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2021年1月

2021年1月23日 (土)

「意思の連絡」について:保証交換説

東芝ケミカル事件東京高裁平成7年9月25日判決では、不当な取引制限の「共同して」の要件について、

「原告の本件事案における行為が、法三条において禁止されている「不当な取引制限」・・・にいう「共同して」に該当するというためには、

複数事業者が対価を引き上げるに当たって、相互の間に「意思の連絡」があったと認められることが必要であると解される。

しかし、ここにいう「意思の連絡」とは、

複数事業者間で

相互に

同内容又は同種の対価の引上げを実施することを

認識ないし予測し、

これ〔=同内容又は同種の対価の引き上げ〕と歩調をそろえる意思があること

を意味し、

一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみては足りないが、

事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、

相互に

他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りる

と解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。」

と述べました。

まず、不当な取引制限の「共同して」にあたるためには、「意思の連絡」が「必要」(正確には、必要十分)である、といっています。

次に、「意思の連絡」の意味については、「・・・意思があること」と述べているので、「意思の連絡」というのは、値上げの意思を伝え合う行為のことではなく、値上げについて一定の意思が存在する状態を意味しています。

「連絡」というを「相手に通報すること」(広辞苑)という意味にとると、「意思の連絡」というのは、意思を通報するという行為を意味することになるので、一定の意思が存在する状態を意味するのにはそぐわないのですが、もう一つ、「連絡」には、「相互に意思を通じ合うこと」(広辞苑)という意味があるので、「意思の連絡」というのを、「意思が相互に通じ合っている状態にあること」という意味につかうのは、さほどおかしなことではないと思います。

(ただ、個人的には、意思の「連絡」という言葉は、意思を相手に伝えることを意味するように聞こえるので、「意思の連絡」という行為を通じて「合意」という状態が形成される、というほうが、自然な言葉使いのような気がしています。

実際、大橋弘「連載 経済学と競争政策 第3回 カルテルにおける経済学の活用」公正取引741号p61では、「『意思の連絡』に基づく合意」という言い方がされており、こちらのほうがずっと自然な日本語だと思います。)

次に、「意思の連絡」の定義にあたる、

「複数事業者間で

相互に

同内容又は同種の対価の引上げを実施することを

認識ないし予測し、

これ〔=他者がおこなう同内容又は同種の対価の引き上げ〕と歩調をそろえる意思があること」

をみていくと、まず、「相互に」というのは、「認識ないし予測し」にかかるのはあきらかでしょう。

「相互に」が、「意思がある」にかかるとすると、「相互に・・・意思がある」という、よくわからない日本語になってしまいます。

また、「相互に」が、「歩調をそろえる」にかかるとすると、「相互に・・・歩調をそろえる」となり、「相互に」と「そろえる」が、やや冗長ですし、一方の歩調に他方がそろえていればカルテルとして十分なはずで、「相互に」そろえていないとカルテルにならないというのは過剰な要件でしょう。

そこで、今、A、B、Cの3人がカルテルをする場合を考えると、「相互に・・・認識ないし予測」というのは、Aの立場からみると、Aが、BおよびCが同一値上げ(仮に100円とします)をすると認識ないし予測している、という意味になります。

よって、「相互に100円値上げすることを認識ないし予測する」とは、Bの立場とCの立場も加えて、

Aが、BおよびCが100円値上げすると認識ないし予測し、かつ、

Bが、AおよびCが100円値上げすると認識ないし予測し、かつ、

Cが、AおよびBが100円値上げすると認識ないし予測する、

という意味になります。

長いので式で表すと、

A(B,C)∩B(A,C)∩C(A,B)

です。

(A(・,・)は、Aが括弧内による値上げを認識ないし予測しており、それ以上でもそれ以下でもない、という意味です。)

さらに、「相互に・・・認識ないし予測」といえるためには、「A、B、Cが100円値上げすること」が共有知識(common knowledge)でなければならないか、つまり、

「Aが100円値上げすること、および、Bが100円値上げすること、および、Cが100円値上げすること」、AとBとCが知っていて、かつ、

「『Aが100円値上げすること、および、Bが100円値上げすること、および、Cが100円値上げすること』を、AとBとCが知っていること」、AとBとCが知っていて、かつ、

