公取委新規株式公開(IPO)報告書について
公取委が1月28日、
「新規株式公開(IPO)における公開価格設定プロセス等に関する実態把握について」
を公表しました。
まあ、たかが実態調査報告書であり(しかも本文は実質たったの33頁・・・)、いわゆるアドボカシーのたぐいですから、本気で正式審査事件になると心配する人もいないのでしょうけれど、一応気がついたことをメモしておきます。
法律解釈として一番の問題は、主幹事証券会社が一方的に低い公開価格を設定すると優越的地位の濫用に該当するおそれがあるとしている点です(p34)。
まず、主幹事が優越的地位にあるとする理由について、報告書では、
「公開価格設定プロセスは推薦審査の終了後に行われるところ,
上場予定日の延期を希望しない新規上場会社にとっては,
この段階で主幹事を変更することは困難であるため,
主幹事が,新規上場会社にとって著しく不利益な要請等を行っても,新規上場会社はこれを受け入れざるを得ないと考えられ,
公開価格設定プロセスにおいては,主幹事は,新規上場会社に対し,優越的地位にある場合があると考えられる。」(p34)
とされています。
ですが、これはいかにも荒っぽい議論だと思います。
というのは、新規上場会社は、こういうスケジュールになることは主幹事選定前からわかっていたことであって、そういう事態になるのがいやなら主幹事を選ぶ前に手当てしておけばいいだけの話だからです。
ではどうして新規上場会社はそういう手当てをしないのかというと、IPOディスカウントにあまり関心がないからであることが、報告書から読み取れます。
つまり、報告書p9では、
「(ア) 新規上場会社が主幹事を選定するに当たり考慮した事項
書面調査に回答を寄せた新規上場会社は,主幹事を選定するに当たり考慮した事項について,
「IPO 実施までのサポート体制」(78.1%),
「主幹事の引受実績」(72.6%),
「事業モデルや将来性に対する理解度」(61.6%)
などとしており,
「想定発行価格に係る提案内容の魅力度」,
「発行規模別の平均初期収益率」
など公開価格の設定に係る事項は,それぞれ19.2%,2.7%にとどまっている。」
とされています。
つまり、平均初期収益率(初期収益率=(初値-公開価格)/公開価格。平均初期収益率とは,一定期間における,証券会社ごとの発行規模別の初期収益率の平均値のことをいう。)を主幹事選定の要素として重視している新規上場会社はほとんどいない、ということです。
そうではなくて、サポート体制とか、引き受け実績とか、自社事業に対する理解度が重視されているのです。
そういった事情を新規上場会社が重視して、納得して主幹事を選んでいるうえに、初期収益率はもともと重視していないのに、制度上のスケジュールのかねあいで主幹事の変更が困難だから優越的地位だ、なんていうのは、ちょっと無茶じゃないかと思います。
そりゃ証券会社はIPOのプロですし、新規上場会社は最初で最後のIPOですから(initial public offeringは定義上1回だけ)、情報の非対称性はありうるわけで、もしかしたらそのあたりを丹念に調べていけば、優越的地位が認定できることがあるのかもしれません(私は後述のとおりそうは思いませんが)。
でも、そのあたりを何も調べないで、スケジュールだけを根拠に優越的地位だなんていう話は、聞いたことがありません。
しかも、少なくとも初期収益率については情報の非対称性もなさそうであることが、報告書から読み取れます。
つまり、報告書p10では、証券会社のコメントとして、
「(平均初期収益率を算出する際に使用する)IPO に関する情報は全て公開されており,データをまとめて公表することは止めようがない」
とされています。
つまり、過去のIPOにおける情報はすべて公表されているので、新規上場会社はその気になればヤフーファイナンスとかを使って各証券会社の手がけたIPOの初期収益率を簡単に調べることができるわけです。
それすらもしないということは、前述のとおり、初期収益率を主幹事選定の際に考慮する新規上場会社がほとんどいないからでしょう。
次に、濫用行為への該当性については、報告書p34では、
「新規上場会社が,主幹事に対し,十分な根拠をもって公開価格を一定額以上とするよう主張したにもかかわらず,
主幹事が,それを下回る金額で一方的に公開価格を設定し,
新規上場会社が主張した公開価格を大幅に上回る初値が付いた際には,
新規上場会社は,自らが主張した公開価格によってより多くの資金を調達した可能性があることから,
主幹事は,新規上場会社に不利益になるよう新規上場会社との間における主幹事業務の取引を実施したものと考えられる場合がある。」
とされています。
でも、これって、結果論なのではないでしょうか?
