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2020年6月

2020年6月25日 (木)

景品提供主体に関する緑本の設例の疑問

大元編著『景品表示法〔第5版〕』p188に、「景品提供の主体の問題」として、

「例えば、メーカーが自己の顧客を遊園地に無料招待するという場合、

遊園地を利用させるという経済上の利益の提供を行っているのは、

形式的には遊園地を経営する事業者であるものの、

メーカーが、そのために必要な入場料を負担するという形で間接的に利用の提供を行っていることは明らかであるとともに、

無料招待の要件からして、メーカーの取引に付随する景品類に該当し、

その額が一定の限度を超える場合には、メーカーが景品提供の主体として規制を受ける(遊園地を経営する事業者ではない)。」

と解説されています。

これは判断が容易なあたりまえの例として挙げられている(その次に微妙なケースが解説されている)のですが、そもそもこの例は、不適切といいますか、あまり思考の整理にならない(むしろ変な誤解を招く)ように思います。

というのは、この例では遊園地が提供する本体商品(景品でもって買わせようとする商品)が、そもそも存在しないので、誘引性も取引付随性もあなく、遊園地側に景表法が適用される余地がないからです。

景品類の提供主体が問題になるのは、いわゆる共同企画の場合です。

共同する当事者が、それぞれに、自分の商品(本体商品)を買わせよう、という場合ですね。

もしこの企画において、メーカーと遊園地が共同して企画の内容を決定し、入園料の半額を遊園地が持つとしても、それでもやっぱり遊園地は景品類を提供したことにはなりません。

遊園地がお客さん(メーカーの商品購入者)に買わせようとする本体商品がないからです。

(ちなみにこのようなケースで遊園地が入園料の半額を持つケースがあるのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、半額どころか全額持つことだってありえます。たとえばメーカーがこのキャンペーンを大々的に宣伝する場合に、遊園地が、宣伝広告料だと思ってチケットを無料提供するような場合です。)

というように、この例では、遊園地が費用負担しても、それこそ自分から企画をメーカーに持ち込んだ場合であっても、遊園地は景品類の提供主体にはなりません。

経済上の利益の提供主体にはなるかもしれませんが、その経済上の利益は景品類ではありません。景品類にあたらない以上、その提供主体が誰かを論じるのは、解釈論上は無意味です。

こういう、どうころんでも違反にならないケースをあげて、

「メーカーが・・・間接的に利益の提供を行っていることは明らか」

といわれても、

「だから何なの?(遊園地が全額負担してメーカーが一切負担してない場合でも、結論は変わらないんじゃないの?)」

という疑問が直ちに沸き、しらけてしまうのです。

なので、この設例を類推適用して意見書を書いたりすると、論理的には間違ったことを言ってしまうことになるので要注意です。

もしこのケースで意味のある事例を無理矢理作るとしたら、メーカーが提供するのが遊園地の入場券ではなくて、乗り物券の場合ですかね。

そうすると、メーカーの商品の購入者は、もらった乗り物券を使うために有料で入園しないといけなくなるので、遊園地との取引が誘引されそうですね。

でもこれも考えてみるとやっぱり成り立ちません。

というのは、乗り物券の提供が、本体商品(=入場)の取引に付随していない(取引付随性なし)からです。

ちょっと似たような例として、だいぶ昔、ソフトバンクがヤフーBBを売り出したとき、モデムを街角で無償で配るというキャンペーンをやりましたが、あのモデムは景品類ではありません。

というのは、モデムは街角を歩いていたらもらえたので、ソフトバンクとの取引と何も付随していないからです。

(もちろん、「ソフトバンクの携帯を契約した方にモデムをプレゼント」なら、明らかにモデムは景品類です。)

本体商品(=ブロードバンドサービス)と補完的な関係にある商品(=モデム)を提供することは、本体商品の需要を促進しますが、取引付随性はありませんので、景品類にはならないわけです。

取引付随性があるかどうかを直感的に判定する方法として、景品類として提供する経済上の利益がものすごく大きい場合(例、月面旅行)に、本体商品を買う気になるか、を考えてみたらいいと思います。

