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2021年7月 1日 (木)

下請法の製造委託と商法526条

下請法上の製造委託にも商法526条の適用はあるのでしょうか。

商法526条は、

「(買主による目的物の検査及び通知)

第五百二十六条 商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。

2 前項に規定する場合において、

買主は、

同項の規定による検査により売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことを発見したときは、

直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、

その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。

売買の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないことを直ちに発見することができない場合において、

買主が六箇月以内にその不適合を発見したときも、同様とする。

3 前項の規定は、売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことにつき売主が悪意であった場合には、適用しない。」

と規定しています。

つまり、商人間の売買では、直ちに発見できない瑕疵(契約不適合)であっても、受領後6か月以内に売主に通知しなければ、契約不適合責任(瑕疵担保責任)を請求できないことになります。

では、商法526条1項は「売買」としていますが、同条は下請法の製造委託にも適用されるのでしょうか。

まず、江頭『商取引法〔第4版〕』p27には、

「いわゆる製作物供給契約にも〔商法527条は〕適用がある」

として、東京地判昭和52年4月22日を引用しています。

この事例は日本とアメリカの商人間におけるテレビキヤビネツトの製作物供給契約につき、買主たるアメリカの商事会社が商法526条1項所定の通知を直ちにしたものとは認められなかつた事例ですが、判決では商法526条適用の理由につき、とくに理由を述べることなく、

「本件の如き製作物供給契約についても商法五二六条の適用があるものと解すべきである」

と、結論だけを述べています。

ほかにも製作物供給契約について商法526条の適用を認めた判決はいくつかあります。

東京高判昭和48年8月30日の事案では、製作物供給契約について買主(注文者)は請負であると主張したものの、裁判所は、

「控訴人〔買主〕は、本件ラッチ納入契約が民法上の請負であって、商法五二六条の規定の適用を受ける商事売買ではないという。

前認定したところによると、係争の契約は、

付属品である各種金具一式の大口取引を業とする被控訴会社〔売主〕が

雑貨の販売を業とする控訴会社〔買主〕の注文に応じて、

外国向けにあてるものであることを知って、キヤビネット・ラッチの見本を示され、材料の全部をととのえ、これによって見本に適合する品物を少なくとも差当り一五、〇〇〇個製作したうえ、一個当りの約定単価を乗じた金額を代金としてこれを譲り渡す

という内容であったというのである。

思うに、このような契約は、一般に製作物供給契約と称されるものであるが、前掲検甲及び乙号各証ならびに弁論の全趣旨をあわせ考えれば、

被控訴会社〔売主〕自らが目的物を製作するわけではなく、

被控訴会社〔売主〕とかねて取引のある町工場で製作して供給するものであることが認められ、

控訴会社〔買主〕は被控訴会社〔売主〕に目的物の見本を示したものの、

その規格・形態等の点において特殊の用途にだけ用いられる性質のものであるという別段の事情の存したことの主張立証がないことにかんがみて、

ラッチ一般の性状のものの代替的かつ大量の取引であることが窺われるから

係争の契約は、不特定物の売買に関する民商法の規定の適用を免れなものと解することが相当である。」

と判示しています。

つまり、特殊なものではない一般的かつ代替的な製品を大量に発注するものであることから商法526条の適用を認めているといえます。

逆に言えば、一品物の製造委託のような場合には、むしろ請負に近く、ひょっとしたら商法526条の適用はないとされるかもしれません。

東京地判平成2年2月23日は、暖房機の放熱器に取り付けるスイッチの供給契約が売買か請負かが争われた事案(当該スイッチの瑕疵による火災に起因する損害賠償請求事件)において、

「ニッシンエンジニアリングと原告〔発注者〕との契約は売買契約と解されるが、

被告〔製造者〕とニッシンエンジニアリングとの契約の性格をどのように解すべきか検討する。

まず、スイッチ仕様図面に記載されているシャフト切替用の角度の点また原告は本件スイッチ仕様図面に基づくスイッチをファンベクターに取り付けていたことを考え合わせると、

本件スイッチ仕様図面どおりに被告が承認図を作成していたら被告は原告からスリーブの角度について修正を指示されるということはなかったと考えられる。

また、ニッシンエンジニアリングが被告に交付した本件スイッチ仕様図面と被告が昭和四八年五月三〇日に原告に提出した承認図は、スイッチの型が丸型から角型に変わっており、スイッチの外部の寸法なども多少異なっている。