「『【Aが100円値上げすること、および、Bが100円値上げすること、および、Cが100円値上げすること】を、AとBとCが知っていること』を、AとBとCが知っていること」、AとBとCが知っていて、かつ、

(・・・以下、無限に続く)

ということまで必要か、というと、必要だというべきでしょう。

それが「相互に・・・認識ないし予測」している、つまり、「お互いに、相手の出方を、認識ないし予測しあっている」という意味にあうように思われますし、「意思の連絡」というラベルにおける、「連絡」(相互に意思を通じ合うこと)という言葉も、共有知識でなければならないことを示唆しているように思われます。

ですが、いうまでもなく、

「複数事業者間で

相互に

同内容又は同種の対価の引上げを実施することを

認識ないし予測し」

の部分だけでは、いわゆる意識的並行行為(各自が、他社が同一の行為(=「並行行為」)をおこなっていることを認識(=「意識的」)しつつ、かつ、各当事者間の合意なしに、自らも同じ行為をおこなうこと)の主観面(各自が、他社が同一の行為をおこなっていることを認識しつつ、かつ、各当事者間の合意がない状態)と区別できません。

そこで、東芝ケミカルの定義でカルテルと意識的並行行為と区別する部分は、

「これ〔=他者がおこなう同内容又は同種の対価の引き上げ〕と歩調をそろえる意思があること」

の部分だということになります。

ですが、「歩調をそろえる意思」の有無でカルテルと意識的並行行為を区別できるのかといえば、これもかなり微妙です。

というのは、意識的並行行為の典型例である、プライスリーダーに追随する場合の意思でも、フォロワーはプライスリーダーに「歩調をそろえる意思」(リーダーが上げた分だけ上げる意思)があるように思えるからです。

(ここで、議論を単純にするために、プレイヤーの選択肢は、現状の価格を維持するか、100円上げるか、のいずれかしかないと考えます。)

なので、「歩調をそろえる意思」というのは、文字どおりの「歩調をそろえる意思」(他者が100円上げたら自分も100円上げる意思)という意味ではなく、それ以上の何かが含意されていると考えるべきでしょう。

では、「それ以上の何か」とは何か、というと、これが難問です。

この問題については、東芝ケミカル判決が、「意思の連絡」に関する前記引用部分に続けて、

「特定の事業者が、他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をして、同一又はこれに準ずる行動に出たような場合には、

右行動が他の事業者の行動と無関係に、取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情

が認められない限り、

これらの事業者の間に、協調的行動をとることを期待し合う関係があり、右の「意思の連絡」があるものと推認される」

と述べている部分が考える材料になりそうです。

これによると、

「右行動が他の事業者の行動と無関係に、取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情」

があれば、「意思の連絡」がないことになるのですから、この「特段の事情」があれば、「歩調をそろえる意思」がない、ということになるでしょう。

ただし、「他の事業者の行動と無関係に」という部分は不要というか、これを入れてしまうと、意識的並行行為が「特段の事情」に含まれなくなってしまいます。(∵意識的並行行為は、他の事業者の行動を横目で見ながら行動するものなので。)

なので、「無関係に」というのは、文字どおり「無関係に」(考慮しないで)、という意味ではなく、「他の事業者に協力する意思なしに」というくらいに書き換えないといけないでしょう。

次の、「取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたこと」というのも、これでカルテルと意識的並行行為を区別できるのかというと疑問です。

というのは、カルテルの場合も、他者が100円値上げすることがわかっていれば自分が100円上げても「取引市場における対価の競争に耐え得る」ことになる点においては意識的並行行為の場合と異ならないはずなので、「取引市場における対価の競争に耐え得る」というのはもっともらしいことを言っているようにみえて実は意味がない(カルテルと意識的並行行為とを区別できない)、というべきでしょう。

「取引市場」というのが、「カルテルのない、あるべき市場」を意味していると深読みすれば、

「取引市場における対価の競争に耐え得る」

というのは、

「カルテルのない(ただし、意識的並行行為はあってもいい)、あるべき市場における対価の競争に耐え得る」

という意味になり、意識的並行行為の場合は特段の事情にあたる、と説明することも可能かも知れませんが、いかにもトートロジーの感が否めません。

使えるとすれば、「独自の」という部分ですね。(逆に言うと、「取引市場における対価の競争に耐え得る」の部分は使えない。)

