優越ガイドラインの「今後の取引に与える影響(等)を懸念して」について
優越ガイドラインでは、「今後の取引に与える影響(等)を懸念して」(以下「懸念要件」といいます。)というのを違反要件にしている(ように少なくとも見える)行為類型として、以下のものがあります。
「第4の1 独占禁止法第2条第9項第5号イ(購入・利用強制)
(1) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務の購入を要請する場合であって,当該取引の相手方が,それが事業遂行上必要としない商品若しくは役務であり,又はその購入を希望していないときであったとしても,今後の取引に与える影響を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。
「第4の2 独占禁止法第2条第9項第5号ロ
(3) その他経済上の利益の提供の要請
ア 協賛金等の負担の要請や従業員等の派遣の要請以外であっても,取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,取引の相手方に対し,発注内容に含まれていない,金型(木型その他金型に類するものを含む。以下同じ。)等の設計図面,特許権等の知的財産権,従業員等の派遣以外の役務提供その他経済上の利益の無償提供を要請する場合であって,当該取引の相手方が今後の取引に与える影響を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注15)」
「第4の3 独占禁止法第2条第9項第5号ハ
(1) 受領拒否
ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方から商品を購入する契約をした後において,正当な理由がないのに,当該商品の全部又は一部の受領を拒む場合(注16)であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注17)」
「(2) 返品
ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,当該取引の相手方から受領した商品を返品する場合であって,どのような場合に,どのような条件で返品するかについて,当該取引の相手方との間で明確になっておらず,当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合,その他正当な理由がないのに,当該取引の相手方から受領した商品を返品する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。」
「(3) 支払遅延
ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,契約で定めた支払期日に対価を支払わない場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。」
「(4) 減額
ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,商品又は役務を購入した後において,正当な理由がないのに,契約で定めた対価を減額する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。
「(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等
ア 取引の対価の一方的決定
(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。」
「イ やり直しの要請
(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,当該取引の相手方から商品を受領した後又は役務の提供を受けた後に,取引の相手方に対し,やり直しを要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる」
この点、白石先生の論文(「優越的地位濫用ガイドラインについて」公正取引724号15頁)では、概要、
ガイドラインの「正常な商慣習に照らして不当に」の基準には、
第1類型:「当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合」(以下「計算要件」といいます。)又は「当該取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担とな[る]・・・場合」(以下「利益要件」といいます。)には濫用となり、ただし直接の利益があるため濫用とは言えない場合を掲げているもの
と
第2類型:「今後の取引に与える影響(等)を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」には濫用となり、ただし相応の見返りが与えられている場合や正当な理由がある場合には濫用とは言えないとするもの
がある、と端的にまとめたうえ、
「第1類型は,第2類型と異なるものではなく,より抽象的な第2類型を,協賛金等負拐や従業員等派遣に即して(既存文書との連続性を保ちながら)具体的に表現したもの,とみるのが,的確であろう。」
と整理されています。
つまり、第2類型(懸念要件)のほうが、第1類型(計算要件または利益要件)より抽象的、ということは、より一般的、ということだろうと思います。
ですが、本当にそうなんでしょうか。
第1類型の計算要件(「当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合」)は、ある取引をするかどうかの合理的判断は、取引をする意思決定をする前に損益が明らかになっていないといけない(すくなくとも、相手方(甲)の恣意で損益が左右されてはいけない)、という考え方に基づいているのだと思います。
