行わずに合理性のない価格を設定した」
かどうか(2⑸)で決まる、と読めます。
そして、初値の半分以下だったから「合理性のない価格」といえるかというと、当然に合理性がない価格だとはいえないでしょう。
株価なんて市場の気分で決まるもので、とくに初値なんてそうでしょうから、比べるのも愚かという気がします(あくまで素人の感想ですが)。
どうせ比べるなら、初値とではなく、その後の一定期間(1週間とか、1ヶ月とか)の平均と比べるべきでしょう。
ちなみに、こちらの「庶民のipo」というウェブサイトでは、過去のIPOの騰落率が載っていて、2020年の騰落率の平均は2.06倍ということで、2倍が著しく平均からかけ離れているわけではありません(平均2倍も離れているのが問題だ、という指摘はありえますが、優越的地位の濫用とは関係がありません)。
さらに同ウェブサイトによると、2020年の騰落率のベスト10(公取から見ればワースト10)は、
ヘッドウォータース 11.90倍
フィーチャ 9.06倍
タスキ 7.55倍
Branding Engineer 5.96倍
ニューラルポケット 5.67倍
アクシス 5.33倍
インターファクトリー 5.29倍
アースインフィニティ 5.28倍
MIT HD 5.20倍
トヨクモ 4.51倍
ということで、2倍なんてかわいいもんです(それ自体が問題だ、という指摘はありえますが、優越的地位の濫用とは関係がありません)。
いずれにせよ、何の説明もなく2倍というのが問題であるかのようなことを仄めかすのは、露骨な印象操作であり、大人のやることではないと思います。
というわけで、公取委報道発表の上っ面を舐めると、騰落率2倍を超えると公取委が問題視する、みたいな俗説が生まれるかもしれませんが、リリースをきちんと読めば、あくまできちんと協議をしたかどうかが問題なのであり、騰落率自体を問題視するつもりは公取委にもないと思われます(し、そのような結果論を問題視すべきではありません)。
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