下請法に司法審査が及ばないことの恐ろしさ
下請法のよくないところの一つに、公取委の判断に司法審査が及ばないことがあげられます。
というのは、公取委の出す勧告は、いわゆる行政指導に過ぎず、それ自体強制力がないため、勧告を取り消す訴訟を提起することができないからです。
条文で確認すると、勧告についてはまず下請法7条1項で、
「公正取引委員会は、親事業者が第四条第一項第一号〔受領拒否〕、第二号〔支払遅延〕又は第七号〔報復措置〕に掲げる行為をしていると認めるときは、その親事業者に対し、速やかにその下請事業者の給付を受領し、その下請代金若しくはその下請代金及び第四条の二の規定による遅延利息を支払い、又はその不利益な取扱いをやめるべきことその他必要な措置をとるべきことを勧告するものとする。」
と定められています。ほかの違反類型は2項、3項で定めています。
そして勧告の効力については8条で、
「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二十条〔不公正な取引方法に対する排除措置命令〕及び第二十条の六〔優越的地位の濫用に対する課徴金納付命令〕の規定は、公正取引委員会が前条第一項から第三項までの規定による勧告をした場合において、親事業者がその勧告に従つたときに限り、親事業者のその勧告に係る行為については、適用しない。」
とされています。
つまり、勧告に任意にしたがう限り独禁法の優越的地位の濫用で処分されることはない、ということです。
これ以外に勧告の効力についての規定はありません。
たとえば勧告に違反した場合に罰金が科せられるというような規定はありません。
これが、勧告は行政指導に過ぎない、という根拠です。
なので、勧告それ自体の取り消しを裁判所に求めることはできず、勧告は司法審査の対象にならない、ということになります。
そこで、勧告に不服のある事業者は勧告に従わない、という選択肢しかありません。
ですが、そうすると次に起こりうるのは公取委による優越的地位濫用の審査です。
その結果、「下請法違反はあったけれど、優越的地位の濫用はなかった」という結論になるかもしれません(もしそうなら、そもそも審査が開始されないかもしれません)。
それなら、なにも処分なし、なのでいいかというとそういうことでもなくて、勧告がでたという事実は残ります。
当然、公取委のホームページや年次報告にも、そのまま残るでしょう。
あるいは、審査の結果、優越的地位濫用が認められる、ということもあるかもしれません。
ところが、そのときに、優越的地位の濫用で受けた排除措置命令や課徴金納付命令に不服だと言っても、下請法の論点はどこにも出てこないのです(優越的地位の濫用で命令が出ているので当然です)。
当然、排除措置命令や課徴金納付命令の取り消し訴訟を起こしても、下請法の論点を争う余地はありません。
たとえば、有償支給材の早期決済の禁止に違反したとして勧告を受けた場合、その勧告に不服があっても、裁判で争点になるのは優越的地位の濫用が成立するかどうかだけ、です。
そして、たんに有償支給材の決済が製造委託商品の決済より早かったというだけで「濫用」になるというのはかなり無理があるので、優越的地位の濫用は成立しない可能性が高いと言えます。
処分されないんだからそれでよさそうなものですが、問題は、公取委が独禁法の調査の対象を広げてくる可能性があることです。
もし事業者が勧告に不服で「したがいません」といえば、公取委は、そんな前例を残したくないでしょうから、何が何でも優越的地位の濫用で摘発しようとするでしょう。
そのときに、調査の対象を当初の勧告対象行為に絞らなければならないというような(刑訴法で言えば訴因変更の限界のような)制限は、法律上、なにもありません。
そうすると、事業者としては、自社のどこをつつかれても優越的地位の濫用にあたる行為はないという自信がない限り、勧告に従わないという選択肢をすることを躊躇することになると思われます。
そして、徹底的に社内調査をして大丈夫だと結論付けたうえで「したがいません」といっても、前述のとおり、争いたい論点については裁判所の判断を得られない、ということになります。
そのため、下請法の公取委の判断に対する判例というのはなく(民事訴訟で下請法違反を公序良俗違反として争点化したものは多数ありますが)、下請法講習テキストがあたかも判例と同じような役割を果たすことになります。
もしどうしても司法審査をえたければ、勧告で信用が損なわれたなどとして国家賠償請求を起こすことくらいしかありません。
このように司法審査がはたらかないだけに、下請法の運用は公取委の自制が求められるはずで、安易な運用や解釈の変更は行うべきではありません。
ところが、実際には、
下請事業者に下請代金の支払とは別途金銭の支払をさせることを(不当な経済上の利益の提供要請ではなく)代金減額として処理したり、従来手形払いだったのを現金払いに変えたときに変更後の取引について従来より1円でも代金を安く設定したら買いたたきにあたるとしたり、有償支給材の早期決済分の利息の支払を指導したりする
など、やりたい放題です。
そういった下請法独自の争点について争いたくても、裁判所で争う道は事実上ないなのです。
やるとすれば国家賠償ですが、国家賠償は立証責任が国民側にあるなど、簡単ではありません。
しかしそもそも、勧告がたんなる行政指導であるということすら、一般にはあまり知られていないのではないでしょうか。
なので、優越的地位の濫用には当たらない(たとえば代金減額について下請事業者の同意がある)と考えれば、勧告に従わないという事業者がいてもおかしくないと思うのですが、おそらく今までそういう事例はありません。
司法審査が及ばない制度というのは法治国家としてどうかと思いますが、法律は国会が決めるものなので公取委の責任ではありませんから、どうこういってもしかたありません。
ですが、公取委は司法審査を免れるという重い責任を自覚して、下請法担当部署に優秀な人材を配置するなど、慎重な運用をすべきではないかと思います。
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コメント
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同様に、勧告については公訴時効のようなものは観念できないことになるのでしょうか。例えば、業務委託契約において、発注後の代金減額を合意して価格を引き下げたのち、自動更新の契約をずっと継続している場合、その減額合意が10年前のものだとしても、下請け企業からの申告などを契機にそれが問題視されれば、10年分の減額相当額の返金を勧告される可能性があるということになるのでしょうか。
企業取引を続けていれば、ある時は関係は良好でも、時の経過とともに関係がまずくなることもあり得るわけで、関係がまずくなったところで下請け事業者が態度を変えて、以前は問題としていなかった減額合意を急に不当だと言い始める可能性があります。10年も前だとその減額合意が実質的な業務量の減少を伴う合法なものであったかどうかの資料も失われている場合も少なくありません。
投稿: M | 2021年8月 6日 (金) 18時50分