なので、実務的には、カルテルの疑いをかけられたときに対する防御として、独自に意思決定したことを示すために、価格決定の過程を記録化したりします。

でもこれも考えてみると、「独自」でない場合というのは、まさに、「共同して」(独禁法2条6項)なので、結局は「共同して」が何を意味するのか(東芝ケミカルの図式にしたがえば、「意思の連絡」が何を意味するのか)、という問題の裏返しに過ぎない、ということがわかります。

というわけで、東芝ケミカルの定義をどうひねっても、カルテルと意識的並行行為の区別はできない、ということになりそうです。

なので、まったく違う図式を考えてみると、おそらく、カルテルと意識的並行行為のちがいは、

カルテルが、参加者が他の参加者に対して自分は協調的行動を妨害しないことの保証をお互いにあたえあう(保証の交換)

のに対して、

意識的並行行為の場合は、そのような保証の交換がない、

ということなのではないでしょうか(保証交換説)。

コーンスターチカルテル審決で審査官が、加藤化学が他のカルテル参加者に誘われた会食で、「足は引っ張らない」と言ったと主張した、まさにあれですね。

(なお、加藤化学は違反事実なしになりました。洞雞先生、大軒先生、おめでとうございます😃)

つまり、AとBのカルテルの成立のためには、AがBの値上げに積極的に追随する意思を持ちBにそれを伝えることまでは不要で、Bの値上げをAがじゃましない意思を持ちBにそれを伝える(そういう保証の交換を相互に行う)ことで十分だ、ということです。

このような、協調的行動を妨害しない保証を交換するか、という観点からカルテルと意識的並行行為を区別すると、たとえば、プライスリーダーが値上げ予定を事前に公表する場合には、その公表の時点では保証の交換はないので、カルテルにはあたらない、と説明することになります。

(この例からもうかがわれるように、保証の交換は、カルテル参加者が顧客に対して値上げを打ち出すよりも前に行われる場合にかぎり、カルテルにあたると考えるべきでしょう。そうしないと、プライスリーダーの値上げ告知の後にフォロワーが値上げ告知をしただけでカルテルになってしまいます。)

また、たとえば、談合をするときに、ある物件を落札したいA社が、B社に対して、応札の意向の有無を尋ねた場合、仮にB社がその物件に興味がなくもともと応札するつもりがなかったとしても、B社が「自分は応札しない」とA社に回答すると、保証をあたえている(1対1で談合なので「交換」ではありませんが、本質的な違いではないでしょう)ことになるので、Bも入札談合の参加者となるでしょう。この場合に、B社が「もともと応札するつもりはなかったので競争がない」とか「競争の実質的制限がない」といってもだめで、Bの回答がなければ競争があると考えていたAがBの回答のために競争を気にせず応札できたというだけで十分です。

こういう、保証交換説の観点から東芝ケミカル判決をみてみると、同判決では、

「本件事案においては、・・・

八社が事前に情報交換、意見交換の会合を行っていたこと、

交換された情報、意見の内容が本件商品の価格引上げに関するものであったこと、

その結果としての本件商品の国内需要者に対する販売価格引上げに向けて一致した行動がとられたこと

が認められる。

すなわち、

原告は、本件商品につき、同業七社の価格引上げの意向や合意知っていたものであり、

それ〔=7社の値上げ意向と合意〕に基づく同業七社の価格引上げ行動を予測したうえで

(とりわけ、右会合中に、住友ベークライトがした値上げについての協力要請につき、各社が賛同する発言をしている場において、原告の日野誠三は、価格引上げに賛成し、大手三社か約束を守って価格引上げを実行することを積極的に要求さえしていたものである。)、

昭和六二年六月一〇日の決定と同一内容の価格引上げをしたものであって、

右事実からすると、

原告は、同業七社に追随する意思で右価格引上げを行い、

同業七社も原告の追随を予想していたものと推認されるから、

本件の本件商品価格の協調的価格引上げにつき「意思の連絡」による共同行為が存在したというべきである。」

と認定されていますが、「協調行動を妨害しない保証をあたえたかどうか」という観点からは、東芝ケミカルが他の7社に「追随する意思で」値上げをおこなったかどうかは本質的ではなく(追随する意思だけで違反になるなら、意識的並行行為も違反になってしまいます)、本質的なのはその次の、

