« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年9月

2019年9月12日 (木)

「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」について

公取委がデジタルプラットフォーマーに関する掲記のガイドライン案を公表しました。

気がついたことを記しておきます。

まずそもそも論ですが、GAFAの個人情報の収集・利用を優越的地位の濫用で規制するのは法律解釈として相当無理があります。

個人情報もサービスの対価だというのは形式論としていうのはたやすいですが、常識的な文言解釈としてどうなのか、外国の議論にまどわされず冷静に議論する必要があります。

一般人はグーグルはただで使っていると思っているし、これを個人情報を対価としていると考える人は、独禁法の世界にどっぷりつかっている人をのぞき、いないと思います。

しかも、「取引」(独禁法2条9項5号)という基本概念にかかわる解釈論なので、GAFAという文脈をはなれて一般化して大丈夫なのか、よくよく考えないといけません。

たとえば、「取引」という言葉は不当な利益による顧客誘引(一般指定9項)でも、

正常な商慣習に照らして不当な利益をもつて、競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること

というように使われているので、その特別法である景表法の解釈に影響しないか心配です。

独禁法の分野で情報も対価にあたると言い出したのは、私の知るかぎり、元FTC委員のPamela Jones Harbourさんですが、英語では、priceという単語が、「価格」「対価」という意味とともに、「犠牲」あるいは「代償」という意味もあります。

なので、消費者はGoogleに個人情報というprice=犠牲=対価を払っている、というのは、英語としては(やや駄洒落っぽいですが)、意味はとおりますし、うまいこというなあと思いました。

でも、日本語で個人情報が対価だといったら、ほんとうに駄洒落のレベルではないでしょうか。

また本ガイドライン案の内容は、競争法というより、ほとんど個人情報保護法を優越的地位の濫用にむりやり載せ替えただけで、それならどうして個人情報保護法で行かないのか、よくわかりません。

要するに、公取委はなんとしてもGAFAに独禁法を適用したいのでしょう。

しかもガイドラインは「個人情報」と「個人情報等」を使い分けており、個人情報保護法を超える規制になっていることにも注意が必要です。

「個人情報」は個人情報保護法上の個人情報ですが、「個人情報等」の定義は、

個人情報及び個人情報以外の情報

となっていて、要するに、情報なら何でもあたります。

重要性とか、センシティブ情報であるとか、個人を特定できるかとか、いっさい関係ありません。

もちろん個人に関する情報のみならず、法人に関する情報もあたります。

これも大風呂敷を広げすぎですね。

われわれ法律実務家は契約書などを起案するときに適用要件が広がりすぎたり狭すぎたりしないか細心の注意をはらって起案する癖がついていますから、こういう、なんでもありの定義をみると、こういう仕事が許されるお役所って楽だなぁと思います。

だってタテマエでは何でもアウトにできるようにしておいて、実際の運用で手加減を加えればいいんですから。

昔から公取のガイドラインにはこういうのが多いです。

たとえば知財ガイドラインの「公正な競争を阻害するおそれがある場合には」なんていうのは、どうにでも解釈できるし、どういう場合にそういう場合になるのという一番知りたいことについて何も書かれていません。

まあそれでも独禁法の理論を勉強すればなんとか理解はできたのですが(逆に言えば、理論を知らずにガイドラインを読んでもやっぱりなにもわからない)、今回のガイドライン案は確固たる理論づけがないので、専門家からみても、何も分かりません。(ほんとうに、「情報」というだけで、こんなに幅広い規制をして大丈夫か。線を引くとしたらどこで引くのか。)

プラットフォーマーガイドライン案は、優越的地位濫用ガイドラインとの整合性も無視していますね。

たとえば優越的地位濫用ガイドライン第2-1では、

甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは,

乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,

甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合である。

というように、事業経営上の支障があることだといっていますが、消費者に「事業経営上」の支障なんてあるわけがありません。

ちなみにこれに相当する部分はプラットフォーマーガイドライン案3(1)では、

デジタル・プラットフォーマーが個人情報等を提供する消費者に対して優越した地位にあるとは,

消費者がデジタル・プラットフォーマーから不利益な取扱いを受けても,消費者が当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスを利用するためにはこれを受け入れざるを得ないような場合である。

とされていますが、これも論理的に変です。

というのは、

消費者が当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスを利用するためにはこれ〔=不利益な取扱い〕を受け入れざるを得ないような場合

がすべて優越的地位とみとめられてしまうと、当該デジタル・プラットフォーマーがサービス提供の条件として当該「不利益な取扱い」(たとえば個人情報の提供要請)をしているだけで、他に代替的選択肢があるかどうかにかかわらず、優越的地位がみとめられてしまうからです。

これがもし優越ガイドラインの「事業経営上大きな支障を来すため」のような要件、たとえば、「私生活上の困難を来すため」というような要件が入っていれば、絞りはかけられそうですが、その部分はばっさり削られています。

