「株式会社ユニクエストに対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」(令和3年12 月2日)について
掲題の事件について、コメントしておきます。
この事件は、「小さなお葬式」というインターネット葬儀サービスを提供するユニクエストが、葬儀を委託する葬儀屋に、競合する定額型ネット葬儀社3社と取引しないことを条件に、委託手数料を5~10%上乗せしていたことが、排他条件付取引の疑いがあるとされたものです。
ユニクエストのインターネット葬儀サービス市場における市場シェアは約4割とされています。
この事件で驚くことの1つめは、排他契約に応じた葬儀屋が、ユニクエストが契約する全葬儀屋の2割強に過ぎないのに違反の疑いありとされたことです。
2割強の排他契約率ということは、ユニクエスト委託先のうち8割弱とは、他のインターネット葬儀サービス会社は契約できたわけです。
そして、葬儀屋の中にはユニクエストと契約していない葬儀屋もたくさんいたでしょうから、競合インターネット葬儀サービス会社がそのような葬儀屋と契約することも、なんら妨げられていません。
というわけで、こんなに低い排他契約締結率で違反の疑いありとされた事件は、過去にはないのではないかと思います。
もちろん、こんなに低い排他契約率で排除措置命令が出た事案もありません。
それと、排他契約率が低いことと表裏一体の関係にあるといえますが、排他取引をしても、メリットは委託手数料の5~10%の上乗せという、比較的わずかなものであったのに、排他条件付取引の疑いありとされたことです。
これも、過去に例がないくらいゆるい拘束だといえます。
さらに、排他条件といっても、他の全てのインターネット葬儀サービス会社との契約を制限したわけではなく、ユニクエストが主に競合とみなしている、定額インターネット葬儀サービス3社だけが、制限の対象です。
というような諸々の事情を考慮すると、本件で、流通取引慣行ガイドラインが排他条件付取引の要件とするところの、市場閉鎖効果(非価格制限行為により,新規参入者や既存の競争者にとって,代替的な取引先を容易に確保することができなくなり,事業活動に要する費用が引き上げられる,新規参入や新商品開発等の意欲が損なわれるといった,新規参入者や既存の競争者が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれを生じさせる効果)があったといえるかというと、きっとなかったのだと思われます。
(ただ、あくまで「おそれ」なので、公取委がどうにでも解釈・運用できる、という余地はあります。)
もう少し葬儀屋の実態に即した検討をすると、まず、葬儀屋を探す消費者は必ずしもインターネットを使って探すわけではない、という特徴があると思います。
故人が突然亡くなった場合はもちろんですが、余命何ヶ月とか、ある程度先が見通せる場合であっても、故人が生きている間に葬儀屋を探す人って、あまりいないとは言いませんが、少数派ではないかと思います。
故人が生きている間にグーグル検索して葬式屋をさがすなんて縁起が悪いですし、余命わずかな親族との大事な時間が台無しになってしまいます。
というわけで、葬儀屋を探すのは故人が亡くなってからになるわけですが、公取委報道発表にも、
「一般消費者は,通常,亡くなった方の自宅の近隣で葬儀を施行できる葬儀社に葬儀の施行を依頼する」
とあるように、もともと葬儀屋の選択肢なんてそんなになくって、何々市で亡くなったらどこどこ、というようにだいたい決まっています。
場合によっては、市役所で葬儀屋を紹介してくれることもあります。
というわけで、葬儀サービス市場全体の中でインターネット葬儀サービスを通じたサービスがどれくらいの割合を占めるのかが重要なわけですが、公取委報道発表では、葬儀社が全国で約4,000社、葬儀場が全国で約8,000箇所あると認定されているだけで、どれくらいの消費者がインターネット葬儀サービスを通じて依頼しているのかわかりません。
この点については、産経新聞電子版2021年12月2日付記事によると、
「令和3年9月時点で、加盟する1099社のうち229社が特約加盟店だった」
ということなので、全国に約4000社ある葬儀屋のうち、ユニクエストに加盟していたのは約27%にすぎず、ユニクエストの特約加盟店(排他取引を受け入れた加盟店)は、全国の葬儀屋の約6%にすぎません。
しかも、ユニクエストに登録している葬儀屋がすべてユニクエストを通じて葬儀を受注しているかというとそんなことはきっとないはずで、むしろ大多数は既存のルートで受注しているのだと想像されます。
というわけで、この事件は、葬儀サービス全体の中の一部にすぎないインターネット葬儀サービスの中の、さらに一部に過ぎない定額サービスの、さらに一部にすぎない定額サービス3社だけに対する市場閉鎖効果を問題にした、ということになります。
