通信カラオケ大手の第一興商が、子会社のクラウンと徳間に、通信カラオケ競合のエクシングへの楽曲使用許諾更新を拒絶させたことが取引妨害だとされた事件があります(第一興商事件・平成21年2月16日審判審決)。
この事件には白石先生や泉水先生はじめ有力な批判も多く、わたしもおかしい点が多々あると思うのですが、最近なぜか公取委が私的独占の摘発を活発化させていることもふまえ、この事件について考えるところを記しておきます。
(なおこの事件は当事務所の神垣弁護士が当時の公取委委員の一人であり、多田弁護士が第一興商の代理人なのですが、わたしの意見はそれとは関係のないまったく個人的なものです。)
この事件のおかしなところの一つめは、第一興商が更新拒絶させた管理楽曲(レコード会社が著作権法施行前から独占的に管理する楽曲)が「ナイト市場」においてあたかも不可欠施設であるかのような認定をしているところです。
数千曲はあるであろう通信カラオケのなかでわずか数十曲の管理楽曲が不可欠施設だなんていうのは、あまりにハードルが低すぎます。
私的独占ならとうていこんな認定は許されないでしょう。
本件は取引妨害なので私的独占ほどの競争への影響は不要だとはいえ、それでも、かなり怪しいものです。
それから、更新拒絶が不当だとされた理由として、拒絶の理由がエクシングとその親会社のブラザー工業から特許侵害訴訟を起こされたことの意趣返しであることがあげられていますが、そんなことは競争とは何の関係もないことです。
むかし大学時代に取っていた会社法の授業で、
「中小同族企業の内紛なんて、専務が社長の愛人に手を出したとか、そんなレベルの話だったりするので、裁判所はそういう背景も踏まえて合理的に事案を解決している可能性があり、まじめに同族会社の判決だけをとらえて大企業での会社法の解釈論を論じることには注意が必要」
という話を聞いたことがあります。
判決に書かれない理由というやつですが、公取委の審決では、こういう「愛人に手を出した」レベルのことが堂々と審決に書かれてしまうところが、解釈論としての幼稚さを感じさせます。
特許紛争はまだビジネス紛争っぽいですが、もし、エクシングの社長が第一興商の社長の愛人に手を出した意趣返しとして第一興商が管理楽曲の利用拒絶をした、というのだったら、公取委はどう判断したのでしょう?
(論文には書けないような、あんまり上品な例でない例で恐縮です。ブログなのでご容赦ください
)
公取委はそれでも、「競争方法として不当だ」といったのでしょうか?(たぶん、いったのでしょうね。)
こういう想像力を働かせると、特許紛争の意趣返しというのが競争とは関係ない話だということがよくわかります。
ひょっとしたら、特許侵害訴訟を起こさせない威嚇効果がある、という点に、愛人に手を出したケースとちがい競争への影響が認められるのかもしれませんが、もしそうならそうと、本件特許侵害訴訟がどのようなものであったのか、それに対する意趣返しをすることがどのように競争に影響があるのか、といったことを、きちんと認定しなければならないはずです。
たんに「意趣返し」というだけなら、特許紛争も愛人問題も区別できません。
それから、本件では第一興商が子会社とはいえ別法人のクラウンと徳間に拒絶をさせた(間接の取引拒絶)点に、単独の直接取引拒絶とはちがった問題を見いだそうとする見解があるかもしれませんが、子会社は競争上は親会社と一体とみるべきですから、そのような解釈は誤りです。
なので、本件は純粋に単独の取引拒絶の事件とあつかうべきです。
そして単独の取引拒絶を違法とすることは、違反者の取引先選択の自由との深刻な対立が生じるため、慎重の上にも慎重でなければならないはずです。
それが、取引拒絶から取引妨害に看板をすげ替えただけで違法になってしまうというのでは、まさに「取引妨害は何でもあり」「困ったときの取引妨害」です。
では、本件で公取委が実質的には単独の取引拒絶の事件を簡単に違法とすることに躊躇がなかった理由として何が考えられるかというと、第一興商が更新拒絶の直前にクラウンと徳間を子会社化している、という背景が影響しているのではないかとわたしはにらんでいます。
時系列を記すと、
平成7年12月1日~平成12年11月30日 徳間使用許諾
平成9年12月21日~平成12年12月20日 クラウン使用許諾
平成13年1月 第一興商、クラウンの筆頭株主
2月 クラウン、更新拒絶伝達(ただしその後使用を認めた)
10月 第一興商、徳間の全株式取得
11月 第一興商、クラウンの過半数株式取得
11月6日 徳間、エクシングに使用料不払いの釈明を求める
