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2019年12月

2019年12月24日 (火)

届出不要の企業結合実行後に問題解消措置が採られた事例(エムスリーによる日本アルトマークの株式取得)

医師向け医薬品情報提供プラットフォーム最大手(シェア75%)のエムスリーが、事実上の標準である医師データベース(DB)の提供事業者である日本アルトマークの株式100%をNTTドコモから取得(2019年4月1日)したことに対して、公正取引委員会が、株式取得実行後に審査をおこない、2019年10月24日、問題解消措置が命じられました。(正確には、当事者が申し出た問題解消措置を公取委が受け容れました)。

医薬品情報提供プラットフォーム(川下)を提供するには、インプットとして医師データベース(川上)が必要で(プラットフォームを通じて製薬会社が医師に医薬品情報を提供するために、アルトマークの医師DBが必要)、垂直的結合の事例です。

いままで公取委が届出不要の企業結合について審査した事例は、少なくとも公表事例ではなかったので、たいへん意義があります。

独禁法10条1項では、

「会社は、他の会社の株式を取得し、又は所有することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を取得し、又は所有してはならず、及び不公正な取引方法により他の会社の株式を取得し、又は所有してはならない。」

とされ、競争を実質的に制限するかぎり届出が必要であろうとなかろうと株式取得はしてはいけないことになっています。(届出要件は10条2項)

つまり、企業結合に届出が必要かという手続上の問題と、企業結合が独禁法上禁止されるかという実体法上の問題は、まったく関係ないのです。

とはいえ、届出不要な小さい案件までいちいち公取委が審査することはないだろう、というような、漠然とした実務感覚があり、実際、いままで届出不要の案件が審査されたことはありませんでした。

これが今回、審査された意義はとても大きいと思います。

届出不要の案件でも、問題がある可能性があるものは、公取委に任意に事前相談に行くようにしたほうがよいかもしれません。(もちろん、弁護士の意見書ですませるのも、内容次第ではありだと思いますが。)

弁護士としても、届出不要の案件でも審査を受ける可能性が現実的にあるのだということをアドバイスする必要があります。

また、実行後の案件を審査したことも注目です。

届出不要のため届出がされていないので、公取委が排除措置命令を出すのに時間的な期限はないので、法的には可能なことをしたまでともいえますが、実行ずみの案件でもためらうことなく審査に踏み切ったことは、注目されます。

ヤフーとラインの統合がプラットフォームの企業結合の試金石になるとか、難しい審査になりそうだとかいう人もいるみたいですが、グーグルやフェイスブックという巨人がいる中でこれが止められたり条件がつく可能性はほぼ皆無であり(ビジネスの数が多くて1個1個調べるのがたいへんだということは、あると思います)、エムスリーの件のほうがよっぽど(法律的には)重要だと思います。

内容も全体的になかなかおもしろいですが、ちょっとよくわからないのが、アルトマーク(川上DB)を通じて競合プラットフォームの情報がエムスリーに流れるおそれについて、

「また,日本アルトマークは,MDBの提供に際し,医薬品情報提供プラットフォーム運営事業者との間で秘密保持契約を締結しているが,

本契約自体を当事会社に有利に変更することが可能であることや,

エムスリーが同社の役員若しくは従業員を日本アルトマークに出向させる又は日本アルトマークの役員若しくは従業員と兼任させることによって当該役員若しくは従業員が他の医薬品情報提供プラットフォーム運営事業者に係る秘密情報を入手し,それを利用する形でエムスリーが営む医薬品情報提供プラットフォーム運営事業の業務の中で競争に影響を与えるような判断・決定をすること

は可能である。」

と述べている部分です(p10)。

まず、前半の、「本契約〔=アルトマークと競合プラットフォーム間の秘密保持契約〕自体を当事会社に有利に変更することが可能」というのは、どういう意味なのでしょうね?