もし街角で、ヤフーBBのユニフォームを着たお姉さんが月面旅行を配っていたら(というのは日本語として変ですが、言葉の綾ですからご容赦ください)、みんな月面旅行をもらっていくでしょうが、ヤフーBBには加入しないでしょう(宣伝効果で加入者が増えるかもしれませんが、それはかつてあったオープン懸賞と同じです)。

実際、ヤフーBBのキャンペーンでは、もらったモデムをそのままゴミ箱に捨てる人も多かったそうです。

だいぶ話がそれましたが、こういう仮想の事例を作るときには、関心事の論点(=景品提供主体の問題)にだけ目が行ってしまい、ほかの論点まで目配りするといびつな設例だったりすることがままあるので注意が必要です。

わたしも以前、下請法の委託の概念を講演などで説明するときに、

「ホームセンターで売ってる物干し竿を買ってくるのはたんなる売買ですが、竿竹屋さんに目の前で長さを指定して竿竹を切り売りしてもらうのは委託ですよ」

という例で説明していたことがあるのですが(まあそれはそれでみなさん納得顔で頷いておられたので受けはよかったのですが)、考えてみると、竿竹を買う人は自分で使うために買うのであって、他から竿竹の注文を受けたり竿竹製造の委託を受けたりして買うわけではないので、結論としてはどう転んでも(仕様を指定したため委託に当たっても)下請法上の製造委託には当たらないのですね。(自ら業として竿竹を製造している人、というのを想定してもいいですが、かなり無理があって、頭にすんなり入らなそうです。)

そのことに気付いてからこの説明はやめました。

(細かいことを言えば、竿竹を買う人はそもそも事業者ではないでしょうし。)

というわけで、仮想の例を考えるときには、よく他の論点にも気を配らないといけません、というお話しでした。

2020年6月17日 (水)

下請法の自発的申出制度(下請法リニエンシー)は義務ではありません。

今年も毎年恒例の下請法書面調査の季節がやってきました。

ところで、とある依頼者の方から質問を受けてなるほどと思ったのですが、下請法の親事業者向け書面調査票の最後には、

「※ 下請法違反行為の自発的申出について(本調査の回答には同封しないでください。)

公正取引委員会では,下請法違反行為を自発的に申し出た親事業者の取扱いについて公表しています。詳細は,公正取引委員会のウェブサイト「https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitauke_tetsuduki/081217.html」を御覧ください。

この自発的申出を行う際には,自発的申出書を作成し,本調査の回答とは別に「下請取引調査室企画調整係」宛に提出してください。」

という記載があります。

これって、「自発的申出書は書面調査の回答書には同封しないで」といっているだけなのですが、読みようによっては、書面調査回答の一環として、自発的申出をしないといけないように読めないでしょうか?

とくに、書面調査に回答する過程で違反が見つかった企業は回答書で「違反あり」にチェックをするわけで、そのチェックをしたあとに「自発的申出を行う際には、自発的申出書を作成し・・・提出して下さい」と締められていれば、提出しなきゃいけないと考えるのはもっともなことだと思います。(チェックしただけで何もしないのが気持ち悪い。)

たしかに、「自発的」という言葉はありますし、「・・・行う際には」なので、「行う」ことが義務ではないということが読み取れるのですが、最後に、「・・・提出して下さい。」と書かれてあるので、自発的申出制度を知らない人が初めて見ると、さも提出することを要請されているようにも読めると思われす。

せめてこれが、「・・・提出することができます。」なら、違った捉えられ方もするのでしょうけれど、お役所に「提出して下さい。」と言われたら、提出するもんだ、と思うのが人情のような気もします。

実は私も最近似たような経験をして、とある場所で講義をする準備をしているときに、主催者から求められた提出書類の中に「過去の予防接種の記録の提出をお願いします。」と書いてあり(もちろんコロナが理由です)、なんでそんなプライバシーにかかわることを出さないといけないのかと抗議の電話をしたら、案の定といいますか、「あくまで『お願い』ということです。」という回答でした。

でも、普通の社会人が「提出をお願いします」と言うのを読んだら、提出しなけりゃいけないものだと思うのではないでしょうか?