「同業七社も原告の追随を予想していた」

の部分であり、さらに掘り下げれば、東芝ケミカルが同業7社に東芝ケミカルの追随を予想させる行為をした(協調行為を妨害しない保証をあたえた)、ということが本質的に重要である、ということがわかります。

このような保証のあたえ方は、言葉で約束することもあるでしょうし、たんにカルテルの会合に出席するだけで、「あいつも仲間だ」と他の参加者に思わせるメッセージとして十分でしょう。(多人数の会合では全員が発言するとも限りませんし。)

明示的な合意から出発してどこまで広げられるかという発想でみていくと「共同して」は東芝ケミカル判決のような定義になるのでしょう。

また、「共同して」というのはふつう明示的な合意を連想させますから、そういう思考の経路自体は自然なことでもあります。

ですが、反対に、情報交換がどういう場合に(あるいはなぜ)カルテルになるのか、という、カルテルの外側から中心へアプローチしていく発想であれば、情報交換の反競争性は他の競争者が自己の行動について抱く不確実性を排除することにあるわけですから、カルテルの場合も問題の本質は一致した行動をとることそれ自体ではなく、他の事業者の行動についての不確実性を排除すること、具体的には、協調行為を妨害しない保証をあたえることが本質である、と整理することが、理論的にも正しいとわかるはずです。

さて最後に、東芝ケミカル判決の残りの、

「一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみては足りないが、

事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、

相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りる

と解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)」

の部分を片付けると、まず、

「一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみては足りない」

という部分は、BCの値上げをAが単に認識、認容するだけでは、AがBCに対して協調行為を妨害しない保証をあたえることにはなりませんから、「意思の連絡」にあたらないことに問題はないでしょう。

次に、

「事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく」

という部分は、前述のように協調行為を妨害しない保証をあたえる方法としては、黙って会合へ出席することも含まれますから、「明示して合意」するまでの必要がないことは当然でしょう。

最後の、

「相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りる」

というのは、ちょっと問題です。

たとえば、「相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識」だけだと、

A(B,C)∩B(A,C)∩C(A,B)

だけでは、意識的並行行為の主観面と異なりませんし、AがBCに対して協調行為を妨害しない保証をあたえることにもなりませんから、「意思の連絡」にはあたらないはずです。

では、

「他の事業者の対価の引上げ行為を・・・暗黙のうちに認容する」

で意思の連絡にあたるのか、というと、そもそも、BCの値上げをAが「暗黙のうちに認容する」という言葉の意味がわかりません。

このうち、「暗黙のうちに」というのは、口に出さない、ということですから、BCの値上げを認容したとAが口に出してBCに伝えるわけではない、という意味だといえます。

問題は、

「他の事業者の対価の引上げ行為を・・・認容する」

ということの意味です。

AがBCの値上げを「認容する」って、どういう意味でしょう?

「認容」とは、「みとめゆるすこと」(広辞苑)です。

でも、AがBCの値上げを「みとめゆるす」って、おかしくないでしょうか?

BCが値上げをしようとしているときに、Aが、BCに対して、「おれは、おまえたちの値上げを認めん!」なんていうことがあるのでしょうか?

なので、ここの「認容する」というのは、Aが、「あんたたち(BC)の値上げを、おれはじゃましないよ。」という意味なんではないでしょうか。

これを口に出して言うのが明示の「認容」で、口に出さず態度で示すのが黙示の「認容」でしょう。

こう解するのがカルテルの構造と実態に照らして自然ですし、それはまさに、保証交換説そのものです。

なので、判決が、

「他の事業者の対価の引上げ行為を・・・認容する」

の部分でほんとうに言いたいのは、

「他の事業者の対価の引上げ行為を・・・妨害しないという保証をあたえる」

ということなのでしょう。

「意思の連絡」を「合意」と略称することもありますが、(値上げの)「合意」という言葉のイメージからすると、保証交換説は、かなり遠い印象をあたえます。

しかし、それは、カルテルが想定している「合意」が、実際、値上げの「合意」というものからかなり遠いからなので、しかたありません。

なので、東芝ケミカル判決も「合意」という言葉は使わず、「意思の連絡」という、持って回ったような言い方をしたのでしょう。

「合意」というのを、値上げの「合意」ではなく、保証の交換の「合意」であると理解するならば、「意思の連絡」というやや不自然な日本語を使うよりも、「合意」という言葉を使ったほうが、わかりやすくて良いような気もします。