もし排除措置命令を出して訴訟で争われていたら、公取が負けていた可能性が大だと思います。
想像ですが、競合他社からの申告を受けて調査をしてみて、排他契約率が2割強にすぎないことがわかり、公取も内心焦ったのではないでしょうか。
もちろん、調査をしてみないとわからないことも多いので、調査すること自体が悪いわけではないのですが、独禁法をよくわかっていない弁護士が、これくらいの低い排他契約率や低いインセンティブで違反になるんだと、間違ったアドバイスをしないかが心配です。
また、当事者が自主的に違反被疑行為をやめることで審査を打ち切るという最近の公取のプラクティスの、ある意味で、良い面と、悪い面が、両方出たといえます。
良い面というのは、積極果敢に調査してみることができた、ということでしょう(企業にとっては悪い面ですが)。
悪い面というのは、違反の有無があいまいなまま事件が終結してしまった、ということでしょう。
現在のような、任意に違反行為をとりやめて審査を終了させるというプラクティスがなかった時代であれば、公取委は「違反事実はなかった」といって打ち切るか、せいぜい警告・注意をするしか、処理の方法がなかったわけです。
「違反なし」は、文字どおり、違反がなかったということが明らかになりますし、警告にしても、注意にしても、その要件が明確になっているので、公取委はこの事実関係ではこういう法的評価をするのだ、ということは明確になります。
ところが、任意にやめたから打ち切るというのでは、では任意にやめなかったらどうだったのか、というのがまったくわかりません。
これは、文字どおり「まったくわからない」というのが正しいです。
世間では、「違反被疑行為をやめたから打ち切ったのだから、やめなかったら違反認定されたのだろう」という評価がされるのかもしれませんが、本件のような事件をみると、「まったくわからない」というのが実態を正しく表しているし、公取の運用もそうなんだ(仮に違反事実なしの心証であっても、違反事実なしとはせず、打ち切る)、ということがわかります。
もう少し公取側に寄り添った見方をすれば、本件は、今流行りのデジタルプラットフォームの事件で、デジタルプラットフォームでは勝者丸取りになりやすいので、早めに手を打った、ということが言えるかもしれませんが、葬儀サービスに限っては、そのような評価は正しくないでしょう。
というのは、葬式なんて一生に何度も出すものではないからです。
つまり、使い慣れからくるスイッチングコストのようなものを観念しにくいのです。
たとえば、父親の葬式を「小さなお葬式」で出した人が、母親のお葬式も「小さなお葬式」で出すとは限りません。
ひょっとしたら、「小さなお葬式」で出したことすら忘れているかも知れません。
あるいは、業界で1位であることが重要な業種とも思えません。
引っ越し屋ではないのですから、「インターネット葬儀サービス業界ナンバーワン!」みたいな広告を出す業者には、私はむしろ頼みたくないです。
というわけで、もし公取委が、最近のデジタルプラットフォーム規制の流行りに乗って本件に目を付けたのだとしたら、「なんだかなぁ」という感じがします。
あとは、どれくらいのベネフィットを与えると排他条件付取引になるのかは実務上よく問題になるところで、本件では、これが5~10%の手数料の上乗せで違反の疑いありとされたことになります。
前述のとおり、本件の評価は「まったくわからない」というのが正しいですから、5~10%の手数料の上乗せでアウトなのかは、なんともいえません。
これくらいの差なら、競合サイトも値下げで対抗できそうな気がしますし、たとえば、排他契約に応じる葬儀屋を検索上位に表示するというのにくらべたら、拘束の程度はむしろゆるいといえるかもしれません。
ただ、何%ならアウトかというのは一般化しにくく、少なくとも本件では委託先の2割強しか排他契約を選択していないということからすれば、たいして効果がなかった可能性が濃厚です。
逆に、5~10%の手数料の差で過半数が排他契約に応じるような業種なら、かなりの拘束の効果があったということになるでしょう。
そして、あまり効果のない施策だからユニクエストは任意にやめた、という可能性もかなりあります。
実は実務上最も知りたいのは本件のような限界事例(私は限界事例というほどもなく、ほぼ白に近いグレーと思っていますが)なのですが、そういう事案ほど、当事者には公取と争ってまで続けるインセンティブがなく、結果的に、公取委は法的根拠も何もない、違反行為終了による審査打ち切りという処理をする可能性が高くなったといえそうです。
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