ラルク・アン・シエル事件の打消し表示について
消費者庁は、2023年2月15日、ラルク・アン・シエルのコンサート運営者3社に対して、チケット販売時の告知と異なる座席に変更したとして措置命令を出しました。
これが優良誤認表示であることは当然ですが、気になるのは、消費者庁がここ数年措置命令書で言及してきた打消し表示が無効である旨の記載が見られないことです。
毎日新聞2月17日の「ラルクのコンサート、SS席のはずが…消費者庁が3社に措置命令」という記事によると、
「表⽰上でのSS席は約3300席だったが、実際には約7200席を販売していた。座席は「予告なく変更になる場合がある」と記載されていたが、同庁は、消費者が想定できないほど著しい変更だと判断した。」
とのことですが、そのような記載が措置命令書にはありません。
確かに措置命令書の別紙1を見ると、問題の座席レイアウト図のすぐ下に、
「※座席図はイメージとなります。
ステージや座席レイアウトは予告なく変更になる場合がございますので、あらかじめご了承下さい。」
という記載があるのがわかります。
でも、ある程度の期間確立されてきたプラクティスを突然やめてしまうのは、いかがなものでしょうか。
もし、「消費者が想定できないほど著しい変更だと判断した」のであれば、そのように措置命令書に書くべきではないでしょうか。
確かにこれまでの例では、打消し表示の内容が「個人の感想です」みたいなもので内容自体が打消しとして不十分であったり、文字が小さかったり強調表示から離れていたり、あるいは強調表示と真っ向から矛盾するなど、無効だと判断するのが容易なものばかりでした。
それに比べると今回のケースは、打消し表示の効力を否定する理屈がやや立ちにくかったのかもしれません。
私はこの事件の報道で、前記毎日新聞のような消費者庁の判断を読んだとき、では措置命令書にどのように書いてあるのかがとても気になりました。
もし、「消費者が想定できないほど著しい変更なので打消しとして不十分である」といったようなことが書いてあれば、これまでの実務とはまったく異なり画期的だと思ったからです。
というのは、これまでの消費者庁の実務では、たとえば髪が黒くなると謳うサプリについて、
「※1:サプリメントの粒の色のことです。」
「※2:ボリュームのある内容量のことです。」
といった、人をばかにしたような打消し表示についてさえ、
「当該記載は、文字と背景との区別がつきにくく、
「1.艶のある深い黒さに※1」及び「2.フサフサボリュームも※2」との記載に比べて小さな文字で記載されたものであることから、
一般消費者が前記アの表示から受ける効果に関する認識を打ち消すものではない。」
というような、なんだか煮え切らない、「ほんとかよ?」といいたくなるような認定をしていたのです。
(このアルトルイズムに対する措置命令については、以前も書きました。)
なので、もし、消費者の予想を超えるような変更の場合は、(どんなに大きな文字ではっきりと書いてあっても)内容自体が問題で無効なのだといったことが書いてあれば本当に画期的だと思って期待しながら措置命令書を期待しながら読んだのですが、何も書いてなくてがっかりしました。
たぶん、消費者庁は、「消費者が想定できないほど著しい変更だ」というのはさすがに措置命令書には書けないと思ったのでしょう。
もし、一般論として、どんなにはっきり打消し表示を書いても消費者が想定できる範囲かどうかで打消しの効力の意味が決まってくるというようなことを言ったら、実務的な影響は甚大でしょう。
これまでも、振袖レンタルの事件などで、
「※写真のコーディネートは、オプション小物(別途料金)を使用しております」
といった打消し表示をしていても無効だと判断した事件がありました(2013年2月8日一蔵)
この時代の措置命令書には打消し表示に対する評価の記載がないので消費者庁がどういう判断をしたのか定かではありませんが、写真のコーディネイトには合計いくらかかるのかはっきり書かないとだめで、「別途料金」では不十分だ、と考えたと思われます。
そうすると、ラルクの件でも、きっと、どのように変わるのかはっきり書かないとだめだと判断したのでしょう。
たとえば、
「SS席でも、アリーナ席(東京ドームのグランド内に設置された、舞台から近い席)ではなく、1階席(球場の1階観客席)になることがあります。」
といったように、はっきり書かないとだめだと判断したのでしょう。
これが、「消費者が想定できないほど著しい変更だと判断した」ことの具体的な内容だと思われます。
でも、それは変更が決まったあとだから言えることであって、ほんとうにどんな変更があるかわからないときには、具体的に書きようもないので困ってしまいそうです。
というわけで、消費者が想定できないような強調表示との乖離は、どんな打消し表示があっても認めない、というのが事実上の消費者庁のスタンスだ、ということになりそうです。
もう1つラルクの措置命令が問題なのは、表示の内容に関する別表を含め、措置命令本文には打消し表示があったという事実が一切出てこないことです。
出てくるのは、別紙のウェブサイト写しの写真の中です。
これでは、報道がない限り、はたしてその事件に打消し表示があったのかどうかすらわかりません。
この点、前述の振袖の事件では、表示内容の記載として、打消し表示の内容も明記されていますので、少なくともどのような打消し表示がなされていたのかは一目瞭然でした。
そういう意味で、ラルクの措置命令は、過去の実務よりも後退してしまっています。
はたしてこのような運用が今回限りのものなのか(それはそれでかっこ悪いですが・・・)、完全に過去の実務に戻ってしまうのか、次の打消し表示の事件が注目されます。
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