この結合があっても、アルトマークが競合プラットフォームとの秘密保持契約をゆるく変更することとかは、当然にはできないはずです。

(アルトマークとエムスリーとの契約は、どうにでも変更できるのでしょうけれど。)

アルトマークのDBが事実上の標準だから取引相手方であるプラットフォームは不利な変更も引き受けざるを得ない、ということなのですかね。よくわかりません。

守秘義務契約については普通、たとえば、最近出た業務提携報告書にも引用されている、

スターアライアンス加盟航空会社8社における情報共有について」(平成23年10月21日)

で、

「8社のうち複数社は,サービス会社に職員を派遣しているが,

各航空会社サービス会社との間の契約において守秘義務条項が設けられている。

また,サービス会社出向者との間の契約においても守秘義務条項が設けられており,

サービス会社が収集した8社それぞれの情報は,8社に還流しないようにするとしている。」

というように、守秘義務契約(ここでは、法人間と、法人・個人間)があれば競争制限は回避できるという前提で判断されることが多いように思われ、守秘義務契約では変更される可能性があるから不十分であるかのようなことをいうのは珍しいと思います。

ただ、この点は、情報の性質や市場の競争状況しだいで、もれたら本当に困る情報と競争状況の場合には、手厚い措置が求められる、ということなのでしょう。

また後半も、よくわかりません。

これは前半(契約変更)とは別建てで書いてあるので、契約が生きている前提だと思われますが、それでも、契約は法人間なので従業員は拘束されない(よって、秘密保持契約があっても情報は漏れる)、といっているようにみえます。

でもそれって、通常の実務感覚とはかなりずれているように思います。

もちろん、きわめて機密性の高い情報をあつかう場合に、情報に触れる従業員個人から秘密保持契約書をとることはありますが、ここでは、そういうことを言っているのではなさそうです。

もしそういうことを言っているなら、従業員から秘密保持契約書をとれば秘密は漏れないのでOK、という結論になるはずです。

むしろ実務的には、漏れたかどうかが外部からはわからないことのほうが問題だと思います。

製造ノウハウとかは、製品をみればまだノウハウがもれたかわかりそうですが、プラットフォームの秘密情報がもれたかどうかって、どういう秘密情報なのかにもよりますが、外からはなかなかわからないのではないかと思います。

もしそうだとすると、秘密保持契約を結んでいても不十分で、そもそも結合をみとめない、という結論になってしまいますが、公取委もそこまではいっていません。

あともう一つ、実務的な問題は、はたしてこのプラットフォームの秘密情報というのは、競争法上(問題解消措置を付けてまで)保護に値するといえるのかどうかが、情報の内容次第であって、あんがい一律には決められないことです。

この点、公取の発表文では、

「他の医薬品情報提供プラットフォーム運営事業者に係る秘密情報を入手し,それを利用する形でエムスリーが営む医薬品情報提供プラットフォーム運営事業の業務の中で競争に影響を与えるような判断・決定をする」

というふうに、ばくぜんと書いていますが、そのような「競争に影響を与えるような判断・決定」に使えるような情報のやりとりがなされているのかが、具体的な情報の内容をみないとわかりません。

このあたりが実際の審査ではもっと突っ込んで調べられた可能性はありますが(もちろん、当事会社があまり争わなかった可能性もあります)、ともあれ、発表文では秘密情報の保護の必要性についてあまり公取委が頓着している感じがしないのは、保護されたい側の競合プラットフォームにしてみれば、ありがたいことかもしれません。

反面、ほんとうに漏れたら困るような情報がやりとりされているのであれば、秘密保持契約があっても結合そのものを認めるべきではない、ということになりますが、そこまで漏れて困る情報は外には出さないでしょう(結合があってもなくても、もれる可能性はあるわけですし)。

もちろん世の中には、取引するためには出したくなくても出さざるをえないという情報もあり(たとえば印刷会社に重要事項公表のための印刷を依頼する場合)、そのような場合であれば結合自体をみとめない、という選択肢もありうるでしょう。

もう一つ、今回は、「競争が実質的に制限されることとなる。」(p12)と断言していることが注目されます。

通常の案件では、競争が実質的に制限されることの「懸念を当事会社に伝えた」とかいう書きぶりになっているので、ずいぶん思い切った書き方をしたものだと思います。

実行後の案件だから将来予測が不要なため現在形で書いているだけなのかもしれませんが、それでも「懸念」といって別におかしくないような気がします。

そもそも命令ではなく、当事者からの任意の申し出なわけですから、排除措置命令の要件(10条1項)を満たしていると断定しなくてもよかったはずです。

というわけで、この部分には、わたしは強いメッセージを感じます。

2019年12月20日 (金)

