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2022年9月

2022年9月24日 (土)

打消し表示はすべての強調表示に付けましょう。

時々受ける質問に、「打消し表示は会社のホームページに載せておくだけではだめなのでしょうか。」というのがあります。

商品パッケージに強調表示を表示する場合、すべてのパッケージに打消し表示をしないといけないのか、という質問です。

ほかには、チラシなどもあるでしょう。

結論としては、すべての強調表示に、都度、打消し表示をする必要があります。

形式的な理由としては、打消し表示は強調表示と同一視野に表示されていなければならないとされているからなのですが、実質的な理由は、商品パッケージだけしかみない、あるいは、チラシしか見ない、という消費者もいくらでもいるからです。

会社法では、官報への公告やホームページでの公告でよしとされていたり、ほかには、個人情報保護法21条(取得に際しての利用目的の通知等)では、

「第二十一条 個人情報取扱事業者は、個人情報を取得した場合は、あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、速やかに、その利用目的を、本人に通知し、又は公表しなければならない。」

と、利用目的を本人に知らせるのは公表でよい、ということになっています。

しかしながら、これらは法律の規定に基づいてはじめてそういう一種の通知の擬制方法が認められているから可能なのであって、一般的に公表などですますわけにはいきません。

とくに景表法の場合は消費者保護法ですから、誤認を生じさせるかどうかはあくまで消費者の側に立って考えないといけません。

そうすると、企業の都合で公告ですませたりすることは許されず、消費者がどのように情報を取得するのか、といった消費者の立場に立った解釈が必要であるということがわかると思います。

情報の受け手である消費者の側に立つ、というスタンスは、景表法の不当表示規制では常に必要です。

上記打消し表示も、そのような一般的なスタンスの、1つの応用であるといえます。

また、このように、打消し表示は「付け漏れ」のリスクが常にあります。

ときどき契約書のレビューを依頼してくる人の中に、契約書の本文だけを送ってくる人がいますが、大事なことが別紙に書いてあることはいくらでもあるので、これはリスクがあります。それと似ています。

契約書の本文だけを送ってくる人も、悪気があって(別紙を隠そうと思って)そうしているわけではたぶんなく、単に、別紙と本文が別のワードファイルになっているだけなのではないかと想像します。

そして、M&Aの契約とか、別紙があるのがあたりまえということで定着している契約なら、別紙の存在を忘れてしまうということはまずないのですが、世の中、別紙を使うのが一般的である契約書ばかりではありません。

そうすると、別紙があるかどうかは、契約書の本文を全部見ないとわからない、ということもあるわけです。

これは、結構な手間で、どこかで別紙の存在を見落としてしまうことがあると思います。

というわけで、少々脱線してしまいましたが、打消し表示も、別紙のような扱いをしていると、どこかで「付け漏れ」が出てしまいます。

常に、打消し表示と強調表示は不可分一体のものとして扱う必要があります。

また、打消し表示にはこのような「付け漏れ」のリスクがあるので、強調表示であまり強調しすぎることは避けるべき、ということにもなると思います。

2022年9月22日 (木)

既存顧客に対する物品提供は景品類の提供か。

よく聞かれる質問に、過去に自社の商品を購入してくれた顧客(既存顧客)に対して、たとえば「日頃のご愛顧に感謝して」などと銘打って、粗品や景品を贈呈したりするのは景表法上の景品類に該当するのか、という質問があります。

結論としては、基本的には取引付随性がなく、景品類には該当しません。

この点について、消費者庁ウェブサイトの景品類に関するQ&Aの13番では、

「Q13  昨年1年間に、当店で10万円分以上の商品を購入してくれたお客様を対象として、今後の取引を期待して「お客様感謝デー」を実施し、来店してくれたお客様にもれなく景品を提供する旨をダイレクトメールで告知しようと考えています。この場合、取引の価額を10万円とみてよいでしょうか。」

という設問に対して、

「A 既存の顧客に対して景品類を提供する場合の取引の価額については、原則として、当該企画が、同企画を告知した後の取引を期待して行われるものであると認められることから、

取引の価額は、当該企画を告知した後に発生する通常の取引のうち最低のものということになり、

過去の購入額を取引の価額とすることはできません

御質問のケースは、来店を条件として景品類を提供するものと認められますので、取引の価額は100円又は当該店舗において通常行われる取引の価額のうち最低のものとなり、提供できる景品類の価額は取引の価額に応じたものとなります。」

と回答されています。

もし、この「景品」が、過去の取引と付随していると考えるなら、当然、取引の価額は過去の取引の価額である10万円となりますが、取引の価額を10万円とすることはできないといっているわけですから、過去の取引に附随する提供だとみることはできない(よって過去の取引との取引付随性はない)、ということになります。

ポイントは、問題の取引(取引付随性の有無が問題になる取引)が、企画を告知する前か後かです。

告知後に成立した取引との関係では、当該企画により提供される物品は当該告知後取引との取引付随性は認められますが、告知前に既に成立済みの取引との関係では、当該物品は取引付随性は認められません。

たしかに、条文の文言を形式的に読めば、定義告示の取引付随性の要件は、

「景品類とは・・・事業者が自己の供給する商品又は役務の取引に附随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益」

と書かれているだけで、企画告知前の「取引に附随」するということも文言的にはありえないわけではないのでしょうけれど、そういう読み方はしない、ということです。

このような考え方は、定義告示運用基準4⑴の、

「(1) 取引を条件として他の経済上の利益を提供する場合は、「取引に附随」する提供に当たる。」

というのにも表れているといえます。

というのは、「取引を条件として」提供したといえるためには、取引をするかどうかを決定する時点で、取引が条件だということが当然消費者に告知されているべきだ、物品が「取引を条件として」提供されるのかどうか消費者にわからないときには、「取引を条件とし」た提供とはいえないのだ、と考えるのが自然(当然)だからです。

取引を条件としない、定義告示運用基準4⑵の場合を見ても、やはり、包装に告知されているとか、入店者に限るとか、取引をする前に企画の存在が消費者にわかるケースばかりです。

というわけで、取引付随性が認められるためには、取引の(意思決定の)前に企画が消費者に告知されている必要があります。

ちなみに、定義告示運用基準1⑵では、顧客誘引性について、

「(2) 新たな顧客の誘引に限らず、取引の継続又は取引量の増大を誘引するための手段も、「顧客を誘引するための手段」に含まれる。」

とされており、既に顧客である人の取引の継続や増大を誘引する場合も顧客誘引性が認められることになっているのですが、取引付随性は顧客誘引性とは別の要件なので、以上で取引付随性について述べたことは影響を受けません。

ただし、単発の企画であれば以上のとおりでいいのですが、同じ企画を繰り返し行って常態化していると、消費者の間では、この商品を購入すればこのような景品がもらえるのだということが知れ渡ることになり、そうすると、企画告知後の取引との間に取引付随性が認められることがあるかもしれません。

このように、単発の企画であれば企画告知前との取引との間には取引付随性は認められない、ということに尽きるのですが、同じ企画を繰り返し行っている場合には問題となる可能性が否定できないので、やや注意が必要です。

ただし、既存顧客の取引との付随性が認められるためには、企画内容の告知がなくてもあたかもあったかのように認識されるというくらいの常態化が必要と考えられるので、そこまでの常態化があるとされることは、かなり稀なことではないかという気もします。

2022年9月19日 (月)

下請に対する損害賠償請求の制限に関する下請振興基準第4の2⑶の規定について

2022年7月に改正された下請振興基準の第4の2⑶では、

「親事業者、自ら納品された物品等の検査を行い、又は書面等により委任して下請事業者に物品等の検査を行わせ、当該検査を合格とした場合であって、

その後、親事業者の納入先等からの指摘により当該物品等の引取り、やり直し又は損害賠償を行うこととなったときは、

当該物品等の不具合の有無及びその原因を明らかにし、

その引取り、やり直し又は損害賠償に必要となる人員の手当、金銭の支払い等について、親事業者がすべてを負担せず下請事業者にも負担を求めることの必要性及び合理性の有無を、

十分に確認するものとする。

親事業者は、下請事業者にも当該負担を求めることとなる場合には、

親事業者、下請事業者それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価を勘案しつつ、

下請事業者と十分に協議を行い、

親事業者及び下請事業者双方が合理的な割合で負担するものとし、

一方的に下請事業者に引取り、やり直し又は損害賠償を負担させないものとする。」

という規定が追加されています。

もともと振興基準には法的拘束力はありませんので、無視しても構わないのですが、パートナーシップ構築宣言をしていたりするとこの規定も守らなければならず、そういう意味では、実務上のインパクトはけっこう大きいのではないかという気がします。

というのは、下請の商品に瑕疵があった場合に損害賠償請求しても下請法に違反しないのか、というご質問はしょっちゅう受けるからです(結論としては、違反しません)。

要するにこの規定が言っているのは、仮に納品物に瑕疵(隠れた瑕疵を含む。)があっても、いったん合格して引き取った以上、親事業者は下請事業者に全額の損害賠償をできず、双方の取引対価を勘案して負担を分担しなければならない、ということです。

これは、いくつかの点で驚きです。

まず、隠れた瑕疵(検査で発見できない瑕疵)であっても、親事業者は下請事業者に全額の損害賠償をできない、ということです。

この結論は、上記引用部分で、隠れた瑕疵かどうかを区別していないことからあきらかです。

むしろ、検査に合格したということは、発見できなかった可能性の方が高く、むしろそちらを念頭に置いているとさえ言えます。

次に驚きは、やり直しだけでなく、損害賠償請求もできないとしていることです。

下請法では、やり直しも一定の条件で認められており、損害賠償請求については一切制限がありません。

それに比べて、振興基準は親事業者にとても厳しいものになっています。

ポイントは、

「それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価を勘案」

しつつ、

「双方が合理的な割合で負担する」

としている点です。

もしこれが、「合理的な割合」だけなら、下請事業者が100%負担することが「合理的」な場合なんて世の中にはいくらでもありますから(むしろ私の経験ではそのようなケースが大半です)、100%下請事業者に負担させることも問題ないことになりますが、「それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価」を勘案するとしているので、そうもいかなさそうです。