さらに、ニッシンエンジニアリングからの依頼のわずか二日後に被告は原告に対し承認図の原案というべきものと試作品を提供している。

加えて、ファンベクター用のスイッチとしてはC端子は不要である。

これらを総合考慮すれば、被告の作成した承認図及びこれに基づく試作品は、

少なくとも本件ファンベクター専用のためのものではなく

原告から交付された本件スイッチ仕様図面に最も近似した被告の有する既製品あるいは既製品に簡単な修正を加えたものであったことが推認される。

したがって、原告は、本件ファンベクターのスイッチとして機能する種類、品質を有するものであれば、スイッチの外形如何、部品の寸法の多少の差異、端子の数などについてはさして重要なものとは考えていなかったと解するのが相当で、

その取引の客体は、スイッチの個性によって定まるのではなく、

スイッチの種類、品質、数量によって定められたというべく、代替物としての性格を有していたとみるべきである。

また、原告が被告に対し、スイッチのスリーブについての角度の修正を指示しているが、

これも一日で試作品を作成し原告から承認図に押印を受けていることからすれば、ごく簡単にできる修正であったといえ、

また、前記認定のとおり山口電気はスリーブについて一五度の角度のついたスイッチを標準品として販売していたことを考え合わせると、

なお同様に、取引の客体としてのスイッチは代替物としての性格を有していたとみるべきである。

以上よりすれば、被告とニッシンエンジニアリングとの間の契約は、契約当事者の一方が、もっぱら、または主として自己の供する材料により、契約の相手方の注文する物を製作し供給する契約すなわち製作物供給契約であると解されるが、

被告がニッシンエンジニアリングに供給することとなった取引の対象たるスイッチは、その種類、品質、数量によって定められ、同種、同等、同量の物をもって置き換えられるという代替物としての性質を有しているものと解され、

したがって、被告とニッシンエンジニアリングの契約は基本的には売買の性格を有する製作物供給契約とみるべきである。」

と判示して商法526条の適用の余地を認めました(ただし同条を排除する黙示の合意を認定し、同条の適用を結論において否定)。

この判決を見ると、ここでも、製作物供給契約は代替物の供給なので売買の性質を有し、ひいては商法526条の適用もある、と考えられていることがうかがえます。

つまり、代替物ではない、一品物のの製造委託では、むしろ請負的性質と解されて、商法526条の適用はない、と解されるのではないか、と思われます。

東京地判昭和35年6月9日では、製作物供給契約に請負に関する規定と売買に関する規定の両方を適宜複合的に適用すべきとされ、商法526条の適用が肯定されました。

判決は、

「本件のようないわゆる製作物供給契約にあつては、如何なる法規を適用すべきかの問題があるが、

具体的事案によつて、或面においては請負に関する規定を適用し或面においては売買に関する規定を適用するということもあり得るものといわなければならない。

本件契約にあたつては、コアーツナギの製作は被告〔買主〕の設計に基くものであるから、

目的物にかしがあつて被告〔買主〕が契約を解除する場合においてそのかしが被告の指図によつて生じたものであるときは、請負に関する民法第六百三十六条が適用されるとともに、

その他の面では、むしろ売買と同視すべく

特に被告〔買主〕が供給を受けた目的物のかしを理由に契約を解除する際の要件については、売買に関する民法第五百七十条、第五百六十六条、商法第五百二十六条の規定が適用されるものと解する。

〔中略〕

被告は、契約解除の他の理由として、送付されたコアーツナギにかしがあることを挙げているが、本件におけるように個々の目的物については直ちに発見することができるかしであつても、目的物が多量であるために、その全体については、直ちにそのかしを発見することができない場合にはそのかしは民法第五百七十条にいう隠れたるかしに該当し、

商人間の売買たる本件においては、商法第五百二十六条の規定により、被告〔買主〕は六ケ月内にかしを発見し、かつ、直ちに原告に対してその通知をしなければ、そのかしを理由に契約を解除することはできない」

と判示しました。

この判決は製作物供給契約には基本的に売買の規定(商法526条を含む)が適用されると考えているといえるでしょう。

以上のような裁判例の傾向からすると、大量生産の代替物の製造委託(下請法の製造委託ではこちらが多いでしょう)には商法526条が適用され、一品物の製造委託の場合には商法526条は適用されない、といえそうです。

