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2022年1月27日 (木)

買いたたきに関する下請法運用基準の改定について

下請法運用基準が改定されました

具体的には、「買いたたきに該当するおそれがある」行為の中で、改定前の、

「ウ 原材料価格や労務費等のコストが大幅に上昇したため,下請事業者が単価引上げを求めたにもかかわらず,一方的に従来どおりに単価を据え置くこと。」

というのが、

「ウ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。」

に変わり、あらたに、

「エ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず,価格転
嫁をしない理由を書面,電子メール等で下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。」

というのが加えられました。

最近の公取委はやりたい放題ですが、これも、とんでもない改悪だと思います。

買いたたきに関する下請法の定義は、

「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること。」(下請法4条1項5号)

です。

この定義の、どこをどうひねったら、「明示的に協議」しないことや、「書面、電子メール等で下請事業者に回答」しないことが、買いたたきに該当することになるのでしょうか?

これはもう、条文の解釈をあきらかに超えて、立法論の域です。

公取委がこういうめちゃくちゃな解釈をする傾向は最近とくに顕著です。

たとえば、「コンビニエンスストア本部と加盟店との取引等に関する実態調査報告書」p150では、

「本部と加盟店とで合意すれば時短営業への移行が認められることになっているにもかかわらず,本部がその地位を利用して協議を一方的に拒絶し,加盟者に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合には優越的地位の濫用に該当し得る。」

とされ、協議するという手続を踏まないことが濫用になるという考え方が示されています。

ですが、協議に応じないこと自体が濫用などとは条文のどこを読んでも出てきませんし、裁判所の判例でそのようなことをいっているものもありません。

それどころか、公取委自身の排除措置命令や審判ですら、そのような規範をうかがわせるような判断はありません。

というわけで、公取委がとくに優越的地位の濫用やその特別法である下請法の運用において条文に書いていない解釈を突如としてしはじめることは今回に限ったことではないのですが、少なくとも、かつてはそのようなことはありませんでした。

今回の下請法運用基準の改定も、少なくとも10年前であれば、せいぜい、買いたたきを予防するために望ましいプラクティスとされるにとどまったはずで、違反のおそれがある行為とはされなかったでしょう。

このような横暴は、断じて許すことができません。

それにもかかわらず、マスコミが、さも当然のように事実だけ伝えて、批判的な報道がみられないのは大変残念なことです。

弁護士も、「運用基準が変わったので今後は気をつけましょうね」と事実を伝えるだけではないでしょうか。

法治国家として、これは大きな問題だと思います。

法律は、言葉でできています。

言葉(条文)を無視したのでは、法治国家は成り立ちません。

例えば、割引困難な手形の交付禁止(下請法4条2項2号)の、

「二 下請代金の支払につき,当該下請代金の支払期日までに一般の金融機関(預金又は貯金の受入れ及び資金の融通を業とする者をいう。)による割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。」

の解釈として、手形サイトが60日以内であることという解釈をすることは、「一般の金融機関(預金又は貯金の受入れ及び資金の融通を業とする者をいう。)による割引を受けることが困難である」という文言があるので、その文言の解釈・明確化として、許されることだとは思います。

(ただ、それを短く解釈変更するときには、短くする理由や金融情勢の変化が必要であり、たんに下請事業者保護のためだからというのでは、「割引を受けることが困難」という文言の解釈を変更する理由にならず、「下請事業者の資金繰りを圧迫するような手形」とでも法改正しないといけないのですが、それは措きます。)

ところが、今回の運用基準の改定(改悪)は、そのような文言の手がかりが条文にまったくありません。

これに何の疑問も感じないというのでは、リーガルマインドのかけらもないと言わざるを得ません。

今の公取委の人たちは、ほんとうにこれでいいと思っているのでしょうか。

昔の公取委は、こんな解釈はしませんでした。

(そういう運用をしていても、行政指導というソフトなやり方でやっていたのであり、正面切って解釈を変更することはありませんでした。)

今の公取委の人たちは、先輩に申し訳ないと思わないのでしょうか?

感覚として、最近とくに、公取委が下請法の検査などで、条文に根拠のない無茶なことをいうことが増えてきているように思います。

そのいくつかは、このブログでも何度か取り上げました。

また、そういう無茶なことをいう担当官にはきちんと理屈を説明して、お引き取りいただいたこともあります。

ですが、多くの日本企業は、公取委から違反と指摘されると唯々諾々と従っているのではないかと想像されます。

しかし、このようなことは終わりにしなければなりません。

「困っている下請事業者が守られるのだからいいじゃないか」とか、「交渉の証拠を残さないのはずるいじゃないか」という問題ではないのです。

法律の解釈は、結果がよければいいというものではないのです。

条文に根拠がなければいけないのです。

こういうことを許していると、国民の権利はどんどん侵害されていきます。

ナチスに対する反省として、マルティン・ニーメラーが残した、有名な『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』という、次のような文があります。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった

私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった

私は社会民主主義者ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった

私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

これは、国家の横暴に対して誰も声を上げないと、こういうことになるという警告だとも取れると思います。

私も、下請法という狭い分野ではありますが、専門家の責任として、声を上げさせていただきました。

マスコミの1社くらい、事務総長定例会見でこの点について追及するところが出てきて欲しいなと思います。

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