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2021年9月22日 (水)

聖護院八ッ橋の判決を読んで

先日日経新聞に、京都の聖護院が、「元禄2年創業」という表示には根拠がないと不正競争防止法違反で訴えられた事件が最高裁で聖護院勝訴(違反なし)で確定したという記事があり、気になって京都地裁の判決を読んでみました。

(ちなみに判決にも書いてあるのですが、この事件で元禄2年から作っているかどうかが争われたのは、生八ッ橋でないほうの、堅い八ッ橋のほうです。)

大事な部分は、次のとおりです。

「(エ) 本件各表示の需要者への影響

確かに,被告自身,味は伝統という表示も用いているほか,被告各表示,とりわけ被告表示(4)は,八ッ橋が元禄2年から作られていると明言しているから,300年以上にわたる長い伝統を有することが商品の優位性を推認させる事情であるようにもみえる。

しかし,そもそも,江戸時代におけることがらが,特段の資料なしに,正確にはわからないことは,全国の一般消費者である需要者にとっても,経験則上,推測できるといえる。

前記(ウ)a,b,d,eのとおり,八ッ橋の起源につき,江戸時代にさかのぼるという説があるが,三河説の中にも複数の説があり,原告検校説もあるほか,昭和五十年代の調査では,明治時代以前の創業とされるのは,2社であるが,現在,江戸時代に創業したという八ッ橋の製造販売業者は,少なくとも4社(原告,被告,甲Aの子が興した会社2社)あることになる。

そもそも,これまで認めた事実(前提事実を含む。)によれば,八ッ橋が,明治時代中期に博覧会等で受賞するなどして社会的に認知され,昭和11年ころには,京都府下の菓子生産額の10%を占めるに至ったが,明治初期以前の生産量は少なく,江戸時代における八ッ橋の製造販売状況を客観的に明らかにする的確な証拠はない

このように,創業時期や来歴に関する説も様々で,創業元禄2年3月と特定する業者もあるが,八ッ橋の来歴や創業時期に関し,需要者から虚偽の表示として苦情が述べられたことがあるという証拠はない

そして,これまで認めた事実からは,需要者は,複数の事業者の店舗が並ぶのを見て,あるいはインターネットのホームページを見て,八ッ橋の発祥年や来歴につき,複数の業者により異なった説明がされていること,どれが正しいかの決め手もないことを簡単に知ることができると推認できる。

前記のとおり,京都において,生八ッ橋など,八ッ橋よりも歴史が新しい菓子もまた,よく売れている。このことも,京都の老舗であるからといって,長い伝統が,需要者にとって当然に大きな意味を持つわけではないことを,推認させるといえる。

そうすると,被告各表示も,需要者にとっては,被告が江戸時代に創業し,被告菓子の製造販売を始めたようであるとの認識をもたらす程度のものにすぎないと推認できる。」

一般的な観点からみれば、とても常識的な判断だと思います。

ですが、気になるのは消費者庁が運用する景表法とのあまりにも大きな違いです。

もし消費者庁が本件を取り上げて不実証広告規制が使われたら、聖護院は、元禄2年創業であることの合理的根拠を示す証拠を出せないと、措置命令を受けてしまうことになります。

これに対して京都地裁の判決では、

江戸時代における八ッ橋の製造販売状況を客観的に明らかにする的確な証拠はない。」

と明確に認定されているのに、品質等誤認表示にはあたらないと判断されています。

これは、消費者庁実務ではあり得ないことです。

むしろ、不実証広告規制で、聖護院のほうが証拠を出せないと、それだけで負けてしまいます。

さらに判決は、

京都の老舗であるからといって,長い伝統が,需要者にとって当然に大きな意味を持つわけではない

とも述べていますが、これも、消費者庁なら(少なくともタテマエとしては)あり得ない判断でしょう。

特に最近、消費者庁の運用では、「広告には多少のお化粧はつきものだから許される」というような解釈がますます通じなくなってきています。

さらに判決の、

需要者は,複数の事業者の店舗が並ぶのを見て,あるいはインターネットのホームページを見て,八ッ橋の発祥年や来歴につき,複数の業者により異なった説明がされていること,どれが正しいかの決め手もないことを簡単に知ることができる

という判断も、消費者庁では、あり得ません。

というのは、消費者庁は基本的に、表示だけを見て不当表示かどうかを判断するという立場で、ほかの情報に当たればすぐに事実と異なることがわかるといってもまず認められないからです。

私も以前、ある依頼者を代理して消費者庁とだいぶ争ったのですが、その時も、同じような表示で民事事件で不当表示に当たらないと判断された判決があったので(それはとても常識的な判決でした)、それを証拠に出して消費者庁に再考を求めたのですが、まったく考慮されませんでした。

しかし、この京都地裁の判決を読むと、そういう消費者庁の解釈がいかに偏ったものであるのかが、あらためてよく分かります。

というか、京都地裁の判断を読むと、不当表示で措置命令を受けた当事者がしそうな反論そのもので、笑えます。

不競法の品質等誤認表示と景表法の優良誤認表示は、実体法的にはほとんど同じなのに、判断主体がちがうとこうも正反対の結論になるのかと、驚かずにはいられません。

この違いは、片方が(広い意味での)競争法で、片方が消費者保護法だ、というのでは説明がつかないと思います。

むしろ、ライバルのほうが影響を受けている可能性が高く(だから本件も競争相手の井筒八ッ橋本舗が訴えていたわけです)、消費者が現実的な被害を受けているとはとうてい言いがたいので、逆に、不正競争防止法ならアウトだけど景表法ならセーフ、となるのが道理だと思います。

もちろん、この事件を消費者庁に申告しても、調査されることはまずないだろうとは想像します。

それはきっと、本音のところでは、消費者庁も、「元禄2年創業」なんて確かめようもないし、消費者も分かっているから害がない、と思っているからだろうと想像します。

ですが、そうやって「取り上げない」という判断をするケースと、命令を出すケースで、判断があまりに違うというのはよくないと思います。

表に出るものはきわめて厳しい口ぶりで書いておいて、実際にはその厳しい基準だとどうみても不当表示なのに事件としては取り上げない(注意もしない)、というのでは、法執行に対する信頼が失われます。

消費者庁の職員の方々は、この判決を読んで、司法や世間の常識がどのあたりにあるのかをよく理解して欲しいと思います。

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