では、「それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価」とは何でしょう。

まず、下請事業者にとっての「当該物品等に係る納品により得た取引対価」は、親事業者に納品した物品の対価として受け取る下請代金の額のことでしょう。

問題は、親事業者にとって「当該物品等に係る納品により得た取引対価」とは何か、です。

ここでは、

「当該物品等に係る納品により得た取引対価」

というように、「係る」というあえてあいまいな言葉を用いていることがポイントです。

これは、親事業者にとっては、下請事業者から納品を受けた物品等を使って作った製品を顧客に販売して得た対価という意味に解するほかないと思われます。

たとえば、ある自動車部品メーカー(下請事業者)が、ある部品を1個1万円で自動車メーカー(親事業者)に販売し、親事業者は、その部品を使って自動車を完成させ、顧客(ディーラーは単純化のために無視して、消費者をイメージします)に200万円で販売したとします。

このとき、下請事業者にとっての「当該物品等に係る納品により得た取引対価」は、「当該物品等納品により得た取引対価」の意味であり、部品代1万円です。

これに対して、親事業者にとっての「当該物品等に係る納品により得た取引対価」は、「当該物品等〔部品〕に関連して行われた納品により得た取引対価」という意味であり、完成車の代金200万円です。

ここでもし、下請事業者の部品に欠陥があって、リコールが必要になり、リコール代に1台10万円かかったとしましょう。

この10万円のリコール代を両者でどのように分担すべきかというと、親:下=200:1で分担せよ、よって、親=10万×(200÷201)≒9万9500円、下=10万×(1÷201)≒500円、ということになりそうです。

これはあまりにも親事業者に酷な結論に思われますが、振興基準を素直に読むとこう解せざるを得ません。

このように解しない方法としては、

「親事業者、下請事業者それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価を勘案しつつ」

というのは、あくまで「勘案」するだけなので、取引対価の割合で按分することまでは常に求められていない、と考えることです。

まあそれが「合理的」だとは思いますが、ではいったいなぜ「当該物品等に係る納品により得た取引対価 」という、意味のよく分からない表現が用いられたのか、ますますよくわかりません。

この点について、パブコメ44番では、

「・下記を削除いただきたい。

「親事業者は、下請事業者にも当該負担を求めることとなる場合には、親事業者、下請事業者それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価を勘案しつつ、下請事業者と十分に協議を行い、親事業者及び下請事業者双方が合理的な割合で負担するものとし、一方的に下請事業者に引取り、やり直し又は損害賠償を負担させないものとする。」

・全体が長過ぎるため、規定内容がより明確になるよう、箇条書きに変更いただきたい。

・理由

改正案では、下請事業者に帰責性があると認められる隠れたる瑕疵等を原因とした、やり直しや損害賠償を求める場合においても、責任を一部免除されるような内容になっている。責任の範囲は、事案の内容に応じて都度協議すべきものであるが、常時、取引対価の大小に応じた双方負担を前提とすべきと解釈されるような表記は適切ではない。」

という質問に対して、

「改定案第4 2 (3)の前段では、

「当該物品等の不具合の有無及びその原因を明らかにし」、「親事業者がすべてを負担せず下請事業者にも負担を求めることの必要性及び合理性の有無を、十分に確認するものとする」と規定しているに過ぎず、

ご意見の理由にあるところの下請事業者の「責任を一部免除されるような内容」となっているものではありません

また、下請事業者にも負担を求めることとなった場合について、

「下請事業者と十分に協議を行い、親事業者及び下請事業者双方が合理的な割合で負担するものとし」と規定しており、

ご意見の理由に書かれている「事案の内容に応じて都度協議すべきもの」という考え方と共通するものとなっています。

また、規定案は、「親事業者、下請事業者それぞれが当該物品等に係る納品により得た取引対価を勘案しつつ、下請事業者と十分に協議を行い、親事業者及び下請事業者双方が合理的な割合で負担するものとし」と規定しており、

ご意見の理由にあるような「常時、取引対価の大小に応じた双方負担を前提とすべき」と解釈されるような表記となっているものではございません

このため、削除する理由がないと考えます。

また、たとえば、幾つかの事例が文章中に存在しているのであれば、当該事例を箇条書きとすることもありえますが、本規定については、箇条書きとすることによって規定内容が必ずしもより明確となるわけではないと考えます。

このため、原案のとおりといたします。」

と回答されています。

端的に言えば、隠れた瑕疵で親事業者にまったく責任がない場合も下請の責任が一部免除されるのは不当ではないかとの質問に対して、そのような場合は責任の一部免除はされないし、常時取引対価で按分するわけでもない、と回答されているわけです。

(ただし、私には、質問の意味はよくわかりますが、回答の意味はまったくわかりません。)

ということは結局、100%下請事業者に負担させてもいいということになります。

それだったらいったいなぜ改正案のような規定ぶりにしたのかますます意味不明ですし、パブコメ回答まで辿らないとほんとうの意味がわからないというのでは、いったい何のための振興基準なのか、という気がしますが、中小企業庁にしてみればたぶん、「法律の条文じゃないんだからこまかいこと言いなさんな」というくらいの感覚なのでしょう。

というわけで、この規定は実務的には無視してかまわないと思います。

2022年9月18日 (日)

転注に関する下請振興基準の記述について

2022(令和4)年7月29日、下請振興基準が大幅に改正されました。

その中にはいくつも気になる点があるのですが、まず大前提として、下請振興基準には何ら法的拘束力はないということは、改めて声を大にして申し上げておきます。

そのことは中小企業庁のQ&A9番に、

「Q9.振興基準の内容について、違反した場合に行政処分や罰則はありますか。

下請中小企業振興法に基づく振興基準は、下請中小企業の振興を図るため下請事業者及び親事業者のよるべき一般的な基準を定めたものであり、振興基準に定める事項について、主務大臣は、下請事業者又は親事業者に対し指導・助言を行うことがあります。

ただし、指導・助言は行政指導であって、振興基準に違反した場合の行政処分や罰則はありません。」

と明記されていることから明らかです。

そこで今回の本題ですが、今回の改正で、第4の1⑴に「〔取引対価の協議に関する望ましくない事例〕」というのが加わり、その中に、

「③ もともと転注するつもりがないにもかかわらず、

競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与えることにより、

事実上、協議をすることなく

親事業者が意図する取引対価を下請事業者に押し付けること。」

というのが加えられました。

これを見て思い出すのが、優越的地位の濫用ガイドラインの対価の一方的決定における、

「(イ) 他方,

①要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること等を理由として,

低い対価又は高い対価で取引するように要請することが,

対価に係る交渉の一環として行われるものであって,

その額が需給関係を反映したものであると認められる場合・・・

など取引条件の違いを正当に反映したものであると認められる場合には,

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない。」

という記述です。

これは、価格交渉における一種のセーフハーバーといえる、非常に重要な規定です。

この、「要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること」というのは、まさに、転注の可能性を伝えていることにほかなりません。

そうすると、優越的地位濫用ガイドラインでは転注の可能性を伝えることは問題ないとされているのに、下請振興基準ではさも問題あるかのように記載されていることになり、両者の整合性をどう考えればいいのかが問題になりそうです。

まず大前提として、優越的地位濫用ガイドラインはガイドラインとはいえそれに違反すれば公取委は独禁法違反が成立すると考えているものであるわけですから、ほとんど法律と同じ効果があるといえます。

これに対して前述のとおり下請振興基準は何ら法的拘束力はありませんので、そもそも両者を並べて論じること自体ナンセンスだ、と割り切ってしまうのも一つの考え方だと思います。

もう少し説明すると、下請振興基準の上記引用部分(③)はあくまで「〔取引対価の協議に関する望ましくない事例〕」の1つであり、上記③に該当していても「望ましくない」だけであって、振興基準の違反(?)ではない、と考えられます。

さらにもう少し考えると、振興基準上記引用部分③は、

「③ もともと転注するつもりがないにもかかわらず」

というのが要件になっています。

なので、転注するつもりが少しでもあれば、この③には該当しません。

さらに、

「競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与える

ことが要件になっているので、「殊更に危機感を与える」ようなやり方でなければいいことになります。

「殊更」とは、

「そこまでする必然性はないのに、意図するところがあってそうする様子。」(『新明解国語辞典』)

なので、「危機感を与える」必然性があればかまわないことになります。

しかしながら、他に発注する可能性を示すことで取引相手方に危機感を与えることは価格交渉の常道ですから、「危機感を与える」ことが「殊更」である(必然性がない)ということも、まともなビジネスの感覚ではあり得ないのではないかと思います。

さらに、

「事実上、協議をすることなく

というのも要件です。

ここで注意が必要なのは、

「競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与えることにより

事実上、協議をすることなく、」

とされているので、「殊更に危機感を与える」ことが即「事実上、協議をすることなく」とみなされるのではなく、危機感を与えることは手段であり(「により」)、さらに「事実上、協議をすることなく」という要件が必要だ、ということです。

最後の、

「親事業者が意図する取引対価を下請事業者に押し付けること。」

の「押し付ける」というのは、法律の条文ではありえないような、なんとも生ぬるい表現なので、ただのポエム、あるいは陳腐なレトリックとして無視して構わないでしょう。

(もともと振興基準は法的拘束力がないので、生ぬるくても、ポエムでも、レトリックでもかまわないのですけれど。)

というわけで、振興基準上記③は、実際の適用場面ができるだけ狭くなるように、かなり注意して書かれていると思います。

また、そうしないで、転注の可能性を伝えるだけで違反だということになると、上で引用した優越ガイドラインのセーフハーバーと矛盾してしまいます。

ところが、振興基準上記③をぼーっと読むと、あたかも転注の可能性を伝える(「競合する他の事業者への転注を示唆」)だけで、「殊更に危機感を与える」ことになり(転注の可能性を伝えられて危機感を持たない下請がいるでしょうか?)、それは必然的に「事実上、協議をすることなく」(協議拒否)とみなされ、違反になるのだ、と勘違いしかねないのではないかと思います。

