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2023年4月

2023年4月29日 (土)

日本証券業協会の「広告等に関する指針」の将来の取引見込の考え方の射程

継続的取引に対して景品類を提供する場合(例えば、クレジットカードの入会キャンペーンや、最近流行りの様々なサブスクサービスに関するキャンペーン)にいくらまで景品類を提供できるかを特定するために、取引の価額を特定する必要がありますが、掲題の指針62~63頁では、以下のように説明されているのが参考になります。

「② 将来の取引見込の考え方

例えば、口座開設後取引が⾧期にわたって継続して行われる場合は、累計の取引量は多くなる。

そこで、口座開設等一定の取引条件のもと、将来の取引が相当程度現実的に見込めるものである場合には、将来の特定の期間に行われると見込まれる取引を考慮して「通常行われる取引」を算定することができる。

ここで、将来のどの程度の取引期間を見込むかについては、自社の過去の顧客取引データ等や、取引の特性( NISA 制度、累積投資等の制度や商品性)を踏まえて検証し、将来の取引見込の期間が現実的に見込めると判断できる期間を設定する必要がある。

ただし、「最低のもの」を計測するのであるから、過去の実績において多数の顧客が想定期間よりも早く離脱(取引の停止、解約等)しているのであれば、それらの顧客が離脱し始める時期までを「将来取引見込の期間」とする必要がある。

一般的には設定できる期間は 1 年間程度以内が適当であると考えられる。

なお、一定期間の取引の継続を景品提供の条件とする場合は当該期間をもって「将来取引見込の期間」とすることを妨げないが、⾧期の拘束が顧客にとって望ましいかということについても留意する必要がある。

なお、将来の特定の期間に行われる取引を見込んで顧客へ景品類の提供を行っている場合に、想定している当該期間及び取引を対象として、当該顧客に対し、他のキャンペーン等によって総付景品を提供すると、同一の取引に付随して二以上の景品類提供を行うことになると考えられる。

このため、既に提供した景品金額と新たなキャンペーン等により提供する景品金額の合計額が、既に算定した提供できる景品類の価額の上限を超えてはならないことに留意する必要がある。

したがって、キャンペーン等を行うにあたっては、取引種別や期間による「取引の価額」に基づき算定した景品類の提供額を管理し、同一の取引に付随する景品類の提供となるようなキャンペーンを行わないか、

あるいは、そのようなキャンペーンを行う場合には景品類の提供額の上限を超えないように管理する必要があると考えられる。

例えば、新規口座開設を条件に、将来の取引見込みを1年間として計算して新規口座開設キャンペーンを行った場合には、当該開設された口座を対象としたキャンペーンを1年間行わないか、

あるいは1年間のうちに当該開設された口座を対象としたキャンペーンを行う場合には、当該複数のキャンペーンの景品類の提供額の合計が新規口座開設キャンペーン 時に算定した提供できる景品類の価額の上限を超えないように管理(対象口座、取引種別、取引期間、景品類の提供額などの記録に基づく精査)する必要がある。」

ざっくりまとめると、例えば月1万円積み立てる投資信託を契約したら景品類を提供する場合、多くの契約者が1年以上契約を継続する場合、1年間の取引価額の12万円を取引の価額とし、総付ならその2割の2万4000円までの景品類を提供できる、ということです。

さらに、その1年間に別のキャンペーンをその契約者に対して行う場合、2万4000円の枠内で行わなければならない、ということです。

そこで、例えば入会時に1万円の景品類を提供している場合には、残った枠の1万4000円を超えないようにしないといけない、ということです。

さて、なかなか緻密に考えられていて、私もこの考え方は概ね妥当だとは思うのですが、証券業協会が想定しているような金融商品以外にまでこの考え方を適用するのが妥当なのか、あるいは、金融商品全部をこの考え方に従って運用しないといけないのかは、議論のありうるところだと思います。

というのは、上述の月1万円の投資信託の場合、今後1年間の取引の価額がかなり確実に予測できます(12万円)。

ですが、世の中のさまざまな継続的取引の場合、どの程度の取引価額が予想できるかは、まさに、商品によってさまざまです。

たとえば、クレジットカードについては、1年間の通常の取引価額の最低のものは、1万円であるということで運用されています(西川編著『景品表示法』225頁)。

ですが、クレジットカードの会員が実際いくらの取引をするかは、会員ごとに千差万別です。

それを、入会後1年間は、入会時に予想した1万円の取引の価額を基準に2000円までしか総付で景品を提供できないとすることは、実態に合いませんし、硬直的すぎると思います。