2021年1月20日 (水)

窓口商社を介した入札参加

談合の違反者が自ら入札に参加するのではなく、その窓口の商社が参加していたケースとして、近畿地区所在の低食塩次亜塩素酸ソーダ供給業者に対する平成11年1月25日勧告審決(担当官解説公正取引583号53頁)があります。

担当官解説p58では、

「本件で特筆すべき点は,関係人たる低食塩次亜供給業者は,いずれも競争入札等には直接参加していないことである。

そこで採られた方法が,関係人がそれぞれの競争入札等に参加する自社の窓口商社をコントロールして実施することであり,関係人は,窓口商社との固定的関係

(窓口商社自らは低金塩次亜の供給施設及びその輸送手段を有しないこと等のため)

を背景として,競争入札等においては窓口商社の応札価格(単価)を指示し,窓口商社は指示された応札価格で応札している状況にあった。

このように,関係人が窓口商社の応札価格をコントロールしていたことにより,本件発注者が実施する競争入札等に事実上参加していると同様な構図となり,その上で,関係人が話合い等によって浄水場又は下水処理場ごと,あるいは納入期間ごとに,それぞれ,あらかじめ供給予定者を決定し供給予定者が供給できるようにしていたものである。」

と解説されています。

この事件でわかることは、入札に自ら参加しない事業者でも入札談合で独禁法違反に問われる、ということです。

この事件の理屈と結論自体は、私もこれで良いと思うのですが、このように特定の事実関係のもとに述べられた一般論らしきものが一人歩きする傾向があるのが困ったものです。

勧告審決では、

「3 ダイソー、三菱瓦斯、南海化学、旭硝子、三井無機、トクヤマ、鐘淵化学、東亜合成、関東電化及び東ソーの10社(以下「10社」という。)は、それぞれ、10下水処理場向け低食塩次亜の指名競争入札等への入札参加者のうち特定の者を、主に自社が直接又は販売代理店等を介して供給する低食塩次亜を販売する者(以下「窓口商社」という。)としている。

また、窓口商社は、10下水処理場向け低食塩次亜について、大阪市から継続的かつ安定的な納入を求められているところ、自らは供給施設及び輸送手段を有しないこと等から、それぞれ、10下水処理場向け低食塩次亜の取引について10社とおおむね固定的な関係にある。

「4 10社は、10下水処理場向け低食塩次亜の指名競争入札等の都度、それぞれ自社の窓口商社に対し、応札すべき金額の基礎となる低食塩次亜の1キログラム当たりの価格(以下「単価」という。)を直接又は販売代理店等を通じて指示しており、窓口商社は、指示された単価に購入予定数量を乗じた金額で応札している。」

「二1 大阪市は、平成元年ころから、10下水処理場において殺菌剤として使用する薬品について、液体塩素から低食塩次亜に順次転換し、遅くとも平成6年3月ころまでには転換を完了しているところ、

10下水処理場においてそれぞれ転換が行われる都度、10下水処理場に液体塩素を供給していたダイソー、三菱瓦斯及び南海化学の3社(以下「3社」という。)が、液体塩素に替えて10下水処理場に低食塩次亜を引き続き供給することを意図したことに対し、

旭硝子、三井無機、トクヤマ、鐘淵化学、東亜合成、関東電化及び東ソーの7社(以下「7社」という。)から3社に対し、10下水処理場に低食塩次亜を供給したい旨の要求がなされた。

2 10社は、前記1の転換が行われる都度なされた要求を契機として、営業担当者の会合等において、10下水処理場向け低食塩次亜の供給について検討を行ってきており、その後、営業担当者の会合に出席しなくなったトクヤマ及び旭硝子に対しては、ダイソーらが同会合等における内容を連絡するなどしていたところ、