ただ、重要な違いは、優越ガイドラインのセーフハーバーは、「要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること」が要件です。

なので、そんな価格で取引する同業者がいないのに転注の可能性を示唆すると、振興基準上記③に反する、と言われるかもしれません。

そして、そんな価格で取引する同業者がいないということは、必然的に、「もともと転注するつもりがない」という要件を満たしてしまうでしょう。

というわけで、やっぱり、嘘をついてはいけない(そんな価格で引き受けてくれるところはほかにはなく、転注しようにもできないのにブラフを言ってはいけない)、ということです。

逆に言うと、振興基準上記③が言っているのは、「嘘をついてはいけない」ということに尽きます。

それが、「望ましくない」というのは、当たり前と言えば当たり前です。

ただし、実際に価格交渉をしている方々からすれば、交渉は腹の探り合い、だまし合いであり、あっさりだまされる方が悪いのだ、ということなのかもしれませんし、私はそれを悪いこととも思いません。

だからこそ、「望ましくない」というだけなのかもしれません。

ですが、この、「嘘をついてはいけない」ということから、「転注の可能性を伝えてはいけない」というところまでは、ものすごい距離があると思います。

そのあたりを誤解しないようにしないといけません。

ところが、中小企業庁のいくつかの文書をみると、これを誤解させよう(印象操作しよう)としているフシが見えます。

まず、そもそも、2022(令和4)年5月24日の第16回中小企業政策審議会経営支援分科会取引問題小委員会の資料として配布された振興基準の改正案(事務局案?)では、上記③は、

「③ 競合する他の事業者への転注を示唆すること等を手段として用いることにより、見積価格の引下げを下請事業者に押し付けること。」

という、とんでもない内容になっていました。

これでは、転注を示唆したら即アウトとなり、前述の優越ガイドラインのセーフハーバーと真正面から反してしまいます。

ちなみにこの原案は、パブコメ開始後に(!)成案と同じものに修正されていることが、パブコメ回答(「「下請中小企業振興法第3条第1項の規定に基づく振興基準」の改正(案)に関する意見募集の結果について」。ちなみに同文書の「令和3年7月」という日付は「令和4年7月」の誤記と思われます。)28番の、

「ホームページでお示ししておりますが、パブリック・コメントの手続開始後に修正し、修正後の案を改めてお示ししております。

当該修正案では、

「もともと転注するつもりがないにもかかわらず、競合する他の事業者への転注を示唆して殊更に危機感を与えることにより、事実上、協議をすることなく、親事業者が意図する取引対価を下請事業者に押し付けること。」

としており、

転注の意思がないにもかかわらず転注を示唆することで、親事業者が意図する取引対価を押し付けることを望ましくない事例としています。

実際に転注の可能性を考慮に入れた上での価格交渉と転注自体を否定するものではないため、修正後の原案のとおりといたします。」

という回答から読み取れます。

パブコメ開始後に案を修正するなんて、ぐだぐだ感が半端ないですね💦

ともあれ、「実際に転注の可能性を考慮に入れた上での価格交渉と転注自体を否定するものではない」ことが明確にされたことは、喜ばしい限りです。

それでも、中企庁の2022年5月24日付「振興基準改定案について(説明資料)」という文書では、

「⑴後段 「客観的な経済合理性及び十分な協議手続を欠く協議」の事例として、以下の事例を明示し、「行わないものとする」と規定。(❶)

①目標価格のみを提示し、それと辻褄の合う見積りを要請

②過度に詳細な見積もりを要請し、下請事業者の利幅を探る

下請事業者に転注を示唆する等の手段で、見積価格の引下げを押し付ける

④競合他社が要請していないことや、自社の取引先が認めないことを理由とした協議拒否

(※Gメン調査結果を反映)」

と、しつこく、転注を示唆すること自体が禁止されているかのように記載されています。

ですが、これはパブコメ開始時の旧原案(?)に基づく説明であり、成案にはあてはまらないことは、上述の点から明らかです。

でもきっと、中企庁(の少なくとも一部の担当官)はこの「(説明資料)」の線で執行しようとしてくる可能性がありますから、要注意です。

ほかにも、中小企業庁の令和4年2月10日付「価格交渉促進月間フォローアップ調査の結果について」(※令和4年7月19日一部訂正)では、「<下請Gメンヒアリングによる生声>」(ちなみに、「生声」(なまごえ?)というのは、

「謡などで、稽古をつんでいない生地(きじ)の声」(『広辞苑』)

という意味なので、「生の声」の誤記と思われます。公文書はポエムではありませんから、正しい日本語を使いましょう。)として、

「▲原材料価格やエネルギーコストの上昇を踏まえ、度々、下請代金の値上げを要請しているが受け入れられていない。当社における当該
事業者の売上シェアが高いが故に、転注、失注を恐れるがあまり、強い価格交渉が出来ない面もある。」(金属)

「▲海外価格との競合になっており、常に転注リスクがあるので、値上げ交渉は過去10年以上していない。業界でも聞いた事がない。」(化学)

「▲原材料の上昇分ですら価格交渉が難しい状況で、労務費(最低賃金)やその他のコスト上昇分について交渉することはできない。業界的に横並びの意識が強く、自社だけ交渉を行うと転注されたり納入比率を下げられたりすることを懸念している。」(紙・紙加工)

「▲原材料等が高騰しても、採算割れの限界までは社内の努力で耐えている。転注が恐いので、なかなか価格交渉が出来ない。」(建材・住宅設備)

「▲各製品毎に価格の目安を提示され、これに合わせるよう要求される。できなければ転注すると言われるため、応じざるを得ない。」(建材・住宅設備)

「▲原材料が大幅に上がっている製品については、価格改定の要望を認めてもらえたものの、親事業者の方から転注をほのめかされた。」(素形材)

「▲新規受注時に一方的に毎年数%程度のコストダウンをコミットさせられ、毎年自主的にコストダウンするかのような書面を提出させられる。

以前、原材料費の価格交渉を申し出たところ、「転注する」とおどされた。部品のなかには原材料費は上昇しているのに、数十年以上も価格が変わってないものもある。」(自動車・自動車部品)

「▲業界団体や経営陣には取引適正化という取組は認識しているかもしれないが、親事業者の調達担当者は自社の利益を優先した旧態依然で交渉にあたっており、下請事業者の言葉に耳を貸さない。また、こちら(下請事業者)からも転注が怖くて言い出せない。」(自動車・自動車部品)

「▲見積の都度、労務費の上昇分を価格に転嫁したい旨交渉するが、安い事業者があり転注を示唆してくるので強気で交渉できず受け入れて貰えない。購買担当者は、原価に対して理解がない。担当者の多くは作業品質について理解しておらず、単に価格のみを追っている。」(印刷)

「▲価格交渉は行える状況になく、下請代金へは反映できていない。1クルー、番組時間の単価が10年以上変わっていない。同業他社が相場価格を下回る価格を提示していることもあり、価格交渉を申し出た場合に、他社に転注され取引がなくなるおそれがある。」(放送コンテンツ)

「▲原材料価格の値上がりが続いており、値上げしたいが転注を懸念し、限界まで値上げ交渉を申し入れることができない。」(建設)

「▲設計~見積書の提出~納品まで期間が長いもので3年にもなり、その間に原材料価格が上昇しても再見積もりが認められず、実際の原材料価格が下請代金に反映できない場合が多い。原材料価格の上昇により再見積もりを求めた場合に転注される恐れがある。」(建設)

といった転注に関する記載のオンパレードであり、転注をほのめかすことがいけないかのような印象を与えるためにいかに中企庁が必死であるかがわかります。

しかし、私に言わせれば、転注や取引量の削減をほのめかさないで、どうやって価格交渉するのか、という気がします。

このように、旧原案からパブコメ開始後に案を修正までしたのに、亡霊のように「転注の示唆は望ましくない」という示唆が公取や中企庁からなされるおそれがあるので、発注者のみなさんは十分注意してください。

2022年9月16日 (金)

下請振興法の親事業者と下請事業者の定義

掲題の点についてまとめておきます。

(なお、公的な説明は、下請法テキストに参考資料として添付されている「参考 下請中小企業振興法の内容」をご覧下さい。)

下請振興法2条2項で、親事業者は、

「この法律において「親事業者」とは、

法人にあつては

資本金の額若しくは出資の総額が自己より小さい法人たる中小企業者

又は

常時使用する従業員の数が自己より小さい個人たる中小企業者

に対し

の各号のいずれかに掲げる行為を委託することを業として行うもの、

個人にあつては

常時使用する従業員の数が自己より小さい中小企業者

に対し

の各号のいずれかに掲げる行為を委託することを業として行うものをいう。

一 その者〔親事業者〕が業として行う販売

若しくは

業として請け負う製造(加工を含む。以下同じ。)

の目的物たる物品若しくはその半製品、部品、附属品若しくは原材料〔≒下請法の製造委託類型1と2〕

若しくは

業として行う物品の修理に必要な部品若しくは原材料〔≒製造委託類型3〕

の製造

又は

その者〔親事業者〕が業として使用し若しくは消費する物品若しくはその半製品、部品、附属品若しくは原材料

の製造〔≒製造委託類型4〕

 その者〔親事業者〕が業として行う販売

又は

業として請け負う製造

の目的物たる物品又はその半製品、部品、附属品若しくは原材料

の製造のための

設備

又は

これに類する器具

の製造(前号に掲げるものを除く。)〔製造設備・器具の製造委託

又は

修理〔製造設備・器具の修理委託

 その者〔親事業者〕が

業として請け負う物品の修理の行為の全部若しくは一部〔≒修理委託類型1〕

又は

その者が

その使用する物品の修理を業として行う場合における

その修理の行為の一部(前号に掲げるものを除く。)〔≒修理委託類型2〕

 その者が業として行う提供

若しくは

業として請け負う作成

の目的たる情報成果物の作成の行為の全部若しくは一部〔≒情報成果物作成委託類型1、2〕

又は

その者が

業として使用する情報成果物の作成

の行為の全部若しくは一部〔≒情報成果物作成委託類型3〕

五 その者が業として行う提供の目的たる役務を構成する行為の全部又は一部〔≒役務提供委託〕」

と定義されています。

各号は下請法の製造委託等の定義と似ていますが、違うところもあります。

まず、下請法では1回の取引でも対象になるのに対して、振興法2条2項柱書では、「委託することを業として行う」というのが親事業者の定義なので、1回切りの取引の場合は親事業者には該当せず、したがって振興法も適用されません。