これは、懸念要件(「今後の取引に与える影響(等)を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」)とは関係ないと思います。
懸念要件は、取引を始めたあとに、事前の合意とは違う(≒計算要件)けれど将来の利益を見越して(懸念して)今の濫用行為を受け入れざるを得ない、というものだからです。
第1類型の利益要件(当該取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となる場合)は、濫用行為(例、従業員無償派遣)に応じることから得られる利益が応じることによる負担と釣り合っていれば問題ない、という要件です(濫用行為の収支均衡)。
このような、濫用受入の収支均衡と、将来の利益減少の懸念は、あまり関係がないように思われます。
ということは、やっぱり懸念要件が本質で、第1類型でも実はそれが必要である、ということなのではないでしょうか。
研究者の先生方は矛盾する法令やガイドラインを理論的にきれいに整理するというのも仕事ですし、白石先生も、公取の過去の文書が相互に矛盾していることを指摘した上で、あえてガイドラインを統一的に説明すればこういうことだ、という説明です。
ですが、私のような実務家は理論的整理には無頓着で、書いてあることは書いてあるようにしか理解できないし、そうでないと困る(実務が混乱する)と思っていますので、書いたまま理解したいと思います。
ただ、白石先生の解説で目を開かされるのは、第1類型(計算・利益要件)は第2要件(懸念要件)の具体化だということは、第2要件の懸念要件が濫用の本質であり、第1類型でも当然懸念要件は要求されるのだ、と理解できることです。
これは非常に納得感がありますし、心強い解釈です。
ただ、この懸念要件というのは、将来、優越者(甲)との取引ができないと困るということなので、ほんとうは、優越的地位の要件なのではないか、ということです。
ともあれ、ガイドラインに現に濫用行為(正常な商慣習に照らして不当に)の要件だと明記されているわけですから、そのように解釈しておきましょう(違反要件はたくさんあればあるほど、違反を争う側には好都合です)。
ちょっと扱いに困るのが、ガイドライン第4の⑸ウで、
「ウ その他
(ア) 前記第4の3(1)から(4)まで並びに第4の3(5)ア及びイの行為類型に該当しない場合であっても,
取引上の地位が優越している事業者が,一方的に,取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施する場合に,
当該取引の相手方に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるときは,優越的地位の濫用として問題となる。」
とされている点です。
ここでは、「一方的に」という要件らしきものはあるものの、それ以外は、「正常な商慣習に照らして不当に不利益」という、条文そのままの文言を用いているだけであり、ではどのような場合に「正常な商慣習に照らして不当に不利益をあたえることとなる」のかは、まったく説明がありません。
では結局前記第1類型と第2類型は無意味なのかといえばそんなことはなく、ここはガイドラインの文言に忠実に、
第1類型は、あらかじめ計算できない不利益、または、直接の利益を超える不利益、がある場合
第2類型は、今後の取引に与える影響等を懸念する場合
そのいずれにもあてはまらないもの(第4の⑸ウ)は、より抽象的な第2類型で判断
と解釈しておきます。
なお、優越ガイドラインパブコメ回答p44では、
「なお,今後の取引に与える影響を懸念する以外に,既に行った投資が無駄になることを懸念する場合もあり得ることから,その趣旨を明確化するため「今後の取引に与える影響等を懸念して」と修正しました。」
ということなので、「今後の取引に与える影響等」の「等」は、既に行った投資が無駄になることを懸念する場合なのだそうです。 (まあそれ以外にはありえないということもないのでしょうけれど。)
なお、「既に行った投資が無駄になることを懸念する場合」というのを文字どおりに捉えると、サンクコストのために濫用行為を受け入れるような不合理な意思決定のようにみえますが、ここで言っているのはそういうことではなくて(ひょっとしたら同じなのかも知れませんが)別の相手と取引するとまた新たに設備投資が必要になってしまう、ということを言っているのだと思います。
とすると、これも広い意味では、過去への後悔ではなく、将来への懸念なわけで、「今後の取引に与える影響」に比肩するものと言えば言えなくもないのかなと思います。
いずれにせよ、「既に行った投資が無駄になることを懸念する場合」というのは、ますます取引先変更困難性に近づき、優越的地位の問題ではないか、という気はしてきます。
さて、前置きが長くなりましたがここからが本題です(笑)。
「今後の取引に与える影響を懸念して」とは、どういう意味でしょう。
「今後の取引に与える影響を懸念して」というのは、もう少し言葉を足すと、
優越者(甲)の濫用行為を受け入れないと、受け入れる場合に比べて、今後の取引内容が不利になる、ということを懸念して
という意味でしょう。
ここで念のためですが、「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容です。
購入強制、たとえば、クリスマスケーキの購入を要請される場合なら、おそらく毎年クリスマスの季節にはクリスマスケーキを購入し続けることを前提に、ふだんは通常の取引をする、ということです。
買いたたき、たとえば1円納入なら、ときどきは1円納入にも応じつつ、平時はまともな価格で納入し続ける、ということです。