12月6日 徳間、更新拒絶通知
12月18日 クラウン、更新拒絶通知
という流れです。
これをみると、子会社化した直後に更新拒絶していることがわかります。
知財ガイドラインでは、
「ウ 一定の技術市場又は製品市場において事業活動を行う事業者が、競争者(潜在競争者を含む。)が利用する可能性のある技術に関する権利を網羅的に集積し、自身では利用せず、これらの競争者に対してライセンスを拒絶することにより、当該技術を使わせないようにする行為は、他の事業者の事業活動を排除する行為に該当する場合がある。(買い集め行為)」
とされていますが、これに近いといえるわけです。
それからもう一つ、管理楽曲を創作したのはクラウンでも徳間でもなく、まして第一興商でもなく、作曲家や作詞家である、という事情も影響しているかもしれません。
もし本件のような判断が、純粋に内部で開発した技術の取引拒絶にまで及ぶとしたら、取引先選択の自由や、投資インセンティブに与える悪影響は計り知れません。
公取委も、もし第一興商が純粋に内部で創作した(=他から買ってきたわけでも、他から管理の委託を受けたわけでもない)知的財産が問題になっていたのなら、このようにあっさりと独禁法違反とはいわなかったのではないか、と思います。
というわけで、第一興商事件の適用範囲はかなり限定して読むべきだと思います。
それからそもそも論ですが、この事件は違反審査の事件ではなく、そのまえの子会社化の企業結合の事件として処理すべきだったのではないでしょうか。
本件が企業結合の問題でもあることは、
泉水文雄「通信カラオケ事業者による競争者に対する取引妨害」(NBL925号62頁)
でも、
「・・・垂直型企業結合の市場閉鎖効果および下流市場で不可欠な投入物の取得による自由競争減殺が起こっているとも考えられる。」(67頁)
と指摘されています。
2社の株式取得が届出の対象だったかどうかはわかりませんが、ウィキペディア情報によると、徳間ジャパンコミュニケーションズの純利益は2010年2月期で8億7000万円あまりなので、売上はおそらく50億は超えていたでしょう。
そうすると、今の法律なら事前届出の対象です。
平成21年独禁法改正前は株式取得は事後報告で、発行会社が総資産10億円超のときに届出必要でした。
同じくウィキペディア情報では徳間の2010(平成22)年2月28日時点での総資産は23億円なので、子会社化の平成13年当時もおそらく報告対象だったのではないか、と思います。
とすると、公取委は報告時には問題にしていなかったわけで、企業結合では問題にしなかったのを違反事件で問題にするというのは、なんとも釈然としないものを感じます。
レコード会社を通信カラオケ会社が買収すれば管理楽曲の競合他社へのライセンス拒絶(投入物閉鎖)が起きそうなことくらいわかりそうなものですが、それくらい、当時の企業結合審査はザルだったということでしょう。
まあ、第一興商が正直に問題点を公取に事前相談すれば公取もうんとはいわなかったでしょうから、どっちもどっちですし、企業結合審査に通ったからといって、その企業結合審査で潜在的に問題視される論点についてすべて公取がOKしたことになるか、というとそういうわけでもありません。
(なのでそういう懸念があるときは、わたしは明示的に公取委に伝えますし、企業結合届出書にも「結合後はこういうことをやります」とはっきり書きます。)
ともあれ言いたいのは、本件は、他から権利を買ってきて取引拒絶した事例であるのがポイントで、自社開発した技術や権利まで同等に考えてはいけない、ということです。
あと本件では、そもそもレコード会社が通信カラオケでの利用を許諾する権利があるのか(権利があるのはレコード等へのコピーだけであり、通信カラオケでの配信は対象外ではないか)、も問題となっており、審決は、市場関係者がレコード会社の許諾を必要と認識していたならその認識を前提にすればいいとして、それ以上この問題には立ち入っていません。
でももし仮にレコード会社に権利がないとしても、権利がないのにあるかのように取引関係者に告知してまわること自体が(あるいは、権利があって告知して回るのよりもいっそう)取引妨害である、といえると思います。
少し前のワンブルーの事件で、FRAND宣言した標準必須特許では差止めはできないと最高裁判例がいっているのに差止できるかのように告知したのが虚偽の告知の事実で取引妨害になる、とされたのと同じ理屈ですね。
前記泉水先生の論文で、本件での告知は誹謗中傷に近いといわれているのも、同じ趣旨でしょう。