少なくとも、理屈の上では、濫用行為かどうかは濫用行為の時点で判断できなければならないはずで、初値が付いた時点でさかのぼって公開価格を決めた行為が濫用行為になるというのは、おかしいと思います。
たとえば、住友銀行が融資先に金利スワップを買わせたのが優越的地位の濫用だとされた事件では、望まないスワップを買わせた時点で濫用行為だったのであり、結果的に金利スワップを購入しておいて融資先が得をしたから濫用にならないとか、損をしたから濫用になるとかいう話ではなかったはずです。
一つの救いは、(というか、なんでこんな文言を入れたんだろうと不思議に思いますが)報告書では、濫用になる条件として、
「新規上場会社が,主幹事に対し,十分な根拠をもって公開価格を一定額以上とするよう主張した」
ことが要求されていることです。
こんな「十分な根拠」なんて、IPO素人の新規上場会社が出せるのでしょうか??
本気で公開価格を上げたいと公取が思っているなら、こんな厳しい条件付けなければいいのに、と思います。
ありうる方法としては、報告書でも論点として取り上げられている、セカンドオピニオンを取る方法がありえますが、セカンドオピニオンはあくまで2番目のオピニオンであって、一般的には主幹事のほうが会社のことをよく分かっていることからすると、すべてのセカンドオピニオンが当然に「十分な根拠」にあたるということは、とうていいえないのではないでしょうか。
ちなみに、p15では、
「(イ) IPO ディスカウントの実施方法について
書面調査・ヒアリング結果によれば,ほぼ全ての案件でIPO ディスカウントが行われているところ,その根拠については,必ずしも新規上場会社に対して十分に説明されていないまま,20%~30%と,ある程度大きな割引が行われている場合がある現状が確認された。
IPO ディスカウントのディスカウント率の大きさは,想定発行価格の設定に直結し,その後の公開価格の設定にも影響を与え得るため,これを証券会社が一方的に設定することは,新規上場会社にとって不利益となる可能性がある。
したがって,想定発行価格の設定において,IPO ディスカウント等の名目で,考え方を説明することなく,合理的な根拠に基づかずに価格を低く設定することは独占禁止法上問題となるおそれがあ(る)」
とされています。
でも、
「新規上場会社にとって不利益となる可能性がある」
「したがって」
「独占禁止法上問題となるおそれがあ(る)」
という3段論法(?)は、あまりにも乱暴で、ここは公取も筆が滑ったのだと考えておきましょう。
そもそも優越的地位の濫用の基本的な構造は、不利益な取引条件を押し付けられても今後の取引への影響を懸念して受け入れることを余儀なくされる、というものです。
でもIPOにおいて、新規上場会社が主幹事との今後の取引に与える影響を懸念して不利な条件を受け入れざるを得ない、なんていうことはありません。
そこを無理矢理、スケジュールを遅らせられないから、というので優越的地位を認定しており、これも、従前のオーソドックスな解釈からは外れています。
以上のとおり、低い公開価格を付けたからといって優越的地位の濫用だというのは、報告書の理屈ではとても根拠が薄いと思います。
ほんとうは、日本のIPOディスカウントが大きすぎる(かどうか私にはまったくわかりませんが)、というところに切り込まないと意味がないと思うのですが、全然筋違いな理屈で優越に持ち込むなんて、がっかりです。
それに、報告書のコメントをみると、全般的に、証券会社のほうが新規上場会社よりもまともなことを言っているのに、公取委がかなり強引に自分の主張に結びつけているところが多いように思います。
たとえば、p21では、証券会社の営業部門の公開価格設定への関与について、新規上場会社の意見として、
「個人投資家に売りやすいように公開価格を下げさせる傾向があると聞いたことがある」
「直接動きが見えたわけではないが,当社の公開価格は,リテール営業の圧力が働いた結果の数字だと考えている」
という意見が載っていますが、こんな伝聞や根拠のない「意見」を、報告書に載せてしまって良いのでしょうか?