10社は、遅くとも平成6年3月25日以降、大阪市が指名競争入札等の方法により発注する10下水処理場向け低食塩次亜について、供給価格の低落防止を図るため

(一) 津守下水処理場については、あらかじめ、3社及び7社の間においては、交互に供給するなどの方法により、3社及び7社の間で均等に供給することとし、3社間及び7社間においては、あらかじめ定めた順番に従い供給すべき者(以下「供給予定者」という。)を決定する

(二) 津守下水処理場以外の下水処理場については、3社が供給すべき数量の合計と七社が供給すべき数量の合計との比率を定め、3社間及び7社間においては、当該比率に対応する数量をそれぞれ均等に供給することとして、あらかじめ話合いにより供給予定者を決定する

(三) 指名競争入札等の都度、供給予定者(供給予定者が2以上の場合には、供給予定者間の話合いにより定められた落札すべき窓口商社に対し単価を指示する供給予定者。以下この項において同じ。)は、自社の窓口商社に対し単価を指示し、供給予定者以外の者は、自社の窓口商社に対し当該単価より高い単価をそれぞれ指示することなどにより、供給予定者の窓口商社が落札できるように協力する

旨の合意の下に、納入期間及び下水処理場ごとに供給予定者を決定し、供給予定者が供給できるようにしていた。」

と認定されています。

問題なのは、ここで述べられている、違反者が窓口商社に対して単価を指示していたことから違反者を違反者と認定できる、という一般論が一人歩きしてしまっていることです。

以前、一見似たような、だけれども本質的にはまったく異なる事件を担当したときに、そう感じたことがありました。

わたしが担当した事件では、依頼者は排除措置命令を受けたのですが、他の談合参加者らはすべてメーカーであり自前の供給施設をもっていたのに対して、私の依頼者は供給施設を持っておらず、他の談合参加者から対象商品を購入する、いわば窓口商社に販売する卸売業者のような立場にありました。

なので、事前手続では、

メーカー間で談合が成立するのはわかるが、当社は窓口商社に販売する卸売業者にすぎないのであって、他の談合参加者とは取引段階が異なるし、まして他の談合参加者から商品を仕入れているだけの立場(独自の調達先を持たない)であって他社と共謀して価格を引き上げる力がない(共同で市場支配力を行使できる立場にない)のだから、談合の違反者と認定するのは新聞販路事件等の先例に照らしてもおかしいのではないか

という趣旨のことをかなり主張したのですが、そのときの審査官の回答は、当社は入札単価を指示できる立場にあったのだから違反者となる、という一点張りでした。

これに対しては、

当社が入札単価を指示できる立場にあったとしても、他の談合参加者から商品を仕入れているだけの立場なので、もし価格競争をしかけようとしたら調達先から納入価格を引き上げられてしまうだけなので

(※実際、開示された証拠の中に、当社が価格攻勢を仕掛けようとしたときに、当社の調達先に他の談合参加者が、「あいつ(=当社)をどうにかしろ」みたいなやりとりがありました。)

やっぱり共同で市場支配力を行使できる立場にはないのではないか、

当社が窓口商社に単価を指示できるのは、窓口商社に商品を販売しているのが当社なのだから当たり前なのであって、指示できるという事実だけで市場支配力が生じるわけではなく、供給能力など競争力の源泉となるものをもっている必要があるのではないか、

と反論したのですが、回答はやはり、「入札単価を指示できる立場にあったので違反者である」の一点張りでした。

このとき感じたのは、公取委(の審査官)は競争の本質を何も分かってないなぁ、ということだったのですが、今にして思うと、この次亜塩素酸事件の

「入札単価を指示できる立場にあるものは違反者である」

という一般論が一人歩きしていたのだな、とこの事件の担当者解説をみてわかりました。

以前担当した上記事件のときは、販売業者とメーカーが談合できるのか、できるとすればどのような場合か、という点はさんざんリサーチしたのですが、窓口商社を用いる点については談合になってあたりまえだと思っていたので、うかつにもまったくリサーチが及んでいませんでした。