私はむしろ、クレジットカードの場合には、入会キャンペーン時に使った取引の価額(1万円)はあくまで将来の予測であって、将来現実に取引を行った場合の取引とは観念上別の取引だと考えて、別枠で景品類を提供してもよいと考えています。

たとえば、クレジットカードの会員に対して、「今月10万円以上カードで買物をした人に景品プレゼント」というキャンペーンの場合、入会時に予想した1万円ではなく、キャンペーン対象の10万円を基準に2万円まで景品類を提供してよいと考えます。

あるいは、月1万円の純金積立のコースを契約した人の1年間の取引の価額は12万円ですが、この1年の間に、「今月、金を3万円以上追加購入した人には、特別に景品プレゼント」というキャンペーンを行う場合には、当初の枠の12万円×0.2=2万4000円とは別枠で、3万円×0.2=6000円の枠内で提供できる、というべきでしょう。

おそらく、証券業協会のガイドラインでもこの場合の考え方は同じでしょう。

というのは、ガイドラインの上記引用部分に、前提として、

「想定している当該期間及び取引を対象として、当該顧客に対し、他のキャンペーン等によって総付景品を提供すると、」

とされているので、追加購入はおそらく「想定している・・・取引」ではない、と整理するのだと思われるからです。

ですが、クレジットカードの場合には、この理屈が使いにくいと思われます。

というのは、特定の金額を使うことを条件にするキャンペーンや、特定の商品を購入することを条件にするキャンペーンについては、カード加入時にはそこまで具体的な取引は想定していなかったという理屈で「想定している・・・取引」ではない、よって別枠だ、と整理することも不可能ではないように思われますが、そうでない場合には、あらゆるカード決済が抽象的には入会時に「想定」されていたというのがむしろ自然だからです。

ともあれ、日本証券業協会のガイドラインは大筋で合理的なものであり、金融商品以外にも広く参考になります。

ただ、参考にする場合には、それぞれの商品の特性に応じて微修正していくことが必要だろうと思います。

2023年4月27日 (木)

公正取引委員会ウェブサイトの改悪について

少し前に、公正取引委員会のウェブサイトのデザインが変更されましたが、使い勝手が悪いことこの上ありません(個人の感想です)。

以前も決して使い勝手がよかったわけではありませんが、慣れれば一応、何がどこにあるかはトップページからすぐに辿ることができました。

ところが、現在のデザインでは、その当たり前のことができません! 😠

たとえば流通慣行取引ガイドラインをトップページから探しても、すぐには見つかりません。

なので、ダックダックゴーでいちいち検索しています。

検索すると、流通取引慣行ガイドラインは、

「ホーム>独占禁止法>法令・ガイドライン等(独占禁止法)>運用基準関係>流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」

というツリーをたどっていくと見つかることになっています。

ところが、「ホーム」から「独占禁止法」まではたどれるものの、その次の「法令・ガイドライン等(独占禁止法)」というボタンが見つかりません。

同ウェブサイトによれば、「独占禁止法」のグループの下は、

独占禁止法とは

重点施策

独占禁止法の法的措置一覧

相談事例集

企業結合

よくある質問コーナー(独占禁止法)

物流特殊指定

講習会の御案内

不当廉売

入札談合等関与行為防止法

その他

というサブグループになっており、「その他」を見ても、「法令・ガイドライン等(独占禁止法)」のページは出てきません。

これでは、トップページから辿ることは想定されておらず、検索エンジンで探すことが前提になっていると思わざるを得ません。

これは、いくらなんでもウェブサイトの作りとしてひどすぎるのではないでしょうか?

それに、上記のサブグループも、不当廉売や物流特殊指定だけが独立のサブグループになっていたりして、ツリーの段階ごとの論理的・体系的な関係がめちゃくちゃです。

他の役所のウェブサイトを公取委のものほどヘビーに使うことは私はないので、比較はできませんが、他省庁に比べてあまり変なことをしていると、公取委の知的水準が疑われかねないと思います。

これは、独禁法を専門とする者として、たいへんざんねんなことです。

もう一つよく使う消費者庁のウェブサイトも、決して情報が探しやすいわけではないですが、あちらは取扱業務の幅が公取委に比べて圧倒的に広いので、複雑な作りになるのも仕方ない気がします。

デザイン変更があった直後のころ、審決データベースで検索したら、審決の本文しか出てこなくて、肝心の別紙「審決案」(実質的な内容の部分)が出てこない、というバグがありましたが、そもそもウェブサイトの作りがとても不便になっています。

なんでこんな変更をしてしまったのでしょう?

