« 【お知らせ】景表法のセミナーを開きます。 | トップページ | 有償支給原材料の対価の手形による支払と早期決済 »

2019年11月25日 (月)

ジェネリック製薬会社間のカルテルについて

2019年6月4日に、コーアイセイと日本ケミファがジェネリック医薬品(炭酸ランタンOD錠)でカルテルをしていたということで排除措置命令を受けました。

(ちなみにコーアイセイは、親会社はコーア商事ホールディングスで、以前の商号は「山形医師製薬株式会社」→「株式会社イセイ」と変わってきているので、「コーア」「イセイ」と分けて読むのが正しいようです。)

ジェネリック医薬品で初のカルテルということで話題になった事件です。

でもこの事件には、いろいろと問題があると思います。

まず排除措置命令では、

「コーアイセイは,・・・後発炭酸ランタンOD錠を製造していた。」

「日本ケミファは,・・・後発炭酸ランタンOD錠をコーアイセイに委託し製造させていた。」

と認定されています。

でもこれだけだと、両社が競争関係(ヨコの関係)にあるのか、取引関係(タテの関係)にあるのかが、わかりません。

もし純粋にタテの関係だったら、「日本ケミファは後発炭酸ランタンOD錠をコーアイセイから購入していた」という認定になったでしょうから、そうでなくて製造委託なのだから日本ケミファも実質的にメーカーであって、両社は競合関係なんだ、というのが排除措置命令の言いたいことなのではないかと思います。

ただ、製造委託なのか、たんなる購入なのかというのは、かなり微妙な区別です。

(実際、ある機会に競争法の研究者の方々と雑談したときには、概ね「あれはタテの関係だよねぇ」という意見でした。)

ところが、そういう大事な事情が「委託し製造させていた」という一言ですまされてしまうところが、かなり乱暴に思われます。

私がかつて担当したカルテル事件でも、依頼者は実際にはたんなる販売店の機能(たんなる売買)でしかなかった(商品スペックは調達先メーカーのものとまったく同じで、スペックに対するコントロールなし)のに、他の類似商品でメーカーの看板をかかげているだけでメーカー(ヨコの関係)と認定されたとしか思えない内容で排除措置命令を受けました。(意見聴取ではだいぶ争いましたが。)

本件でもたぶん公取委は、委託の実質があったかたんなる売買だったかなんていう実質論ではなく、たんに日本ケミファが製薬会社だからというだけの理由でヨコの関係だと認定している可能性が大いにあります。

いちおう命令では、2社が共同開発契約を締結したことや、2社がそれぞれ薬機法の承認および薬価収載をえたことが認定されており、これらの事情を日本ケミファも本件でヨコの関係にあるんだという補強証拠としているように読めるのですが、前述の私の経験した事件ではそのような承認とかの事情いっさいなしにメーカーと認定されたので、本件でもたぶん、承認や薬価収載はヨコの関係認定の必須の要件ではないと思われます。

とくに本件では、日本ケミファはコーアイセイに全量委託していたので、メーカーとしての実質がかなり希薄です。

(2005年薬事法改正で、それまでの製造承認から製造販売承認へと変更され、製薬会社は自分で製造しなくても承認が取れるようになったのですが、そのことと競争法上メーカーの実質があるかは別問題だと思います。)

やはりメーカーとしての実質があるといえるためには、委託者(日本ケミファ)に商品規格へのコントロール権があるとか、受託者(コーアイセイ)に最低供給義務があるとか、あくまで委託者が主体なのだという事実が必要だと思います。

そういう主体性がない場合には、実質的な競争関係もないと思います。

次に問題は、両社の間で共同開発契約が締結されていることです。

排除措置命令では契約の内容がよくわからないのですが、ジェネリックの共同開発というのは、

「複数のメーカーが承認申請に必要な資料を共同で取りまとめ、その開発に携わったメーカーが同時期に承認申請する方法であり、効率のよい品揃え手法で、今日広く活用されて」

いるそうです(井上信喜「ジェネリック医薬品の現場実額マーケティング」71頁)。

また、1社(甲社)だけが開発をしていて、他社(乙社)はまったく開発をしていなくても、申請前に共同開発契約を結び、甲社が開発した申請データで乙社が申請手続をして、乙社も自社ブランドで一斉に上市する、ということも行われているようです(同書同頁)。