次に、下請法の製造委託では、下請から納入される物品が親事業者の完成品の一部を構成しないのは金型だけですが、2号で、金型だけでなく、完成品等製造のための

「設備又はこれに類する器具

にまで広げられています。

下請法が「金型」だけに限定しているのはあまり合理性がない(木型などが含まれない)ので、振興法のほうが妥当でしょう。

次に、下請法の製造委託の類型4(自己使用物の製造委託)は、

「事業者がその使用し又は消費する物品の製造を業として行う場合にその物品若しくはその半製品,部品,附属品若しくは原材料又はこれらの製造に用いる金型の製造を他の事業者に委託すること」(下請法2条1項)

ですが、振興法でこれに相当するのは、上述のとおり、

「その者〔親事業者〕が業として使用し若しくは消費する物品若しくはその半製品、部品、附属品若しくは原材料の製造」

です。

つまり、下請法上の製造委託類型4(自己使用物の製造委託)は、親事業者が当該物品の製造を業として行っていなければなりませんが、振興法上の自己使用物の製造委託は、自ら業として使用または消費していれば足り、自ら業として製造している必要はありません。

情報成果物作成委託についても同様で、下請法上の情報成果物作成委託の類型3(自己使用の情報成果物)は、

「事業者がその使用する情報成果物の作成を業として行う場合にその情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること」(下請法2条3項)

と定義されていますが、上述のとおり、振興法でこれに相当するのは、

「その者〔親事業者〕が業として使用する情報成果物の作成の行為の全部若しくは一部」

です。

業として「作成」なのか、業として「使用」なのかは、ぜんぜん意味が違います。

「使用」で足りるとなれば、適用範囲は圧倒的に広くなるからです。

まあ、所詮下請振興法は罰則のない振興法ですから、適用範囲を広めにしたということなのでしょう。

また、振興法の役務提供委託(振興法2条2項5号)は、

「五 その者が業として行う提供の目的たる役務を構成する行為の全部又は一部」

と定義されているのに対して、下請法の役務提供委託(下請法2条4項)は、

「事業者が業として行う提供の目的たる役務の提供の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること

(建設業

(建設業法

(昭和24年法律第100号)

第2条第2項に規定する建設業をいう。以下この項において同じ。)

を営む者が業として請け負う建設工事

(同条第1項に規定する建設工事をいう。)

の全部又は一部を他の建設業を営む者に請け負わせることを除く。)」

と定義されています。

下請法から建設業が除かれているのはいいとして、下請法では、

「提供の目的たる役務の提供の行為の全部又は一部」

の委託、つまり、役務の再委託を意味するのに対して、振興法では、

「提供の目的たる役務を構成する行為の全部又は一部」

の委託、つまり、下請に委託するのは親事業者がその顧客に提供する役務自体(の全部または一部)である場合だけでなく、親会社がその顧客に提供する役務を「構成する行為」の全部または一部の委託も含む、と読めます。

イメージとしては、下請法の役務提供委託は、親と下請の役務が同質で丸投げか一部下請であるのに対して、振興法は、下請が提供するのは親の提供する役務のパーツ(「構成する」)でもいい、という感じでしょうか。

この点に関連すると思われる解説が、前述の「参考 下請中小企業振興法の内容」にあり、そこでは、

「さらに,下請法では,他者に提供する情報成果物の作成に必要な役務である場合に,当該役務の提供を他者に委託することは対象とならないのに対し,

下請振興法では,例えば映画を作成するために俳優に出演を依頼する等の役務は,役務を構成する役務として,役務提供委託の一として対象となる。」

と説明されていますが、間違いだと思います。

というのは、映画は情報成果物であって役務ではありませんから(あるいは、映画の制作は情報成果物の作成であって役務ではありませんから)、映画を作成するために俳優に出演を依頼することは、情報成果物を構成する役務であって、「役務を構成する役務」ではないからです。

もし、映画制作会社が映画の上映までやるのであれば、映画の上映は役務の提供ですから、俳優の映画への出演は「役務を構成する役務」といえますが、親事業者が映画制作会社の場合、ふつうは配給会社に映画フィルムという情報成果物をわたすだけでしょうから、「情報成果物を構成する役務」(?)とはいえても、「役務を構成する役務」とはいえないと思います。

次に、下請法上の親事業者の資本金要件は、相当異なります。

振興法上は親事業者自体には資本金の縛りはなく、もっぱら、相手方が自分より小さい「中小企業者」であるかどうかで決まります。

つまり、親事業者が法人の場合は、

「資本金の額若しくは出資の総額が自己より小さい法人たる中小企業者

又は

常時使用する従業員の数が自己より小さい個人たる中小企業者」

に委託すれば親事業者ですし、親事業者が個人の場合には、

「常時使用する従業員の数が自己より小さい個人たる中小企業者」

に委託すれば親事業者、ということになります。

そこで「中小企業者」は、振興法2条1項で、

「この法律において「中小企業者」とは、次の各号のいずれかに該当する者をいう。

一 資本金の額又は出資の総額が三億円以下の会社

並びに

常時使用する従業員の数が三百人以下の会社及び個人であつて、

製造業、建設業、運輸業その他の業種

(次号に掲げる業種及び第三号の政令で定める業種を除く。)

に属する事業を主たる事業として営むもの

二 資本金の額又は出資の総額が五千万円以下の会社

並びに

常時使用する従業員の数が百人以下の会社及び個人であつて、

サービス業

号の政令で定める業種を除く。)

に属する事業を主たる事業として営むもの

三 資本金の額又は出資の総額が

その業種ごとに政令で定める金額以下の会社

並びに

常時使用する従業員の数が

その業種ごとに政令で定める数以下の会社及び個人

であつて、

その政令で定める業種に属する事業を主たる事業として営むもの

四 企業組合

五 協業組合」

と定義されています。

1号が製造業一般(3億・300人基準)、2号がサービス業(5000万・100人基準)、3号が政令指定、です。

3号の「政令」は、下請振興法施行令で、同1条では、

ゴム製品製造業(自動車又は航空機用タイヤ及びチューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く。)

が3億円または900人以下、

ソフトウェア業又は情報処理サービス業

が3億円または300人以下、が中小企業者とされています。

振興法2条1項4号の「企業組合」というのは、中小企業等協同組合法3条に定められる中小企業等協同組合の一種の企業組合(同法3条4号)のことで、同法9条の10(企業組合)では、

第九条の十 企業組合は、商業、工業、鉱業、運送業、サービス業その他の事業を行うものとする。」

と規定されており、『精選版日本国語大辞典』では、

「中小企業等協同組合法に基づく組合の一つ。中小規模の商業、工業、鉱業、運送業、サービス業などの事業者・勤労者が、公正な経済活動の機会の確保と経済的な地位の向上を目的として組織する協同組合。」

と解説されています。

振興法2条1項5号の「協業組合」とは、中小企業団体の組織に関する法律3条(中小企業団体等の種類)に定める中小企業団体の1つである「協業組合」(同法3条1項7号)で、「その組合員の生産、販売その他の事業活動についての協業を図ることにより、企業規模の適正化による生産性の向上等を効率的に推進し、その共同の利益を増進すること」(同法5条の2)を目的とします。

2022年9月12日 (月)

「パートナーシップ構築宣言」のデメリット

内閣府と中小企業庁が2020年5月に「未来を拓くパートナーシップ構築推進会議」で導入した「パートナーシップ構築宣言」ですが、最大のデメリットは、下請振興基準を守らなければならなくなる、ということではないかと思われます。

というのは、パートナーシップ構築宣言には必ず入れなければならない(受理されない)規定(定型部分)があり、その1つに、

「親事業者と下請事業者との望ましい取引慣⾏(下請中⼩企業振興法に基づく「振興基準」)を遵守し、取引先とのパートナーシップ構築の妨げとなる取引慣⾏や商慣⾏の是正に積極的に取り組みます。」

というのがあるからです。

振興基準の中でも気になるのが、

「親事業者は、継続的な取引関係を有する下請事業者との取引を停止し、又は大幅に取引を減少しようとする場合には、下請事業者の経営に著しい影響を与えないよう最大限の配慮をする観点から、相当の猶予期間をもって予告するものとする。」(第2の8)

という規定です。

これは、継続的取引の解消の民事事件で契約を解除された側がわりと持ち出すことが多いポピュラーな規定ですが、これまでは、下請振興基準は法的拘束力はないという一言で済んでいたのが、パートナーシップ構築宣言をしていると、そうもいかなくなる(契約が解除しにくくなる)ように思われます。

ほかにも、

「⑷ 建設、大型機器の製造その他における見積り及び発注から納品までの期間が長期にわたる取引においては、親事業者は、前払い比率及び期中払い比率をできる限り高めるよう努めるものとする。また、これらの取引において、期中に労務費、原材料費、エネルギー価格等のコストが上昇した場合であって、下請事業者からの申出があったときは、親事業者は、期中の価格変更にできる限り柔軟に応じるものとする。」(第4の1⑷)

というのも、「できる限り」とは言うものの、守るにはそれなりの覚悟がいるように思います。

ほかには、

「⑵ 下請代金の支払いは、できる限り現金によるものとする。少なくとも賃金に相当する金額については、全額を現金で支払うものとする。」(第4の4⑵)

