値上げと優越的地位の濫用
値上げが優越的地位の濫用になる場合として、優越ガイドラインでは、
「ア 取引の対価の一方的決定
(ア) 取引上の地位が相手方に優越している事業者が,取引の相手方に対し,一方的に,・・・著しく高い対価での取引を要請する場合であって,
当該取引の相手方が,今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には,
正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注25)。
この判断に当たっては,対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法のほか,
他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,・・・
通常の・・・販売価格との乖離の状況,
取引の対象となる商品又は役務の需給関係等
を勘案して総合的に判断する。
(注25)取引の対価の一方的決定は,独占禁止法第2条第9項第5号ハの「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定(中略)すること。」に該当する。」
と説明されています。
コンパクトにまとめると、濫用になるのは、
①一方的であること
②著しく高いこと
③受け入れざるを得ないこと
の3つをみたす場合です。
そして、その判断要素をコンパクトにまとめると、
⑴対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法,
⑵他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,
⑶通常の販売価格との乖離の状況,
⑷取引の対象となる商品又は役務の需給関係
等を勘案して総合的に判断するとされています。
これらが、
①一方的であること
②著しく高いこと
③受け入れざるを得ないこと
の判断で総合衡量されるというのですが、⑴(十分な協議がないこと)は、①(一方的)そのものです。
ここで、「一方的に」というのは、優越での常套句で、十分に交渉をしないで、というくらいの意味です。
ちなみに、公取委の英訳では、「一方的に」は「unilaterally」という訳語が与えられていますが、unilateralというのは、Oxford Advanced Learner's Dictionaryでは、
「(of an action or decision) performed by or affecting only one person, group, or country involved in a situation.」
と説明されており、日本語の「一方的」のような、
「相手のことを考えずに、自分の方だけのことを考えてするさま。」(『広辞苑』)
とか、
「相手の言い分を聞かず、自分の都合だけで決める様子だ。」(『新明解国語辞典』)
といったニュアンスはありません。
(ちなみに新明解の説明は優越ガイドラインにぴったりですね。いつもながら感心します。)
次に、②(著しく高い)については、それ以上の具体的説明はありませんが、上記判断要素の中で言えば、⑶(通常価格との乖離)と⑷(需給関係)が、②(著しく高いこと)そのものであるといえます。
残る⑵(差別的)は、実務的にはまず問題にならないので無視して良いのですが、あえていえば、②(著しく高いこと)の間接事実でしょうか。
③(受け入れざるを得ないこと)は、優越的地位そのものなので、濫用行為の考慮要素としては何も書けなかったのも当然です。
なので、①②③を⑴⑵⑶⑷にブレークダウンをして意味があったと言えるのは、②(著しく高い)の判断を、⑶(通常価格との乖離)と⑷(需給関係)を考慮して判断するといっていることだけです。
しかも、⑷(需給関係)というのは、きっと、需要曲線と供給曲線とが交わる価格というイメージでしょうから、⑶の「通常価格」とほとんど同じことを言っています。
ですので、究極的には⑶(通常価格との乖離)が決定的であるといえます。
ですが、どれくらい通常価格から乖離していれば問題なのかの説明はありません。
木で鼻をくくったような言い方をすれば、「著しく高い」価格かどうかの明確な基準はない、ということなのですが、それでは何の指針にもならないので、大胆な提言(笑)として、きわめて感覚的なものですが、
①市場平均価格の2倍を超え、かつ、
