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2021年7月29日 (木)

ベイクルーズ判決とアフィリエイト広告

アフィリエイト広告(アフィリエイターが書く記事風広告)の表示主体が広告主(商品役務の供給者)なのか、という問題についてこれまでも言及され、今後も言及されることが多いと思われるベイクルーズ判決について、同判決を本当にアフィリエイトに適用するのが正しいのか、少し考えてみます。

ベイクルーズ事件の事実関係をベイクルーズと八木通商に対する排除命令書から抜粋すると、

「(3) ベイクルーズ

八木通商に対して,

ジー・ティー・アー社製ズボンを発注するに当たり,

輸入者としての八木通商の商号等が記載された家庭用品品質表示法に基づく品質表示タッグ及びベイクルーズの商号等が記載された下げ札の作成並びに商品への取付け委託しており,

八木通商

同品質表示タッグジー・ティー・アー社製ズボンのウエスト部分の裏側

同下げ札同ウエスト部分

それぞれ取り付けて,

ジー・ティー・アー社製ズボンベイクルーズ納入している。」

「(4) ベイクルーズ

前記(3)の品質表示タッグ及び下げ札が取り付けられたジー・ティー・アー社製ズボン

同社の小売店舗において⼀般消費者に販売している。」

という部分です。

ここで、(3)は、八木通商の違反行為であり、品質表示タッグ(八木通商の商号記載)と下げ札(ベイクルーズの商号記載)が同社の違反表示です。

(4)は、ベイクルーズの違反行為であり、同じく、品質表示タッグと下げ札が同社の違反表示です。

アフィリエイトを考える上で注意すべきは、ベイクルーズ事件は、このように商品に付された表示(品質表示タッグと下げ札)についての判断だ、ということです。

この点、アフィリエイトのように、商品自体はもちろんのこと、メーカー(広告主)のウェブサイトからも遠く離れたアフィリエイトサイトに表示される広告の場合に、ベイクルーズ判決をそのまま適用してよいのかは、要検討です。

次に、ベイクルーズ判決の規範部分ですが、少々長いですが大事なのでそのまま引用すると、まず同判決は景表法の趣旨について、

「景品表示法の目的は,商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防⽌することにより,公正な競争を確保し,もって⼀般消費者の利益を保護することにあり(同法1条),

このような目的を達成するために,景品表示法は,「事業者は,自己の供給する商品又は役務の取引について,次の各号に掲げる表示をしてはならない。」と規定して(同法4条1項柱書),事業者に対し,不当に顧客を誘引し公正な競争を阻害するおそれがある表示をすることを禁じており,

そして,その違反⾏為があった場合には,公正取引委員会は「当該事業者に対し,その行為の差止め若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項又はこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる。その命令は,当該違反行為が既になくなっている場合においても,することができる。」と規定して(同法6条1項),一般消費者の誤認を排除する措置及び再発を防止する措置をとるよう命じる排除命令を事業者に対して発することができることとしている。」

としています。

公取委の時代なので「公正な競争」となっていますが、この部分はあまり解釈論上の差をもたらさないと考えられているので、無視してよいでしょう。

これに続けてベイクルーズ判決は、

「以上のような法の趣旨〔=一般消費者の利益保護〕に照らし,また,同法4条1項は不当表示を行った違反者に対して民事的・刑事的な非難を加えてその責任を問うたり刑罰を課したりするものではないことをも考慮して,

同法4条1項3号に該当する不当な表示を行った事業者(不当表示を行った者)の範囲について検討すると,

商品を購入しようとする一般消費者にとっては,

通常は,商品に付された表示という外形のみを信頼して情報を入手するしか方法はないのであるから,

そうとすれば,そのような⼀般消費者の信頼〔=商品に付された表示という外形の信頼〕を保護するためには,

「表示内容決定に関与した事業者」が法4条1項の「事業者」(不当表示を行った者)に当たるものと解すべきであり,

そして,「表示内容決定に関与した事業者」とは,

〔①〕「自ら若しくは他の者と共同して積極的に表示の内容決定した事業者」のみならず,

〔②〕「他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者」や

〔③〕「他の事業者にその〔=表示内容の〕決定を委ねた事業者」も含まれるものと解するのが相当である。

そして,上記の〔②〕「他の者の表⽰内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者」とは,

他の事業者が決定したあるいは決定する表示内容についてその事業者から説明を受けてこれを了承しその表示を自己の表⽰とすることを了承した事業者をいい,

また,上記の〔③〕「他の事業者にその〔=表示内容の〕決定をねた事業者」とは,

自己が表示内容を決定することができるにもかかわらず他の事業者に表示内容決定を任せた事業者をいうものと解せられる。」

としています。

さて、ここでも、ベイクルーズ判決は、一般消費者は「商品に付された表示という外形のみを信頼」するしかない、という点を強調しています。

これも、アフィリエイト広告とはずいぶんと違う想定です。

というのは、まず、表示の場所の問題として、アフィリエイト広告は、広告主のサイトとは離れたアフィリエイトサイトに表示されます。

また、表示の内容の問題として、アフィリエイト広告の特徴は、アフィリエイターが独自に作成する内容であることに本質的な意味がある、ということが挙げられます。

アフィリエイト広告では、アフィリエイターが、自ら使ってみた使用感などの感想や、使用経験に基づくランキングなどを投稿するわけですが、これは、本来的には、広告主がコントロールできることではありません。

