不実証広告規制は立証責任の転換か?
景表法の不実証広告規制は立証責任の転換を定めた規定であると説明されることが多いと思います。
ですが、本当にそうでしょうか?
「立証責任」を有斐閣『法律学小辞典』で調べると、挙証責任の項目に飛ばされ、挙証責任は、
「裁判所が判決をするには、証明の対象となる事項を確定しなければならないが、裁判官の能力や当事者の努力にも限界がある以上、裁判所がある事実について存否いずれにも確定できないこともあり得る。
このような場合にも判決を可能にするために、その事実の存在又は不存在を擬制して法律効果の発生又は不発生を判断するが、その結果、一方の当事者が被る不利益を挙証責任という。
立証責任、証明責任ともいう。
このように、挙証責任は、要証事実の存否について、裁判所が確信を抱くに至らない、真偽不明の場合(ノン・リケット)を処理するための概念であるから、訴訟資料の提出について弁論主義・職権探知主義のいずれを採用しても問題になる。」
と説明されています。
つまり、双方立証を尽くしても真偽不明の場合に、不利に扱われる負担というのが、立証責任です。
ところが、不実証広告規制に関する景表法7条2項では、
「2 内閣総理大臣は、前項の規定による命令〔注・措置命令〕に関し、
事業者がした表示が第五条第一号に該当するか否かを判断するため必要があると認めるときは、当該表示をした事業者に対し、期間を定めて、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができる。
この場合において、当該事業者が当該資料を提出しないときは、同項の規定の適用については、当該表示は同号に該当する表示とみなす。」
と規定されています。
これは、どうみても訴訟で真偽不明の場合の責任を違反者に負わせるというのとは違います。
まず、合理的な根拠を示す資料の提出を求めることが「できる」なので、求めないこともできますし、実際過去にはそのような事例もあります。
そして、措置命令前の段階で消費者庁が合理的根拠を示す資料の提出を求めなかったときには、通常どおり、訴訟においても消費者が立証責任を負います。
さらに、資料の提出を求めたときの効果は、提出した資料が合理的な根拠を示すものでなければ、優良誤認表示であると「みなす」なので、いわば、違反が擬制されます。
これは、真偽不明の場合にどちらに責任を負わせるのかというのとは、ぜんぜん違います。
しかも、要件事実は、問題の表示が優良誤認表示かどうかではなく、措置命令前に提出された資料が合理的根拠を示しているかどうか、です。
つまり、提出済み資料の合理性だけが争点になります。
表示が優良誤認表示なのかと、資料が合理的なのかでは、ぜんぜん意味が違います。
もちろん、措置命令後に出された資料も考慮されません。
訴訟で初めて違反者が提出した証拠は、それが提出ずみの資料の合理性を根拠付けるものなのであれば考慮され得ますが、当該証拠自体で優良誤認表示ではないという立証はできません。
そのようなことは、通常の立証責任の転換ではありえません。
そして、措置命令前に提出された資料の合理性だけが争点になるため、取消訴訟で消費者庁側が積極的にたとえば試験をするなどして優良誤認表示だと立証する必要は、まったくありません。
措置命令前に提出された資料を弾劾するために消費者庁が独自に試験することはあるかもしれませんが、必須ではありません。
実際、翠光トップラインに対する措置命令の取消訴訟では、消費者庁が独自に試験をして証拠として提出した形跡はなく、もっぱら翠光トップライン側の試験方法の批判に終始していますし、裁判所もそのような主張立証でよしとしています。
しかも、この合理性の根拠が、一般的にイメージされるようなものに比べて貼るかに高い厳密性が要求されます。
たとえば、翠光トップライン判決では、査読付学術論文なみの厳密さが要求されているようにみえます。
博士号を持っている知り合いの科学者の人に聞いたところ、理系の世界では、論文は査読付でないと学問的には意味がないそうで、「査読のない論文なんて、エッセーと同じ」なんだそうです。
有名な学者の先生が書いたものだから合理的根拠になると思ったら大間違いです。
なので、査読付論文と同じレベルが要求されるというのは、大変なことだと思います。
しかも、理屈の上では、違反者が資料の合理性の立証に成功しても、それは、優良誤認表示であるとみなす(擬制する)効果がなくなるだけで、いわば更地に戻るだけであり、さらに消費者庁が追加の立証をして(不実証広告規制を経由せずに)裁判所が優良誤認表示であると認定することも、条文の文言上は不可能ではないように思われます。
このように、不実証広告規制は、他に例のない(特商法にもありますが)、きわめて強力な制度だということは、知っておいたほうがいいと思います。
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