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2021年8月20日 (金)

反競争効果の発生機序について

タイトルは堅いですが、今日は軽い話です。

独禁法の世界、とくに、排除型私的独占などでは、反競争効果の発生機序、ということをよく言います。

これは意訳すると、英語の theory of harm とだいたい同じことを言っています。

つまり、反競争効果の発生のメカニズム、ということです。

でもこれが大事だと言っても、なかなかうまく理解してもらえません。

そこで、譬えでを使って、競争法ではこんなことを考えているのだ、ということを示してみたいと思います。

コロナがはやり始めた頃、ネットショッピングが伸びるのか停滞するのか、という議論がありました。

つまり、コロナで経済全体が縮む中で、巣ごもり消費は増えるだろうけれど、正味でどちらなのだ、という議論です。

これをメカニズムに分解すると、

①コロナ→景気停滞→消費全般の低迷(マイナスの効果)

②コロナ→外出しなくなる→巣ごもり消費の増加(プラスの効果)

の2つがあるわけです。

結果的には、②の圧勝でした。

最近では、「オリンピックでコロナ感染は増えたのか、減ったのか」という議論があります。

ここには、

①オリンピックの開催→「オリンピックやって良いんだ」という国民の気の緩み→人手の増加→コロナの増加(プラスの効果)

②オリンピックの開催→みんなうちでテレビをみる(現に視聴率は高い)→人手の減少→コロナの減少(マイナスの効果)

の2つがあるわけです。(もちろん、ほかのルートもあるかもしれません。)

これらはいずれも、コロナ増加・減少のメカニズム(機序)だといえます。

別の譬えで、高血圧の薬(降圧剤)には、大きく分けて、

①カルシウム拮抗薬:血管へのカルシウムイオンを減らし、血管を広げて血圧を下げる)

②ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬):アンジオテンシン(血圧に関係するホルモン)の作用を抑えて血圧を下げる

③ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬):アンジオテンシンを減らして血圧を下げる

④利尿薬:腎臓から塩分と水を出すことによって血圧を下げる

⑤β遮断薬:交感神経の心臓への作用を抑え、血圧を下げる

があり、血圧を下げるメカニズムにも、血管を広げるものから、ホルモンに作用するものから、血中水分と塩分を減らすものから、心臓の作用を抑えるものまで、いろいろです。

これらは同じ降圧剤ですが、作用機序(メカニズム)が違います。

競争法では、この「メカニズム」というのが、非常に大切です。

というのは、このメカニズムが理解できていないと、外形上同じように見える行為だというだけで、まったく反競争効果がない(むしろ競争促進的な)行為を、反競争的な行為だと、間違って判断してしまうからです。

反競争性の発生機序というと、純粋法律畑の方からは、「因果関係のことですか?」と聞かれたりします。

それは間違いではないのですが、競争法では、反競争効果の発生機序という場合、原因と結果だけのたんなる因果関係(降圧剤を投与→血圧が下がる)ではなく、作用するステップ(降圧剤を投与→血管が広がる→血圧が下がる)が、強く意識されています。

例えば、既存の独占メーカーが流通業者と排他条件付取引をしたために新規参入メーカーが流通網にアクセスできないという場合、

排他条件付取引→新規参入者の流通費用の上昇(新規販路開拓、効率的な流通業者の囲い込み)→新規参入者の競争的価格設定が困難→価格が安定

というメカニズムが考えられます。(ライバル費用の引き上げ)

企業結合の、単独効果、強調効果、といのも、反競争効果の発生メカニズムのことです。

ゲーム理論を使った経済学のモデルでは、競争の前提(例、排他条件の存在)が変わると、一次的にどのプレイヤー(買手)の行動がどう変わって、それが別のプレイヤー(売手)の行動にどう影響があって、最終的な市場均衡では価格が上がるのか下がるのか、ということを、各プレイヤーの行動を数式化して(利得関数)、ステップ・バイ・ステップでみていきます。

そういう頭があると、反競争効果のメカニズムというものを、強く意識するようになります。

そして、その感覚は、多くの場合、ビジネスの現実にぴったり合います。

ここがすごいところで、反競争効果の発生メカニズムを理解していないと、とくにビジネスの素人は、「だって、拘束を受けた側が嫌がっているじゃないか」とか、「こんなこといったらドキッとするじゃないか」というだけで、反競争的という判断をしてしまいかねません。

もちろん、被拘束者が嫌がっていても競争促進的なこともあれば、好んでいても競争阻害的であることもあるわけです。

反競争効果発生機序の意味が分かっていない人は、下手をすると、新規参入者の残余需要を増やす行為を排除行為と言い出しかねません。

このように、反競争効果の発生機序を理解することは非常に重要なのですが、実務では、まだまだ浸透していないみたいです。

今日の記事で少しでもイメージをつかんでもらえたらと思います。

 

 

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