②市場平均価格+標準偏差の2倍を超える
くらいの価格が「著しく高い」価格の目安としたいと思います。
①の平均価格の2倍超えは、2倍というのが、切りが良いからです。
衆議院議員の一票の格差訴訟ではありませんが、何だかんだ理由を付けても、しょせん、法律家の理屈なんてその程度のものです。
②の標準偏差の2倍超えは、2σが統計学ではよく使われるからです。
もうすこし理屈をこねれば、1σは平均的なばらつきなので、1σを超えただけで違反というのは、平均的なばらつきよりばらついてるのは違法ということになり、厳しすぎるからです。
その次の、「今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」というのは、不当高価販売の場合には、意味がよくわかりません。
たとえば従業員派遣や協賛金なら、その条件を受け入れないと将来の取引を切られたり取引量を減らされたりすることを懸念してしぶしぶ受け入れる、というのもしっくりくるのですが、不当高価販売の場合に、そんなことを考える人はいないと思います。
あるいは、不当低価格購入(買いたたき)の場合であれば、優越者(甲)が1円での納入を指示してきた場合に、相手方(乙)としては、
「1円で納入するなんて嫌だけど、断ったら、将来取引減らされるかも・・・」
と懸念して、今回は1円での納入に応じる、ということがありえます。
もし、将来にわたって納入価格が1円だということがわかっていたら、どんな納入業者だって、取引はしないでしょう。
それでも取引するのは、将来は通常の価格で取引できるだろうと期待するからです。
これに対して、不当高価販売の場合に、甲がべらぼうな金額をふっかけてきたときに、乙が、
「そんな高い金額で買うのはいやだけど、断ったら、将来売ってくれなくなるかも・・・」
と懸念して今回は高額な取引に応じる、なんていう場面は、まずないでしょう。
(こういうふうに、不当高価販売と不当低価格購入はいろいろと違うのですが、ガイドラインはだいたい両者を同じように記述していて、おおざっぱだなぁと思います。)
つまり、不当高価販売の場合には、将来の取引云々ではなく、まさに当該取引をしなければならない何らかの事情が取引相手方(乙)にあるからでしょう。
たとえば、ほかから買えない、という場合です。
これは、優越的地位の、取引先変更可能性そのものです。
もっといえば、「当該取引をしなければ困る」というだけではなく、「適正な価格で当該取引ができなければ困る」ということなのでしょう。
そのような場合として考えられるのは、たとえば、乙が、その顧客(丙)に対して、必ずしも法的義務ではない道義的な義務も含め安定供給する義務を負っている場合が挙げられます。
もう少し具体的に言えば、顧客(丙)に安定供給できないと、その顧客との将来の取引を切られてしまうような場合でしょう。
それで、乙の顧客が優越者(甲)の値上げ分の価格転嫁を受け入れてくれればいいのですが、受け入れてくれない場合、丙との将来の取引に与える影響を懸念して、乙は、赤字覚悟で丙に供給しなければいけないかもしれません。
もし乙が丙との将来の取引を懸念しなくてもいいなら、乙は、高すぎる価格では買わなければいいだけなので、利益はゼロであり、マイナスになることはありません。
しかも、「買わなければいいだけ」といえる場合には、そもそも甲は乙に対して優越的地位にない、といえます。
(その意味で、「取引先変更可能性」という言い方は、誰かとは取引しないといけないこと(取引必要性)を前提にしているという点で、若干不正確な言い方だと言えます。)
なので、不当高価販売の場合には、この「今後の取引に与える影響等を懸念して」の部分は、無視するしかないでしょう。
つまり、「そんな懸念はしていないので違反ではない」といっても始まらない、ということです。
なので、「当該要請を受け入れざるを得ない場合」であればいい、ということになります。
でも、少し考えると、「今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合」というのは、優越的地位の取引先変更可能性そのものなので、「正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり」の理由ないし要件だとするのは理屈的にはかなり無理があるのですが、優越的地位の濫用は理屈を言っても始まらないところがあるので、そのあたりは大目に見ることにしましょう。
次に、実務的にはこちらのほうが重要ですが、ガイドラインではさらに続けて、
