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2022年2月13日 (日)

シェアが高いと市場支配力を持ちやすい本当の理由

独禁法では、市場シェアが高い当事者は市場支配力を持ちやすく、同じ行為をしてもシェアの低い者より競争を制限しやすいとされることが多いです。

でも、どうしてシェアが高いと市場支配力を持ちやすいのでしょうか。

「そんなのあたりまえじゃん」という反応が返ってきそうですが、こういう基本的なことこそ、よく考えてみる必要があると思います。

私が思うに、市場シェアが高い企業が競争を制限しやすいのは、自分以外の事業者の市場シェアが低いからだと思います。

市場支配力というのは、

「事業者が、その意思で,ある程度自由に,価格,品質,数量,その他各般の条件を左右することによって,市場を支配することができる状態」

のことですが、「その他各般の条件を左右する・・・ことができる状態」というのは、要するに、他の事業者から競争圧力を受けていない、ということです。

ということは、市場支配力があるかどうかは、他の事業者から競争圧力を受けているかどうかにかかっているわけです。

(なお、需要者の力が強いから価格を上げられないという場合もありますが、細かいことを言い出すときりがないので割愛します。)

そして、他の事業者から競争圧力を受けるかどうかは、他の事業者が十分効率的な供給余力を持っているかどうかにかかっています。

そして、供給余力は通常、市場シェアと比例関係ないし相関関係があります。

経験則上、市場シェアの小さな企業が大きな企業よりたくさんの供給余力を持っているということは、少なくとも中長期的には、あまりないからです。

(合理的なビジネス判断をすればそうなるのはあたりまえのことです。)

というわけで、理論的には、市場支配力は行為者の市場シェアが高いから生じるのではなく、行為者以外の合算市場シェアが低いからだと考えるべきです。

こう考えることによって、行為者の市場シェアを、隣接市場からの競争圧力や、輸入圧力と統一的に、他社から競争圧力として把握することができます。

このように考えずに、行為者の高いシェアだけに着目すると、「大きいから悪いのだ」といった誤った理解や、「市場シェアの大きな事業者が排除行為を行えば直ちに一定の取引分野における競争が実質的に制限されるのだ」といったような、とんちんかんな議論につながります。

大きいから何となく市場関係者に無理難題を聞かせられそうで、それが市場支配力だ、と漠然とイメージしている人が少なくないと思います。

たとえていえば、市場支配力を持つ事業者がバズーカ砲を持っていて、競争者はピストルだけで、太刀打ちできない、というイメージでしょうか。

ですが、それは市場支配力の誤ったイメージだと思います

これは経済学を知っていれば常識なのですが、市場支配力の行使は競争水準より生産数量を減らすことで行使されるのです。

なので、強大な生産能力で他社を圧倒する、というイメージは市場支配力の本質を外しています。

また、行為者の市場シェアをSとすると、行為者の独占利潤率(ラーナー指数)は、

L = S÷{εd+εs×(1-S)}

ただし、εd:市場の需要弾力、εs:行為者以外の供給の弾力性

と表されますが(Posner, Market Power in Antitrust Cases)、分子のSは最大でも1ですからたかが知れていますが、分母の1-Sはいくらでもゼロに近づけますし、1-Sがゼロに近づくと競争者の供給余力も多くの場合ゼロに近づくので、εsもゼロに近づくことになり、ラーナー指数は限りなく需要の弾力性の逆数に近づくことになり、1-Sの効果のほうがSの効果よりもずっと大きいことがわかります。

また、単純化のために2つの弾力性をいずれも1とすると、

L=S/(1-S)=1/(1-S)-1

となり、やはり1-Sの効果が大きく見えます。

つまり、ラーナー指数の式の形自体が、行為者の市場シェアよりも行為者以外の市場シェアのほうが市場支配力の本質であることを表しているといえると思います。

もちろん、Sが非常に小さいレベルであれば、そのおかげでLの分子はゼロに近づき、分母にかかわらずLがゼロに近づくので、Sの効果が大きいのですが、市場支配力の有無が問題になる場合というのは通常Sは大きいので、そうすると、やはり、1-Sがゼロに近づく効果のほうが大きいといえると思います。

ちなみに、行為者自身が供給余力を持っていることは、市場支配力にとって本質的ではありません。

というのは、市場支配力というのは、競争水準よりも生産量を減らすことで価格を上げる力だからです。

なので、行為者が市場支配力を持つためには、供給余力を持っている必要はありません。

もし行為者の供給余力が市場支配力の形成・維持・強化に意味があるとすれば、2つの場合でしょう。

1つめは、市場環境が変わって、需要が拡大したりした場合に、迅速に生産量を拡大して最適な(?)独占利潤を獲得できる、という場合でしょう。

2つめは、競争者が安値で顧客を奪取しにきたときには報復で安値販売することで、価格競争を思いとどまらせる場合でしょう。

これは、不当廉売まではいかない安値販売により競争者をdisciplineするシナリオです。

ですが、おそらくこのシナリオでは、競争者を退出させるまでに至らないと過去の高価格均衡に戻ることはたぶん理論的にはなくて、新たな安値均衡になってしまう可能性が高そうな気がします。

ですので、行為者自身の供給余力は市場支配力の本質とは関係がなく、供給余力が市場シェアに比例すると考えるなら、行為者の市場シェアもやはり市場支配力の本質とは関係がない(競争者の市場シェアあるいは供給余力が本質である)、といえそうです。

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