でもあきらかに、私の案件の事前手続での公取委の説明は、この次亜塩素酸の談合の言い回しですね。

ですが、私の案件と次亜塩素酸の件は、本質的にまったく違います。

というのは、次亜塩素酸の勧告審決で非常に大事なのは、

「窓口商社は、10下水処理場向け低食塩次亜について、大阪市から継続的かつ安定的な納入を求められているところ、自らは供給施設及び輸送手段を有しないこと等から、それぞれ、10下水処理場向け低食塩次亜の取引について10社とおおむね固定的な関係にある。」

と認定されている点です。

これをみると、談合参加者は供給施設をもち、窓口商社は供給施設をもたないから、談合参加者が窓口商社に価格を指示できる立場にある、という背景があったことがわかり、供給施設を持つ者同士の間で談合があったというのは、きわめて自然なことです。

ところが私の案件では、その供給施設の部分がまったく抜け落ちて、しかも、供給施設に代わる何らかの市場支配力の源泉についても認定されないまま、たんに「単価を指示していた」というだけで、他のメーカーとヨコの関係にある談合参加者だとされたのです。

事案の背景を考えずに勧告審決の文言だけをお題目のように唱えていたわけです。

実は別の案件でも、意見聴取手続で、「排除措置命令案で認定されているこの事実は、違反要件にどのように関係するのか」と質問したら、

「これらの事実は、排除効果を実証的に裏付けるものである。」

という回答でした。

一瞬何のことを言っているのか意味が分からなかったのですが(問題の事実は排除効果を否定する間接事実だとしか見えなかったので)、あとでわかったのは、この「排除効果を実証的に裏付ける」というのは、JASRAC事件の最高裁判例解説で使われている言い回しなんですね。

でもJASRAC事件最判解説では、たしかに「排除効果を実証的に裏付ける」というフレーズが正しい使い方で使われているのですが、私の事件での審査官の回答は聞いていても「?」という感じで、回答が事実関係にぜんぜん噛み合っていないかんじでした。

どうしてこういうことになるのかというと、あまり考えずに判例解説のフレーズをコピペして使ったからなんですね。

役所というのは個人のセンスで言い回しを変えたりできないので、こういうコピペも組織上やむをえないのかなぁと思いますが、もう少し頭を使って考えたほうがいいと思います。

というわけで、弁護士や法務部のみなさんは、排除措置命令や公取委の説明で「?」と思うようなフレーズを公取委がキーワード(お題目)のように使ったときには、どこかにソースがないか、公正取引協会のデータベース(有料)や公正取引委員会の審決データベースでキーワード検索してみることをおすすめします。

きっと、公取委が何を考えているのかがよくわかります。

2021年1月18日 (月)

製造を受託して役務提供を委託する下請取引

下請法上の製造委託は、おおまかにいって、①販売するための製品の製造を委託(類型1)、②受託した製品の製造を委託(類型2)、③受託した修理に必要な部品等の製造の委託(類型3)、④業として製造する自己使用製品の製造の委託(類型4)、です。

そのうち、オーソドックスな製造委託である類型1と2は、親事業者が自分の顧客に引き渡すのは「製品」であり、下請に製造させるのは「製品」やその部品等で、いずれも「モノ」と「モノ」です。

これは他の下請取引でも基本的には同様で、役務提供委託は、親事業者が顧客に提供するのも、下請事業者から提供を受けるのも「役務」ですし、情報成果物作成委託では、親事業者が顧客に提供するのも、下請事業者から提供を受けるのも「情報成果物」です。

(ただ公取委の解釈では、情報成果物作成委託の「提供」には「商品の形態,容器,包装等に使用するデザインや商品の設計等を商品に化体して提供する場合(例:ペットボトルの形のデザイン,半導体の設計図)も含まれる。」(令和2年下請法テキスト10頁)とされていますが、この解釈が間違いであることは以前このブログで書きました

条文を確認してみましょう。

製造委託は下請法2条1項で、

「事業者〔=親事業者〕が業として行う販売若しくは業として請け負う製造(加工を含む。以下同じ。)の目的物たる物品若しくはその半製品,部品,附属品若しくは原材料若しくはこれらの製造に用いる金型

又は

業として行う物品の修理に必要な部品若しくは原材料

製造を他の事業者に委託すること

及び

事業者がその使用し又は消費する物品の製造を業として行う場合にその物品若しくはその半製品,部品,附属品若しくは原材料又はこれらの製造に用いる金型の製造を他の事業者に委託すること」