「(イ) 他方,
①要請のあった対価で取引を行おうとする同業者が他に存在すること等を理由として,・・・
高い対価で取引するように要請することが,対価に係る交渉の一環として行われるものであって,
その額が需給関係を反映したものであると認められる場合,・・・
など取引条件の違いを正当に反映したものであると認められる場合には,
正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない。」
と、セーフハーバー的なルールが説明されています。
これをコンパクトにまとめると、
ⅰ 他の購入者がいること
ⅱ 要請が交渉の一環であること
ⅲ 需給関係を反映していること
となります。
(なお、「同業者が他に存在する」というのは、厳密に言えばおかしいです。1つの商品にA,B,2つの用途があれば、B用途での購入者の中に高額での購入者がいなくて、B用途の需要者が「同業者は他に存在しない」と言っても、同業でないA用途の購入者で高額購入者がいれば、不当に高額とはいえないからです。)
そして、ⅰ(他の購入者)とⅲ(需給関係)は、同じことを言っていると思います。
あるいは、ⅰ(他の購入者)の存在が、ⅲ(需給関係)の間接事実、ということでしょうか。
いずれにせよ、ⅰ(他の購入者)とⅲ(需給関係)が、②(著しく高いこと)、を否定するのでしょう。
ⅱ(交渉の一環)は、①(一方的)を否定するのでしょう。
ここで注目すべきは、ⅱ(交渉の一環)であれば、考慮要素の⑴(十分な協議)は考慮しなくてもいい(交渉さえしていれば良い)と読めることです。
確かに、ⅰ(他の購入者)、ⅱ(交渉の一環)、ⅲ(需給関係)をみたせば、さらに十分な交渉を求めるのは行き過ぎであり、セーフハーバートしての意味もなくなってしまうので(実務上最も悩ましいのは、どれだけていねいに交渉すれば十分な交渉と言えるのか、です)、妥当なセーフハーバーだと思います。
さらに注目すべきは、③(受け入れざるを得ないこと)に対応する要素が、セーフハーバーの中にはないことです。
ということは、ⅰ(他の購入者)、ⅱ(交渉の一環)、ⅲ(需給関係)を満たせば、乙が受け入れざるを得なくても濫用にはならない、ということです。
次に、ガイドラインではたくさんの想定例が挙げられていますが、不当高価販売について参考になりそうなのは、
「④ 自己の予算単価のみを基準として,一方的に通常の価格より・・・著しく高い単価を定めること。」
だけです。
これだけでも、不当高価販売が不当廉価購入(買いたたき)に比べて違法になりにくいことが示されているといえますが、この想定例④も、極めて具体性に欠けます。
これまで議論した一般論的な部分を超えるのは、「自己の予算単価のみを基準として」という部分ですが、この「予算単価」というのが、具体的に何を意味するのかがよくわかりません。
この点、下請法運用基準第4の5⑵オでは、
「親事業者の予算単価のみを基準として,一方的に通常の対価より低い単価で下請代金の額を定めること。」
というのが買いたたきの例として挙げられていますが、買いたたきの例なら、「予算単価」はあらかじめコスト計算をする際に用いる仮置きの購入単価ということでしょうから、そういうのを死守しようとする場合がありそうだなあという意味で、理解はできます。
ですが、これが不当高価販売の場合だと、同じような意味での、死守すべき販売価格としての「予算単価」なんて、企業は定めるのですかね?
せいぜい、「目標販売価格」くらいでしょうか。
そうすると、「予算単価」という言葉にはとくに意味はなく、要は、「一方的に」定めた価格という部分に言い尽くされているように思われます。
まとめると、ガイドラインが言っているのは、不当高価販売が濫用になるのは、
①一方的であること
②著しく高いこと
③受け入れざるを得ないこと
を満たすときであり、その判断には、
⑴対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法,
⑵他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか,
⑶通常の販売価格との乖離の状況,
⑷取引の対象となる商品又は役務の需給関係
等を考慮し、
ⅰ 他の購入者がいること
ⅱ 要請が交渉の一環であること
ⅲ 需給関係を反映していること
を満たす場合には、③(受け入れざるを得ない)の場合でも、違法にならなし、交渉のていねいさも問題にならない、ということです。