デジタル・プラットフォーム優越ガイドラインについて

2019(令和元)年12月17日に、

「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」

が公表されました。

原案からの変更(新旧対照表)やパブリックコメントの結果などをみて気がついたことを記しておきます。

原案の「デジタル・プラットフォーマー」という言葉が、「デジタル・プラットフォーム事業者」に変わっています。

「デジタル・プラットフォーマー」というのは和製英語で、英語ではdigital platformとだけいうので、これでよいのでしょう(原案をそのまま英訳すると恥ずかしいことになります)。

パブコメ60番の、

「優越的地位の有無は個々の消費者とデジタル・プラットフォーム事業者との間で個別に認定されるものと理解してよいか。(弁護士,学者)」

という質問に対して、

「優越的地位の認定に当たっては,デジタル・プラットフォーム事業者が提供するサービスについて,一般的な消費者にとって代替可能なサービスがあるかどうか等の観点から判断されます。その旨,(注5)及び(注6)に追記しました。」

と回答されています。

これは、課徴金導入後優越的地位は個別の取引先との間で認定されることになったので、本ガイドラインではどうなのか、という趣旨の質問ですが、回答では、優越的地位は個別に認定はせず一般的な消費者を基準に認定するとされているのです。

なんだか支離滅裂な感じがしますが、公取委はデジタル・プラットフォームの個人情報不当取り扱いについては課徴金は課さない方針と思われ、それはそれでよかったと思います。

パブコメ221番で、ガイドラインの「対価」は課徴金算定基礎である独禁法施行令30条の「対価」と同義かとの質問に対しても、

「優越的地位の濫用行為に係る課徴金については,個別具体的な事案に応じて,独占禁止法第20条の6の規定に基づき,算定します。」

と、はっきりとした回答を避けているので、やはり課徴金を課す気はないことがうかがえます。

パブコメ76番で、

「「優越ガイドライン」において,「市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位である必要はなく,取引の相手方との関係で相対的に優越した地位」があれば足りるとしていますが,「市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位」があれば,通常,取引の相手方に対して優越した地位にあるものと考えられます。」

というのは、すごいことを言っちゃってますね。

これって、本ガイドラインではなく優越ガイドラインの説明ですから、おおざっぱにいえば、市場シェア50%以上の事業者はすべての取引先との関係で優越的地位にある、ということになります。

でも、特定分野でシェア50%以上であっても、相手方のほうが強いことは世の中でいくらでもありうるように思われ、これはちょっと言い過ぎ(本ガイドラインの話にとどめておけばよかったのに)、と思います。

それに、本ガイドラインの文脈でも、たとえばフェイスブックが同種のSNSでシェア5割以上だとしても、そもそも消費者の一部しかSNSをやっていないのなら、(注5)の、一般的な消費者にとって代替可能かどうかで判断するという基準に照らすと、代替可能(∵そもそも大部分はSNSをやっていないので、「代替不可能」といいがたい)ということになるのではないでしょうか?

それに関連して、(注6)では、サービスをやめることが事実上困難かどうかは、一般的な消費者にとって利用をやめることが事実上困難かどうかで判断するとされていますが、これも厳密には、「現に利用している一般的な消費者にとって」という意味なのでしょう。

そもそもフェイスブックを使っていない消費者は、やめること(≒使わないこと)が困難であるはずがないからです。

・・・と考えていくと、実は、「現に利用している」消費者がやめられなければ優越的地位が認められるのであって、「現に利用している」消費者の数は問題にならない、ということになりそうです。

つまり、非常にニッチで少数参加のプラットフォームでも、本ガイドラインの対象になる、ということです。

パブコメ112番で、

「「なお,…正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる場合には,次のような行為に限らず,…問題となる。」とあるところ,個人情報等の不当な取得又は利用であって,かつ,想定例に該当しないものの問題となる行為の具体例を追記すべき。(団体,弁護士)」