というのは、もともと全額現金なら問題ないのでしょうけれど、手形払いとかだと、一部は現金、一部は手形、とわけなければいけないし、そういう形式的なことはさておきそもそも実質的に下請代金のどの部分(割合)が下請事業者の従業員への賃金に相当するのかを、いちいち協議しないといけなくなるように思われます。

また、紛争解決については、

「⑵ 親事業者は、下請取引の紛争に関する協議において、下請事業者から、下請企業振興協会が行う紛争解決のあっせん等、裁判外紛争処理手続の利用の申出があった場合には、手続の活用について応諾するものとする。」(第7の1⑵)

とされており、基本契約書に東京地裁が一審管轄とか書いてあると、いったいどちらが優先するのか、という問題が出てきてしまいそうです。

きっと、契約書は契約書として、このような「申出」が下請事業者からあったら、親事業者は、振興基準を守れば、「応諾する」ことになるのでしょう(事実上、振興基準が優先する。)

共同研究の成果の帰属については、

「① 共同研究開発によって得られた成果の帰属は、技術及びアイデアの貢献度によって決められることが原則であり、親事業者が共同研究開発の費用の全額を支出した場合であっても、その成果が親事業者のみに当然に帰属するものではないことに留意するものとする。

親事業者は、下請事業者と十分に協議を行った上で、その貢献度に応じ、下請事業者の適正な利益に十分配慮して、その帰属を決定するものとする。」(第8の5⑷①)

というのも問題が多い規定です。

というのは、下請事業者のアイディアでできた成果は、仮に研究費用を親事業者が負担しても、さらに成果に対しても対価を支払わないと、帰属が下請事業者になってしまうように読めるからです。

それから、振興基準では、「~するものとする」は、中企庁ホームページによれば、

「規範性が⾼く、個別事案の問題性の⼤きさ等を踏まえ、場合によって下請中⼩企業振興法上の指導・助⾔の対象となる得る規定。」

という意味であり、「〜するよう努めるものとする」は、

「全ての事業者が必ず⾏う取組ではないが、ベストプラクティスとして事業者に目指してほしい取組(直接的に指導・助⾔の根拠とすることは想定していない)」

という意味ですが、「パートナーシップ構築宣言」で遵守すると宣言しているのは、あくまで宣言の解釈の問題ですが、「~するものとする」という規定だけではないと思われます。

つまり、「~するよう努めるものとする」という規定も、努力はしないといけないわけです。

しかも、振興基準は内容がしょっちゅう変わります。

そして、宣言を撤回せずにいるかぎり、そういう将来の振興基準も遵守すると宣言していることになるのではないかと思います。

このようなデメリットがあるのにけっこうな数の企業が宣言をしているのは驚きですが、検討中の企業の方は、くれぐれもご注意ください。

【2023年4月5日追記】

こちらもご覧下さい。

『パートナーシップ構築宣言』のひな形の落とし穴

2022年9月 8日 (木)

不実証広告規制は立証責任の転換か?

景表法の不実証広告規制は立証責任の転換を定めた規定であると説明されることが多いと思います。

ですが、本当にそうでしょうか?

「立証責任」を有斐閣『法律学小辞典』で調べると、挙証責任の項目に飛ばされ、挙証責任は、

「裁判所が判決をするには、証明の対象となる事項を確定しなければならないが、裁判官の能力や当事者の努力にも限界がある以上、裁判所がある事実について存否いずれにも確定できないこともあり得る。

このような場合にも判決を可能にするために、その事実の存在又は不存在を擬制して法律効果の発生又は不発生を判断するが、その結果、一方の当事者が被る不利益を挙証責任という。

立証責任、証明責任ともいう。

このように、挙証責任は、要証事実の存否について、裁判所が確信を抱くに至らない、真偽不明の場合(ノン・リケット)を処理するための概念であるから、訴訟資料の提出について弁論主義・職権探知主義のいずれを採用しても問題になる。」

と説明されています。

つまり、双方立証を尽くしても真偽不明の場合に、不利に扱われる負担というのが、立証責任です。

ところが、不実証広告規制に関する景表法7条2項では、

「2 内閣総理大臣は、前項の規定による命令〔注・措置命令〕に関し、

事業者がした表示が第五条第一号に該当するか否かを判断するため必要があると認めるときは、当該表示をした事業者に対し、期間を定めて、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができる

この場合において、当該事業者が当該資料を提出しないときは、同項の規定の適用については、当該表示は同号に該当する表示とみなす。」

と規定されています。

これは、どうみても訴訟で真偽不明の場合の責任を違反者に負わせるというのとは違います。

まず、合理的な根拠を示す資料の提出を求めることが「できる」なので、求めないこともできますし、実際過去にはそのような事例もあります。

そして、措置命令前の段階で消費者庁が合理的根拠を示す資料の提出を求めなかったときには、通常どおり、訴訟においても消費者が立証責任を負います。

さらに、資料の提出を求めたときの効果は、提出した資料が合理的な根拠を示すものでなければ、優良誤認表示であると「みなす」なので、いわば、違反が擬制されます。

これは、真偽不明の場合にどちらに責任を負わせるのかというのとは、ぜんぜん違います。

しかも、要件事実は、問題の表示が優良誤認表示かどうかではなく、措置命令前に提出された資料が合理的根拠を示しているかどうか、です。

つまり、提出済み資料の合理性だけが争点になります。

表示が優良誤認表示なのかと、資料が合理的なのかでは、ぜんぜん意味が違います。

もちろん、措置命令後に出された資料も考慮されません。

訴訟で初めて違反者が提出した証拠は、それが提出ずみの資料の合理性を根拠付けるものなのであれば考慮され得ますが、当該証拠自体で優良誤認表示ではないという立証はできません。

そのようなことは、通常の立証責任の転換ではありえません。

そして、措置命令前に提出された資料の合理性だけが争点になるため、取消訴訟で消費者庁側が積極的にたとえば試験をするなどして優良誤認表示だと立証する必要は、まったくありません。

措置命令前に提出された資料を弾劾するために消費者庁が独自に試験することはあるかもしれませんが、必須ではありません。

実際、翠光トップラインに対する措置命令の取消訴訟では、消費者庁が独自に試験をして証拠として提出した形跡はなく、もっぱら翠光トップライン側の試験方法の批判に終始していますし、裁判所もそのような主張立証でよしとしています。

しかも、この合理性の根拠が、一般的にイメージされるようなものに比べて貼るかに高い厳密性が要求されます。

たとえば、翠光トップライン判決では、査読付学術論文なみの厳密さが要求されているようにみえます。

博士号を持っている知り合いの科学者の人に聞いたところ、理系の世界では、論文は査読付でないと学問的には意味がないそうで、「査読のない論文なんて、エッセーと同じ」なんだそうです。

有名な学者の先生が書いたものだから合理的根拠になると思ったら大間違いです。

なので、査読付論文と同じレベルが要求されるというのは、大変なことだと思います。

しかも、理屈の上では、違反者が資料の合理性の立証に成功しても、それは、優良誤認表示であるとみなす(擬制する)効果がなくなるだけで、いわば更地に戻るだけであり、さらに消費者庁が追加の立証をして(不実証広告規制を経由せずに)裁判所が優良誤認表示であると認定することも、条文の文言上は不可能ではないように思われます。

このように、不実証広告規制は、他に例のない(特商法にもありますが)、きわめて強力な制度だということは、知っておいたほうがいいと思います。

2022年9月 6日 (火)

ラルズ審決の「例外事由」について

ラルズ審決(2019(平成31)年3月25日)では、濫用行為が違反にならない「例外事由」として、以下のようなものが定義されています(優越ガイドラインから変わっている部分を強調しておきます)。

■「従業員等派遣例外事由①」

従業員等の業務内容,労働時間及び派遣期間等の派遣の条件について,あらかじめ相⼿⽅と合意し,

かつ,

派遣される従業員等の⼈件費,交通費及び宿泊費等の派遣のために通常必要な費⽤を買主が負担する場合

優越ガイドラインの相当する記述は以下のとおりです。

「従業員等の派遣の条件についてあらかじめ当該取引の相手方と合意(注14)し,かつ,派遣のために通常必要な費用を自己が負担する場合も,これと同様である。」

この「従業員等派遣例外事由①」のガイドラインからの変更は、派遣条件などの具体例を加えただけで、実質的には同じなのでしょう。

■「従業員等派遣例外事由②」

従業員等が⾃社の納⼊商品のみの販売業務に従事するものなどであって,従業員等の派遣による相⼿⽅の負担が従業員等の派遣を通じて相⼿⽅が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり,

相⼿⽅の同意の上で⾏われる場合

優越ガイドラインの相当する記述は以下のとおりです。

「従業員等の派遣が,それによって得ることとなる直接の利益の範囲内であるものとして,取引の相手方の自由な意思により行われる場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない」

この「従業員等派遣例外事由②」については、ガイドラインでは、

「従業員等の派遣が,それによって得ることとなる直接の利益の範囲内であるものとして

というように、「として」という、よくわからない助詞がはいっているために、直接の利益の範囲内であることが自由な意思の内容でなければならない(直接の利益の範囲内であると認識していなければならない)かのように読めたのですが、ラルズ審決では、

「従業員等が⾃社の納⼊商品のみの販売業務に従事するものなどであって,従業員等の派遣による相⼿⽅の負担が従業員等の派遣を通じて相⼿⽅が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり

相⼿⽅の同意の上で⾏われる場合」

となっており、直接の利益と同意が切り離され、別々の要件であることが明確になっています。

これは、ラルズ審決のほうが論理的でしょう。

「として」(as)というのは、なんとなく言葉をつなげてしまえる便利な言葉なので、ついつい意味もよく考えず語呂を合わせるために使われてしまう言葉ですが、こういう細かいことから解釈上の疑義が生じるので(たとえば、上記のような、直接の利益であることは同意の内容なのか否か等)、安易に使わない方がいいと思います。

