優越的地位濫用ガイドライン第2、1では、
「取引の一方の当事者(甲)が他方の当事者(乙)に対し,取引上の地位が優越しているというためには,市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位である必要はなく,取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りると解される。甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合である。」
と説明されています。
ですが、契約書のドラフティングや法律の条文的な発想(法律文書の発想)からすれば、ここは、
「取引の一方の当事者(甲)が他方の当事者(乙)に対し,取引上の地位が優越しているというためには,市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位である必要はなく,乙との関係で相対的に優越した地位であれば足りると解される。甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合である。」
とすべきだったのではないかと思います。
最初のほうで取引の相手方を「他方の当事者(乙)」と呼んでいるので、それに合わせるのが作法だ、ということです。
あるいは、「他方の当事者(乙)」のほうをいじって、
「取引の一方の当事者(甲)が取引の相手方(乙)に対し,取引上の地位が優越しているというためには,市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位である必要はなく,取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りると解される。甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合である。」
とするのでもよかったかもしれません。
極論すれば、ガイドラインの記載方法では、「他方の当事者(乙)」と「取引の相手方」とが、同じ人をさすのかどうか一義的にあきらかでない、とさえいえてしまいます。
とくに、センスのない一部の法律家のなかには、こういう言葉遊びをするのが好きな人もいますから、穴はないにこしたことはありません。
ちなみに、「他方の当事者(乙)」と「取引の相手方」とがちがう人をさす、という解釈として、法律家的なへりくつをこねまわすとすれば、「当事者」という用語はまさに契約の当事者であって、契約書にサインしている当該法人または人物を意味するのに対して、「相手方」というのはより実質的な概念で、法人単位でみるのではなくたとえばグループ単位でみていいのだ、というような解釈がありうるかもしれません。
でももしそうなら、「取引の一方の当事者(甲)」のほうは法人なのに「取引の相手方(乙)」のほうはグループである、ということになり、ちょっと苦しそうです。
それに、トイザらス審決などの感覚からすると、優越的地位は特定の部門との関係でみとめられたりするので、「当事者」も「相手方」も、事案によって、グループだったり、法人だったり、一部門だったり、柔軟に解釈しているように思います。
というわけで、「当事者」が法人格単位で「相手方」は必ずしもそうではない(経済的実態に即して判断する)という解釈は、やっぱり無理なように思います。
もし私がガイドラインをドラフトするなら、
「事業者が取引の相手方に対し,取引上の地位が優越しているというためには,市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位である必要はなく,取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りると解される。取引の一方の当事者(甲)が他方の当事者(乙)に対して優越した地位にあるとは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合である。」
とでもしますかね。
まあガイドラインは条文や契約書ではないですし、ふつうの人には「取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りる」といってもらったほうがわかりやすいという配慮なのかもしれません。
実務上の使い勝手からしても、「取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りる」というのは、判決などで頻繁に引用される決まり文句でしょうから、このフレーズがあったほうが便利なのかもしれません。(「乙との関係で相対的に優越した地位であれば足りる」では、ちょっと引用しにくいです。)
実は、以上のようなガイドラインの記述のほころび(?)に気がついたのは、公取委の英訳をみたからです。
上記の部分は英訳では、
「In order for one party to a transaction (Party A) to have superior bargaining position over the other party (Party B), it is construed that Party A does not need to have a market-dominant position nor an absolutely dominant bargaining position equivalent thereto, but only needs to have a relatively superior bargaining position as compared to the other transacting party. When Party A has superior bargaining position over Party B, who is a transaction counterpart, it means such a case where if Party A makes a request, etc., that is substantially disadvantageous for Party B, Party B would be unable to avoid accepting such a request, etc., on the grounds that Party B has difficulty in continuing the transaction with Party A and thereby Party B's business management would be substantially impeded.」
となっています。
これをみて、「あれ? ガイドラインって、こんなこと言ってたっけ?」となったわけです。
法律英語だと、同じ概念は同じ言葉であらわすのがより徹底しているので、かなり違和感を覚えたわけです。
母国語の日本語でぼーっと読んでいると、こういうことには気がつかなかったりするのですが、英語と日本語を行ったり来たりしていると、語感とか言い回しとかいった余分なものがそぎ落とされるので、論理が明確にみえてくることがしばしばあります(もちろん、いちいち英語になおさずに日本語だけみてもみえてくるのですが)。
ちなみに上記英訳は、