というコメントを受けて、(注8)

「例えば,デジタル・プラットフォーム事業者が第三者をして,

消費者から取得する「個人情報以外の個人に関する情報」と他の情報を照合して個人情報とさせ,

消費者に不利益を与えることを目的に当該個人情報を利用させるために,

消費者から「個人情報以外の個人に関する情報」を取得する場合等は,優越的地位の濫用として問題となる。」

が追加されました。

これって、意味がよくわかりませんが、いわゆるプロファイリング目的での情報取得が問題だといっているようにも読めます。

とすると、個人情報保護法を超えて独禁法が個人情報を保護していることになり、はたしてそこまでするのが妥当なのか、疑問がわいてきます。

似たようなことは、成案で追加された(注11)でも出てきており、同注では、

「(注11)ウェブサイトの閲覧情報,携帯端末の位置情報等,一般には,それ単体では個人識別性を有しない情報であっても,当該情報を,個人を識別して利用する場合は,そのことを消費者に知らせずに取得すると問題となる。」

とされています。

これって、クッキーや位置情報の取得も、個人を識別して利用する場合は濫用だ、ということです。

ちゃんと個人情報保護委員会とすりあわせたのですかね。心配です。

パブコメ195番で、想定例⑥の、

「デジタル・プラットフォーム事業者F社が,サービスを利用する消費者から取得した個人情報を,消費者の同意を得ることなく第三者に提供した」

の「第三者」にグループ会社が含まれると明記したらどうかというコメントがよせられたのに対して、

「5⑵ア想定例⑥の「第三者」には,「グループ企業」も含まれます。」

と、あっさりと回答されています。

でも、競争法の世界で第三者にグループ企業も含まれるというのは極めて異例です。

競争は、グループ単位で行うものだからです。

また、グループで個人情報を共有すると、どうして競合他社より有利に立てるのかも、よくわかりません。

もし競合他社より有利に立てるとしても、ここまでくると、濫用行為のために競合他社より競争上優位に立つかどうかが問題なのではなくて、法律違反(個人情報保護法違反)で競合他社より競争上優位に立つことが問題視されているといわざるをえず、下手をするとあらゆる法律違反が優越的地位の濫用になりかねないように思われます。

全体的に見ると、本ガイドラインは、優越ガイドラインなどの既存の解釈と整合性をとろうという発想がきわめて希薄であり(それでいいと割り切っているようにみえる)、プラットフォームと個人情報の問題に特化したガイドラインだという印象を強く受けます。

もしガイドラインでなく法律だったら、ぜったいに法制局審査は通らないでしょう。

でもこういうガイドラインにしたがって正式事件を摘発するのは、いろいろとぼろがでてきっと大変なはずであり、なので、実際の事件はたぶん起きないだろう、という思いがさらに強くなりました。

2019年12月18日 (水)

GAFA規制論の高まりについて思う。

先日久しぶりにCPRCの国際シンポジウムに参加してきました。

テーマは「デジタル市場におけるデータ集中と競争政策」でした。

その中でパネリストの1人で前欧州委チーフエコノミストののTommaso Vallett氏が、プライバシー保護のために競争法が適切な方法であるかは、たとえば、フェイスブックを5つの「ベビー・フェイスブック」に分割してプライバシー保護が改善するかを考えてみたらいい、という趣旨のことをおっしゃっていました。

(ちなみに「ベビー・フェイスブック」という表現は、競争法をやっていると、かつてアメリカがAT&Tを分割して、分割後の各社を「ベビー・ベル」と呼んでいたことを想起させます。)

なるほどうまいことをいうなあと思いました。

カルテルは複数社が1社であるかのように行動するのがいけないので、各社ちゃんと競争しなさい、という規制です。

「みんなのペット事件」で、みんなのペットオンライン社を5つに分割したら、たぶん排他条件付取引は問題にならないでしょう。

これに対して山陽マルナカを5社に分割したら優越的地位の濫用がなくなるのかといえば、なくならないような気がします(このあたりに、優越的地位の濫用がほんらいの競争法とは異質なものであることがあらわれています)。