ひょっとしたら、マイナーなプラットフォームの場合には、「ざるを得ない」にあたらない(他に乗り換えられる場合には、喜んで受け入れているのであって、「受け入れざるを得ない」わけではない)、と読むのかもしれませんが、ふつうの日本語の読み方としてかなり無理があります。

実はガイドライン案も、そのつぎのところでは、

消費者がデジタル・プラットフォーマーから不利益な取扱いを受けても,消費者が当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスを利用するためにはこれを受け入れざるを得ないような場合であるかの判断に当たっては,消費者にとっての当該デジタル・プラットフォーマーと「取引することの必要性」を考慮することとする。」

としており、取引必要性を考慮すると明記しています。

ですがそういうわけで、この部分はその前の、「消費者が当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスを利用するためには」という部分とかみ合っていません。

その次の、優越的地位認定の具体的な考慮要素を述べたところでは、

①消費者にとって,代替可能なサービスが存在しない場合,

②代替可能なサービスが存在していたとしても当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスの利用を止めることが事実上困難な場合,又は,

③当該デジタル・プラットフォーマーが,その意思で,ある程度自由に,価格,品質,数量,その他各般の取引条件を左右することができる地位にある場合

には,通常,当該デジタル・プラットフォーマーは消費者に対し取引上の地位が優越していると認められる。

とされています。

①と②は取引必要性を具体的に言いかえただけなので大きな問題はないのですが、③はおどろきです。

③は典型的な市場支配力の定義ですが、いままで優越的地位濫用は相対的優越でたりるといっていたところを大きく変更しています。

たしかに優越ガイドラインでも

(2) 甲の市場における地位」

というのが考慮要素としてあげられてはいましたが、

「甲の市場における地位としては,甲の市場におけるシェアの大きさ,その順位等が考慮される。甲のシェアが大きい場合又はその順位が高い場合には,甲と取引することで乙の取引数量や取引額の増加が期待でき,乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすい

というように、あくまで事業上の支障に結びつけた書き方でした。

プラットフォーマーガイドライン案では、相対的優越と絶対的優越が区別されなくなってしまいました。

まあ、市場支配的地位は相対的優越よりも狭い概念だと割り切れば結論的には問題はないのかもしれませんが、優越ガイドラインでの甲の市場における地位はあくまで一考慮要素だったのが、プラットフォーマーガイドライン案では「通常」優越と認めるとされているので、位置づけがだいぶちがいます。

これはきっと、欧米でGAFAを支配的地位濫用で規制していることに影響されたのでしょう。

あと、優越ガイドラインでは「乙」にあたるのがプラットフォーマーガイドライン案では「消費者」という集合名詞になっているため、個々人との間に優越的地位を認定すべきであるとの発想がきわめて希薄です。

優越的地位の濫用に課徴金が導入されて以来、各取引先との間で個別に優越的地位を認定する実務が定着していますが、それと逆行するうごきですね。

(まあ無料サービスなら課徴金はかからないので、運用上は問題ないのかもしれません。)

濫用行為の例としては、

利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得すること

なんていうのがあげられていて、個人情報保護法そのままじゃないかとびっくりします。

でも、少なくとも市場支配的にあるプラットフォーマーの濫用行為の認定については、個人情報保護法規に違反する行為は競争法上の濫用行為なのだという運用がドイツなどではなされており(Facebook 2016, Martin Moore、 Damian Tambini etc.Digital Dominance: The Power of Google, Amazon, Facebook, and Apple, p90)、ありえなくはない解釈なのかもしれません。

そのほかの濫用行為もみてみると、

「利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を取得すること。」

というのは、個人情報保護法16条1項の、

「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。」

と瓜二つで、

「個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに,個人情報を取得すること。」

というのは、個人情報保護法20条の、

「個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。」

と瓜二つですね。

こうしてみるとやはり、どうして個人情報保護法で規制されているものを独禁法で重ねて規制しないといけないのか、疑問がわいてきます。

しかも個人情報保護法は個人情報取扱事業者ならすべて適用されますが、プラットフォーマーガイドライン案はデジタルプラットフォーマーだけ、さらに割り切っていえばGAFAだけに適用されるので、なぜ重ねて規制しないといけないのか意味がわかりません。

もちろんガイドライン案に書いてある行為だけが濫用行為ではないのでしょうけれど(ガイドライン案にもそう明記されています)、だからこそ、個人情報保護法には違反しないけれども独禁法には違反する行為を明示してこそ、ガイドラインの意味があるのではないでしょうか。

(確かに一部には、

「自己の提供するサービスを継続して利用する消費者に対し,消費者がサービスを利用するための対価として提供している個人情報等とは別に,個人情報等の経済上の利益を提供させること。」

なんていうのもありますが、いかにもとってつけた感じで、ほんとうにガイドラインで上げる必要があるほどの典型的な有害行為なのか疑問です。

というより、そもそも個人情報とサービスの対価性があいまいなのに、「消費者がサービスを利用するための対価として提供している個人情報等」と、それとは別に提供を強いられる「個人情報等」って、どうやって区別するのでしょうね? )