やっぱりこういうときは、「あくまで任意です」と明記すべきでしょう。

そういう意味で、「提出して下さい」というだけなのは、ちょっと配慮が足りないと思います。

しかも書面調査の質問票の中にこれを書かれると、受け取る側はどういう立場に置かれるのかを想像しないといけません。

つまり、親事業者が質問票に回答するために社内調査をして違反が見つかってしまい、「違反あり」と書面調査に回答せざるをえない状況になって、さてどうしようか、という状況に置かれるわけです。

その状態で「自発的申出を行う際には・・・提出して下さい。」という一文を読めば、(どうせ「違反あり」で回答するのだから)「自発的申出しなきゃ」と思ってしまうわけです。

この点が、独禁法のリニエンシーでは通常公取委の調査を受けていない状態で申立の是非が検討される(もちろん立入検査前の平時の話です)のと、決定的に異なります。

そもそも、下請法の自発的申出制度とは、下請法違反を発見した事業者が自発的に公取委に違反事実を申告した場合には正式処分である勧告がなされない、という制度です。

独禁法のリニエンシーにならって作られた制度ですが、独禁法のリニエンシーが法律上定められた制度で、課徴金の減免率まで法律で定まっているのに対し、下請法の自発的申出制度は、あくまで公取委の運用にすぎません。

この自発的申出制度はかなり活発に用いられていて、

(令和2年5月27日)令和元年度における下請法の運用状況及び企業間取引の公正化への取組

によると、令和元年度は78件の申出がなされたとのことです。

注目すべきはそのうち「勧告相当案件数」がたった2件で、残り76件は、もともと勧告にならない軽微な案件(せいぜい指導)だったということです。

この「勧告相当案件」というのは、ざっくりいえば、おおむね1000万円を超える代金減額のことです。

1000万円という基準は、独禁法弁護士は言うまでもなく企業法務の担当者の間では公然の秘密とすらいえないほどの公知の事実で、最近は公取委出身の弁護士さんも堂々と、

「過去の勧告事例からは、下請事業者が被った不利益の合計額がおおむね1000万円以上となる事案において、勧告がなされる傾向にあることが読み取れる。」(公正取引794号61頁)

と書かれるようになったので、わたしも気兼ねなくいろいろな場所でお話ししています。

以前はこの1000万円というのはかなり絶対的な基準で、1000万円切るか切らないかで公取委との攻防があったりしました。

最近1000万円を切る案件でも勧告がでたときには、この業界ではちょっと話題になったものです。(平成31年4月23日森永製菓に958万2853円減額で勧告)

なので、少額の違反なら勧告にならないことは明らかなのに、どうしてわざわざ自主的申出をする企業がこんなにたくさんあるのか、不思議でなりませんでした。

というのは、自主的申出は、公取委の説明を見てもらえばわかりますが、違反の是正をしたりとか、結構たいへんで、それこそ勧告前提の正式調査を受けたときの負担とどっこいどっこいです。

どうせ自主的申出をしてもしなくても指導止まりの案件なら、結論は変わらず、自主的申出の手続の負担だけが残るわけです。

以上のような自主的申出の制度と勧告基準の意味がわかってれば76件も申請があるのは不可解だし、そもそも自主的申出の制度を知っている人なら少額の違反で申し出ることはないだろう、と思っていました。

そこで、ひょっとしたらこれが原因かも、と思ったのが、冒頭の、調査票の記載です。

これをみて、書面調査の一環として、もし違反が見つかったら自主的申出をするものだと勘違いして申出をする企業が、それなりにいるのではないでしょうか?