もし公共調達の発注先を多様化するために定期的に別の業者に発注しているとか、しょうもない理由だったら、今後こういう変更はぜひやめていただきたいです。

それから、これはセキュリティなど明確な意図に基づいてなされたものかもしれませんが、現在の公取委のウェブサイトをPDFとして印刷すると、プロテクトがかかって、Adobe Acrobat Readerでも、iPadでも、ハイライトを付けたりコメント機能を使ってコメントを付けたりすることができません。

私はそういう使い方をしていたので(とくに、コロナでiPadを多用するようになって以降)、この変更は、とても不便です。

もし上手い回避の仕方をご存じの方がいらしたら教えて下さい。

2023年4月22日 (土)

表示内容の決定に関与したかをステマの基準にすることの疑問

ステマガイドライン(「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが間難である表示』の運用基準」)では、ベイクルーズ事件に従って、事業者が表示「内容」の決定に関与した表示は「事業者の表示」である、という考え方が示されています。

しかし、この考え方には根本的な問題があると思います。

というのは、事業者が表示「内容」の決定にまったく関与していなくても、たとえばあるインフルエンサーが紹介するという事実だけで、そのインフルエンサーが支持(endorse)したものと捉えられる、ということがいくらでもあるように思われるからです。

私は以前、日本公認不正検査止協会さんから、セミナーをブログで告知してくれたら無料招待してもらえるというお知らせをいただいて告知したことがありました

このときは、ステマみたいになるのがいやだったので、ちゃんとご招待いただいたことも書きました。

ですが、ブログの表示の「内容」については、協会さんからは一切指示がありませんでした(あるわけないですよね)。

もちろん、セミナーのタイトルと日時と申込方法くらいは書きましたが、それはいわば公知の事実であり、それを「表示」だとして、その「内容」の「決定」を云々すべきものではないように思います。

私のそのブログ記事をみてセミナーに申し込もうとした人がいたかどうかはわかりませんが(笑)、仮にいたとして、その人がどのように感じたかを想像すると、

「植村弁護士が(あるいは、たんに弁護士が、でもいいですが)紹介するのだから、きっと役に立つセミナーなのだろう。」

と思って申し込んだ可能性は否定できないように思います。

たんに情報を広めるというだけなら、誰に広めてもらってもいいはずですが、いちおう、私が選ばれた(?)ということは、誰が広めるのかにも協会さんには関心があったのだろうと想像します。

もし情報の拡散だけを目的にするなら、私なんかより、ガーシー元議員にでも頼んだ方が、よっぽど効果的でしょう。

というわけで、ステルスマーケティングでは、内容もさることながら、誰が(外形上)情報を提供しているかが、非常に重要なのではないか(少なくとも非常に重要な場合がある)、と思うのです。

それに、理論的に考えてみると、ステマというのは、ステマ告示で、

「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」

と定義されており、表示の「内容」には関知していません。

それにもかかわらず、表示の「内容」の決定に関与したことを、「事業者の表示」の要件とするのは、もともと無理があるといわざるをえません。

そもそもどうしてこういうことが起きるのかというと、ベイクルーズ事件の判示をそのままもってきたからです。

でも、ベイクルーズ事件では、外形上当該事業者(ベイクルーズ)の行った表示であることは明らかなタグがベイクルーズの表示になるかどうかが問題になったのであり、外形上他人(八木通商)が行った表示かどうかが問題になったのではありません。

(このあたりは、「ベイクルーズ判決とアフィリエイト広告」という記事に書きました。)

ベイクルーズ事件では、平たく言えば、「イタリア産」という表示の「内容」を誰が(実質的に)決めたのかが問題になったために、「表示『内容』の決定に関与した」かどうかが表示主体を決める、という基準になったのだと見るのが自然でしょう。