わたし自身はプライバシー保護に(少なくとも日本の)競争法を使うことには反対です。

理由はいろいろあります。

フェイスブック(でもグーグルでもどこでもいいですが)を5つに分割してもプライバシー保護は改善しなさそう、というのも1つの理由です。

もう1つの理由は、プライバシー保護の基準として何が望ましいのか、競争法では一義的に答えがでないことです。

別に、唯一絶対の解が1つ定まらないといけないということはありませんが、法律で規制するからには、大きな方向性くらいは示せないといけません。

先日大塚家具がヤマダ電機に買収されることが発表されたとき、ヤマダ電機の社長さんが「久美子社長の方向性はまちがっていない」というようなことをおっしゃっていましたが、「方向性はまちがっていない」というのがはたしてほめ言葉になるのかどうかはさておき、もし「方向性がまちがっている」といえば、それは完全否定だと思います。

そのような意味で、競争法はプライバシー保護の方向性を示すことができないか、きわめて不向きです。

というのは、基本的に競争法というのは、望ましい結果を一義的に企業に義務付けるのではなくて、望ましい結果は市場での自由な競争が確保されていれば実現されるという想定(あるいは信仰、または守備範囲)でできている法律です。

競争法が実現するのは、自由で公正な競争環境であるのが基本です。

競争法が一義的な結果を(多くの場合明確な根拠なく)企業に求めるのは、基本的には、筋違いだと思います。

これがまだ素朴な優越的地位の濫用とかだと、たとえば納入業者に従業員派遣させてはいけませんとか、やって良いこと悪いこと、それからその行為を禁止したときの影響などが比較的単純に予想できるので、規制してもあまり大きな弊害はないのかもしれません(わたしは、けっこう弊害があると考えていますが)。

ですがプライバシー保護は、どこまで保護するのが消費者のためになるのか、そう簡単にはわかりません。

最もわかりやすいのは、データをターゲティング広告に使う場合です。

パソコンにいつも同じような広告ばかり出て気味が悪いと感じる人もいるでしょうし、欲しいものがみつかったと喜ぶ人もいるでしょう。

消費者が提供したデータを使ってプラットフォームが広告事業でもうけることをアンフェアだとするやっかみ半分の議論もありえますが、それを措くとしても、ターゲティング広告を好む消費者と好まない消費者がいるわけで、どのような結果が望ましいのかは一義的にはいえません。

その点競争法は、市場の競争にゆだねてその結果を受け入れる、他の法律にはないというある意味で骨太な(一党派にかたよらない)法律なのですが、逆に言えば、ほんらいできるのはそこまでです。

ビッグデータにより初めて可能になるサービスもあるわけで、データ収集を禁止することと、そのようなサービスの提供を可能にすることとの間には、トレードオフの関係があります。

そのなかで、どのようなバランスをとるのが消費者の利益になるのかは、競争法の発想では結論がでないことなのではないかと思います。

どのレベルのプライバシー保護を望むかという点だけに絞れば、保護のレベルが高い方がいいことは明らかです。

この種の「品質」は、高ければ高いほど良いからです。

このように、すべての消費者が、どの結果が望ましいのかについて同意する品質についての差別化は、「垂直的差別化」といったりします。

品質が良い順から縦に並んでいるイメージですね。

「カテゴリー内で商品間の選好順位が全ての消費者に共通している場合」なんていったりします。

たとえば自動車のガソリン消費量(燃費)は、少なければすくないほどいいでしょう。

これに対して「水平的差別化」というのは、消費者によって好みに差がある差別化のことです。

たとえば自動車のデザインでも、「マツダ3」がよいという人もいれば、「レクサスLC」がいいという人もいるでしょう。

プライバシー保護と新たなサービスの提供はセットで考えないといけないので、どの組み合わせが最適なのかは消費者によってことなりうるという点で、水平的差別化的なのだといえます。

そして競争法では一般的に、多様な商品が提供されることは消費者の利益になると考えるので、水平的差別化についてとやかくいうことはありません(「マツダ3のデザインのほうを高く評価しなければならない」と強制できないように)。