懸念要件が明示的に要件になっていない第1類型(計算・利益要件)でも、懸念要件が要求されると考えるのであれば、同じです。
たとえば、協賛金負担要請(第4の2⑴)なら、ときどきは協賛金の要請があって、それを受け入れつつ取引を続ける、ということです。
従業員無償派遣(第4の2⑵)なら、ときどきは従業員無償派遣要請があって、それを受け入れ続ける、ということです。
そこで問題になるのが、対価の一方的設定(第4の3⑸ア)の1つである不当高価販売です。
不当高価販売の場合は、ときどきはべらぼうに高い価格での販売も受け入れつつ、ふだんは通常の価格で購入する、ということは、あまりありません。
東電に対する注意の事件でも、そのようなことは想定されていません。
電気代が上がれば、その後も上がったままか、下手をするともっと上がります。
というわけで、東電への注意の事件は、ガイドラインに従えば、懸念要件を満たさず違反にはならない、ということになります。
そのほか、個別の行為類型にあてはまらない、その他の違反についても同じです。
たとえば、食べログ事件では、一部のレストランに対して不利にアルゴリズムを変更したことが問題になりましたが、これも、
ときどきは不利なアルゴリズムも受け入れるけれど、普段は通常通りのアルゴリズムになることを期待して取引を続ける
という関係はありませんし、
今アルゴリズム変更を受け入れないと、将来の食べログとの取引内容が不利になるのでしぶしぶ受け入れる
という関係もありません。
楽天送料無料ラインの件も同じでしょう。
「既に行った投資が無駄になることを懸念する」ということも、食べログの場合には、なさそうな気がします。
あるとしたら、レストランが食べログ上の店舗紹介ページを作り込むのに手間と費用をかけたということがあるかもしれませんが、たいしたことはないような気がします。
不当高価販売の場合にも、既に行った投資が無駄になることを懸念するということも、あり得なくはないですが、あまりなさそうです。
そのように考えると、懸念要件をみたさないような不当高価販売を優越的地位の濫用で規制するのが妥当なのか、という疑問がわいてきます。
まずいえるのは、買いたたきの場合なら、常に1円での納入を求めるような優越者(甲)については、取引外の特別な事情でもない限り、永久に1円で納入する事業者なんていないので、ほおっておけばよく、濫用に問う必要はないと思われます。
不当高価販売も同じで、ほおっておけば、落ち着くところに落ち着くでしょう。
そのほか、濫用とされる取引条件が平常時の取引条件であるようなものは、懸念要件は満たさず、濫用とすべきではないでしょう。
でも、そのように考えてくると、前述の、懸念要件についての、
「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容である
という点をどう考えるかが問題になります。
つまり、
「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容である
という場合、受け入れる濫用行為はときどきである、というのに対して、
濫用行為が平常時の取引条件の場合も、
「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容である
という点では同じであり、そうすると、
濫用行為がときどきの場合は、濫用行為になり、
濫用行為が平常時の取引内容である場合は、濫用行為にならない、
ということになり、何だか据わりが悪いようにも思います。
常に悪いことをしている場合は無罪になり、ときどき悪いことをしている場合には有罪になる、という感じでしょうか。
でも、私はそれでいいんじゃないかと思います。
やはり、懸念要件は無視すべきではありません。
平常時の、ど真ん中の取引内容については、行政がとやかく言うべきではありません。
劣後者(乙)が、ちょっといやだなぁと思いながらも従っているというくらいのところに執行をとどめておいたほうがいいと思います。
それがまさに懸念要件の意味するところでしょうし、ひょっとしたら、優越的地位の濫用の本質かもしれません。
イメージとしては、取引付随性のある利益の提供は景品類に該当し、本体取引そのものを構成する利益は景品類ではない、という感じでしょうか。
取引の周辺を飛び回っているくらいが違反になり、ど真ん中ストライクの取引内容は規制しない、という態度です。
あまり言い譬えが浮かびませんが、中国が台湾の領空にドローンを飛ばすような、正面切った侵略(ど真ん中の取引内容)ではないグレーないやがらせから台湾を守るのが優越的地位濫用のイメージで、ロシアがウクライナを侵略したような場合(常時1円での納入を求めるような場合)には、両国の縁を切らせる(全面戦争)しかないでしょう。
この、甲と乙の取引継続を保護するか、むしろ取引を止めさせた方がいいのか(取引の継続に独禁法が手を貸すべきではないのか)は、けっこう重要な問題ではないかと思います。
このあたりにも、純粋民事の損害賠償で済ませた方がいいのか、独禁法や差止請求を使って取引を続けさせた方がいいのか、という潜在的な論点が潜んでいるように思います。
そしてこの論点の1つの切り口として、懸念要件はヒントを与えてくれるような気がします。
また、独禁法の枠内での論点としては、懸念要件を満たさない事案は優越ではなく私的独占にまかせてしまえばいいと思います。
そうすると市場支配力のある企業しか、ど真ん中の取引が不利益な場合には独禁法で規制できませんが、それでちょうどいいでしょう。
食べログ事件なんて、私的独占でも問題なく成立すると思います。
というわけで、懸念要件を中心に据えると、優越的地位の濫用の輪郭や本質がはっきりしてきて、「優越的地位の濫用の濫用」みたいな事態はなくなるのではないかと思います。
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