それなのに、その基準を、外形上第三者が作成したとみられる表示の表示主体を決める基準として使ったりしたら、ベイクルーズ事件の裁判官(さらにその前の公取委審判官)は、びっくりするのではないでしょうか。

(機会があったら是非鵜瀞先生にうかがってみたいものです。)

つまり、ステマはほんらい、ベイクルーズ事件が問題にしている場面(外形上の表示主体は明らかな場面)よりも前の場面(外形上の表示主体がそもそもわからないか、真の表示主体でない場面)を問題にすべきなのです。

内容自体や、内容の決定への関与を、問題にすべきではありません。

つまり、ベイクルーズ事件では、ズボンの原産国の表示という、まさに表示の「内容」が問題になったので、「内容」の決定に関与したかどうかを基準にするのは自然なことでしたが、ステマはそもそも内容にかかわらないので、「内容」を問題にする基礎がありません。

まあ、多くの場合、内容の決定への関与をしていれば、その事業者を表示主体とみるのが妥当でしょうし、それでほとんどの場合は問題なく処理できそうですから、目くじらを立てるほどのことではない(実務は回っていく)のでしょうけれど、理論的には、腰だめの議論だと言わざるを得ません。

少なくとも、ステマ規制でもれなく規制すべき者を規制するためには、ベイクルーズ事件が想定しているような表示の「内容」(「イタリア産」)だけでなく、もっと幅広いものが「内容」に含まれる(たとえば、特定のブログで告知するなどの表示態様も「内容」とみなす)と解釈しないといけないような気がします。

でも、もとの基準にしたがうようなふりをしながら言葉の意味を変えてしまうというのは、筋の良い法律論ではありません。

これは改めてきちんと書こうと思いますが、ステマガイドラインでは、第三者が自由な意思にもとづいて表示内容を決定したと客観的に認められるならステマではない、という基準を用いていますが、この第三者の「自由な意思」というのと、事業者の「表示内容の決定への関与」というのも、きれいに1対1で(あるいは裏表で)対応していないように思われます。

その根本的な原因は、表示「内容」の決定に関与したかどうかを基準にしたベイクルーズ判決に引きずられたからではないか、と私は睨んでいます。

2023年4月15日 (土)

みずほ証券に対する注意について

4月13日、公取委はみずほ証券に対して優越的地位の濫用で注意をしたことを公表しました

理由は、

「ア みずほ証券は、

新規上場会社A(以下「A社」という。)から他の証券会社のセカンドオピニオンに基づき十分に検討された想定発行価格の算出方法や水準等について説明を受けたにもかかわらず、

当該説明について十分な検討を行わずに、

A社が主張した価格を下回る想定発行価格を設定し、

A社に対し、当該価格を受け入れるよう要請した。

イ みずほ証券は、

仮条件の設定に当たって、機関投資家から妥当と考えられる新規上場会社B(以下「B社」という。)の株価等に関する意見を電話ヒアリングにより聴取した際、

意見を聴取した機関投資家のうち1社が、B社の類似会社との比較に基づき、B社の株価を想定発行価格よりも高く評価していたにもかかわらず、

当該機関投資家に想定発行価格が受入れ可能かどうかを確認し、受入れ可能との回答を得たことのみをもって、想定発行価格と同額が妥当と考えられる株価であるとする意見を得たこととした。

また、仮条件を設定するに当たり参考にできるのは自らが回収した機関投資家の意見のみであるとして、

B社から、B社が会社説明会において機関投資家と面談した結果を提示されたにもかかわらず、

当該面談結果を考慮しない理由について十分な説明を行うことなく

B社が主張した価格を下回る仮条件を設定し、B社に対し、当該仮条件を受け入れるよう要請した。」

ということでした。

しかし、私はこれを優越的地位の濫用だというのは(注意ではありますが)、根本的に間違っていると思います。

このことについては、以前、公取委のIPO報告書について書いたので、そちらもご参照いただければと思いますが、理由を一言でいえば、公取委の優越ガイドラインでは、優越的地位の濫用が成立するためには被濫用者が将来の取引への影響を懸念することが必要(懸念要件)であるとされているのに、本件では懸念要件を充足するはずがないからです。

(懸念要件については、別の投稿でも書きましたので、併せて参照いただければと思います。)