むしろ、広告主自身が提供することができない情報を提供することで顧客を惹きつける点に、アフィリエイト広告の特徴があります。

広告主の提供する情報だけを見せるのであれば、アフィリエイト広告である必要はなく、バナー広告を別のサイト(アフィリエイトサイトでもよい)に貼り付ければよいだけの話です。

あと、これは病理的な現象としてですが、あたかも第三者によるレビューであるかのように見せる(広告主からの独立性を装う)という面もあります。

これらの、表示場所、表示内容(アフィリエイターの創造性)、広告主からの独立性の偽装、のいずれをとっても、商品に付された表示を前提に、「一般消費者は商品に付された表示を信頼するしかない」という想定とは、かけ離れていることがわかります。

上の引用部分ではあえて補足しましたが、

そのような⼀般消費者の信頼を保護するためには,

「表示内容決定に関与した事業者」が法4条1項の「事業者」(不当表示を行った者)に当たるものと解すべきであり,」

という部分の、

そのような⼀般消費者の信頼」

というのは、その直前の、

商品に付された表示という外形に対する一般消費者の信頼

のことであり、さらに言葉を足せば、

それを信じるしかないところの商品に付された表示という外形に対する一般消費者の信頼

ということでしょう。

このように見ていくと、ベイクルーズ判決の想定が、いかにアフィリエイト広告からかけ離れたものであるかがわかるでしょう。

まず、消費者が、アフィリエイト広告を「信じるしかない」ということはありえません。

消費者がアフィリエイト広告を目にすることになるのは、多くの場合、ある商品(たとえばカーオーディオに差し込んで使うのに適したUSBメモリ)を探すためにインターネットを検索する場合でしょう。

たとえば、「マツダコネクト」、「USB」、「おすすめ」なんていうキーワードで検索します。

またこれとは別に、いわゆるインフルエンサーのアフィリエイトサイトなどを日常的に見ている消費者は、そこでお勧めされる商品のリンクをクリックして商品を買う、ということもあるでしょう。

いずれの場合であっても、消費者は、商品を積極的に探索していることがわかります。

決して、アフィリエイト広告の内容を信じるしかない、という立場ではありません。

さらにいえば、ベイクルーズ判決は、広告主が問題の表示を「自己の表示とすること」を前提にしています(ベイクルーズ事件が品質タッグと下げ札をズボンの小売店の「自己の表示」であるとした事案なので、これは自然なことではあります)。

つまり、②「他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者」の説明として、

「他の事業者が決定したあるいは決定する表示内容についてその事業者から説明を受けてこれを了承しその表示を自己の表⽰とすることを了承した事業者」

と述べていますが、この「自己の表示とすること」は、当然のことながら、①と③でも前提とされていると考えられます(そう考えない理由が思い当たりません)。

そうすると、とくにアフィリエイトとの関係で問題になる、

③「他の事業者にその〔=表示内容の〕決定をねた事業者」

=「自己が表示内容を決定することができるにもかかわらず他の事業者に表示内容決定を任せた事業者」

についても、

「自己が自己の表示の表示内容を決定することができるにもかかわらず他の事業者に自己の表示の表示内容決定を任せた事業者」

というように補わなければならないのではないか(それがベイクルーズ判決の言っていることではないか)、という気がします。

ここで念のために述べておくと、ベイクルーズ事件では、品質タッグには八木通商の名前が入っており、下げ札にはベイクルーズの名前が入っていますが、品質タッグも下げ札も、ベイクルーズ(=自己)の表示、という扱いです。

品質タッグは八木通商(=自己)の表示で、下げ札はベイクルーズ(=自己)の表示、というのではありません。

このことは、同時に排除命令がなされたビームズやユナイテッドアローズでは、品質タッグにも下げ札にも八木通商の名前は出ていないにもかかわらず八木通商が違反者とされていることから明らかです。

つまり、「自己の表示とする」ということと、自己の名義を表示するということには、何の関係もありません。

さて、このように、「自己の名義を表示する」ことと「自己の表示とする」こととは何の関係もない、ということからすると、広告主の名義が表示されないアフィリエイト広告を広告主の「自己の表示」であるとしてもいいのではないか、という発想が自然に浮かぶと思います。

そして、そのような素朴な発想に素直に従えば、アフィリエイト広告は、広告主が内容の決定を含め自己(=広告主)の表示とすることをアフィリエイターに委ねた広告主自身の表示であると考えて差し支えない、という結論に結びつきそうです。