では、製造委託に原則として商法526条が適用されるとすると、下請法上の返品ややりなおしに関する規定はどのように適用されることになるのでしょうか。

まず返品についてみると、令和2年版下請法テキストp61では、

「(イ) 下請事業者の給付に瑕疵等がある場合」

には返品ができるものの、

「給付に係る検査を省略する場合,又は,

給付に係る検査を親事業者が行わず,かつ,当該検査を下請事業者に文書で委任していない場合」

には返品ができないとされています。

つまり、商法526条2項では、

①瑕疵を見つけたら直ちに通知しなければならず、

②隠れたる瑕疵でも6か月以内に通知しないと瑕疵担保責任を追及できない、

逆に言えば、

①隠れていない瑕疵は直ちに通知すれば(検査を省略しても)瑕疵担保責任を追及でき、

②隠れた瑕疵は6か月以内に通知すれば瑕疵担保責任を追及できる、

のに対して、下請法では、

①検査を省略すると(隠れたる瑕疵を6か月以内に通知しても)返品は一切できず、

②検査を下請事業者に口頭で委託しているに過ぎない場合には、(隠れたる瑕疵を6か月以内に通知しても)返品は一切できない、

ということになり、下請法のほうがずいぶん発注者に厳しくなっています。

逆に言えば、返品するためには、

①親事業者自ら検査するか、

②下請事業者に検査を文書で委託するか、

する必要があります。

そのうえで、返品が認められる期間については、下請法テキストp62で、

(ア)直ちに発見することができる瑕疵がある場合は、

受領後速やかに返品することは認められ、

親事業者がロット単位で抜取検査を行っているときに合格ロット中の不良品についても、①継続的な下請取引の場合において,②あらかじめ返品することが合意・書面化されており,かつ,③当該書面と3条書面との関連付けがなされていれば、返品が認められ、

下請事業者に検査を文書で委任している場合(商法526条の規定を排除する合意と解されます)には、下請事業者の検査に明らかな過失があれば,受領後6か月以内に返品することは認められ、

(イ) 直ちに発見することができない瑕疵がある場合は,

給付の受領後6か月以内に返品することは認められ、また、

下請事業者の給付を使用した親事業者の製品について一般消費者に対して6か月を超えて保証期間を定めている場合には,その保証期間に応じて最長1年以内であれば返品することが認められる、

とされています。

次に、やり直し(代替品納入を含む)については、下請法テキストp84では、

「下請事業者の給付の受領後,下請事業者の給付の内容が3条書面に明記された委託内容と異なるため又は下請事業者の給付に瑕疵等があるため,やり直しをさせる」

ことは、原則として認められるものの、やり直しの期間に制限があり、

①「通常の検査で直ちに発見できる瑕疵の場合,発見次第速やかにやり直しをさせる必要」があり、

②「通常の検査で瑕疵等のあること又は委託内容と異なることを直ちに発見できない下請事業者からの給付について」は,「受領後1年」に限りやり直しをさせることができ、さらに、

③「親事業者が顧客等(一般消費者に限られない。)に対して1年を超えた瑕疵担保期間を契約している場合に,親事業者と下請事業者がそれに応じた瑕疵担保期間をあらかじめ定めている場合」は、当該瑕疵担保期間中はやり直しをさせることができる、

とされています。

ここで問題になるのは商法526条2項との関係です。

というのは、商法526条2項では、隠れた瑕疵でも受領後6か月を超えると瑕疵担保責任を追及することはできません。

これに対して、下請法上は、隠れた瑕疵については受領後1年間はやり直しをさせることができます。

これはどのように考えればいいのでしょうか。

まず、当事者間の契約内容は商法526条2項で決まるので、別段の特約のない限り、発注者は下請事業者に対して6か月を超えて瑕疵担保責任を追及することができません。

なので、いくら下請法では1年間はやり直しをさせることができるといっても、それは、1年間はやり直しをさせても下請法には違反しないというだけのことで、下請事業者がいやだといえば、契約上の根拠もないのにやり直しをさせることはできません。

つまり、1年間はやり直しをさせることができるといっても、それは下請事業者の合意があることが前提です。

そしてこの下請事業者の合意は、契約後の事後的な合意でもよいと考えられます。

これに対して、顧客等に1年を超える保証をしている場合は、「親事業者と下請事業者がそれに応じた瑕疵担保期間をあらかじめ定めている場合」、つまり事前の合意があることが前提なので、事後的な合意では(民事上は問題ないものの)下請法違反になってしまいます。

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