つまり、本件は、優越ガイドラインでいえば、第4の3⑸の

「(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等」

「ア 取引の対価の一方的決定」

に最も近いですが、そこでは、

「(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等

ア 取引の対価の一方的決定

(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。」

とされています。

つまり、IPOをする会社が、みずほ証券のいうことを今聞いておかないと将来のみずほ証券との取引で不利益を受けるかも知れないと懸念することが必要なわけです。

これは、これまでの優越的地位濫用の運用にも沿った、妥当な解釈です。

たとえば、典型的な優越的地位の濫用である、従業員の無償派遣のケースでは、納入業者は無償派遣はいやだと思っていても、これを断るとそのスーパーからその後の取引量を減らされるんじゃないかと懸念して無償派遣に応じるわけです。

そのような、将来への懸念というものが、本件にはありえません。

公取委の報道発表では、本件での懸念らしきものとして、

「新規株式公開は、推薦審査(注3)の終了後に公開価格設定プロセス(注4)を経て行われるところ、上場予定日の延期を希望しない新規上場会社にとっては、公開価格設定プロセスの段階で主幹事を変更することは困難であるため、主幹事が、新規上場会社にとって著しく不利益な要請等を行っても、新規上場会社はこれを受け入れざるを得ない」

という事実が認定されていますが、これは、取引先変更可能性のことなので、優越的地位について述べたものであるとみられます。

ということは、やはり、公取のプレスリリースには、懸念要件についての記述がなにもない、ということです。

というわけで、今回の注意は、公取委自身のガイドラインに反していると言わざるを得ません。

こんなガイドラインなら、ないほうがましでしょう。

今回のケースに限らず、最近の公取委の運用は、この懸念要件(ガイドラインの記述)を全く無視していますが、いいかげんにしてほしいものです。

研究者も実務家もマスコミも、こんな重大な不正義をなぜ指摘しないのか、不思議でなりません。

というわけで、今回の注意には法解釈論的に根本的な欠陥があるのですが、実務はこの方向で動いていくでしょうから、今回のプレスリリースから読み取れることを、以下に記しておきます。

まず、違反(のおそれの)事実として、

「ア みずほ証券は、

新規上場会社A(以下「A社」という。)から他の証券会社のセカンドオピニオンに基づき十分に検討された想定発行価格の算出方法や水準等について説明を受けたにもかかわらず、

当該説明について十分な検討を行わずに、

A社が主張した価格を下回る想定発行価格を設定し、A社に対し、当該価格を受け入れるよう要請した。」

と認定されているので、セカンドオピニオンが出てくれば主幹事会社は十分に検討し、検討した経過や結果を記録に残しましょうね、ということです。

もちろん、セカンドオピニオンにも一理あると思えば、それにしたがって想定発行価格を引き上げましょう。

次に、

「イ みずほ証券は、仮条件の設定に当たって、

機関投資家から妥当と考えられる新規上場会社B(以下「B社」という。)の株価等に関する意見を電話ヒアリングにより聴取した際、

意見を聴取した機関投資家のうち1社が、

B社の類似会社との比較に基づき、B社の株価を想定発行価格よりも高く評価していたにもかかわらず、

当該機関投資家に想定発行価格が受入れ可能かどうかを確認し、

受入れ可能との回答を得たことのみをもって、想定発行価格と同額が妥当と考えられる株価であるとする意見を得たこととした。」

というのが問題だ、ということなので、ヒアリングをした機関投資家がした評価額をその機関投資家の意見としましょう(あたりまえですが)、ということです。

それを、「ご意見はごもっともですが、こちらの価格〔みずほ想定価格〕も、ありえなくはないですよね?」みたいなことを言って、露骨に誘導してはいけません。

だいたい、機関投資家は安く買えれば買えるほどいい人たちなので、そういう人たちに、発行会社の立場に立って「受入れ可能かどうかを確認」する、というのは、そもそもおかしいとも言えます(安ければ安いほどいいので、安い価格が受け入れ不可能なはずがない)。

