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2022年9月18日 (日)

転注に関する下請振興基準の記述について

2022(令和4)年7月29日、下請振興基準が大幅に改正されました。

その中にはいくつも気になる点があるのですが、まず大前提として、下請振興基準には何ら法的拘束力はないということは、改めて声を大にして申し上げておきます。

そのことは中小企業庁のQ&A9番に、

「Q9.振興基準の内容について、違反した場合に行政処分や罰則はありますか。

下請中小企業振興法に基づく振興基準は、下請中小企業の振興を図るため下請事業者及び親事業者のよるべき一般的な基準を定めたものであり、振興基準に定める事項について、主務大臣は、下請事業者又は親事業者に対し指導・助言を行うことがあります。

ただし、指導・助言は行政指導であって、振興基準に違反した場合の行政処分や罰則はありません。」

と明記されていることから明らかです。

そこで今回の本題ですが、今回の改正で、第4の1⑴に「〔取引対価の協議に関する望ましくない事例〕」というのが加わり、その中に、

「③ もともと転注するつもりがないにもかかわらず、

競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与えることにより、

事実上、協議をすることなく

親事業者が意図する取引対価を下請事業者に押し付けること。」

というのが加えられました。

これを見て思い出すのが、優越的地位の濫用ガイドラインの対価の一方的決定における、

「(イ) 他方,

①要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること等を理由として,

低い対価又は高い対価で取引するように要請することが,

対価に係る交渉の一環として行われるものであって,

その額が需給関係を反映したものであると認められる場合・・・

など取引条件の違いを正当に反映したものであると認められる場合には,

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない。」

という記述です。

これは、価格交渉における一種のセーフハーバーといえる、非常に重要な規定です。

この、「要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること」というのは、まさに、転注の可能性を伝えていることにほかなりません。

そうすると、優越的地位濫用ガイドラインでは転注の可能性を伝えることは問題ないとされているのに、下請振興基準ではさも問題あるかのように記載されていることになり、両者の整合性をどう考えればいいのかが問題になりそうです。

まず大前提として、優越的地位濫用ガイドラインはガイドラインとはいえそれに違反すれば公取委は独禁法違反が成立すると考えているものであるわけですから、ほとんど法律と同じ効果があるといえます。

これに対して前述のとおり下請振興基準は何ら法的拘束力はありませんので、そもそも両者を並べて論じること自体ナンセンスだ、と割り切ってしまうのも一つの考え方だと思います。

もう少し説明すると、下請振興基準の上記引用部分(③)はあくまで「〔取引対価の協議に関する望ましくない事例〕」の1つであり、上記③に該当していても「望ましくない」だけであって、振興基準の違反(?)ではない、と考えられます。

さらにもう少し考えると、振興基準上記引用部分③は、

「③ もともと転注するつもりがないにもかかわらず」

というのが要件になっています。

なので、転注するつもりが少しでもあれば、この③には該当しません。

さらに、

「競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与える

ことが要件になっているので、「殊更に危機感を与える」ようなやり方でなければいいことになります。

「殊更」とは、

「そこまでする必然性はないのに、意図するところがあってそうする様子。」(『新明解国語辞典』)

なので、「危機感を与える」必然性があればかまわないことになります。

しかしながら、他に発注する可能性を示すことで取引相手方に危機感を与えることは価格交渉の常道ですから、「危機感を与える」ことが「殊更」である(必然性がない)ということも、まともなビジネスの感覚ではあり得ないのではないかと思います。

さらに、

「事実上、協議をすることなく

というのも要件です。

ここで注意が必要なのは、

「競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与えることにより

事実上、協議をすることなく、」

とされているので、「殊更に危機感を与える」ことが即「事実上、協議をすることなく」とみなされるのではなく、危機感を与えることは手段であり(「により」)、さらに「事実上、協議をすることなく」という要件が必要だ、ということです。

最後の、

「親事業者が意図する取引対価を下請事業者に押し付けること。」

の「押し付ける」というのは、法律の条文ではありえないような、なんとも生ぬるい表現なので、ただのポエム、あるいは陳腐なレトリックとして無視して構わないでしょう。

(もともと振興基準は法的拘束力がないので、生ぬるくても、ポエムでも、レトリックでもかまわないのですけれど。)

