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2020年7月16日 (木)

「新型コロナウイルス感染症拡大に関連する下請取引Q&A」への疑問

掲題のQ&Aについて疑問を感じた点を記しておきます。

問6で、

「下請事業者が,供給に関する情報を事前に提供しなかった結果,納品日になって,発注に対する数量不足が判明しました。このため,受領できなかった数量分の代金は支払わないことにしたいと思いますが問題になりますか。

更に,あらかじめ定めていたペナルティ条項により一定金額を支払ってもらうことは可能ですか。」

という質問に対して、

「下請事業者の責任によって納品されなかった数量分に係る下請代金について支払わなくても問題になることはありませんが,

ペナルティ条項があったとしても,数量不足等による商品価値の低下を理由に下請代金を減額する場合には,

客観的に相当と認められる額に限られます。」

という回答がなされています。

しかし、これは、従来の解釈を大幅に変更する、きわめて問題の大きい回答だと思います。

まず問題は、質問では、「一定金額を払ってもらう」と質問しているのに、回答では「下請代金を減ずる場合」という質問にすり替わって回答されています。

どのような場合にどの程度の減額ができるのかについて、下請法講習テキスト(令和元年11月版)p52では、

「(イ) 下請事業者の責めに帰すべき理由があるとして,受領拒否又は返品することが本法違反とならない場合〔注・数量不足を含む〕であって,

受領拒否又は返品をせずに,親事業者自ら手直しをした場合に,

手直しに要した費用など客観的に相当と認められる額を減ずるとき。」

「(ウ) 下請事業者の責めに帰すべき理由があるとして,受領拒否又は返品することが本法違反とならない場合であって,

受領拒否又は返品をせずに,瑕疵等の存在又は納期遅れによる商品価値の低下が明らかな場合に,

客観的に相当と認められる額を減ずるとき。」

があげられています。

このように、「客観的に相当」でなければならないとはされていますが、これはあくまで減額の場合です。

質問は明示的に「一定金額を支払ってもらう」場合のことを聞いているのですから、減額の場合ではありません。

適用されるとしたら、不当な経済上の利益の提供要請でしょう。

この点、公正取引委員会が、「代金から差し引くことは減額、別途支払わせることは経済上の利益の提供要請である」という長年定着した解釈を変更し、別途支払わせる場合にも減額の適用を広げつつあることは、以前このブログでも指摘しました

簡単に言うと、以前は「別途支払わせる場合は減額ではない」という解釈であったのが、平成26年テキストあたりから、別途支払わせるのも減額だ、と言い始めた(しかもそれに合わせて鎌田『下請法の実務〔第4版〕』の該当箇所の記載がごっそり削除された!)、ということです。

しかしそれでもなお、別途支払わせる場合が減額に当たるのは、減額される金額が下請代金の一定率であるなど下請代金と密接に関わる場合に限られていました。

ところが上記Q&Aでは、数量不足の場合のペナルティですから、下請代金の一定率を減額するという性質のものではなく、あきらかに損害賠償の予定です。

このような、損害賠償の予定を別途支払わせる場合まで減額にあたるなどと言い出すと、下請取引では損害賠償の予定が下請法上いっさい認められないことになって、問題があまりに大きすぎます。

回答では、「数量不足等による商品価値の低下を理由に」とされているので、足りない数量分相当額を減額することは認めるがそれ以上は認めないことが暗示されています。

しかし、下請事業者からの製品が納品されないために親事業者の製造ラインが止まったら、足りない数量分の代金どころの話ではなく、莫大な損害が親事業者に発生しえます。

そのような場合にあらかじめ損害額を約定しておくことは、きわめて合理的です。

これを正面から否定する上記回答は、きわめて問題が大きいと思います。

これが、「下請代金からさし引く場合のみ減額」という従前の解釈なら、ともかく下請代金は支払って、損害賠償を別途請求する、ということで下請法違反をまぬがれつつ賠償を受けることが可能でした。

ところが、こういう別途支払の場合まで減額とされていまうと、親事業者は損害を被っても賠償を求めることができなくなってしまいます。

私は以前中小企業庁の委託事業で下請法の講習会の講師をしていたことがありますが、そのときも、「損害を受けたら損害賠償は請求できるんですよね?」という質問はよくあり、「できます」と答えていました。

当然のことだと思います。

以前の公取は、下請法は下請法、民法は民法、という形で、2つの法律の守備範囲を折り目正しく整理して下請法を運用しており、形式的に下請法に該当しない行為までむやみやたらと下請法違反に問うことはなかったように思います。

ところがこの減額の例のように、最近は、この折り目正しさがなくなって、実質的に下請事業者の保護になるなら何でも下請法違反に問うてしまおう、という運用がめだちます。

しかも、それが意図してなされている様子がなくって、たんに、従前の折り目正しさに対する無理解に基づくように思われる(そこに問題点があると気づいていない)のが大きな問題です。

別の言い方をすると、民法を知らなさすぎます。

上記設問のように、下請法テキストを超えるとんでもない解釈変更が、何の説明もなく突如としてなされているのが、いい例です。

かなりご年配の元公取委職員の方々にお話をお聞きすると未だに、「差し引いたら減額だけど、別途支払わせるのは利益提供だよね」と、当然のようにおっしゃいます。

最近の公取委の下請法運用は、正直、劣化しているといわざるをえません。

先輩方が脈々と築き上げてきた体系を、まずは学び、そして尊重してほしいです。

コロナで急いでいて検討が不十分だったというなら、まだ許せます。

でもこれが、コロナのどさくさに紛れて解釈変更をしたのだとしたら(上述のように、わたしはその可能性は低いと思っていますが)、ほんとうに許せません。

なので、たんに検討ミスでしたということでしょうから、ここは素直に回答を取り消すか、「ペナルティ条項に基づき別途支払わせる場合は問題ありません。」と明記すべきでしょう。

公正取引委員会の善処を望みます。

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