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2020年7月23日 (木)

発注単価の遡及適用が発生する原因と対策

下請法上の減額にあたってしまう典型例として、代金改定(値下げ)交渉中に暫定的に改定前の価格で発注し、交渉妥結後にさかのぼって引き下げ後の単価を発注単価とすること(遡及適用)があります。

最近では、DXアンテナ株式会社に対する勧告(平成30年3月29日)があります。

勧告の該当箇所を引用すると、

「DXアンテナは,単価の引下げ改定を行ったところ,

単価の引下げの合意日前に発注した製品について引き下げた単価を遡って適用し,

平成28年1月から平成29年4月までの間,

下請代金の額から,下請代金の額と発注後に引き下げた単価を遡って適用した額との差額を差し引くことにより,

下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに,下請代金の額を減じていた。

減額した金額は,総額1254万2830円である(下請事業者1名)」

とうことです。

(本題とは関係ないですが、減額対象1名でも金額がおおむね1000万円超えたら勧告になるので、要注意です。)

この遡及適用というのは、時間を遡るとか暫定的合意とか、むずかしいことを考える必要はなくて、要は、発注後直ちに発行しているはずの3条書面に記載しているはずの「暫定」発注代金は、全額払わないと減額になりますよ、ということです。

常に3条書面の記載を基準に考えれば、「遡及」だとか「暫定的」だとかいって、何か特別な問題があるかのように考える必要はありません。

(ところで、下請法テキスト令和元年版p53には遡及適用の「図」がありますが、これはこれで問題の構造がみえてわかりやすいのかもしれませんが、かえって問題がさも複雑であるかのような印象をあたえる気もします。実務では、全体構造の把握より、要するにどこに気をつければいいのか、という視点が大事だったりします。)

ところで、なぜこういう遡及適用が発生してしまうのでしょうか。

理由はたぶん単純で、当事者の感覚としては、代金改定交渉中の発注については、交渉が妥結したら一定の基準日にさかのぼって改定後価格を適用すると了解のうえで発注しているので、何も問題がないと感じられるから(あとから減額されることはお互い納得のうえで契約してるから)、ではないかと思います。

これは企業の行動としては発注者側も下請事業者側も合理的で、もしこういう、あとから価格改定するという行動をみとめないと、下手をすると「合意ができるまで発注は見合わせるよ」ということになりかねないからです。

そうなったら下請事業者にとってもえらいことですから、ともかく仕事がもらえること自体が下請事業者にとっては利益ですし、暫定的とはいえ改定前の価格で発注されることも下請事業者にとって有利です。

それに、暫定価格として改定前の価格を適用することは、現状維持という点で、合理性があります。

極論すれば、あまり遡及適用を厳しく取り締まると、親事業者としては、

「じゃあ目一杯安い仮単価で発注しておいて、交渉が妥結したらさかのぼって増額しよう」

といいたくなってしまいます。

というわけで、ビジネス上の感覚としては合理的な行動であり、しかも、おたがい交渉中であることはよく理解しながら発注しているわけですから、感覚としては、何の問題もないのです。

では、こういう合理的な行動をなんとか下請法でみとめてもらえる方法はないでしょうか。

たとえば、「これは仮単価で、あとで妥結した価格に減額される」と3条書面に書いておけばどうでしょうか。

これはだめでしょうね。

というのは、3条書面には発注価格を原則として確定額で書かなければならず、確定額を書かないでいいのは確定額が定められないことにつき正当な理由がある事項がある場合にかぎられる(テキストp28)からです。

代金減額交渉中だ、というのは、もちろん、「正当な理由」にあたりません。

決められるのに決めないだけだからです。

ちなみに仮単価についてはテキストp32のQ37で、

「Q37: 3条書面に仮単価を記載することは認められるか。

A: 下請代金の額として,単価を定められないことについて正当な理由がある場合には,その単価を記載せずに当初書面を交付することが認められ,正式な単価でないことを明示した上で具体的な仮単価を記載したり,「0円」と表記したりすることも認められる。