まあ、これは、みただけで根拠がない、伝聞だ、とわかるのでまだ罪が軽い方かも知れませんが(皮肉です)、こういうことを公の文書に載せられるのは困ったものです。
これに対して証券会社の意見(p21~22)としては、
「引受部門のみで価格を決めてしまうと新規上場会社の意向が強く反映されてしまう可能性があるところ,透明性の担保のため,営業部門も入れて,新規上場会社にとって納得感のある水準を目指し,牽制的な会議を行っている」
「価格の検討に当たっては,機関投資家の意見やアナリストの意見を反映している。個人投資家にはプライシング能力がないため,個人投資家向け営業部門の意見は反映していない。プライシングの最終権限は飽くまで中立的な立場にあるエクイティ・キャピタル・マーケット部門にある。新規上場会社の利益だけハイライトされるのはどうかと思う。投資家の意見も汲んで最適解を作成するのが,証券会社の役目だと考えている」
という意見が述べられていて、私にはとてもまともなことを言っているように見えます。
昔から公取委の立場は、たとえばスーパーが納入業者に買いたたきをして消費者が安い商品を買えても、それは公正な競争ではないから許されないのだ、というものです。
経済学的にはまったく合理性のない説明ですが、優越的地位の濫用とはそういうものなので、経済合理性をもって説明できないのはしかたありません。
素朴な感情としても、納入業者いじめをして安値で消費者に販売するのは、いくら消費者が安く買えてもよくないのではないか、というのも理解できます。
未成年労働者を搾取して作った商品や新疆ウイグル自治区の綿を、人権を理由に取り扱わないようにするというのと似ています。
(まあ、優越の場合は、たんなる中小企業保護なので、基本的人権の尊重というような大げさな話ではありませんが。)
IPOの場面でも、新規上場会社(≒納入業者)と株主(≒消費者)の利害対立という構図があるわけです。
でも、IPOの場合は、納入業者に対する買いたたきの禁止ほど、国民の理解は得られないのではないかという気もします。
それに、納入業者の買いたたきの場合と違って、IPOの場合には、いくらぐらいなら安すぎるのかが報告書からはまったく明らかでなく、唯一、前述のように、
「主幹事が,それ〔新規上場会社が主張する公開価額〕を下回る金額で一方的に公開価格を設定し,新規上場会社が主張した公開価格を大幅に上回る初値が付いた」(p34)
場合には、濫用である(安すぎる)、という結果論を述べるだけです。
ほかには、過大なIPOディスカウントが濫用だという点に関連して、初期収益率の位置付けに関して、証券会社から、
「初値は,そのときの需給によるものである上に,モメンタム(相場の勢い)に左右されるものだから,必ずしも主幹事の力量を適切に示すものではない。初値の付け方に着目することは必ずしも適切ではない」
「初値は,飽くまで一つのファクターに過ぎないから,終値や一週間平均,上場から3か月後や半年後の数字なども並べて比較できると良いだろう」(p10)
という、とてもまともな意見が出ていて、そりゃそうだろうと思いました。
この点に関連して、本日の日経朝刊では、
「証券界は公取委に対し違和感を隠せない。
ある証券会社によれば、新規上場した企業の約3〜4割は公開の1年後の株価が公開価格を下回っていたという。
証券会社幹部は慣⾏に⾒直すべき点があるとしつつ「公開価格のあり⽅は全体の⼀部を切り取った議論ではないか」と話す。」
と報じられていました。
こんな大事なことを、公取は知らなかったんですかね?
新規上場会社にとっては公開価格は高ければ高いほどいいのでしょうけれど、その結果株価が下がって損をするのは株主です。
もしIPOディスカウントを減らしたら、3~4割どころではなく、1年後にはほとんどの株価が公開価格を下回ることになるのではないでしょうか。
餅は餅屋ですから、やっぱり証券市場のことは金融庁にまかせておいたほうがよかったのではないでしょうか。
公取委は、
「公正取引委員会としては,本報告書で示した考え方を金融庁,日本証券業協会及び東京証券取引所に申し入れる」(p36)
のだそうですが、みなさん大人ですから無碍にはしないのでしょうけれど、内心鼻で笑われてしまうのではないか、と心配になります。
(私も競争法で食べている人間なので、公取委が他の役所に馬鹿にされるのは、実は内心とても忍びないのです。)
そのうえに、自分の十八番であるはずの独禁法の解釈ですら、根拠薄弱なわけですから、なおさら心配になります。
なので、金融庁のみなさん、この報告書の競争法上望ましいという提言は聞いていただく価値はあるのかもしれませんが(的外れな提言である可能性もありますが)、優越的地位の濫用の解釈の部分は、鼻で笑ってもらってかまいません。
最後に、公取委にもう一つ苦言ですが、あんまりヒアリング内容を自分の都合の良いように解釈して報告書に使うと、企業が誠実に応じてくれなくなるので、気をつけた方がいいと思います。
私が今回の報告書で一番学んだのは、公取委の実態調査報告書の調査に回答するときには、どのように切り取られても自分に不利に使われないような内容にしないといけないな、ということでした。
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