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2022年8月 4日 (木)

インボイス制度導入に伴う非登録事業者に対する値下げ要求に関する長島大野常松法律事務所ニューズレターの気になる記述

消費税のインボイス制度導入に伴いインボイスの登録をしないサプライヤーに対して値下げを要求したら独禁法や下請法に反するのではないか、というご質問を受けることがあります。

これに対して、長島大野法律事務所のニューズレター「消費税インボイス制度導入に伴うサプライヤーとの取引設計と独占禁止法遵守の課題」では、

「(1) 優越的地位濫用のおそれ

発注者側としては、インボイス制度の導入後はサプライヤーに対し、適格請求書発行事業者として登録してもらい、従前通りの仕入税額控除を得られるようにするのが最も望ましい。

このため、発注者としては、サプライヤーに対し、適格請求書発行事業者としての登録を要請したいところであろう。

他方、サプライヤー側としては、既に課税事業者となっている場合には適格請求書発行事業者の登録をしても適格請求書発行に伴う各種の作業負担はあれインボイス制度の導入前と税負担の面において変わるところはないが、サプライヤーが免税事業者である場合には、課税事業者となることに伴う「益税」の喪失又は減少といった大きな税務上の悪影響が発生する。

こうした状況のもとで、発注者側が免税事業者であるサプライヤーに対して、適格請求書発行事業者としての登録を要求し、登録に応じないサプライヤーに対して、

直ちに契約解除や契約単価の引き下げを示唆したり、

実際に契約解除や契約単価の引き下げを行ったりする場合には、

発注者側の行為は、優越的地位にある者による相手方への一方的な取引条件の設定として、独占禁止法上の優越的地位濫用に該当するおそれが高い

また、発注者が、免税事業者である多数のサプライヤーに対して拙速かつ一律にこうした要求をすることは、行為の広がりやサプライヤー側の不利益の程度も大きく、公取委が優越的地位濫用の違反被疑事件として大々的に取り上げる可能性も否定できないであろう。」

と説明されています。

しかし、私はこれはいくらなんでも厳しすぎると思います。

とくに、直ちに契約解除や契約単価の引き下げを「示唆」するだけで濫用に該当する「おそれが高い」というのは、誤記ではないかとすら思ってしまいます。

実際に価格を下げるにしても、最初は経過措置があって2%ですから、たった2%の値下げの「示唆」で濫用の「おそれが高い」ということになり、そんなのでは怖くて値下げ交渉なんてできなくなってしまいます。

もし免税事業者がインボイスの登録をすれば、消費税を払わないといけなくなるので(ほんらい、益税としてはらわないですんでいたのがおかしいのですが、それはさておき)、確かに免税業者の影響はありますが、たとえば7000円(税別)の毛糸を仕入れてぬいぐるみを作って1万円(税別)で雑貨店に販売している個人事業者の例では、消費税額は売上税額1000円から仕入税額700円を引いた300円なので、売上に対する割合は3%であり、そんなに大したことはない(2%の値下げよりは大きいですが)、と思います。

それに、上記解説では、違法になる理由が「一方的な取引条件の設定として」というくらいしか説明がなく、理由がよくわかりません。

ちなみに、「一方的な対価の決定」については、優越的地位の濫用ガイドライン第4の3⑸アに、

「ア 取引の対価の一方的決定

(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,著しく低い対価又は著しく高い対価での取引を要請する場合であって,

当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,

正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。

この判断に当たっては,対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法のほか,

他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,

取引の相手方の仕入価格を下回るものであるかどうか,

通常の購入価格又は販売価格との乖離の状況,

取引の対象となる商品又は役務の需給関係

等を勘案して総合的に判断する。」

と説明されています。

つまり、そもそもの前提が、「著しく低い対価」であることなのです。

確かに、現状の対価が著しく低い対価に限りなく近いくらい低ければ、2%の値下げ要求が、いわばfinal strawとなって、「著しく低い対価」になってしまうことはあるかもしれませんが、めったに起こらないことだと思います。

現状がまともな対価なら、2%下げただけで「著しく低い対価」になることなんて、まず考えられません。

(卸とか、利幅の薄いビジネスなら2%の値下げで赤字ということもあるかもしれませんが、そういう事業形態は通常ある程度の規模があるはずなので、免税事業者であることはまれだと思います。)

このように「著しく低い対価」であることが前提である上に、ていねいに交渉するなどの手続的な問題ではなく絶対的な金額の高低の基準としては、ガイドラインでは、仕入価格を下回るかどうかが基準になっているのです。

もう廃止になった消費税転嫁法では、増税前後を比べて対価を下げることが違法とされましたが、あれは特別法があって、しかもガイドラインもあったから言えたことです。

今回のインボイス制度には転嫁法に相当するような特別法はありませんし、むしろ買手からしたら突然制度が変わって事故に遭ったようなもの(営業努力ではどうしようもない)なのですから、転嫁法みたいに従前と比べてどれだけ下げるというのは、基本的には問題にすべきではありません。