というわけで、プライバシー保護は競争法の不得意な分野なのだといえます。

これに対してたとえば個人情報保護法は、個人情報保護という特定の目標のために、ぜったいこれは守らないといけないという基準を明確に定めることができます。

ふたたび自動車の例で言えば、衝突安全性の基準のようなものです。

一部の消費者が、「もっと軽量なほうがいい」「もっと安い方がいい」「もっとデザインがかっこいいほうがいい(衝突安全性はデザインを制約する傾向がある)」といっても、ともかく国の方針として、最低限これはまもらないといけないと決めてしまえる、それがいわば衝突安全性の基準であり、個人情報保護法なのです。

それをおせっかいだという人もいるかもしれませんが、ともかく決めてしまいます。

もちろん決めるときには、関係者や専門家の意見を十分に聞いて、国会で議論を重ねて、決めることになるでしょう。

これに対して、競争法が、「ともかく決めてしまう」というのはとても危険です。

競争法は規定が不明確だからというのが一番の理由ですが、もうひとつ、日本の公正取引委員会にはどのレベルのデータ保護が最適なのかを判断する知見がありません(ひょっとしたら他の役所もないかもしれませんが)。

知見がないので、仮に競争法で規制するとしても、個人情報保護法をコピーしたような内容にせざるをえません(最近のデータ保護ガイドラインのように)。

水平的差別化についてはこれまであまり競争法は口出ししてこなかったのですが、デジタルプラットフォーム規制には、そこに口出しする要素があります。

以上のことをひっくるめて、象徴的に表現すれば、「フェイスブックを5つに分割したらどうなるか」を考えるのが競争法なのだ、ということなのでしょう。

日本でも、こういう骨太の議論をする人が、もっともっと出てきてほしいと思います。

デジタルプラットフォームの国民生活における重要性にかんがみれば、必要であれば規制するのは自然な流れだとは思いますが(もちろん内容については慎重に検討すべきでしょうけれど)、ともかく、その手段として競争法を使うのは、わたしは誤りだと考えています。

2019年12月13日 (金)

既往の支払遅延に対する勧告

下請法4条1項2号では、

「下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと」

が、支払遅延として禁じられています。

支払遅延に対する勧告は、7条1項で、

「公正取引委員会は、親事業者が第四条第一項・・・第二号・・・に掲げる行為をしていると認めるときは、

その親事業者に対し、・・・その下請代金若しくはその下請代金及び第四条の二の規定による遅延利息を支払い、・・・その他必要な措置をとるべきことを勧告するものとする。」

とされています。

そして、過去に支払遅延があった(つまり、遅れたけど、そのあと満額払った)ことが判明した場合(既往の支払遅延)には、勧告は出ません。

というのは、前述のように4条1項2号では、違反行為が、

「下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと」

というように現在進行形で規定されており、これを受けて7条1項でも、

「親事業者が第四条第一項・・・第二号・・・に掲げる行為をしていると認めるときは、」

と、「支払わない」という行為を「している」とき、つまり、支払わないという行為が続いているときにかぎって勧告を出せると明記されているからです。

別の言い方をすると、遅れたけどそのあと支払った、という場合は、「支払期日の経過後なお支払わない」のではなく、「支払期日の経過後支払った」ということになり、違反状態はないことになります。

そして勧告についても、遅れたけれどそのあと支払った場合は、

「第4条第1項第2号に掲げる行為〔支払遅延〕をしている

にはあたらず(「支払わない」(4条1項2号)のではなく、遅れたとはいえ既に支払済みなので)、勧告は出ないことになります。

7条1項をみると、

「その下請代金若しくはその下請代金及び第四条の二の規定による遅延利息を支払」

うべきことを勧告するとされているので、元本だけではなくて遅延利息も支払わないと遅延利息の支払のためだけに勧告がでるのではないか、と一瞬思いますが、そうではありません。

7条1項はあくまで、支払遅延を現に「している」場合には、その、遅延「している」下請代金について、元本と利息を支払うように勧告できるという規定であり、元本のほうを(たとえ遅れてでも)支払ってしまえば、支払遅延を現に「している」ことにはならず、そもそも7条1項の要件を満たさないため、遅延利息の支払も勧告されません。