また、ガイドラインでは、「自由な意思」となっているのが、ラルズでは「同意」になっています。

ラルズの「同意」は、自由な意思による同意を意味するのでしょうから、いずれでも意味は変わらないと思うのですが、たんなる「同意」だと、詐欺や強迫にあたらない、意思表示上の瑕疵があるとはいえないレベルでも「自由な意思=同意」ではないことがありうる、というニュアンスが抜けてしまうので、法律用語としては同意のほうが一般的だとしても、ちょっと不親切かも知れません。

また、ガイドラインで「直接の利益の範囲内」といっているのが、ラルズでは、「直接の利益等を勘案して合理的な範囲内」となっています。

ガイドラインでは、負担が「直接の利益」を超えたら即アウトと読めますが、ラルズではそこまで杓子定規にはいわず、「等」でお茶を濁した上に、「合理的」かどうかという評価も交えて良いことにして、「直接の利益」を超えたら即アウトとはしない言い振りになっています。

まあ実質的には大きな違いはなさそうですが、ラルズ審決のほうが妥当でしょう。

■「⾦銭提供例外事由」

協賛⾦等の名目で売主が提供する⾦銭について,その負担額,算出根拠及び使途等について,あらかじめ買主が売主に対して明らかにし,

かつ,

当該⾦銭の提供による売主の負担が,その提供を通じて売主が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり,

売主の同意の上で⾏われる場合

優越ガイドラインの相当する記述は以下のとおりです。

「協賛金等が,それを負担することによって得ることとなる直接の利益の範囲内であるものとして,取引の相手方の自由な意思により提供される場合には・・・優越的地位の濫用の問題とはならない。」

「取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,協賛金等の名目による金銭の負担を要請する場合であって,当該協賛金等の負担額及びその算出根拠,使途等について,当該取引の相手方との間で明確になっておらず,当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合や,当該取引の相手方が得る直接の利益(注9)等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となり,当該取引の相手方に不利益を与えることとなる場合(注10)には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。」

ここで、ガイドラインでは、「協賛金等の負担額及びその算出根拠,使途等」について明確になっていないことが不利益行為の要件であるような記載であるのに対して、ラルズ審決では、「負担額,算出根拠及び使途等について,あらかじめ買主が売主に対して明らかにし」ていることが、例外事由という違法性阻却事由のような位置付けになっており、ラルズ審決では立証責任が公取から違反者に転換されているようにみえることが、やや気になるところです。

ですが、ほんらい公取委が正当化事由の不存在について立証責任を負うのであり、その意味では、審決はガイドラインの立証責任を転換したわけではないと考えられます。

■「商品購⼊要請例外事由」

相⼿⽅に対し特定の仕様を指⽰して商品の製造⼜は役務の提供を発注する際に,当該商品⼜は役務の内容を均質にするため⼜はその改善を図るため必要があるなど合理的な必要性から,

当該相⼿⽅に対して当該商品の製造に必要な原材料や当該役務の提供に必要な設備を購⼊させる場合

優越ガイドラインの相当する記述は以下のとおりです。

「取引の相手方に対し,特定の仕様を指示して商品の製造又は役務の提供を発注する際に,当該商品若しくは役務の内容を均質にするため又はその改善を図るため必要があるなど合理的な必要性から,当該取引の相手方に対して当該商品の製造に必要な原材料や当該役務の提供に必要な設備を購入させる場合」

商品購入要請例外事由は、ガイドラインから変更ありません。

2022年9月 4日 (日)

優越ガイドラインの「今後の取引に与える影響(等)を懸念して」について

優越ガイドラインでは、「今後の取引に与える影響(等)を懸念して」(以下「懸念要件」といいます。)というのを違反要件にしている(ように少なくとも見える)行為類型として、以下のものがあります。

「第4の1 独占禁止法第2条第9項第5号イ(購入・利用強制)

(1) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務の購入を要請する場合であって,当該取引の相手方が,それが事業遂行上必要としない商品若しくは役務であり,又はその購入を希望していないときであったとしても,今後の取引に与える影響を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。

「第4の2 独占禁止法第2条第9項第5号ロ

(3) その他経済上の利益の提供の要請

ア 協賛金等の負担の要請や従業員等の派遣の要請以外であっても,取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,取引の相手方に対し,発注内容に含まれていない,金型(木型その他金型に類するものを含む。以下同じ。)等の設計図面,特許権等の知的財産権,従業員等の派遣以外の役務提供その他経済上の利益の無償提供を要請する場合であって,当該取引の相手方が今後の取引に与える影響を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注15)」

「第4の3 独占禁止法第2条第9項第5号ハ

(1) 受領拒否

ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方から商品を購入する契約をした後において,正当な理由がないのに,当該商品の全部又は一部の受領を拒む場合(注16)であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注17)」

「(2) 返品

ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,当該取引の相手方から受領した商品を返品する場合であって,どのような場合に,どのような条件で返品するかについて,当該取引の相手方との間で明確になっておらず,当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合,その他正当な理由がないのに,当該取引の相手方から受領した商品を返品する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。」

「(3) 支払遅延

ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,契約で定めた支払期日に対価を支払わない場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。」

「(4) 減額

ア 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,商品又は役務を購入した後において,正当な理由がないのに,契約で定めた対価を減額する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる。

「(5) その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等

ア 取引の対価の一方的決定

(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。」

「イ やり直しの要請

(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,当該取引の相手方から商品を受領した後又は役務の提供を受けた後に,取引の相手方に対し,やり直しを要請する場合であって,当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる」

この点、白石先生の論文(「優越的地位濫用ガイドラインについて」公正取引724号15頁)では、概要、

ガイドラインの「正常な商慣習に照らして不当に」の基準には、

第1類型:「当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合」(以下「計算要件」といいます。)又は「当該取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担とな[る]・・・場合」(以下「利益要件」といいます。)には濫用となり、ただし直接の利益があるため濫用とは言えない場合を掲げているもの

第2類型:今後の取引に与える影響(等)を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」には濫用となり、ただし相応の見返りが与えられている場合や正当な理由がある場合には濫用とは言えないとするもの

がある、と端的にまとめたうえ、

「第1類型は,第2類型と異なるものではなく,より抽象的な第2類型を,協賛金等負拐や従業員等派遣に即して(既存文書との連続性を保ちながら)具体的に表現したもの,とみるのが,的確であろう。」

と整理されています。

つまり、第2類型(懸念要件)のほうが、第1類型(計算要件または利益要件)より抽象的、ということは、より一般的、ということだろうと思います。

ですが、本当にそうなんでしょうか。

第1類型の計算要件(「当該取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合」)は、ある取引をするかどうかの合理的判断は、取引をする意思決定をする前に損益が明らかになっていないといけない(すくなくとも、相手方(甲)の恣意で損益が左右されてはいけない)、という考え方に基づいているのだと思います。

これは、懸念要件(「今後の取引に与える影響(等)を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」)とは関係ないと思います。

懸念要件は、取引を始めたあとに、事前の合意とは違う(≒計算要件)けれど将来の利益を見越して(懸念して)今の濫用行為を受け入れざるを得ない、というものだからです。

第1類型の利益要件(当該取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となる場合)は、濫用行為(例、従業員無償派遣)に応じることから得られる利益が応じることによる負担と釣り合っていれば問題ない、という要件です(濫用行為の収支均衡)。

このような、濫用受入の収支均衡と、将来の利益減少の懸念は、あまり関係がないように思われます。

ということは、やっぱり懸念要件が本質で、第1類型でも実はそれが必要である、ということなのではないでしょうか。

研究者の先生方は矛盾する法令やガイドラインを理論的にきれいに整理するというのも仕事ですし、白石先生も、公取の過去の文書が相互に矛盾していることを指摘した上で、あえてガイドラインを統一的に説明すればこういうことだ、という説明です。

ですが、私のような実務家は理論的整理には無頓着で、書いてあることは書いてあるようにしか理解できないし、そうでないと困る(実務が混乱する)と思っていますので、書いたまま理解したいと思います。

ただ、白石先生の解説で目を開かされるのは、第1類型(計算・利益要件)は第2要件(懸念要件)の具体化だということは、第2要件の懸念要件が濫用の本質であり、第1類型でも当然懸念要件は要求されるのだ、と理解できることです。

これは非常に納得感がありますし、心強い解釈です。

ただ、この懸念要件というのは、将来、優越者(甲)との取引ができないと困るということなので、ほんとうは、優越的地位の要件なのではないか、ということです。

ともあれ、ガイドラインに現に濫用行為(正常な商慣習に照らして不当に)の要件だと明記されているわけですから、そのように解釈しておきましょう(違反要件はたくさんあればあるほど、違反を争う側には好都合です)。

ちょっと扱いに困るのが、ガイドライン第4の⑸ウで、

「ウ その他

(ア) 前記第4の3(1)から(4)まで並びに第4の3(5)ア及びイの行為類型に該当しない場合であっても,

取引上の地位が優越している事業者が,一方的に,取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施する場合に,

当該取引の相手方に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるときは,優越的地位の濫用として問題となる。」

とされている点です。

ここでは、「一方的に」という要件らしきものはあるものの、それ以外は、「正常な商慣習に照らして不当に不利益」という、条文そのままの文言を用いているだけであり、ではどのような場合に「正常な商慣習に照らして不当に不利益をあたえることとなる」のかは、まったく説明がありません。

では結局前記第1類型と第2類型は無意味なのかといえばそんなことはなく、ここはガイドラインの文言に忠実に、

第1類型は、あらかじめ計算できない不利益、または、直接の利益を超える不利益、がある場合

第2類型は、今後の取引に与える影響等を懸念する場合

そのいずれにもあてはまらないもの(第4の⑸ウ)は、より抽象的な第2類型で判断

と解釈しておきます。

なお、優越ガイドラインパブコメ回答p44では、

「なお,今後の取引に与える影響を懸念する以外に,既に行った投資が無駄になることを懸念する場合もあり得ることから,その趣旨を明確化するため「今後の取引に与える影響等を懸念して」と修正しました。」