次に、

「また、仮条件を設定するに当たり参考にできるのは自らが回収した機関投資家の意見のみであるとして、

B社から、

B社が会社説明会において機関投資家と面談した結果を提示されたにもかかわらず、

当該面談結果を考慮しない理由について十分な説明を行うことなく

B社が主張した価格を下回る仮条件を設定し、B社に対し、当該仮条件を受け入れるよう要請した。」

ということなので、たとえ発行会社自身が機関投資家から聞いた意見であっても、これを考慮しない場合には、きちんとその理由を説明しましょうね、ということです。

逆に言えば、十分な理由を説明すれば、結果的に、会社が主張する仮条件を下回っても良い、ということです。

ちょっとよくわからないのが、公取委報道発表では、一方で、

「そして、2社の新規株式公開案件における初値は、いずれについても公開価格の倍以上となるなど、公開価格を大幅に上回っており、

2社は、自らが主張した想定発行価格又は仮条件に基づき設定されたであろう公開価格により新規株式公開ができていれば、より多くの資金を調達した可能性がある。」

と言って、初値が公開価格の2倍以上になるなんてひどよよね、と仄めかしておきながら、

「上記⑵ア及びイの事例に関する新規株式公開案件の公開価格設定プロセスにおいて、

みずほ証券は、2社に対し、想定発行価格及び仮条件の設定根拠について具体的な説明を行っていること等を踏まえると、

みずほ証券が2社と協議を行わずに合理性のない価格を設定したとまでは認められないことから、

上記⑵のみずほ証券の行為は、直ちに独占禁止法違反と認められるものではない」

と言っており、結局は、A社〔有価証券届出書に記載する〕に対する想定発行価格についても、B社に対する〔ブックビルディング機関の最終需要集計の基となる〕仮条件についても、具体的な具体的な説明をしているので問題ないのだ、としていることです。

ということは、結局、

A社が持ってきたセカンドオピニオンについては十分な検討をしなかったけれど、全体としては、想定発行価格について具体的に説明をしているから違反ではないし、

B社について機関投資家1社から高い仮条件の評価が出ていたのにみずほの条件も受入れ可能といっただけでみずほの条件が妥当ということにしたり、B社の聞き取った機関投資家の意見を無視してその理由も説明しなかったりしたけれど、全体としては、仮条件について具体的に説明しているから違反ではない、

というように読めて、全体としては問題ないのに個別の事情(セカンドオピニオン、機関投資家の意見の誘導、発行会社が聞き取った機関投資家の意見の無視)に問題があったので注意がされた、と読めかねません。

この点、公取委の報道発表では、違反(の疑いの)行為と結論との間に、

「⑷ 令和3年3月以降、みずほ証券は、

仮条件の設定に当たって機関投資家から意見を聴取する際には、仮条件の設定プロセスを公正・中立かつ精緻なものにする観点から詳細にヒアリングを行うこと等を新規株式公開の業務に関する基本的な考え方として定めて担当者に周知するとともに、

新規株式公開に関する実務マニュアルについて、新規上場会社の納得感を高めるコミュニケーションを行うための留意事項を追記する改正を行って担当者に周知する等の改善策を採っている事実

が認められた。」

という一節が挿入されていています。

これをどう読むか、前後のつながりがよくわからないのでなんとも言いがたいのですが、私なりに素直に読むと、A社とB社についても、上記のような違反(の疑いの)事実はあったけれど、その後、(ひょっとしたら公取委のIPO実態調査があったために?)改善措置が採られているので、A社への想定発行価格についても、B社への仮条件についても、具体的に説明しているから、違反(の疑い)の瑕疵が治癒されて、違反ではないのだ、といいたいのかな?と思いました。

あるいは、もっと厳しい、論理的な読み方をするなら、全体として具体的な説明をしていても、一部でも、問題のある行為(セカンドオピニオン、機関投資家の意見の誘導、発行会社が聞き取った機関投資家の意見の無視)をすれば、注意をするぞ、ということなのかもしれません。

このあたり、厳密な法的分析を可能にする観点からは、上記2⑷とその前後との関係が論理的にわかるように書いて欲しかったところですが、公取委としては、ともかくこういう行為が違反の疑いがある行為なのだと公表したかったので、法的論理構成は二の次だったのでしょう。

もう1つ納得いかないのは、

「2社の新規株式公開案件における初値は、いずれについても公開価格の倍以上となるなど、公開価格を大幅に上回っており、2社は、自らが主張した想定発行価格又は仮条件に基づき設定されたであろう公開価格により新規株式公開ができていれば、より多くの資金を調達した可能性がある。」