というわけで、本ガイドライン案の意味は、公取はGAFAを捕まえたいんだということがわかる、ということなのでしょう。

でもGAFAにかぎらず外資系はタフですから、きっとこのガイドライン案で正式処分に結びつくことはないのだろうと思います。

ひょっとしたら、先日のリクナビのような、国内のプラットフォーマーがとばっちりを食らうかもしれません。

2019年9月10日 (火)

だいにち堂訴訟での消費者庁の主張について

通販新聞9月5日号(6面)が報じるところによると、消費者庁は、だいにち堂の取消訴訟において、同社が提出したアンケート調査で効果があると肯定的な評価をしたのが1割にとどまるということを前提としたとしても、

「広告が掲載された新聞の販売部数約658万部(1日あたり、推計)を前提とすると『60万人が改善効果が得られると認識する可能性を示すものであり、軽視できない』とも指摘」

しているそうです。

これは実務的には非常に重要な意味があると思います。

というのは、景表法の論点で、誤認はどのような消費者を基準にするのかというものがあり、大元編『景品表示法(第5版)』(緑本)p50では、

「当該商品役務についてさほど詳しい情報・知識を有していない、通常レベルの消費者、一般レベルの常識のみを有している消費者が基準となる。

したがって、・・・ごく一部の消費者のみが勘違いや無知により誤認を生じるようなものは含まれない・・・」

と説明されています。

これについて私は以前から、これだとごく一部でもだまされる消費者が保護されないことになり消費者保護法として不十分だと批判していました。

とくに不当表示はそれ自体たいしてコストがかからないので(いわゆるチープトーク)、ほんのわずかでもだまされる消費者がいればうそをつくのが事業者にとっては合理的ということになり、通常レベルの消費者を基準にしたのでは不当表示が防げないと考えています。

経済学的な比喩を用いれば、平均的あるいはinframarginalな需要者を基準にするのではなく、marginalな需要者を基準にすべき、ということです。

ですがだいにち堂訴訟での消費者庁の主張は、たった1割でも誤解するなら問題だ、あるいは絶対数が多いから問題だ、とするものであり、通常レベルの消費者を基準にするという従来の考えかたから大きく離れています。

実は以前からホンネのところでは消費者庁ないし公取委はこういう運用をしていて、ホンネとタテマエを使い分けているところがあったように思われます。

最近の特に厳しい運用(マクドナルドのローストビーフバーガー事件など)の時代もそうですが、かなり以前にも、たとえば、2008(平成20)年3月13日NTT東西に対する「DIAL104」に関する排除命令で、

DIAL104そのままおつなぎします

と表示しただけで、同サービスの利用には通話料もかからないかのような表示であって、実際には通話料がかかったので不当表示だとしました。

わたしはこの事件は行き過ぎであったと今でも思っていますが(「そのままおつなぎ」というだけで、無料だと理解する人がどれだけいるのか疑問)、それはともかく、ときどきこういう「外れ値」(outlier)的な事件は従来からあり、「通常レベル」というのを額面どおりに受け取ることはできませんでした。

それが今回、取消訴訟の主張という形で、消費者庁のホンネがはっきりと見えたわけです。

事業者としては、そんなホンネとタテマエの使い分けをされたのではたまったものではないわけで、きちんとタテマエを通して欲しいところですが、お役所というのは自分のまちがいはぜったいみとめないので、これからも緑本の「通常レベル」という記述は残るのだろうと思います。

でもこういう記述が残るのは大きな誤解のもとなので、次回改定の際にはきちんとあらためるべきだと思います。

西川課長、よろしくおねがいします。

ところで、600万部の1割で60万人も誤認するから無視できないというのもやや暴論で、それだと、延べ6000万部の広告を出したら1%が誤認するだけでも優良誤認になってしまいます。

あるいは、消費者庁が6万人でも無視できないというなら、600万部の1%でも誤認したらアウトということになります。

しかし、それはそれでちょっとやりすぎではないでしょうか。

従前から、不注意な消費者も保護すべきと主張していたわたしですら、1%だと、さすがに事業者が何も広告できなくなってしまいそう(あるいは、延々と打消し表示をしなければならなさそう)で、行き過ぎな気がします。

(marginalだと最後の1人でも保護されるべきなのですが、それは言葉の綾ということでご了承下さい。)

独禁法での公取委もそうですが、訴訟になったらお役所というのはめいいっぱい自己に有利な(いわゆる高めの)主張をしてくるもので、そういう点では一般私人となんら異なりません。

わたしは消費者庁は最近少々行き過ぎはあるにしても基本的には消費者の味方だと思っているのですが、こういう、理屈をないがしろにしてなりふりかまわぬところを見ると、ちょっとげんなりします。

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

フォト
無料ブログはココログ