そうでなかったら、そもそも下請法の自主的申出なんてマイナーな制度を知っていること自体が不思議です。

ひょっとしたら、下請法にあまり詳しくない弁護士さんの中には、「違反が見つかったら自主的申出をするもんです」というアドバイスをしている人がいるのかもしれませんし、中には弁護士に相談もせず、調査票の「自発的申出書を作成し・・・提出して下さい。」という記載を見て、提出するもんなんだと思って提出した人も、結構いるのではないか、という気がします。

最近のコロナの10万円給付の申請書で、チェック欄にチェックすると申請を放棄したことになってしまうという問題がありましたが、ちょっと似てますね。

あれは、放棄する人は申請書を出さなければいいだけの話なのに、申請書を出しているのに放棄する(=受け取るつもりがないのに申請書を出す)なんていうチェック欄が、一般的な感覚からずれているために起きる問題だと思います。(家族の一部だけ放棄するというのも常識的に考えにくい。)

やっぱり、素直な感覚からずれた記載はこういう誤解を招くわけで、調査票の下請法の自発的申出についても、「・・・提出できます。」とするとか、もっといえば、この記載自体なくすべきでしょう。

そして、万が一書面調査の回答書に自発的申出書が同封されてきたら(まあこの「・・・提出して下さい。」の記載をなくせば、回答に同封する人なんてほとんどいないと思いますが)、それはそれとして受理すればいいだけなのではないでしょうか?

役所の事務処理の便宜のためにこんな誤解を招く記載をするのは、どうかと思います。

親事業者のみなさんは今まさに回答準備中と思われるので、注意喚起したく、書かせて頂きました。

2020年6月 9日 (火)

知財ガイドラインの英訳の誤記

知財ガイドラインの英訳の、権利消滅後の制限の部分は、

「When a licensor imposes on a licensee a restriction on the use of a technology or an obligation to pay royalties even after the rights to the technology have become extinct, it generally impedes the free use of technology. It will constitute an unfair trade practice if it tends to impede fair competition. (Paragraph (13) of the General Designation)
Notwithstanding the above」

と訳されていますが、もちろんこれは、paragraph 12の誤訳ですね。

日本語の原文は、

「ライセンサーがライセンシーに対して、技術に係る権利が消滅した後においても、当該技術を利用することを制限する行為、又はライセンス料の支払義務を課す行為は、一般に技術の自由な利用を阻害するものであり、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。」

となっています。

なにかのついでに直しておいていただけるとよいと思います。

ところでこの英訳もそうですが、かつての公取委の英訳では、「事業者」を「entrepreneur」と訳していました。(今は政府の英訳と同じく、enterpriseで統一されています。)

でもentrepreneurの意味は、

「a person who makes money by starting or running businesses, especially when this involves taking financial risks」(Oxfort Advanced Learner's Disctionary)

とか、

「someone who starts a new business or arranges business deals in order to make money, often in a way that involves financial risks」(Longman Dictionary of Contemporary English)

という意味で、主な訳語は「企業家」(リーダーズ英和辞典)、あるいは「起[企]業家」(ランダムハウス英和大辞典)です。

ランダムハウス英和大辞典では、

「イノベーションの担い手として創造性と決断力を持って事業を創始する個人事業者」

と説明されています。

まさに「起業家精神」の「起業家」です。

なので法律の「事業者」のような無色透明な法令用語とは、だいぶニュアンスが違います。

だいたい、entrepreneurなんていう単語は、最近でこそ多少はやっているものの、それでもビジネスの世界以外ではあまり使わないのではないでしょうか。

(私は高校生の時に読んで感激して今でも大事に持っている、キングスレイ・ウォード著『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』という本にこの単語の説明があって強く印象に残ったのでたまたま知っていましたが、逆に言えば著者のカナダ人ですら当時大学生か大学卒の息子に意味を説明する単語なわけです。ちなみに私が京大工学部から法学部に転部を決意したのもこの本の大きな影響のおかげで、そういう意味では人生を左右した1冊です。超おすすめです。)

外国人に英語で説明するたびに恥ずかしい思いをするので、これもどこかで直しておいていただければと思います。

2020年6月 7日 (日)

