« 本当のコンプライアンス | トップページ | セット販売であることが「明らかな場合」とは(定義告示運用基準4⑸ア) »

2023年1月13日 (金)

クロスライセンスを利用した市場の棲み分けについて

競争者2社が、お互いにブロックしあう関係(補完関係)にある特許権を有しているために自由な商品開発ができないときに、クロスライセンスをすることで解決することが考えられます。

たとえば、ある商品について、A社がa特許を持ち、B社がb特許を持っているものの、対象商品を作るためにはa特許もb特許も必要、というケースです。

(単純化のために、市場には、A社とB社の2社しかいないとします。)

ただクロスライセンスをするだけでそのあとはお互い自由に競争するのであれば何の問題もないのですが、クロスライセンスに付随して、たとえば商品分野や地理的分野を分けることで、市場の棲み分けをしたいということがありえます。

このような市場の棲み分けは独禁法上許されるのでしょうか?

結論としては許されると考えます。

まず、知財ガイドラインで該当する記述を探すと、競争者間のクロスライセンスについて、知的財産ガイドライン第3の2(「不当な取引制限の観点からの検討」)の(3)(「クロスライセンス」)のイでは、

「イ 〔クロスライセンスに〕関与する事業者が少数であっても、

それらの事業者が一定の製品市場において占める合算シェアが高い場合に、

当該製品の対価、数量、供給先等について共同で取り決める行為や他の事業者へのライセンスを行わないことを共同で取り決める行為は、

・・・当該製品の取引分野における競争を実質的に制限する場合には、不当な取引制限に該当する。」

とされており、競争者間のクロスライセンスは不当な取引制限に該当し得るとされています。

ガイドラインでは、「対価、数量、供給先等」を共同で取り決めることが対象ですが、商品分野を棲み分けることも同じに考えて良いでしょう。

問題は、どのような場合に「競争を実質的に制限する」ことになるのか、です。

ここで、「競争を実質的に制限する」かどうかは、a特許とb特許があることを前提に、クロスライセンスをしなかった場合に比べて、より競争を実質的に制限することになるかどうかで判断すべきでしょう。

a特許もb特許もない場合を基準にしたら、市場の棲み分けが、そのような棲み分けがない場合に比べて競争を制限するのは当たり前で、それは妥当とは思われません。

つまり、a特許とb特許がお互いにブロックしあっているということは、A社とB社がお互いに自己の特許権を行使すれば、いずれも商品を販売することはできないことになるわけで、それと比べれば、商品分野を棲み分けしつつもまだ商品が世に出た方がよっぽど競争促進的である、という理屈です。

この理屈は、現状ではA社とB社が、事実上市場に商品を出していても(つまり、お互いに特許を行使せず黙認していても)同じです。

このような、黙認して自由に競争しているように見えても、そのような現状を基準にして市場の棲み分けがより競争を制限すると判断するのは、誤りだと思います。

というのは、事実上の黙認は事実上の黙認に過ぎないわけであって、ほんらいは特許を行使できるわけですから、事実上の黙認に基づく競争は本来あるべき競争ではない(競争法上保護されるべき競争ではない)と考えられるからです。

この問題に関して、旧特許ライセンスガイドラインの解説書である山木編『Q&A特許ライセンスと独占禁止法』のクロスライセンスに関する解説に説明があり、そのp127では、

「・・・相互に補完する関係にある特許等について実施されるライセンスであって,

もともと競争関係がみられないような事業者間で行われる場合には,

競争制限的に利用されることは少ないと思われる」

と解説されています。

まず、この「もともと競争関係がみられない」という意味は、上述のように、事実上競争していても実際には(お互いに特許を行使すれば)競争できない場合(保護に値する競争がない場合)も含まれると考えるべきでしょう。

つまり、A社とB社が、お互いに黙認しあって、A社がα商品を作り、B社がβ商品を作って市場で競合していても、A社とB社との間には、「元々競争関係がみられない」と考えるべきです。

