ネオ・ブランダイス学派の問題点
FTC委員長のリナ・カーンをはじめとするネオ・ブランダイス学派の問題点は、ホーベンカンプ教授も
Is Antitrust's Consumer Welfare Principle Imperiled?
で指摘されているとおり、同学派が重視すべきとする価値は消費者余剰とトレード・オフの関係がある、ということです。
つまり、値段が上がる、ということですね。
もう1つの問題点だと私が思うのが、「目に見えるものしか見ない」という点です。
2021/6/27付日経新聞「米FTC委員長に就任 リナ・カーン氏 対巨大IT、「弱者の立場」で」
という記事には、
「〔カーン氏は〕若さもあり主流派から批判も受けたが「理論ではなく現場の調査で得た証拠が私に⾃信と勇気を与えた」と語る。」
とあります。
でも、経済学におけるトレード・オフというのは、目に見えにくいものが少なくありません。
シカゴ学派の経済学者のミルトン・フリードマンの
「Capitalism and Freedom」
という本を読むと、そのことを実感します。
例えばフリードマンは、最低賃金規制に反対ですが、その理由として、最低賃金以下で働きたいと思う労働者の働く権利を奪う、ということを述べています。
同書では、最低賃金以外にも、教育や差別、所得の再分配などさまざまなテーマが取り上げられていますが、共通するのが、この、見えないトレード・オフを見落としてはいけない、という点です。
こういう、目に見えない不利益というのは、「言われてみれば確かにそうだよね」というものばかりです。(目に見えないのだから当然です。)
そのようなものに気づくには、理論、もっといえば、知性が必要です。
そういう観点からみると、
「理論ではなく現場の調査で得た証拠が私に⾃信と勇気を与えた」
というカーン氏のコメントは、私には、反知性主義的に見えます。
それから、現在の反トラスト法の消費者余剰基準が短期的な価格への影響しかみていないというネオ・ブランダイス学派の批判に対しては、
KONSTANTIN MEDVEDOVSKY, HIPSTER ANTITRUST – A BRIEF FLING OR SOMETHING MORE?
という小論で、水平合併ガイドラインには短期的影響のみをみるなどとは書かれていないし、実際、実務では長期的な影響が詳細に調査されている、という反論がなされており、そのとおりなんだろうと思います。
短期的な価格への影響しか見ないというのであれば、私も問題だと思いますが、実際には長期的影響も見ているわけですし、短期か長期かというのは、消費者余剰基準とは関係のない問題です。
つまり、消費者余剰基準のもとで長期的な消費者余剰を見ることは、充分可能です。
なので、短期的な影響しか見ないという批判はそもそも事実(実務)にも、理論にも基づかない批判であり、文字どおりの「的外れ」だと思います。
日本では、独禁法実務にかかわる人たちの大半は「消費者余剰」というミクロ経済学の概念をおそらく知らないので、シカゴかポスト・シカゴかネオ・ブランダイスか、という議論の入り口にすら立てていないのが実情ですが、こういうまともな議論ができるアメリカは、そのあたりの素地がきっと共有されているのでしょう。
うらやましい限りです。
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