本件でも、コーアイセイだけが開発をしていて、日本ケミファはコーアイセイの申請データを使って申請したというだけなら、ますますタテの関係が色濃くなりそうです。

ですが、命令からはそのあたりの事情はわかりません。

むしろ、東洋経済の、

ジェネリック薬で初のカルテル、「主犯」は誰か 課徴金137万円、小さな談合事件の大きな意味

という記事によると、

「コーアイセイ自身は医薬品などの製造受託を長くメインにしてきたが、コーア商事HDは、後発薬事業の強化を狙い、その目玉として日本ケミファと手を組んでコーアイセイが開発・製造・販売したのがOD錠だった。」

ということで、コーアイセイが開発・製造・販売するのに日本ケミファが乗っかった、ということがうかがわれます。

(ちなみにこの東洋経済の記事によると、

「このOD錠プロジェクトに関しては、コーアイセイにとって日本ケミファは、製造受託の仕事の発注者であり、販売力も持つ、いわば「生殺与奪の権」を握る存在だ。日本ケミファによる「談合の誘い」を断れば、ここでの大きな仕事を失うリスクがあった。両社の間に力関係の差があることを考えれば、問題ありだとわかっていても、日本ケミファの要請にコーアイセイが従わざるを得なかったと思われる。

公取委の公表資料からもわかるように、今回の談合事件は日本ケミファの主導で行われたことはほぼ明白だ。この後発薬を販売する会社が2社だけで、しかも圧倒的な力の差があったことが大きい。」

ということのようで、これを読むと、カルテルというよりも日本ケミファによる支配型私的独占ではないか、という気がしないではないですが、この程度では「支配」とは認められず共同行為になるのはしかたないと思います。)

このように、開発も製造もコーアイセイが行い、販売力のある日本ケミファがそれに乗っただけだとすると、ほんとうに両社間に競争関係があったといえるのか(こんな関係の2社に競争しろと独禁法は命じられるのか)、とても疑わしくなってきます。

タテの関係というのとは別の切り口からいうと、両社は共同研究開発のパートナーなのではないか、ということです。

この点については、以前も書きましたが、共同研究開発ガイドラインでは、特許を共同開発した場合の「成果の第三者への実施許諾に係る実施料の分配等を取り決めること」は、原則として不公正な取引方法にあたらないとされており(第2-2(2)③)、その実施料分配の前提として、

「成果の貢献に応じた実施料の分配の前提として、必要な範囲で成果の第三者への実施に係る実施料を取り決めることは問題ないと考えられよう。」

と、実施料を共同で決めることも問題ないというのが立案担当者の見解です。

本件はジェネリックですから特許の共同開発であるはずはなく、共同開発の目的は医薬品そのものであるはずであり、そうすると、医薬品そのものの販売価格も共同で決めてよいということになっても、論理的にはおかしくないはずです。

(ただこの点については、共同研究開発ガイドラインはあくまでなんらかの知的財産が生まれる研究開発にだけ適用されるので、たんなる製造委託には適用されないのだ(ジェネリックでよく使われる「共同開発」には適用されないのだ)という解釈もあるかもしれません。)

たとえば本件で両社が正々堂々(?)と、共同製造販売のためのジョイントベンチャーを立ち上げて、そこに販売させたら、カルテルにはならないような気がします。

つまり、この2社ではたして市場支配力があったのかが問われる、ということです。

この点は、欧米ではカルテルは当然違法で競争への効果の立証が不要であるのと異なり、日本では競争の実質的制限の立証が必要であることが重要です。

共同研究開発ガイドラインでも、市場シェア20%まではセーフハーバーで問題なしということになっています。

本件を最初に報道で知ったときは、ジェネリックがこの2社しかいないので、「ジェネリックの市場」みたいなものを考えれば市場支配力が発生することもあるのかな、くらいに思いましたが、これも考えてみるとおかしいです。

というのは、この時点でたまたま2社しかいなくても(※実際には、コーアイセイが安定供給できなかったため日本ケミファは脱落で、1社)、あとからほかのジェネリックが参入する可能性があるなら、それも考慮すべきだからです。