インボイス制度にともない従前から値下げしたら濫用になるという発想には、転嫁法に引きずられたのではないか、と勘ぐってしまいます。

さらに、同ニューズレターの出た後に出た公取委の公式見解である「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」のQ7では、「1 取引対価の引下げ」では、

「取引上優越した地位にある事業者(買手)が、インボイス制度の実施後の免税事業者との取引において、仕入税額控除ができないことを理由に、免税事業者に対して取引価格の引下げを要請し、取引価格の再交渉において、仕入税額控除が制限される分(注3)について、免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で、双方納得の上で取引価格を設定すれば、結果的に取引価格が引き下げられたとしても、独占禁止法上問題となるものではありません。

しかし、再交渉が形式的なものにすぎず、仕入側の事業者(買手)の都合のみで著しく低い価格を設定し、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格を設定した場合には、優越的地位の濫用として、独占禁止法上問題となります。

また、取引上優越した地位にある事業者(買手)からの要請に応じて仕入先が免税事業者から課税事業者となった場合であって、その際、仕入先が納税義務を負うこととなる消費税分を勘案した取引価格の交渉が形式的なものにすぎず、著しく低い取引価格を設定した場合についても同様です。」

と説明されています。

免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格」というのはよく意味が分からないところではありますが(素直に読めば仕入税額、上記毛糸の例なら700円を払えない、と読めますが、ぬいぐるみが7700円で売れれば仕入税額分は回収できているので、問題ないようにも読め、そうすると要は仕入価格を下回らなければいい、ということになります)、ともかくここでも「著しく低い」かが一般的な基準になっています。

従前の取引価格と比べて大幅か小幅かは、問題にしていません。

次にQ7の「6 登録事業者となるような慫慂等」では、

「課税事業者が、インボイスに対応するために、取引先の免税事業者に対し、課税事業者になるよう要請することがあります。

このような要請を行うこと自体は、独占禁止法上問題となるものではありません。

しかし、課税事業者になるよう要請することにとどまらず、

課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げるとか、

それにも応じなければ取引を打ち切ることにするなどと一方的に通告することは、

独占禁止法上又は下請法上、問題となるおそれがあります。」

と説明されています。

ここだけみると、インボイスの登録をしない場合に取引停止を一方的に通告することは独禁法違反になるかのようにみえるのですが、これには続きがあって、

「例えば、免税事業者が取引価格の維持を求めたにもかかわらず、

取引価格を引き下げる理由を書面、電子メール等で免税事業者に回答することなく、取引価格を引き下げる場合は、これに該当します。」

とされています。

つまり、理由を書面等で回答すれば(インボイスの登録をしないから、という以外にないとおもうのですが・・・)、「一方的」な通告ではない、ということです。

なお、前記ニューズレターの注12では、

「なお、下請法については、サプライヤー側との取引が下請法上の下請取引に該当する場合であっても、

上述のような発注者側の行為〔注・直ちに契約解除や契約単価の引き下げを示唆したり、実際に契約解除や契約単価の引き下げを行ったりする行為〕は必ずしも「買いたたき」や「購入強制」といった下請法上の親事業者の禁止行為に当てはまらない。

別途、発注後の「減額」などの禁止行為がない限り、サプライヤー側が発注者の下請法違反を主張するごとは難しいと思われる。」

と述べられているのですが、「契約解除や契約単価の引き下げを示唆」する行為や「実際に契約解除」をする行為は禁止行為のどれにもあたらないので下請法違反にならないというのはわかるのですが、「契約単価の引き下げ」は、同ニューズレターの立場では買いたたきに当たりうるのではないですかね。

私は、そもそも2%くらいでは下請法の買いたたきにもふつうは当たらないだろうと思いますが、優越的地位の濫用の買いたたき(取引の対価の一方的決定)と下請法の買いたたきを比べたら、明文の規定があったり形式解釈が幅をきかせる下請法のほうが、違反になるリスクは高いのではないかと思います。

それが、優越的地位の濫用の可能性は高いのに下請法には違反しないというのがおかしいのではないか、と考える理由です。

インボイス制度と独禁法については、登録期限が近づくにつれてますます相談が増えそうですし、あまりまとまった文献もない(公取委の公式見解が出たのは喜ばしいことです)なか、ネットを調べると(明らかに間違っているものを含め)ずいぶん厳しいことをいっているものが多く、上記ニューズレターはそのなかでは一番ちゃんと書けているのですがそれでも明らかに厳しすぎで、これを真に受ける企業があってはいかんと思い、(長島大野には個人的に知ってる弁護士さんもたくさんいるので心苦しくもありますが)指摘をさせていただいた次第です。

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