というわけで、振興基準上記③は、実際の適用場面ができるだけ狭くなるように、かなり注意して書かれていると思います。

また、そうしないで、転注の可能性を伝えるだけで違反だということになると、上で引用した優越ガイドラインのセーフハーバーと矛盾してしまいます。

ところが、振興基準上記③をぼーっと読むと、あたかも転注の可能性を伝える(「競合する他の事業者への転注を示唆」)だけで、「殊更に危機感を与える」ことになり(転注の可能性を伝えられて危機感を持たない下請がいるでしょうか?)、それは必然的に「事実上、協議をすることなく」(協議拒否)とみなされ、違反になるのだ、と勘違いしかねないのではないかと思います。

ただ、重要な違いは、優越ガイドラインのセーフハーバーは、「要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること」が要件です。

なので、そんな価格で取引する同業者がいないのに転注の可能性を示唆すると、振興基準上記③に反する、と言われるかもしれません。

そして、そんな価格で取引する同業者がいないということは、必然的に、「もともと転注するつもりがない」という要件を満たしてしまうでしょう。

というわけで、やっぱり、嘘をついてはいけない(そんな価格で引き受けてくれるところはほかにはなく、転注しようにもできないのにブラフを言ってはいけない)、ということです。

逆に言うと、振興基準上記③が言っているのは、「嘘をついてはいけない」ということに尽きます。

それが、「望ましくない」というのは、当たり前と言えば当たり前です。

ただし、実際に価格交渉をしている方々からすれば、交渉は腹の探り合い、だまし合いであり、あっさりだまされる方が悪いのだ、ということなのかもしれませんし、私はそれを悪いこととも思いません。

だからこそ、「望ましくない」というだけなのかもしれません。

ですが、この、「嘘をついてはいけない」ということから、「転注の可能性を伝えてはいけない」というところまでは、ものすごい距離があると思います。

そのあたりを誤解しないようにしないといけません。

ところが、中小企業庁のいくつかの文書をみると、これを誤解させよう(印象操作しよう)としているフシが見えます。

まず、そもそも、2022(令和4)年5月24日の第16回中小企業政策審議会経営支援分科会取引問題小委員会の資料として配布された振興基準の改正案(事務局案?)では、上記③は、

「③ 競合する他の事業者への転注を示唆すること等を手段として用いることにより、見積価格の引下げを下請事業者に押し付けること。」

という、とんでもない内容になっていました。

これでは、転注を示唆したら即アウトとなり、前述の優越ガイドラインのセーフハーバーと真正面から反してしまいます。

ちなみにこの原案は、パブコメ開始後に(!)成案と同じものに修正されていることが、パブコメ回答(「「下請中小企業振興法第3条第1項の規定に基づく振興基準」の改正(案)に関する意見募集の結果について」。ちなみに同文書の「令和3年7月」という日付は「令和4年7月」の誤記と思われます。)28番の、

「ホームページでお示ししておりますが、パブリック・コメントの手続開始後に修正し、修正後の案を改めてお示ししております。

当該修正案では、

「もともと転注するつもりがないにもかかわらず、競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与えることにより、事実上、協議をすることなく、親事業者が意図する取引対価を下請事業者に押し付けること。」

としており、

転注の意思がないにもかかわらず転注を示唆することで、親事業者が意図する取引対価を押し付けることを望ましくない事例としています。

実際に転注の可能性を考慮に入れた上での価格交渉と転注自体を否定するものではないため、修正後の原案のとおりといたします。」

という回答から読み取れます。

パブコメ開始後に案を修正するなんて、ぐだぐだ感が半端ないですね💦

ともあれ、「実際に転注の可能性を考慮に入れた上での価格交渉と転注自体を否定するものではない」ことが明確にされたことは、喜ばしい限りです。

それでも、中企庁の2022年5月24日付「振興基準改定案について(説明資料)」という文書では、

「⑴後段 「客観的な経済合理性及び十分な協議手続を欠く協議」の事例として、以下の事例を明示し、「行わないものとする」と規定。(❶)