ただし,このような場合には,「単価が定められない理由」と「単価を定めることとなる予定期日」を記載し,単価が決定した後には直ちに補充書面を交付しなければならない。」

とされています。

やっぱり、「正当な理由」が必要です。

ではいっそのこと、代金交渉中は3条書面に代金額を書かずに発注するのはどうでしょうか。

これも基本的にはおすすめできません。

というのは、代金額を書かないと3条書面の記載不備になってしまうからです。

でも、論理的に冷静に考えるならば、代金額をまったく書かなければ3条書面の記載不備ですむ(実務上は注意ですむ)のに、書いてしまうと勧告をくらう、というのであれば、よりダメージの少ない3条書面の記載不備をえらぶ、という選択も、理解できないではありません。

ただ本当にそういうことをすると、3条書面には金額が書かれていなくても、「当事者間では交渉前の旧単価で発注するという口頭の合意があった」と半ば強引に事実認定されて、減額にされてしまいそうな気もします。

これが、おすすめできない理由です。

まあそれでも、旧単価を書いてしまって100%減額が認定されるのにくらべればリスクは低いともいえるので、どうしてもそうしたいというならそれを止める下請法の条文も3条しかないわけですが、交渉期間中の発注くらいは、そんなに長期間でもないでしょうから、満額払ってあげたらいいんじゃないかという気がします。

前述のDXアンテナのケースは、17か月も遡及すると、減額額が1200万円とかいうことになって、なかなか無視できない金額ですが、これはさすがに時間のかけすぎというか、さかのぼりすぎではないか、と思ったのですが、この点については、公正取引813号71頁に、

「DXアンテナが新単価の遡及適用による減額を行った理由のーっとして、製造を委託している製品の生産コストが外国為替相場の影響を受けるものであったことが挙げられる。

下請事業者は、DXアンテナから製造委託を受けた製品を、海外で生産し輸入しており、円高になれば、当該製品の生産コストは低下する状況にあった。

平成28年6月ごろ、数か月前から外国為替相場は円高で推移しており、生産コストの低下が見込まれることに気付いたDXアンテナは、単価の引下げ交渉を行い、既に発注済みのものにまで新単価を適用することの了承を下請事業者から得て、下請代金を減額していたものとみられる。」

「実際に下請事業者の納品する製品の生産コストが低下していたとしても、また、単価を引き下げることに下請事業者から了承を得られていたとしても、下請法では、発注時に交付する注文書に記載された内容が取引の前提になることは言うまでもなく、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに注文書に記載された下請代金の額を発注後に引き下げる行為は、下請代金の減額の禁止の違反として問題となるものである。」

と、くわしく事情が説明されています。

(でもこれをみると、交渉を開始したのは早くても平成28年6月頃で、遡及適用したのは平成28年1月ですから、交渉前のものにまで遡及適用しているんですね。そこまでしなければ1000万円に届かず、勧告までは出なかったかもしれません。)

では、減額のリスクを下げるために、これ以上は下げないという最低ラインを仮単価として発注するのはどうでしょう。

これなら、減額は避けられそうですが、下請事業者にしてみたら、現状維持という説明のつかない価格での発注を受け入れてしまうと、事実上それをみとめたことになりそうなので、かなり心理的に抵抗があるような気がします。

というわけで、遡及適用を避ける方法はなさそうです。

妥結までの時間的余裕をみて交渉を開始するしかありません。

それでもどうしても、というのであれば、上述の、これ以上下げないという仮単価で発注する(親事業者の言い値で発注する)ということでしょうか。

理屈を突き詰めるならば、発注書はあくまで発注者の意思表示なので、発注者が意思するところを書くので、下請法上も民法上も何の問題もありません。

ただ、その金額で下請事業者が引き受けてくれるかどうかは別問題です。

なお、下請法では発注書で合意が成立するかのような、実務上はそうかもしれないけれど理論上はおかしな仕組みを骨組みにしているので、細かい解釈論を重ねていくといろいろなところにほころびがでてきます。

そのあたりも、そのうち機会があれば説明したいと思います。

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