と定義されており、親事業者が受託する(または業として自らする)のも、委託するのも、物品等の「製造」です。

(ただし類型3だけは、受託が「修理」で委託は「製造」で食い違っており、唯一の例外です。)

修理委託は2条2項で、

「事業者が業として請け負う物品の修理の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること

及び

事業者がその使用する物品の修理を業として行う場合にその修理の行為の一部を他の事業者に委託すること」

と定義されており、親事業者が受託する(または業として自らする)のも、委託するのも、「修理」です。

情報成果物作成委託は2条3項で、

「事業者が業として行う提供若しくは業として請け負う作成の目的たる情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること

及び

事業者がその使用する情報成果物の作成を業として行う場合にその情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること」

と定義されており、親事業者が受託する(または業として自らする)のも、委託するのも、情報成果物の「作成」です。

役務提供委託は、

「事業者が業として行う提供の目的たる役務の提供の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること・・・」

と定義されており、親事業者が受託するのも委託するのも「役務」です。

なので、親事業者がその顧客から物品の製造を請け負っている場合に、親事業者が下請事業者に役務提供を発注することは、役務提供委託にも、製造委託にもあたりません。

このことが端的に表れているのが下請法講習テキスト(令和2年11月版)のp15の注2(「「情報成果物の作成」と「情報成果物の作成に必要な役務の提供」について」)で、そこでは、親事業者が顧客から情報成果物の作成を受託して、その情報成果物の作成に必要な役務の提供を発注することは、役務提供委託にも情報成果物作成委託にもあたらないことが明示されています。

たとえば、最終的な情報成果物(親事業者が顧客に納入する情報成果物)が「放送番組」の場合、その放送番組の一部を構成する「タイトルCG」の作成委託は情報成果物作成委託にあたるけれど、その放送番組の「監督」の役務を監督さんに委託することは、「最終的な情報成果物の作成に必要な役務」の委託であって、

「委託事業者が他者に提供する情報成果物の作成に必要な役務である場合に,当該役務の提供を他者に委託することは,本法の対象とならない」

とされ、かかる役務提供の委託には下請法は適用されないとされています。

なお細かいことをいえば、情報成果物の作成に「必要な」役務であるかどうかは問題の本質とは関係がなく、要は、条文どおり、親事業者が受託するのが情報成果物作成なら、委託するのも情報成果物作成でなければならない(「必要な」かどうかは、論理的には下請法の適用不適用に関係がない、あるいは、不要な場合に下請法の対象にならないのは当然のこととして、「必要な」場合でも対象にならないのだから、「必要な」という文言は無意味)ということです。

そこでたとえば、親事業者が顧客から特殊な設備の清掃を受託し(役務提供の受託)、その清掃に必要な特殊な工具の製造を下請事業者に委託しても(物品の製造の委託)、製造委託にはあたらず、もちろん役務提供委託にもあらたらず、下請法の適用はないことになります。

ただし、委託しているのは役務っぽくっても、製造の行為の一部であるとみなされて製造委託になることはあります。

たとえば下請法テキストp21のQ11では、

「Q11: 工場内における運送作業を外部に委託する取引は,「製造委託」と「役務提供委託」のどちらに該当するか。

A: 運送は役務の提供に該当する行為であるが,同一工場内における製造工程の一環としての運送(ライン間の仕掛品の移動等)を他の事業者に委託することは,製造委託に該当する。」

とされています。

これは、一見、役務の委託(運送作業)っぽくっても、製造の委託であるとみられることがある、という例です。

これに対して、工場内の運送業務の委託ではなく、倉庫から工場までの運送業務の委託なら、純粋な役務の委託なので、製造委託には該当しないでしょう(親事業者が受託しているのが物品の製造なので、もちろん役務提供委託にもあたりません)。

では、工場の同じ敷地内の、資材置き場から製造ラインまでの運搬はどうでしょうか。

微妙なところですが、「同一工場内における製造工程の一環としての運送(ライン間の仕掛品の移動等)」というテキストの文言からすると、同一工場内なら製造委託になるのでしょうね。

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