①目標価格のみを提示し、それと辻褄の合う見積りを要請

②過度に詳細な見積もりを要請し、下請事業者の利幅を探る

下請事業者に転注を示唆する等の手段で、見積価格の引下げを押し付ける

④競合他社が要請していないことや、自社の取引先が認めないことを理由とした協議拒否

(※Gメン調査結果を反映)」

と、しつこく、転注を示唆すること自体が禁止されているかのように記載されています。

ですが、これはパブコメ開始時の旧原案(?)に基づく説明であり、成案にはあてはまらないことは、上述の点から明らかです。

でもきっと、中企庁(の少なくとも一部の担当官)はこの「(説明資料)」の線で執行しようとしてくる可能性がありますから、要注意です。

ほかにも、中小企業庁の令和4年2月10日付「価格交渉促進月間フォローアップ調査の結果について」(※令和4年7月19日一部訂正)では、「<下請Gメンヒアリングによる生声>」(ちなみに、「生声」(なまごえ?)というのは、

「謡などで、稽古をつんでいない生地(きじ)の声」(『広辞苑』)

という意味なので、「生の声」の誤記と思われます。公文書はポエムではありませんから、正しい日本語を使いましょう。)として、

「▲原材料価格やエネルギーコストの上昇を踏まえ、度々、下請代金の値上げを要請しているが受け入れられていない。当社における当該
事業者の売上シェアが高いが故に、転注、失注を恐れるがあまり、強い価格交渉が出来ない面もある。」(金属)

「▲海外価格との競合になっており、常に転注リスクがあるので、値上げ交渉は過去10年以上していない。業界でも聞いた事がない。」(化学)

「▲原材料の上昇分ですら価格交渉が難しい状況で、労務費(最低賃金)やその他のコスト上昇分について交渉することはできない。業界的に横並びの意識が強く、自社だけ交渉を行うと転注されたり納入比率を下げられたりすることを懸念している。」(紙・紙加工)

「▲原材料等が高騰しても、採算割れの限界までは社内の努力で耐えている。転注が恐いので、なかなか価格交渉が出来ない。」(建材・住宅設備)

「▲各製品毎に価格の目安を提示され、これに合わせるよう要求される。できなければ転注すると言われるため、応じざるを得ない。」(建材・住宅設備)

「▲原材料が大幅に上がっている製品については、価格改定の要望を認めてもらえたものの、親事業者の方から転注をほのめかされた。」(素形材)

「▲新規受注時に一方的に毎年数%程度のコストダウンをコミットさせられ、毎年自主的にコストダウンするかのような書面を提出させられる。

以前、原材料費の価格交渉を申し出たところ、「転注する」とおどされた。部品のなかには原材料費は上昇しているのに、数十年以上も価格が変わってないものもある。」(自動車・自動車部品)

「▲業界団体や経営陣には取引適正化という取組は認識しているかもしれないが、親事業者の調達担当者は自社の利益を優先した旧態依然で交渉にあたっており、下請事業者の言葉に耳を貸さない。また、こちら(下請事業者)からも転注が怖くて言い出せない。」(自動車・自動車部品)

「▲見積の都度、労務費の上昇分を価格に転嫁したい旨交渉するが、安い事業者があり転注を示唆してくるので強気で交渉できず受け入れて貰えない。購買担当者は、原価に対して理解がない。担当者の多くは作業品質について理解しておらず、単に価格のみを追っている。」(印刷)

「▲価格交渉は行える状況になく、下請代金へは反映できていない。1クルー、番組時間の単価が10年以上変わっていない。同業他社が相場価格を下回る価格を提示していることもあり、価格交渉を申し出た場合に、他社に転注され取引がなくなるおそれがある。」(放送コンテンツ)

「▲原材料価格の値上がりが続いており、値上げしたいが転注を懸念し、限界まで値上げ交渉を申し入れることができない。」(建設)

「▲設計~見積書の提出~納品まで期間が長いもので3年にもなり、その間に原材料価格が上昇しても再見積もりが認められず、実際の原材料価格が下請代金に反映できない場合が多い。原材料価格の上昇により再見積もりを求めた場合に転注される恐れがある。」(建設)

といった転注に関する記載のオンパレードであり、転注をほのめかすことがいけないかのような印象を与えるためにいかに中企庁が必死であるかがわかります。

しかし、私に言わせれば、転注や取引量の削減をほのめかさないで、どうやって価格交渉するのか、という気がします。

このように、旧原案からパブコメ開始後に案を修正までしたのに、亡霊のように「転注の示唆は望ましくない」という示唆が公取や中企庁からなされるおそれがあるので、発注者のみなさんは十分注意してください。

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