つまり、遅れても支払ってしまえば一切勧告はでません。

この点については、鈴木満『〔改訂版〕新下請法マニュアル』223頁に、

「第7条第1項では、・・・第2号(下請代金の支払遅延の禁止)・・・に違反している場合の勧告を定めている。

すなわち、・・・支払遅延をしているときは下請代金と遅延利息の支払を・・・勧告することとされている。」

とされているのも、同趣旨と思われます。

しかしだからといって4条の2の遅延損害金請求権自体がなくなってしまうわけではなく、もし訴訟を起こせば遅延損害金の支払も命じられると考えられます。

なお、すでに終わった違反行為に対する勧告は7条2項で、

「公正取引委員会は、

親事業者が第四条第一項第三号から第六号〔3号減額、4号返品、5号買いたたき、6号購入利用強制〕までに掲げる行為をしたと認めるときは、

その親事業者に対し、速やかにその減じた額を支払い、その下請事業者の給付に係る物を再び引き取り、その下請代金の額を引き上げ、又はその購入させた物を引き取るべきことその他必要な措置

をとるべきことを勧告するものとする。」

と、別途さだめられています。

どの違反行為かによって既往の行為が勧告対象になったりならなかったりするのは立法論としてはあまり合理性はないと思いますが、ともかく現在の条文と公取委の運用はこのようになっています。

2019年12月11日 (水)

納期の前倒しと不当な給付内容の変更再論

だいぶ以前に、納期を前倒しすることは不当な給付内容の変更(下請法4条2項4号)にあたらないのではないか、と書いたことがあります

理由は、納期は給付の「内容」ではないから、ということです。

ところが、その後に出た、2018(平成30)年11月27日付の公取委と経産省連名の親事業者代表者宛「下請取引の適正化について」という文書では、

「(11) 不当な給付内容の変更・やり直しの禁止

・ 下請事業者に責任がないのに、発注内容の変更(納期の前倒しや納期変更を伴わない追加作業などを含む。)を行い、又は下請事業者から物品等を受領した後(役務提供委託の場合は役務の提供後)にやり直しをさせることにより、下請事業者の利益を不当に害すること。(下請法第4条第2項第4号)」

というふうに、発注内容の変更に納期の前倒しも含まれる、と明記されています。

このように明記されているからには、行政解釈はそうなのだといわざるをえないですが、いろいろ考えてみてもやっぱりこの解釈は(ありえないとまではいえないものの)これまでの公取のさまざまな解釈・文献と整合性がない(つまり、まちがい)と思います。

実は白状すると、わたしも以前この点についてブログで書く前までは、納期を後ろ倒しにすれば受領拒否だし、前倒しにすれば不当な変更だ、と単純に考えていました。

(もちろん、受領拒否は4条1項なので即違法であるのに対して、不当な給付内容の変更は2項なので下請事業者の利益を不当に害する場合にのみ違法、という大きな違いはありますが。)

というのは、そういう説明をいろいろなところで聞いていましたし、結論に強く異論を唱えるほどのことでもないのでさして違和感も感じなかったからです。

ところがあるとき元公取の弁護士さんから、納期は給付の「内容」ではないのだから納期を前倒ししても給付内容の変更にはあたらないのだと当然のように説明を受け、目からうろこが落ちる思いがし、それで、前回の記事を書いたのでした。

その理屈は前回の記事にほぼ尽きているのでご覧いただければと思いますが、一番決定的なのは、下請法テキストp82に、

「「下請事業者の給付の内容を変更させること」とは,給付の受領前に,3条書面に記載されている給付の内容を変更し,当初委託した内容とは異なる作業を行わせることである。」

とはっきり書いてあることです。(引用部分は令和元年版からですが、この部分は以前から変わっていません。)

ここでいう「3条書面に記載されている給付の内容」というのは、どう考えても、3条書面規則1条2号の、

「二 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託又は役務提供委託(以下「製造委託等」という。)をした日、下請事業者の給付(役務提供委託の場合は、提供される役務。以下同じ。)の内容並びにその給付を受領する期日(役務提供委託の場合は、下請事業者が委託を受けた役務を提供する期日(期間を定めて提供を委託するものにあっては、当該期間))及び場所」