しかし、私の疑問は、既に述べたようにアフィリエイトのような形態をまったく想定していないベイクルーズ判決の文言を、妥当な解決が図れる(※妥当かどうかは意見が分かれるでしょうけれど)というだけの理由で、アフィリエイトにそのまま適用してよいものか、ということです。

私は、判決の規範や法令の条文は一人歩きするのが当然であり、その背景や趣旨に遡って文言とは反対の結論を導いたりするのは、できるだけやらないでおきたいと思っています。

きっと実務家にはそういう人が少なくないと思います。

というのは、文言を一人歩きさせないと、つまり、文言の趣旨背景にまでいちいち遡って判断しないといけないとなると、その分野の専門家しか正しい結論を導けなくなり、大変なことになるからです(専門家は儲かるかもしれませんが)。

そういう趣旨背景をいちいち読みなおさないと正しい判断ができない規範というのは、やっぱり規範としてできが悪いのであって、ベイクルーズ判決でいえば、「表示内容の決定を委ねた」というのは、ちょっと広すぎるのだと思います。

つまり、ベイクルーズ事件のような、商品にくっついた表示であり、イタリア産のズボンという趣味品で広くCMや雑誌で広告されるわけでもなく、ほかに情報を得る術もない、という商品と表示の関係なのであれば、「自分で決定できるのに他人に任せた」というので責任を負わせても問題ないでしょう。

でも、アフィリエイトは事情がまったく異なるので、「委ねた」というので責任を広告主に負わせてよいのか、ということを今一度考える必要があるように思うのです。

ベイクルーズ判決もいうように、排除命令(現在の措置命令)は刑事や民事の責任を問うものではありませんが、当時と異なり現在は課徴金もある、ということも考えないといけません。

(ただ、私は、課徴金がかかるという理由で表示主体性を狭く解するべきだとは考えていません。)

もしベイクルーズ判決の土俵でアフィリエイト広告を処理するなら、どのような場合に、表示内容の決定を「委ねた」といえるのか、を議論していく、ということになるのでしょう。

たとえば、アマゾン事件では、二重価格表示が表示される仕組み(比較対照価格が決まる仕組みも含む)をアマゾンが作っていたことが「委ねた」の要素として重視されていますが、では、アフィリエイトという仕組みを、そういうものだとわかりながら使っているというだけで、常に表示内容の決定を「委ねた」と言っていいのか、ということが問題になると思います。

私は、アフィリエイトの仕組みを知りながらそれを利用しているだけで「委ねた」にあたると考えていますが、なぜ、アフィリエイトならそのような解釈が許されるのか、考えてみないといけないと思っています。

たぶん、「委ねた」ということが本質的なのではなくて(そういう意味では「委ねた」というモノサシはややピンボケで)、表示作出にどれだけ加功したか、表示作出の駆動力(drive)になったか、が重要なのではないか、駆動力になっている場合には「委ねた」にあたる、というのでいいのではないか、とさしあたり考えています。

単に消極的に「丸投げ」したとか、「黙認」だけで「委ねた」というのは、ちょっと広すぎると思います。

そういう意味では、アフィリエイトは広告主が広告作成と掲載の対価としてお金を出しているので、完全にアウトだと思います。

将来いろいろな広告形態がでてきたときも、この、表示作出の駆動力になったか、で決める、というので、だいたい処理できるように思います。

駆動力(主にお金)がなければ、広告は世に出ないわけですから、合目的的な解釈でもあります。

あとは、広告内容作成と広告掲載の対価という形でお金を出すのか、販売価格と仕入価格の差額(マージン)という形でお金を出すのか(仕切売買の場合)、表示という狭い範囲ではなく販売促進活動一般という広い役務の対価としてお金を出すのか(委託販売の場合)、によって結論が違うのか同じなのかを詳細に考えていけばよいと思います。

また、現在の景表法は表示内容の虚偽にフォーカスした規制なので、ステマは「内容」の虚偽ではないので規制できない、というのが一般的な考え方でしょうから(私もそう思います)、「表示内容の決定を委ねた」という基準になっていますが、将来、表示主体を偽ることも不当表示なのだと法改正されたら、ベイクルーズ判決の基準は使えなくなりますし、アフィリエイトはまさに利害関係を隠すところにより大きな問題(あるいは独自の問題)があるので、あんまりベイクルーズの基準べったりだと、過去の議論に引きずられておかしな解釈が出てこないかも心配になります。

というわけで、アフィリエイトは考えないといけないことが盛りだくさんです。

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コメント

なるほど。
ベイクルーズ事件では関係者諸共連名で排除命令がでたが、それをアフィリエイトにそのまま適用できるかというと、判断が難しいところですね。

ただアフィリエイトの場合は故意に誇大表現をするケースが多いですよね。

このあたり、昨年5度に渡って開催された「アフィリエイト広告に関する検討会」で議論されたのでしょうか。
昨年中に一定の結論を出すとしていましたが、何の音沙汰もありませんね。

コロナで遅れてるのかな。今後に注目です。

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