ということなので、「今後の取引に与える影響等」の「等」は、既に行った投資が無駄になることを懸念する場合なのだそうです。 (まあそれ以外にはありえないということもないのでしょうけれど。)

なお、「既に行った投資が無駄になることを懸念する場合」というのを文字どおりに捉えると、サンクコストのために濫用行為を受け入れるような不合理な意思決定のようにみえますが、ここで言っているのはそういうことではなくて(ひょっとしたら同じなのかも知れませんが)別の相手と取引するとまた新たに設備投資が必要になってしまう、ということを言っているのだと思います。

とすると、これも広い意味では、過去への後悔ではなく、将来への懸念なわけで、「今後の取引に与える影響」に比肩するものと言えば言えなくもないのかなと思います。

いずれにせよ、「既に行った投資が無駄になることを懸念する場合」というのは、ますます取引先変更困難性に近づき、優越的地位の問題ではないか、という気はしてきます。

さて、前置きが長くなりましたがここからが本題です(笑)。

「今後の取引に与える影響を懸念して」とは、どういう意味でしょう。

「今後の取引に与える影響を懸念して」というのは、もう少し言葉を足すと、

優越者(甲)の濫用行為を受け入れないと、受け入れる場合に比べて、今後の取引内容が不利になる、ということを懸念して

という意味でしょう。

ここで念のためですが、「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容です。

購入強制、たとえば、クリスマスケーキの購入を要請される場合なら、おそらく毎年クリスマスの季節にはクリスマスケーキを購入し続けることを前提に、ふだんは通常の取引をする、ということです。

買いたたき、たとえば1円納入なら、ときどきは1円納入にも応じつつ、平時はまともな価格で納入し続ける、ということです。

懸念要件が明示的に要件になっていない第1類型(計算・利益要件)でも、懸念要件が要求されると考えるのであれば、同じです。

たとえば、協賛金負担要請(第4の2⑴)なら、ときどきは協賛金の要請があって、それを受け入れつつ取引を続ける、ということです。

従業員無償派遣(第4の2⑵)なら、ときどきは従業員無償派遣要請があって、それを受け入れ続ける、ということです。

そこで問題になるのが、対価の一方的設定(第4の3⑸ア)の1つである不当高価販売です。

不当高価販売の場合は、ときどきはべらぼうに高い価格での販売も受け入れつつ、ふだんは通常の価格で購入する、ということは、あまりありません。

東電に対する注意の事件でも、そのようなことは想定されていません。

電気代が上がれば、その後も上がったままか、下手をするともっと上がります。

というわけで、東電への注意の事件は、ガイドラインに従えば、懸念要件を満たさず違反にはならない、ということになります。

そのほか、個別の行為類型にあてはまらない、その他の違反についても同じです。

たとえば、食べログ事件では、一部のレストランに対して不利にアルゴリズムを変更したことが問題になりましたが、これも、

ときどきは不利なアルゴリズムも受け入れるけれど、普段は通常通りのアルゴリズムになることを期待して取引を続ける

という関係はありませんし、

今アルゴリズム変更を受け入れないと、将来の食べログとの取引内容が不利になるのでしぶしぶ受け入れる

という関係もありません。

楽天送料無料ラインの件も同じでしょう。

「既に行った投資が無駄になることを懸念する」ということも、食べログの場合には、なさそうな気がします。

あるとしたら、レストランが食べログ上の店舗紹介ページを作り込むのに手間と費用をかけたということがあるかもしれませんが、たいしたことはないような気がします。

不当高価販売の場合にも、既に行った投資が無駄になることを懸念するということも、あり得なくはないですが、あまりなさそうです。

そのように考えると、懸念要件をみたさないような不当高価販売を優越的地位の濫用で規制するのが妥当なのか、という疑問がわいてきます。

まずいえるのは、買いたたきの場合なら、常に1円での納入を求めるような優越者(甲)については、取引外の特別な事情でもない限り、永久に1円で納入する事業者なんていないので、ほおっておけばよく、濫用に問う必要はないと思われます。

不当高価販売も同じで、ほおっておけば、落ち着くところに落ち着くでしょう。

そのほか、濫用とされる取引条件が平常時の取引条件であるようなものは、懸念要件は満たさず、濫用とすべきではないでしょう。

でも、そのように考えてくると、前述の、懸念要件についての、

「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容である

という点をどう考えるかが問題になります。

つまり、

「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容である

という場合、受け入れる濫用行為はときどきである、というのに対して、

濫用行為が平常時の取引条件の場合も、

「受け入れる」場合の「今後の取引内容」は、濫用行為の負担がビルトインされた内容である

という点では同じであり、そうすると、

濫用行為がときどきの場合は、濫用行為になり、

濫用行為が平常時の取引内容である場合は、濫用行為にならない、

ということになり、何だか据わりが悪いようにも思います。

常に悪いことをしている場合は無罪になり、ときどき悪いことをしている場合には有罪になる、という感じでしょうか。

でも、私はそれでいいんじゃないかと思います。

やはり、懸念要件は無視すべきではありません。

平常時の、ど真ん中の取引内容については、行政がとやかく言うべきではありません。

劣後者(乙)が、ちょっといやだなぁと思いながらも従っているというくらいのところに執行をとどめておいたほうがいいと思います。

それがまさに懸念要件の意味するところでしょうし、ひょっとしたら、優越的地位の濫用の本質かもしれません。

イメージとしては、取引付随性のある利益の提供は景品類に該当し、本体取引そのものを構成する利益は景品類ではない、という感じでしょうか。

取引の周辺を飛び回っているくらいが違反になり、ど真ん中ストライクの取引内容は規制しない、という態度です。

あまり言い譬えが浮かびませんが、中国が台湾の領空にドローンを飛ばすような、正面切った侵略(ど真ん中の取引内容)ではないグレーないやがらせから台湾を守るのが優越的地位濫用のイメージで、ロシアがウクライナを侵略したような場合(常時1円での納入を求めるような場合)には、両国の縁を切らせる(全面戦争)しかないでしょう。

この、甲と乙の取引継続を保護するか、むしろ取引を止めさせた方がいいのか(取引の継続に独禁法が手を貸すべきではないのか)は、けっこう重要な問題ではないかと思います。

このあたりにも、純粋民事の損害賠償で済ませた方がいいのか、独禁法や差止請求を使って取引を続けさせた方がいいのか、という潜在的な論点が潜んでいるように思います。

そしてこの論点の1つの切り口として、懸念要件はヒントを与えてくれるような気がします。

また、独禁法の枠内での論点としては、懸念要件を満たさない事案は優越ではなく私的独占にまかせてしまえばいいと思います。

そうすると市場支配力のある企業しか、ど真ん中の取引が不利益な場合には独禁法で規制できませんが、それでちょうどいいでしょう。

食べログ事件なんて、私的独占でも問題なく成立すると思います。

というわけで、懸念要件を中心に据えると、優越的地位の濫用の輪郭や本質がはっきりしてきて、「優越的地位の濫用の濫用」みたいな事態はなくなるのではないかと思います。

2022年9月 3日 (土)

優越的地位濫用ガイドラインの目次(と簡単な説明)

はじめに

第1 優越的地位の濫用規制についての基本的考え方

1〔自由かつ自主的な判断〕

2〔ガイドラインの構成〕

第2 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方

1〔相対的優越〕

2〔優越的地位の考慮要素〕

⑴ 乙の甲に対する取引依存度

⑵ 甲の市場における地位

⑶ 乙にとっての取引先変更の可能性

⑷ その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実

3〔通常「利用して」〕

第3 「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方

第4 優越的地位の濫用となる行為類型

1 独占禁止法第2条第9項第5号イ(購入・利用強制)

⑴〔懸念要件〕

⑵〔品質改善は問題なし〕

2 独占禁止法第2条第9項第5号ロ〔経済上の利益提供要請〕

⑴ 協賛金等の負担の要請

ア〔計算・利益要件

イ〔販売促進なら利益あり〕

⑵ 従業員等の派遣の要請

ア〔計算・利益要件

イ〔⑴消費者ニーズ把握、⑵事前合意(十分協議含む)+費用負担〕

⑶ その他経済上の利益の提供の要請

ア〔懸念要件〕

イ〔価格反映〕

3 独占禁止法第2条第9項第5号ハ〔受領拒否・返品・支払遅延・減額ほか〕

⑴ 受領拒否

ア〔懸念要件〕

イ〔①瑕疵等、②受領拒否条件合意、③事前同意+損失負担〕

⑵ 返品

ア〔計算要件、懸念要件〕

イ〔①瑕疵等、②返品合意(十分協議含む)、③事前同意+損失負担、④申出〕

⑶ 支払遅延

ア〔懸念要件〕

イ〔事前同意+損失負担〕

⑷ 減額

ア〔懸念要件〕

イ〔⑴瑕疵等、⑵需給反映〕

⑸ その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等

ア 取引の対価の一方的決定

(ア)〔懸念要件〕

十分な協議、差別的、通常価格との乖離、需給関係

(イ)〔①需給関係反映、②セールのボリュームディスカウント〕

イ やり直しの要請

(ア)〔懸念要件〕

(イ)〔①条件未達、②同意+損失負担、③試作品〕

ウ その他

(ア)〔第4の3(1)から(4)まで並びに第4の3(5)ア及びイ〕以外

(イ)〔想定例〕

(ウ)〔見切り販売〕

※懸念要件:今後の取引に与える影響(等)を懸念

※計算要件:取引の相手方にあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合

※利益要件:従業員等の派遣を通じて当該取引の相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲を超えた負担となり,当該取引の相手方に不利益を与えることとなる場合

2022年9月 1日 (木)

東電の値上げに対する注意(2012年6月22日)について

2012(平成24)年6月22日に、東電が自由化対象大口需要者に値上げをしようとしたことが独禁法違反につながるおそれがあるとして、公取委が注意したことがありました。