と述べて、あたかも初値と公開価格の乖離が大きかったという結果を問題視している(印象操作?)ように見える部分です。

しかし、公取委報道発表ではあくまで、濫用にあたるかどうかは、

「みずほ証券が2社と協議を行わずに合理性のない価格を設定した」

かどうか(2⑸)で決まる、と読めます。

そして、初値の半分以下だったから「合理性のない価格」といえるかというと、当然に合理性がない価格だとはいえないでしょう。

株価なんて市場の気分で決まるもので、とくに初値なんてそうでしょうから、比べるのも愚かという気がします(あくまで素人の感想ですが)。

どうせ比べるなら、初値とではなく、その後の一定期間(1週間とか、1ヶ月とか)の平均と比べるべきでしょう。

ちなみに、こちらの「庶民のipo」というウェブサイトでは、過去のIPOの騰落率が載っていて、2020年の騰落率の平均は2.06倍ということで、2倍が著しく平均からかけ離れているわけではありません(平均2倍も離れているのが問題だ、という指摘はありえますが、優越的地位の濫用とは関係がありません)。

さらに同ウェブサイトによると、2020年の騰落率のベスト10(公取から見ればワースト10)は、

ヘッドウォータース 11.90倍

フィーチャ 9.06倍

タスキ 7.55倍

Branding Engineer 5.96倍

ニューラルポケット 5.67倍

アクシス 5.33倍

インターファクトリー 5.29倍

アースインフィニティ 5.28倍

MIT HD 5.20倍

トヨクモ 4.51倍

ということで、2倍なんてかわいいもんです(それ自体が問題だ、という指摘はありえますが、優越的地位の濫用とは関係がありません)。

いずれにせよ、何の説明もなく2倍というのが問題であるかのようなことを仄めかすのは、露骨な印象操作であり、大人のやることではないと思います。

というわけで、公取委報道発表の上っ面を舐めると、騰落率2倍を超えると公取委が問題視する、みたいな俗説が生まれるかもしれませんが、リリースをきちんと読めば、あくまできちんと協議をしたかどうかが問題なのであり、騰落率自体を問題視するつもりは公取委にもないと思われます(し、そのような結果論を問題視すべきではありません)。

2023年4月 4日 (火)

「パートナーシップ構築宣言」のひな形の落とし穴

以前、パートナーシップ構築宣言の最大のデメリットとして、下請振興基準を遵守しなければならないことであると書いたことがあります

ところが、その後もこの宣言についてご相談を受けることが何度かあり、いずれの会社も、宣言をすることはトップの指示だからとか、業界を挙げての取り組みだからとか、税金や補助金で優遇を受けられるからとかということで、宣言すること自体は所与の前提になっており、デメリットをご説明しても宣言をしないことまでの決定には至っていただけないケースばかりでした。