医薬品の再審査期間に関するCPRC報告書の記載について

公正取引委員会の付属研究機関である競争政策研究センター(CPRC)の、

(平成27年10月7日)競争政策研究センター共同研究

医薬品市場における競争と研究開発インセンティブ―ジェネリック医薬品の参入が市場に与えた影響の検証を通じて―

という報告書に、医薬品の再審査期間について以下のような記述があります。

「このほか,特許期間の延長に加えて,新規の先発医薬品については,製造販売承認後最大10年間の再審査期間が定められており,承認後一定期間が経過した後に,先発医薬品の有効性や安全性に関して,先発医薬品メーカーが実際に医療機関で使用されたデータを集め,再審査を受ける必要がある[脚注49]。

この期間中は,仮に先発医薬品の特許期間が満了となっていても,後発医薬品メーカーは,ジェネリック医薬品の申請をすることができないこととなっている[脚注50]。」(p13)

しかし、この下線部分は明白な誤りです。

ちなみに脚注50で引用されている

杉田健一著『医薬品業界の特許事情』(株式会社薬事日報社, 2006) 162 頁

という書籍には、

「この期間〔注・再審査期間〕は、仮に先発医薬品の特許がなくても、ジェネリック医薬品の申請はすることはできません。」

と記載されています(ただし私の手元にある2008年の第2版からの引用です)。

ですが、これが法的に誤りであることは、薬機法の条文をよく読めばあきらかです。

この点をわかりやすく説明してくれている文献として、

札幌医科大学医学部先端医療知財学 教授・弁理士 石埜正穂「医薬品の開発インセンティブの担保と特許制度・薬事制度の在り方」(パテント(2019)72巻12号(別冊No.22))

という論文があります。

(ところで余談ですが、グーグルでこのようなPDFの文献をサーチしてリンクをコピーすると、https://www.google.com/url? で始まるとても長くて複雑なリンクを返してくるので論文などで引用するときに難儀するのですが、プライバシー保護で定評のある検索エンジンであるDuckDuckGoでサーチしたら、ほんらいの普通のリンクを返してくれます。同じようなことでお困りの方はお試し下さい。)

この論文に、

「いわゆる先発権というのは、先発品の再審査期間中、この簡略申請を規制当局が認めない状態をおおよそ指している。

先発権というと禁止権的な権利のようにも聞こえて誤解を招きかねないが、実際にはこのように先発品に係るデータを第三者が援用できない状態にすぎない。

つまりもしデータを独自に出して提出するのであれば、先発品の再審査期間中であっても同等品の薬事申請自体は問題なく受理されるものである。

わざわざそこまでのコストを払って同等品を上市するメリットは小さいということで、先発品は、特許の有無にかかわらず、先発品メーカーに対して、当該先発品と同等の医薬や同じ有効成分を用いた医薬に関する市場を占有する立場を事実上与えている。」(p165)

と、再審査期間中でも先発薬のデータを援用しないなら承認申請できることが明確に説明されており、脚注ではさらに詳細に条文が解説されています。

前記『医薬品業界の特許事情』は、どちらかというと特許法の素人向けに医薬品業界の特許について書かれたものです。

この著者の方には申し訳ないですが、このような本の、たった1行の記述を引いて、再審査請求期間中は後発品の申請はできないことになっているなどとCPRCが報告書で軽々に述べるとは、ちょっと信じがたいです。

(ひょっとしたら、「ことになっている」という表現でお茶を濁されたのかもしれませんが、そういう問題ではないでしょう。)

今は前記石埜教授の文献があるのでよいですが、以前は、とくに外国の製薬会社にこの点を説明するのにとても苦労しました。(日本の製薬会社は薬機法を当然知っているので、このようなことを弁護士に質問してくることはありません。)

だいたい、お手軽なウェブ情報とかを見ると、再審査期間中は後発品は承認申請できないと、さらっとあたりまえのように書いてるだけで、そのへんのウェブ情報なら無視すればいいのですが、CPRCの報告書に書いてあると(それをお客さんが知っていたりすると)、これを否定するのはけっこうたいへんです。

それこそ、石埜教授の論文の脚注に書いてあるようなことを全部説明しないといけなくなります(しかも外国会社には英語で)。

というわけで、法律の制度のリサーチはきちんとやってほしいものです。

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