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2021年8月19日 (木)

排他的原材料購入義務によりライセンシーの競争手段を制約することは違法か?

知財ガイドライン第4の4(1)では、

「(1) 原材料・部品に係る制限

 ライセンサーがライセンシーに対し、原材料・部品その他ライセンス技術を用いて製品を供給する際に必要なもの(役務や他の技術を含む。以下「原材料・部品」という。)の品質又は購入先を制限する行為は、

当該技術の機能・効用の保証、安全性の確保、秘密漏洩の防止の観点から必要であるなど一定の合理性が認められる場合がある。

 しかし、ライセンス技術を用いた製品の供給は、

ライセンシー自身の事業活動であるので、

原材料・部品に係る制限はライセンシーの競争手段(原材料・部品の品質・購入先の選択の自由)を制約し、また、

代替的な原材料・部品を供給する事業者の取引の機会を排除する効果を持つ。

したがって、上記の観点から必要な限度を超えてこのような制限を課す行為は、

公正競争阻害性を有する場合には、

不公正な取引方法に該当する(一般指定第10項、第11項、第12項)。」

とされています。

これを素直に読むと、「ライセンシーの競争手段・・・を制約」すること自体が、排他条件付取引の公正競争阻害性の原因の1つになるように読めないでしょうか。

でも、それは違います。

現在では、排他条件付取引の公正競争阻害性は、競争者を排除することだと整理されています。

相手方(ライセンシー)の競争手段を制約すること自体が公正競争阻害性を構成するとは考えられていません。

上記のガイドライン引用部分では、確かに、「公正競争阻害性を有する場合には」という条件が付いているのですが、読むほうが知りたいのは、ではどういう場合が「公正競争阻害性を有する場合」にあたるのかを知りたいわけです。

ライセンシーに原材料を併せて買わせていいものか気になったライセンサーの知財部の人が、インターネットで検索してどうやら知財ガイドラインに関係あることが書いてそうだと知って、そういう、いわば「藁にもすがる」思いでガイドラインを読む人の立場に立てば、ライセンシーの競争手段を制約することがだめだと書いてあれば、それが公正競争阻害性のことなんだと読むのがあたりまえだと思います。

そういう人に、もっとよくしらべてここでの公正競争阻害性はそういう意味では無いんだ(価格維持効果と市場閉鎖効果の意味なんだ)とわかれ、というのは酷だと思います。

確かに、知財ガイドライン第4の1(2)では、

「(2) 不公正な取引方法の観点からは、技術の利用に係る制限行為が、一定の行為要件を満たし、かつ、公正な競争を阻害するおそれ(以下「公正競争阻害性」という。)があるか否かが問題となるところ、本指針において、公正競争阻害性については、第2-3に述べた競争減殺効果の分析方法に従い、

[1] 行為者(行為者と密接な関係を有する事業者を含む。以下同じ。)の競争者等の取引機会を排除し、又は当該競争者等の競争機能を直接的に低下させるおそれがあるか否か〔=市場閉鎖効果〕、

[2] 価格、顧客獲得等の競争そのものを減殺するおそれがあるか否か〔≒価格維持効果〕、

により判断されるものを中心に述べることとする(公正競争阻害性についてのその他の判断要素については後記(3)参照)。」

とは書いてありますが、それは、問題の第4の4(1)よりもだいぶ前の遠いところに書いてあるだけなので、むしろ第4の4(1)の中に書いてある「ライセンシーの競争手段の制約」のほうが、ずっと重要でインパクトがあるようにみえるはずです。

あるいは、上記総論部分の市場閉鎖効果と価格維持効果はあくまで総論なので、各論部分に書いてある「ライセンシーの競争手段の制約」のほうが優先するんじゃないか(いわば、一般法と特別法の関係に立つんじゃないか)と思う人がいても、まったく不思議ではありません。

むしろ、法律家の中にすら、そういう読み方をする人が多数いてもおかしくないと思います。

冷静に、論理的に(=内容は無視して、文章の構造だけに着目して)読めば、総論部分の価格維持効果と市場閉鎖効果の記述により各論部分の競争手段の制約はほぼ「空振り」になることがわかるのですが、はじめて知財ガイドラインを読んだ人がそんな読み方をできるはずがありません。

ですが、結論的には、

「原材料・部品に係る制限はライセンシーの競争手段(原材料・部品の品質・購入先の選択の自由)を制約し」

の部分は、総論部分の市場閉鎖効果と価格維持効果に照らせば、ほぼ「空振り」にならざるを得ないわけです。

さらにやっかいなことには、流通取引慣行ガイドラインが、価格維持効果について、

「「価格維持効果が生じる場合」とは,非価格制限行為により,当該行為の相手方とその競争者間の競争が妨げられ,当該行為の相手方がその意思で価格をある程度自由に左右し,当該商品の価格を維持し又は引き上げることができるような状態をもたらすおそれが生じる場合をいう。」

というように、競争の実質的制限の価格版のような割り切り方をしているのに対して、知財ガイドラインの価格維持効果(とはガイドラインでは呼ばれていませんが)については、

「[2] 価格、顧客獲得等の競争そのものを減殺するおそれがあるか否か」

という、何とも微妙な、捉えどころのない書き方をしているので、ひょっとしたら競争手段の制約も「顧客獲得等の競争」の減殺になるという意味ではないか?といった勘ぐりが生じるおそれがあります。

しかし、ここはどこにも書いていない、理論で裏付けるしかないことなのですが、原材料をライセンサーのみから買わせることが、「顧客獲得等の競争」を減殺するおそれがある、というのは、通常、とても考えにくいことです。

ありうるシナリオとしては、ライセンシーが、もっと品質の高い原材料を調達できたら顧客獲得できるのにライセンサーの劣った品質の原材料を使わないといけないので顧客が獲得できない、というものくらいでしょう。

でも、たとえばライセンシーが1社だけで、ほかにも同種商品を(ライセンサーからのライセンスを受けずに)供給している事業者がたくさんいる、というような一般的なパターンだと、「競争そのものを減殺するおそれ」が生じることはかなり考えにくいです。

理屈の上では、対象特許が非常に強い代替技術のない特許であって、ライセンサーが多数の(市場における全ての)商品供給者にライセンスしているときに、全てのライセンシーが原材料をライセンサーから購入しなければならないので品質競争が阻害される、ということがあるかもしれません。

しかし、実際に世の中でそのようなことが起こることはほとんどないでしょうし、もしあったら、むしろ私的独占で処理する方が妥当でしょう。

そういう意味で、流取ガイドラインが「価格」維持効果に絞ったのは、理論的にはあまり根拠があるとはいえない(あるいは、品質で調整した価格、あるいは、品質で調整した数量、という概念を使って修正する必要がある)のですが、ある意味で(流通取引では実際にはあまり起こらない)価格以外のところは割り切ったのだともいえ、実務の指針であるガイドラインとしてはむしろ好ましいといえます。

これに対して、「知財ガイドラインが『顧客獲得等の競争』と書いたのは、知財では流通と異なり1社独占になることもあるので価格以外も端折らなかった、という深謀遠慮があるのだ」、というのはきっと深読みのしすぎで、そこまでは考えられていないはずです。

理由は、そのような知財を特別視する考えには理論的根拠がないのと、そのような考えをうかがわせる執行例や相談事例などは一切ないからです。

というわけで、私は、「ライセンシーの競争手段(原材料・部品の品質・購入先の選択の自由)を制約し」の部分は、ほぼ空振りですから、削除するのがおかしな誤解を招かず望ましいと思います。

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