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2020年5月 5日 (火)

クアルコム審決の量的・質的基準について

クアルコム事件審決は、拘束条件付取引における公正競争阻害性に関する基準として、マイクロソフト審決を引きながら、

「不当な拘束条件付に該当するか否かを判断するに当たっては、

具体的な競争減殺効果の発生を要するものではなく、

ある程度において競争減殺効果発生のおそれがあると認められる場合であれば足りるが、

この「おそれ」の程度は、競争減殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではなく、

当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を個別に判断して、

公正な競争を阻害するおそれの有無が判断されることが必要である(マイクロソフト非係争条項事件審決・平20・9・16 審決集55 巻380 頁)」

と述べています。

この「量的又は質的な影響」の意味について、まとめておきます。

この点について、金井先生(公正取引826号9頁)は、

「これは、1982 年の独占禁止法研究会報告「不公正な取引方法に関する基本的な考え方」(以下「独禁研報告・考え方」という。)で示された考え方である。

ここでいわれる「量的な影響」、「質的な影響」とは、排他条件付取引を例にとれば、

代替的な取引先や流通経路を見出すことができなくなるという「質的な影響」と、

行為者の市場シェアや取引先事業者の数等の「量な影響」を考慮して

市場閉鎖効果の有無を判断することである。」

と、具体例を挙げながら明確に解説されています。

被害者への影響を端的に物語るのが「質的な影響」で、それをシェア等の数字で裏付けるのが「量的な影響」といえるでしょう。

ここで引用されている独禁研報告書p3では、

「この場合〔自由競争減殺の場合〕、具体的な競争減殺効果の発生は要件ではなく、ある程度において自由競争を妨げるおそれがあると認められる場合で足りる。

具体的な行為について、公正競争阻害性を有するか否かの判断に当たっては、

①市場での競争を直接制約するような行為類型(再販売価格の拘束など)については、それが実効性をもって行われるものであるかが判断の中心となり、

②その他の行為類型については、当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を個別に判断することが必要となろう。」

とされています。

つまり、再販のような原則違法類型以外について、この「量的又は質的な影響を個別に判断」という基準が出てきます。

なので、クアルコム審決はもちろんのこと、マイクロソフト審決も、ここの一般論の部分では、何も新しいことは言っていない、ということになります。

これに対して、平林英勝「不公正な取引方法規制の歴史・意義・課題」(経済法学会年報30号(2009年)74頁)では、

「上記②ア〔注・流取ガイドラインの「市場閉鎖効果に着目して判断するもの」〕の市場における有力な事業者基準〔注・市場シェア10%以上または上位3位以内の基準〕および影響力基準〔注・代替的な取引先を見いだすのが困難になること〕は、独占禁止法研究会の前記流通系列化に関する報告書〔注・「流通系列化に関する独占禁止法上の取扱い」(1980年、公正取引354号11頁)の量的実質性、質的実質性の基準にそれぞれ由来する。」

と、1980年の報告書が由来だとされています。

そして、同報告書では、不公正な取引方法を、

「ア 行為の外形から判断する場合ー一定の形式的な行為類型に該当すること自体で公正競争阻害性を認定する場合」

と、

「イ 行為の量的実質性あるいは質的実質性から判断する場合」

に分けた上で、「イ 行為の量的実質性あるいは質的実質性から判断する場合」をさらに、

「(ア)行為の量的実質性により判断する場合ー当該行為の本来的競争制限効果に着目し、それによって影響を受ける範囲が数量的に有意か否かを判断して、公正競争阻害性を認定する場合」

「(イ)行為の質的実質性により判断する場合ー当該行為が市場における競争に与える影響を具体的に判断して、公正競争阻害性を認定する場合

とに分けています。

また同報告書はさらに続けて、

「なお、各行為類型は、上記ア.イ.に振り分けられるが、例えば、ア.に区分される行為類型について、当該行為を実施している製造業者の反証により、行為の外形から直ちに違法と判断されない場合には、イ.(ア)、さらに(イ)によって判断されることになる。」

としています。

このように、量的基準と質的基準はそのいずれかに当たればいい(「又は」)であることがはっきり示されています。

以上のような量的・質的基準の議論とは外れますがしかしまっとうな議論として、

稗貫俊文「マイクロソフトNAP条項事件審決(公正取引委員会平成20年9月16日審決)の検討」NBL911号98頁 (2009)

は、マイクロソフト審決を分析し、

「まず、公取委は、松下電器産業、ソニー、東芝などのOEM 業者が、自己の特許技術を十分に活用して投資を回収できないという懸念をもってMSに対して執拗にNAP条項の削除を要求していることから、NAP条項がOEM業者の不利益となり研究開発意欲を減退させている蓋然性があるとしている。

これがおそらく当該行為の競争に及ぼす「質的な影響」の証拠ということになる。

また、公取委は、パソコンAV技術にかかるパソコン市場の市場規模が1.6兆円であるというデータを示している。

これはNAP条項により無償になったとするパソコンAV技術のロイヤリティ額を暗示するものである。

すなわち、たとえば1.6兆円の5パーセント程度がNAP条項が無ければ獲得できるはずのロイヤリテイの額ということになるであろう。

このような示唆に加えてさらに、パソコン市場で各社が保有するパソコンAV技術を使用許諾するとしたらロイヤリティ額は年間数十億円となるというOEM 業者側の主張が取り上げられ、

また平成14年にウインドウシリーズの搭載されたパソコンで使われたと考えられる自己の特許権のロイヤリティでみた損害額は13億米国ドルになろうというソニーの推計を取り上げている。

これがおそらく当該行為の競争に及ぼす「量的な影響」の証拠ということであろう。

そして当該行為の競争に及ぼす「量的又は質的な影響」に関する上記のような証拠は、特許制度が生み出す研究開発投資とその成果の回収のサイクルが上手く回転しなければ、特許権者は「研究開発の意欲を損ない、新たな技術の開発を阻害することにより、市場における競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがある」ということを示すものであろう。」

と分析されています。

わたしはこちらのほうがよっぽど量的、質的という言葉をすなおに捉えていると思いますが、少なくとも歴史的な議論の経緯とは異なります。

ただしそれが悪いとは思いません。意味の分からない議論は捨て去られるべきでしょう。

今は垂直制限の反競争性は経済理論でもっとすっきり整理されているので、その感覚からいうと、いかにも複雑怪奇な、取って付けたような説明で、連立方程式を知らない人が鶴亀算で問題を解くようなグロテスクさがありますが(今の時代の独禁法がこんなんだったら、私はたぶん独禁法を専門にしていないでしょう)、ともあれ、分析ツールを持たないまま複雑な問題に格闘した先人の努力は見て取れます。

そしてなりより、こんな昭和50年代の一般論が、平成末期まで生き残っている(おそらく令和の時代にも生き残る)ことに、やや驚きと失望を感じます。

つまり、みなさん自分の頭で考えずに公取文書をコピペするのが好きなんですね、ということです。

わたしは、こういう、歴史を遡らないとわからないような議論はきらい(科学の世界ではありえない)なのですが、実務では時々、こういうリサーチもしないといけないことがあります。

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