そこで、宣言をすることは既定路線である場合であっても、これだけは避けて欲しい(あるいは、よく理解した上でやって欲しい)ということを申し上げることにします。

それは、パートナーシップ構築宣言のひな形にある、

「※「下請取引以外の企業間取引についても、取引上の立場に優劣がある企業間での取引の適正化を図るという下記項目の趣旨に留意する」場合には、その旨記載ください。」

という任意記載に関する記述です。

この記載をすることはリスクが大きいので、絶対にお勧めしません。

仮にどうしても記載したいなら、そのリスクを十分に理解した上で記載するようにしてください。

間違っても、ひな形にそう書いてあるからとか、他社の例を見たらそう書いてあったからといった安易な理由で記載しないようにしてください。

この記載は、要するに、ほんらい振興基準の適用対象は下請取引だけなのに、その適用範囲を、任意に、自社が優越的地位にあるすべての取引に拡張する、という内容です。

これはちょっと考えてみると大変なことであることがわかります。

というのは、多くの企業にとって、下請取引は、すべての取引の中でほんの一部に過ぎないからです。

ということは、この、

「下請取引以外の企業間取引についても、取引上の立場に優劣がある企業間での取引の適正化を図るという下記項目の趣旨に留意する」

という任意の記載を宣言の中に記載すると、下請取引以外の何倍もの取引に振興基準の縛りがかかってくる、ということです。

なので、取引先と揉めたときにこのパートナーシップ構築宣言を引き合いに出されて、

「おたく、パートナーシップ構築宣言してますよね? 振興基準を守らないといけないんじゃないですか?」

といわれても、その取引先との取引が下請取引でなければ、

「何言ってるんですか。振興基準は下請取引にしか適用がないのですよ。」

といえば話は済むわけです。

ところが、この任意記載をしてしまうとそうはいかず、優劣関係があれば(優劣関係がない取引なんて、むしろ少数でしょう。)、すべて振興基準が適用されてしまうわけです。

さらに細かいことをいえば、この任意記載の「取引上の立場に優劣がある」というのも、独禁法の優越的地位の濫用のことをいっているのかどうか、はっきりしません。

むしろ、「優劣」なんていう非常に漠然とした、かつ簡潔な表現をしていることからすると、優越的地位の濫用の優越的地位が認められない場合でも「優劣」はある、という場合がありうると読むのが自然だと思います。

(優越ガイドラインでは、取引先変更可能性など、優越的地位の判断に関する記述が約3頁にわたって長々と説明されています。)

もちろん、パートナーシップ構築宣言の趣旨からすれば、下請取引とそれ以外とを区別するのがそもそもおかしいわけで、すべての優劣関係のある取引に適用するのが趣旨に適っているとはいえます。

なので、どうしてもその原理原則に従いたいのだという強い希望があるのであれば、私も止めません。

どうぞご自由になさって下さい。

ですが、この任意記載をするメリットは何かあるのかというと、私の考えるところでは、何もありません。

まず、これは任意記載ですから、この記載をしてもしなくても、補助金の審査に影響したり税制上有利な扱いを受けたりというメリットがなくなることはありません。

また、実際にできあがった宣言を読んでみても(読む人もそんなにいないと思いますが。)、この任意記載がなかったからといって、全然違和感はありません。

つまり、「この会社は下請取引にしか宣言を適用しないのか。けしからん!」なんて思う人は誰もいません。

ということは、日本企業がよく気にする、”見てくれの悪さ”というのもなければ、”悪目立ち”というのもないわけです。

もちろん、このひな形を作った役人の人は、企業を罠にかけてやろうと思ってこの任意記載案を入れたのではないと思います。

パートナーシップ構築宣言の本来の趣旨からすれば、下請取引とそれ以外を区別する理由はなく、むしろ当然の内容だからです。

ですが、結果的に、これはパートナーシップ構築宣言の最大の”罠”になっていると思います。

というわけで、企業の皆さん、くれぐれもご注意下さい。

2023年4月 3日 (月)

ABA Spring Meeting 2023に行ってきました。

先週、久しぶりにABA Spring Meetingでワシントンに行ってきました。

2020年の大会がコロナで中止になったので、2019年以来の参加です。

全体的に印象に残ったのは、データプライバシーやダークパターンなど、消費者保護のテーマが目だったことと、競争法の分野でも、デジタルプラットフォームの議論が活発でした。

一方で、カルテルについてはあまり動きがなく、労働市場の賃金カルテルや引き抜き禁止(no poach)がかえって目だった感じでした。

コロナ前は国際カルテルの執行が活発で、話題もほとんどそれ一辺倒に近い印象だったのと比べると、時代は一変したのだなあと思います。

最終日のEnforcer's Roundtableも、同じ印象でした。

リナ・カーンFTC委員長も見てきました。

ある意味では、競争法に期待されているものが非常に大きいともいえるのでしょうけれど、長年競争法を専門にしてきた立場からすると、これが果たして競争法なのか?という複雑な思いはあります。

これまでも、カルテルしかしらないにもかかわらず競争法の専門家のふりをしている弁護士や、日本では優越的地位の濫用しか知らないのに独禁法の専門家のような顔をしている弁護士が少なからずいましたが、これからはデジタルしかしらないのに競争法の専門家の顔をする人が出てくるかもしれません。

(まあ、優越やカルテルと違ってデジタルプラットフォームは競争法の基礎(つまり経済学)が分かってないと手に負えないですから、あんまりそういうことにはならないと思いますが。)

それから、各国の当局の方が話すセッションに出てきましたが、なんとウクライナの当局の方が出ておられました。

終わったあと早速ご挨拶させていただき、日本人はウクライナを強く支持していることを伝えました。

大会にはほかにもウクライナからの弁護士さんが何人か来ておられて、お話しができました。

こういう非常時にも経済を回していくことは必要でしょうし、そうでないと戦争にも勝てないでしょうから、ウクライナからのみなさんにはぜひ頑張って欲しいと思いました。

来年もまた来たいと思います。

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