「市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位」
というのを、
「a market-dominant position [n]or an absolutely dominant bargaining position equivalent thereto」
というふうに、かなり意訳していますが、「市場支配的な地位」を「a market-dominant position」と訳するのはいいとしても、「それに準ずる絶対的に優越した地位」を「an absolutely dominant bargaining position equivalent thereto」と訳すのは、細かく見ればかなり議論の混乱をまねくように思われます。
要は、「絶対的に優越した地位」というのが何を意味するか、という問題ですが(しょせん、「絶対的に優越した地位」は、優越的地位が存在するためには不要なので、要件事実的には無意味な概念なので、あまり深く議論されることはありませんが)、日本語で、
「市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位」
というように、「市場支配的な地位」と「それに準ずる絶対的に優越した地位」と並列されていることからすると、「それに準ずる絶対的に優越した地位」のほうも、取引相手方との関係をみて決まるものではないように思います。
そのような、取引相手方との関係だけをみて決まらない「それに準ずる絶対的に優越した地位」を、英訳では、「an absolutely dominant bargaining position equivalent thereto」というように、あたかも相手方との関係だけをみて判定できる取引上の地位であるかのように翻訳しているので、ちょっと日本語の意味とずれてきています。
でもそのそもそもの原因は、「絶対的に優越した地位」という言葉の意味がよくわからない(あまり論理的ではない)ことにあるのではないか、という気がします。
「優越」とは、「他よりすぐれまさること」(広辞苑)、「他よりすぐれていること」(明鏡国語辞典)というのが基本的な意味なので、ほかとの比較で決まるものです。
そのような相対的なニュアンスがある「優越」に、絶対的な「優越」と相対的な「優越」があるかのように整理するから、どこまでもすっきりしないのだと思います。
もし、「絶対的に優越した地位」を直訳するなら、「an absolutely dominant bargaining position」ではなく、「an abusolutely superior position」でしょう。
でも、superiorは「better in quality than sb/sth else」(オックスフォード現代英英辞典)という意味で、完全に比較の概念なので、日本語の「優越」というのとは、実は微妙にずれます。
実は日本語の「優越」には、「ひいですぐれること」(広辞苑)、「ぬきんでること」(精選版日本国語大辞典)という意味もあり、必ずしも比較の概念ともいいきれません。
このようにみていくと、「絶対的に優越した地位」という、やや矛盾した表現を、「an absolutely dominant bargaining position」と訳したのは、苦肉の翻訳、あるいは見ようによっては名訳なのかもしれません。
というのは、dominantという表現に絶対的なニュアンスをもたせ、bargainingという表現にあくまで取引相手方との関係での地位なのだという相対的なニュアンスを持たせることにより、「絶対的に優越」という意味合いをもたせ、かつ、「absolutely superior」という、英語ではかなり違和感のある表現をうまいこと避けている、といえるからです。
日本語を英訳していると日本語のあいまいなところがみえてくることがよくありますが、これなんかもその一例でしょう。
ところで、「取引の相手方との関係で」を「as compared to the other transacting party」と訳すのは、誤訳だと思います。
この英訳だと、「取引の相手方との関係で相対的に優越した地位」ではなく、「取引の相手方〔が何らかの比較対象Xよりも優れている程度〕と比べて、〔比較対象Xよりもさらにいっそう優れている〕取引上の地位」、あるいは、という意味になってしまいます。
ほかにもこの英訳には細かい問題がいろいろありまして、たとえば1行目の「superior bargaining position」の前に不定冠詞「a」がありません。
ほかに気になったところとしては、
「乙がこれを受け入れざるを得ない」
を、
「Party B would be unable to avoid accepting such a request」
と訳しているのもおかしいですね。
というのは、unableというのは、「not having the skill, strength, time, knowledge, etc. to do sth」(オックスフォード現代英英辞典)という意味で、要は「能力がない」という意味です。
なので、この英訳では、乙が甲の不当な要求を拒む能力がない、という意味になってしまいます。
なので正しくは、
「Party B would have no choice but to accept such a request」
まさに、「余儀なくさせる」(=「他にとるべき方法が無い。」(広辞苑))ですね。
さらに、
「乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため」
を、
「on the grounds that Party B has difficulty in continuing the transaction with Party A and thereby Party B's business management would be substantially impeded.」
と訳しているのも、かなりまずいですね。
「has difficulty」の「has」は、ロングマン現代英英辞典によれば、おおざっぱには「EXPERIENCE」、くわしくは、「to experience something or be affected by something」という意味であり、例文として、「We've been having a lot of difficulties with our new computer system.」というのがあげられています。
なので、「Party B has difficulty in continuing the transaction with Party A」では、
「乙は甲との取引を継続することに困難を感じている(経験している)」
という意味になってしまいます。
ここは素直に、
「because Party B's business would be substantially impeded if the transaciton with Party A becomes difficult to be continued」
などとしてはいかがでしょうか。
いずれにせよ、外国人に優越的地位の濫用を説明するときには触れざるを得ない部分なので、何とかならないものかと思います。