さらに、「OD錠」だけで市場画定されるのかも、よくわかりません。

すくなくとも、こちらのページを見ると、「OD錠」(口腔内崩壊錠)にかぎらなければ、同じ成分のジェネリックはたくさんあるみたいです。

それらすべてを含めて1つの市場なのか、「OD錠」だけで1つの市場なのかは、よくよく分析する必要があると思います(公取はその分析の上で命令を出したのかもしれませんが)。

(ちなみに、ジェネリックの薬価は先発薬の半額が基本であることからすると、ジェネリックだけで市場が画定されるというのは、やむをえない気がします。)

さらに、仮に「OD錠」だけで市場が画定されて、「OD錠」に参入したのがこの2社(実際には1社)だけだったとしたら、むしろ反対に、この共同開発がなければどこも参入しなかったのではないか、ということが疑われます。

つまり、承認申請の費用を折半するからこそ2社が参入したのであり、共同開発がなければどこも参入しなかったのではないか、あるいは、共同開発がなければ少なくとも日本ケミファは参入しなかったのではないか(よってコーアイセイ1社の場合より競争制限的とはいえないのではないか)というシナリオです。

もしそうだとすれば、この共同開発契約は、仮に2社で価格協定をしても、競争促進的であった可能性があります。

そのあたりをクリアしなければ本件では競争の実質的制限は立証できないはずで、そのあたりがわからないので、「共同開発の2社でも価格協定をしたら常にカルテルだ」という一般論を本件から導くのは、私は誤りだと思います。

このように、本件については争える論点がいくつもあったと思いますが、日本ケミファがリニエンシーを申請したし、コーアイセイの課徴金も大した金額ではなかったので、争われることもなかったのかもしれません。(あるいはたんに、独禁法のことをよく知らなかったから争わなかっただけかもしれません。)

製薬業界については、同じく日本ケミファがリニエンシーを申請して、高血圧薬のカルバン錠でも立入検査がなされていますが(こちらはジェネリックではなく長期収載品)、同じ問題があると思います。

ただ、もし両社に市場支配力がないのだとしたら、どうして価格の合意などしたのだろう、という疑問が沸きます。

「価格の合意をしたのは、合意で価格を上げられると思ったからではないのか?」というのが、よく言われる公取委の言い分です。

でもこれはたぶん、そんなに深い理由はないのであって、共同開発の当事者で共同の意識があるから話しやすかった、というだけではないかと思います。

実際、カルテルをしようとしたけれどアウトサイダーが多くて失敗した、という場合には違反認定されないのが普通です。

あるいは、もう少し合理的な理由を探せば、1社だと参入費用が高いので2社で共同開発して参入費用を折半したが、2社になったとたん限界価格費用設定(ベルトラン競争)になるのでは利益がでないので価格の合意をした、ということかもしれません。

でもそうだとしたら、これは参入を促進するための競争促進的な合意であった可能性すらあります。(もちろん、そうでない可能性もありますが。)

ともあれ、こういう執行例がある以上、共同開発の当事者でも価格の合意や情報交換はすべきではないというのが実務的なアドバイスになるでしょうし、もし市場支配力がないなら合意をしても本来は無駄なはずなので(それでも、無駄と分かっていてもやりたいという欲求は実務ではよくあるところですが)、独禁法リスクも踏まえればやめておくに越したことはない、ということだと思います。

« 【お知らせ】景表法のセミナーを開きます。 | トップページ | 有償支給原材料の対価の手形による支払と早期決済 »

コメント

貴重な見解ありがとうございます。その他の可能性ですが医療用医薬品については卸に製品を販売し、その卸が医療機関との納入価を交渉しますがこの再販売価格を指定していれば再販売価格維持行為になるのでこの違反もあるのではないでしょうか。ただし医薬品については薬価が定められています。これは患者あるいは医療機関が治療に使用した薬剤費の償還を受ける価格ですが、最終消費者とすれば負担する費用は固定しているので不当な価格維持には当たらないとも考えられ不思議です。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【お知らせ】景表法のセミナーを開きます。 | トップページ | 有償支給原材料の対価の手形による支払と早期決済 »

フォト
無料ブログはココログ