にいうところの、「給付・・・の内容」をさしているといわざるをえず、3条書面規則でも「給付・・・の内容」とその次の「受領する期日」は分けて書いてあるので、「給付・・・の内容」には納期(「受領する期日」)は含まれない、と読むほかないと思うのです。

さらに付け加えれば、納期の前倒しや後ろ倒しではないかと議論のあったジャストインタイムについての下請法テキストの解説(Q52)では、

「・・・納入指示カードによる変更により,納入日が遅れたり,納入日ごとの納入数量が少なくなる場合には,それにより下請事業者に費用(保管費用,運送費用等の増加分)が発生したときにそれを全額負担しなければ,受領拒否又は不当な給付内容の変更として問題となる。」

と解説されています。

(ちなみにこのQ52は、受領拒否の項目にあります。)

ここで、「納入日が遅れたり」するのは納期の後ろ倒しであって受領拒否が問題にされていることがわかります。

さらに、納期の後ろ倒しにより保管費用が発生する場合には保管費用を負担させること(納期の後ろ倒しという行為自体ではなく!)が不当な給付内容の変更にあたりうる、と説明されていることがわかります。

テキストではさらに続けて、

「また,納入指示カードによる変更により,納入日が遅れ,下請代金の支払が遅くなることが考えられるが,それが納入時期の微調整にとどまる場合・・・には,ジャスト・イン・タイム生産方式においてやむを得ないものとしてこれを認めている。」

と説明されていて、ここでも、納期が遅くなった場合の問題(支払遅延の可能性)について言及しているだけです。

さらに続けて、

「なお,製品仕様の変更等親事業者側の一方的都合による発注内容の変更若しくは発注の取消し又は生産の打切り等の場合には,下請事業者が既に完成している製品全てを受領しなければ,受領拒否として問題となり,仕掛品の作成費用や部品代を含む下請事業者に発生した費用を全額負担しなければ,不当な給付内容の変更として問題となる。」

と解説されていますが、ここでも問題になっているのは、受領拒否や、発注取消という内容変更だけです。

このように、納期の微調整があることから当然前倒しも後ろ倒しもあるはずのジャストインタイムですら、前倒しに相当する行為についてはなんら言及されていないのです。

このことからも、当時の公取が、納期の前倒し自体は給付「内容」の変更であるとは考えていなかったことがうかがわれます。

したがって、前掲「下請取引の適正化について」は、公取委の従来の解釈を変更したものと考えざるをえません。

(それにしては、下請テキストに何の変更もないのが不可解なところですが、このテキストは法律解釈としてはあまりレベルが高くないので、まあこんなもんだろうと思います。)

ともあれ、行政解釈はこういうことなので、大半の事業者はこれにしたがうのでしょう(争われる方は、前回の記事と上記の説明をご参考になさって下さい。)

ですが、では納期の前倒しはぜったいにできないのか、というと、そんなことはまったくありません。

納期の前倒しが給付内容の変更にあたるとしても、下請法テキストp83の解説では、

「給付内容の変更又はやり直しのために必要な費用を親事業者が負担するなどにより,下請事業者の利益を不当に害しないと認められる場合には,不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの問題とはならない。」

とされているからです。

つまり、納期前倒しのために必要になった費用を親事業者が負担すれば違反にならないのです。

たとえば、もし急に納期の前倒しを依頼して従業員を残業させないといけなくなったとか、原材料を外国から空輸しなければならなくなったとか、追加の費用がかかったのなら、これを支払う必要がありますし、逆に言えば、追加費用を支払えば変更はしていいのです。

ですから、納期を前倒ししたけどとくに下請事業者に追加の費用が発生していないのなら、違反になるはずがありません。

この点は、前掲の「下請取引の適正化について」でも、なんら変更はなされていないものと思われます。

よって、納期の前倒しは下請法により一律に禁じられているのだという解説がもしあれば、それはあきらかに間違いです。

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