実は、旧ガイドラインでは、クロスライセンスに附随する制限が違法になる具体例(現行ガイドラインでは削除)がありました。

その具体例では、

「<例> 事業者が,次のように,特許製品の販売地域等を分割する行為を行い,これにより市場における競争を実質的に制限すること。

○A製品の製法()の特許を有し, A製品の製造販売を行っているa社

A製品の別の製法()の特許を有し, A製品の製造販売を行っているb社が,

当該特許につき非独占的なクロスライセンス契約を締結し,

今後は,当該A製品の販売地域について,

新規ユーザーについては,a社は東日本,b社は西日本のユーザーにのみ販売すること

を取り決めるような場合

○B製品の製法()の特許を有し,B製品の製造販売を行っているc社

B製品の別の製法()の特許を有し,B製品の製造販売を行っているd社が,

当該特許につき非独占的なクロスライセンス契約を締結し,

今後は,一般品はc社が,特殊品はd社が製造販売を行うことを取り決めるような場合」

という例が、独禁法上問題がある例として挙げられていました。

ところが、これら2つの例を見てみると、いずれの例も、どちらの当事者の製法特許でも製造できる例です。

つまり、1つめの例では、a社が製法甲の特許を、b社が製法乙の特許を持っているわけですが、商品は製法甲でも乙でも作れる例です。

なので、a社が製法甲で製造することは何の問題もないし、b社が製法乙で製造することも何の問題もないのです。

よって、a社とb社は、「もともと競争関係がみられないような事業者」ではない、ということになり、このような制限が違法になるのは当たり前です。

2つめの例も同じです。

つまり、旧ガイドラインの、独禁法違反の具体例は、(ガイドラインに明記こそされていないものの中身を読めば)お互いにブロックする関係にある特許権を持っている例ではない、ということです。

それを裏から説明する形で、上記山木は、もともと競争関係にない場合(相手の特許を侵害しなければ競争できない場合を含む)には、クロスライセンスに伴う制限が反競争的に使われることは少ないと解説していることがわかります。

さらに注目すべきは、旧ガイドラインの2つの具体例は、各社が自己の特許権だけで製品を製造できている事例であることがわかります。

それにもかかわらず地理的範囲や製品分野を制限するということは、これら2つの具体例は、単にライセンスを受けた特許を使用した製造販売だけでなく、割り当てを受けた市場以外でのおよそ一切の製造を相互に禁止することを当然の前提にしている具体例であると考えられます。

例えば、2つめの具体例(c社特許、d社特許を有し、c社がB製品の一般品d社がB製品の特殊品を製造する場合)について説明すれば、この具体例における合意は、

c社は、d社の丁特許を使用するかどうかにかかわらず(丙特許によっても)、特殊品は一切製造せず、

d社は、c社の丙特許を使用するかどうかにかかわらず(丁特許によっても)、一般品は一切製造しない

という合意であると考えられます。

つまり、この2つめの事例は、厳密に言えば、

ライセンスを受ける特許(c社にとっての丁特許、およびd社にとっての丙特許)の使用方法に関する制限(例えば、「c社は、d社からライセンスを受けた丁特許を用いてB製品の特殊品を製造してはならない。」)

でもなければ、

ライセンスをする特許(c社にとっての丙特許、およびd社にとっての丁特許)の区分許諾(例えば、「d社は、B製品の一般品製造のために、丁特許をc社に許諾する。」)

でもなく、特許使用の有無にかかわらず指定された製品以外は一切製造販売しないという内容のクロスライセンス

(例えば、「c社は、B製品の特殊品を製造してはならず、d社は、B製品の一般品を製造してはならない。」)

であることを当然の前提にしているように思われます。

そして、このように、ライセンス対象特許とは無関係の製造まで一切禁止することは、特許権の行使とは認められず、独禁法違反になりうるのは当然であるように思われます。

契約書をドラフトしたり読んだりしたりするときに注意ですが、制限(例えば、西日本の顧客には売らない)の対象になっているのがどの商品なのか、ということで競争制限効果に決定的な違いが出ます。

案外、そういう基本的なことを見落としている(問題意識に上がっていない)例が見られます。

というわけで、旧ガイドラインの具体例は、そもそも、ライセンス対象特許の利用制限ではなく、特許とは無関係の製造販売をも禁じる例なのです。

これを逆に言えば、ライセンス対象特許の利用制限(区分許諾)は、そもそも特許権者はライセンスしない自由があることからすれば、区分的にでも特許されるだけまだ何も許諾されないよりまし(競争促進的)、ということができます。

それにしても、現行ガイドラインで旧ガイドラインの具体例を消してしまったのは、とても不親切だったと思います。

そして、山木編は、あいかわらず、かゆいところに手が届く解説がされていて、いまだに実務で大変重宝します。

新旧の流通取引ガイドラインの解説書を比べてもわかりますが、むかしのほうが公取委の職員の方は、思ったことを自由に、そして理論的にも深く、学術的に、書いていたように思います。

ガイドラインからとても大事な具体例がなくなってしまったり、30年くらい前と比べると、公取委はほんとうに木で鼻をくくったようなことしか言わなくなって、本当に残念だと思います。

公取委の職員の方々には、もうちょっと、先輩を見習って欲しいです。

« 本当のコンプライアンス | トップページ | セット販売であることが「明らかな場合」とは(定義告示運用基準4⑸ア) »

知財と独禁法」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 本当のコンプライアンス | トップページ | セット販売であることが「明らかな場合」とは(定義告示運用基準4⑸ア) »

フォト
無料ブログはココログ