公取委のプレスリリースの「2 注意の概要等」をそのまま貼り付けると、

「⑴ 東京電力は,東京電力の供給区域(注2)における自由化対象需要家(注3)向け電力供給量のほとんどを占めており,一方,当該供給区域における特定規模電気事業者(注4)の電力供給の余力は小さい。これらの事情から,東京電力と取引しているほとんどの自由化対象需要家にとって,東京電力との取引の継続が困難になれば事業経営上大きな支障を来すため,東京電力が当該需要家にとって著しく不利益な取引条件の提示等を行っても,当該需要家がこれを受け入れざるを得ない状況にあり,東京電力は,当該需要家に対し,その取引上の地位が優越していると考えられる。

(注2)「東京電力の供給区域」とは,茨城県,栃木県,群馬県,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,山梨県,静岡県(富士川以東)の区域をいう。

(注3)「自由化対象需要家」とは, 契約電力が原則として50キロワット以上の需要家をいう。

(注4)「特定規模電気事業者」とは,自由化対象需要家の需要に応ずる電気の供給を行う事業者であって,一般電気事業者を除く者をいう。

東京電力は,東京電力の供給区域において,東京電力と取引している自由化対象需要家に対し電力供給を行うに当たり,平成24年1月頃から同年3月頃までの間,

東京電力と当該需要家との間で締結している契約上,あらかじめの合意がなければ契約途中での電気料金の引上げを行うことができないにもかかわらず

一斉に同年4月1日以降の使用に係る電気料金の引上げを行うこととするとともに,

当該需要家のうち東京電力との契約電力が500キロワット未満の需要家に対しては,当該需要家から異議の連絡がない場合には電気料金の引上げに合意したとみなすこととして書面により電気料金の引上げの要請を行っていた事実が認められた。

なお,東京電力は,本件に係る経済産業省の指導等を踏まえ,平成24年3月下旬頃以降,東京電力と取引している自由化対象需要家に対し,契約期間満了までは契約中の電気料金での取引の継続が可能であることを伝えた上で,電気料金の引上げの要請を行うとともに,当該需要家のうち東京電力との契約電力が500キロワット未満の需要家に対する電気料金の引上げの要請に当たっては,書面に加え,電話や訪問により口頭で電気料金の引上げ理由等について説明している事実が認められた。

⑶ 前記⑴を踏まえると,東京電力の前記⑵の行為は,独占禁止法第2条第9項第5号(優越的地位の濫用)に該当し同法第19条の規定に違反する行為につながるおそれがある。

⑷ よって,公正取引委員会は,東京電力に対し,今後,東京電力と取引している自由化対象需要家に対して電気料金の引上げ等の取引条件を変更するに当たっては,当該条件を提示した理由について必要な情報を十分に開示した上で説明するなどして,自由化対象需要家向け電力取引について,独占禁止法違反となるような行為を行うことのないよう注意した。」

という事件です。

プレスリリースでは、東電の申出価格がいくらだったのかは書いていません。

この点に関して、担当官解説(公正取引743号82頁)では、

「今回の東京電力による電気料金の引上げ幅が「合理的な理由なく著しく高い対価」であったかどうかの判断は明確には示されていないが,

東京電力は,東日本大震災による燃料費の負担増加により,徹底した合理化を前提にしての引上げの要請であり,

引上げ帽についても,経済産業省の提言等に基づいて算定を行っているものであるとしていることから

「合理的な理由なく著しく高い対価」での引上げ要請を行ったとまでは言えないと考えられる。

したがって,優越ガイドラインの想定例に示されているような不当な不利益を与えるとまでは認定されなかったものと考えられる。」

と解説されています。

つまり、プレスリリースには書いてないけれど価格は不当ではなかった、ということです。

続けて担当官解説では、

「本件については,東京電力の電気料金引上げに係る要請方法が問題とされていると考えられる。

前記のとおり,問題とされた要請方法は,料金引上げ実施前に改善されつつあるが,

今後も,まだ契約期間が到来していない顧客との交渉が行われることや,

未契約状態となっている顧客との交渉も続くであろうこと等を踏まえ,

違反行為の未然防止の観点から注意としたものと考えられる。」

と述べられています。

つまり、価格が不当に高いかどうかではなくて、値上げ要請の手続が問題だった、ということです。

私が見るところでは、本件は、契約中は値上げができないにもかかわらず契約期間中に値上げをしたことが「あらかじめ計算できない不利益」であり、最大の問題ではないかと思うのですが、担当官解説にはこれに関する記述はありません。

ということは、この事件は、不当に高いかどうかはさておき値上げのやり方が一方的だからという専ら手続面で注意をした、ということになります。

まあ所詮注意ですから、法律論をこねくりまわしておかしいとかおかしくないとか言っても詮ないのですが、著しく高いことと一方的であることを、あたかも両者が補い合うような、スライディングスケールのような解釈(価格が高ければ高いほど、きちんと交渉しても違法になりやすいし、あまりに一方的であればあるほど、わずかな高価格でも違法になりやすい、という解釈)をすることは、私は間違っていると思います。

一方的であることと著しく高額であることには、それぞれに最低限満たすべき要件があり、両方が満たされて初めて濫用になるというべきでしょう。

優越的地位濫用ガイドラインでは、このあたりが一緒くたにされていて、

「〔不当高価販売の優越的地位濫用該当性〕の判断に当たっては,対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法のほか,他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,・・・通常の・・・販売価格との乖離の状況,取引の対象となる商品又は役務の需給関係等を勘案して総合的に判断する。」

というように、ぜんぶまとめてガラガラポンみたいな書き方になっていますが、規制する側の都合で作った、ひどいガイドラインだと思います。

ともあれ、東電事件のような注意の事例があるので、値上げ交渉が優越的地位の濫用にあたる場合もあるのではないか、と見る向きもあるかもしれません。

しかし、私の見るところ、値上げが濫用にあたる可能性は限りなくゼロだと思います。

公取も、一般企業の値上げ交渉を濫用で摘発する気など、さらさらないでしょう。

利益を最大化できる価格で販売することは、市場経済の大前提だからです。

東電の事件は、過去の政府規制の独占の名残のような市場における独占者が行った場合であって、民間企業で同じようなことをやっても濫用になることはまずないと思います。

なので、時々値上げに苦しむ企業の方から、「こんな大幅な値上げは優越的地位の濫用ではないか」というご相談をいただきますが、私は、

「濫用にあたるというのは無理ですねぇ。

でも、相手が過去に独禁法違反で摘発されたことがあったりしたら、独禁法と言うだけでびびって、言うことを聞くかも知れないから、言ってみる価値はあるかも知れませんね。」

というくらいの回答をしています。

逆に、値上げをしようとしている企業から相談を受けたときは、

「値上げが優越的地位の濫用にあたることなんてまずないですよ。

相手が濫用だと言ってきたら、脅しですから、真に受ける必要はないですよ。

こんなので公取が動くこともありません。

でも、東電のような事件もあるし、ていねいに交渉した方がいいのは確かですね。」

といった感じの回答をしています。

まあ、中には法務部の意向として、営業が好き勝手しないように縛っておきたいということもあるので、厳しいアドバイスを欲しがる依頼者にはうそにならない範囲で厳しめに言いますが、ほんとうに真実を知りたい依頼者には、上のようなアドバイスをしますね。

というわけで、値上げが優越的地位の濫用にあたるという心配をする必要は、ありません。

ちなみに、優越的地位濫用ガイドラインでは、

「取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,・・・著しく高い対価での取引を要請する場合であって,

当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる」

と説明されていますが、不当高価販売の場合には、この「今後の取引に与える影響等を懸念して」を満たすことはまずないと思います。

つまり、これが不当低価格購入(買いたたき)の場合であれば、たとえばスーパーから1円で納入を求められた納入業者は、

「1円で納入するなんていやだけど、従わないと将来の取引を減らされるかも・・・」

と懸念して1円納入に応じる、ということはありそうですが、不登校価格販売の場合に、優越者(甲)からべらぼうに高い価格を提示された購入者(乙)が、

「そんな高い価格で買うのはいやだけど、従わないと将来の取引を減らされるかも・・・」

と懸念して高額な取引に応じるということは、実際上まず考えられないからです。

値上げが濫用になるかが問題になる場合は、まさに今その取引が高過ぎるから、濫用なのでしょう。

不当低価格購入の場合には、一時的に1円での納入を強いられても、将来は普通の価格に戻ることを期待して、取引を続けるわけです。

将来も1円だったら、誰も取引しません。

でも、不登校価格販売の場合には、そもそも値上げが一時的で将来元の価格に戻ることはまずないのがふつうで、逆に将来ますます上がることだって珍しくないでしょう。

ということは、「今後の取引に与える影響等を懸念して」ということが、ふつうは起こらない、ということです。

ちなみに、東電事件の担当官解説でも、この「今後の取引に与える影響等を懸念して」という要件については、何も書かれていません。

同解説は、

「「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(以下「優越ガイドライン」という。)」に沿って検討する。」(p81)

というスタンスなのですが、ガイドラインを、

「取引の対価の決定が優越的地位の濫用として問題となるかどうかは,一方的に,合理的理由なく著しく高い対価での取引を要請する場合であって,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることになるかどうかで判断されると考えられる」(p81)

と要約しています。

しかし、ガイドラインは、前述のとおり、

「取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,・・・著しく高い対価での取引を要請する場合であって,

当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる」

といっているのであり、担当官解説では、

今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には」

の部分が見事に欠落しています。

こういう、都合の悪いことには目を瞑って見なかったことにするというのは、小賢しい役人根性そのものでしょう。

公取委は、自分の作ったガイドラインくらいは、きちんと守ってほしいものです。

それとも、

「今後の取引に与える影響を懸念して」

なので、「今後の取引に与える影響」への懸念は要件ではない、ということなのでしょうかね。

でも何らかの「懸念」は必要で、しかもそれは「今後の取引に与える影響」に似たものでないといけないというのが法文解釈の常識です。

それとも、「等」は空集合(∅)だとでもいうのでしょうか? (もちろん皮肉です。)

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