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2018年9月

2018年9月27日 (木)

コマーケティングに関する相談事例

医療用医薬品の共同販売(いわゆるコマーケティング)に関する相談事例として、「独占禁止法に関する相談事例集(平成14年1月~平成16年3月)」の事例3(医薬品メーカーによる新薬に関する情報提供活動先医療機関の振り分け)があります。
 
この事例は、
 
「医薬品メーカーが,
 
競争関係にある医薬品メーカーに新薬を供給するとともに,
 
両社間で情報提供活動先医療機関を振り分けることは,
 
独占禁止法上問題ないと回答した事例」
 
ということであり、コプロ、コマーケに関する判断が乏しい日本では貴重な相談事例といえるのですが、残念ながら、その判断内容はほとんど参考になりません。
 
まず、競争業者間の事業提携であるにもかかわらず、拘束条件付取引として分析しています。
 
これは、正しくは不当な取引制限として検討すべきでしょう。
 
確かに相談事例では、A社がB社に販売するという関係があるので、形だけ見れば、拘束条件付取引にあたるといえるのかもしれません。
 
一般指定12項の条文で言えば、
 
「〔A社が〕
 
相手方〔=B社〕と
 
その取引の相手方〔=病院〕との取引
 
その他相手方〔=B社〕の事業活動を
 
不当に拘束する条件〔=MR訪問先の振分け〕をつけて、
 
当該相手方と取引すること」
 
とうわけです。
 
しかし、拘束条件付取引の反競争性の発生機序は、他者を排除するか、被拘束者間の競争(ブランド内競争)を制限するか(競争停止)であると理論的には整理されており、競争事業者間の事業提携で問題とされる競争者間の競争停止(ブランド間競争の停止)をカバーすることができません。
 
そのため本相談事例でも、A社とB社が競合であるという観点からの分析が、少なくとも明示的にはすっぽりと抜けてしまっています。
 
でも本当に問題にすべきは、本件コマーケにより、B社が競合医薬品を積極的に販売することを控えてしまわないか、といった、ブランド間の競争停止の問題であるはずです。
 
相談事例では、
 
「(1)MRの振り分けは,薬効等の説明を行うことにより新薬を早期に浸透させるためであること,
 
(2)A社及びB社はそれぞれ互いの販売活動には関与しないことから、
 
A社及びB社が,MRの活動先医療機関の振り分けを行ったとしても,価格が維持されるおそれはなく,独占禁止法上問題ない」
 
としていますが、(2)の「互いの販売活動」というのは明らかに本件コマーケの対象である医薬品の販売活動のことでしょうけれど、問題は、たとえば、B社の医薬品を使っている病院にはA社のMRもB社のMRも情報提供にはいかない、というようなことが許されるのか、ということなのです。
 
あるいは、A社の同分野(相談事例では「甲医薬品分野」)の既存医薬品を使っている病院にはA社もB社も情報提供に行かない、ということもあるかもしれません。
 
これは十分にありうる話で、本件では市場シェア70%の有力な事業者がいるということなので、共同販売をする以上、ふつうであれば、A社もB社も、その70%のシェアをもつメーカーの市場を食ってやりたいと思っているはずです。
 
そうやって、大きなライバルと対抗するために、小さな競合間で結束していいか、というのが問題の本質のはずです。
 
このように、AB間で競争を控えることについて何ら触れられていないのは、この事例で公取委が不当な取引制限の観点から分析していないためです。
 
確かにA社とB社の間には取引関係はありますが、もしこのような場合に一般的に拘束条件付取引として処理し、価格維持のおそれがあるかどうかを基準にするなら、たとえば、
 
メーカーが小売店に商品を販売する(小売店は消費者に販売する)とともに、
 
メーカーが直営店やインターネットで消費者に直売もする、
 
というよくありがちな商流の場合であっても、メーカーが小売店の販売活動に関与することで価格維持のおそれがあるなら違法、ということになりかねません。
 
本件では、A社の新薬(相談事例では「a新薬」)の情報提供先についてだけ振り分けるということなので、それだけをみているだけでは、a新薬の範囲内での競争制限の有無しか視界に入ってこないことはあたりまえです。それではだめなのです。
 
さらに、もしこのような、純粋なブランド内競争の制限の場合(しかも1対1の場合)にまで「価格が維持されるおそれ」で違法かどうかを判断してしまうと、ブランド内競争は制限しつつ(=共食いは避けつつ)競合他社を食ってシェア(=売上)を伸ばしていく、という競争促進的な面があっても違法、ということになりかねません。
 
本件では、もしシェア70%の競合の市場を食っていくというためなら、共食いを避けることは当然認められてよいと思いますが、相談事例の論理だと、それすら認められない、ということになりかねないのです。
 
販売量の増大が見込める提携なのに、提携したとたんに提携先とガチンコで価格競争をしなければならない、なんていうことになれば、競争促進的であるにもかかわらず事業提携をするインセンティブが失われてしまいます。
 
そういうわけで、この相談事例は非常に問題の多いものであるといわざるをえません。
 
公取委の現在の実務でも、こういう競争者間の事業提携は不当な取引制限として処理するのが通例であり、本相談事例のように拘束条件付取引で処理しているのは異例であると言えます。

2018年9月26日 (水)

代替的な取引先を容易に確保できない、の意味

流通取引慣行ガイドラインでは、「市場閉鎖効果が生じる場合」として、
 
「「市場閉鎖効果が生じる場合」とは,
 
非価格制限行為により,新規参入者や既存の競争者にとって,
 
代替的な取引先を容易に確保することができなくなり,
 
事業活動に要する費用が引き上げられる,新規参入や新商品開発等の意欲が損なわれるといった,
 
新規参入者や既存の競争者が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合をいう」
 
と説明されています(第1部-3(2)ア)。
 
ここで、
 
「代替的な取引先を容易に確保することができなくなり」
 
と言っている部分については注意が必要だと思います。
 
というのは、市場の競争の実態によっては、取引してくれる取引先を見つけてくるのは大変なことも少なくないからです。
 
たとえば無名の中小企業がまったく新規の商品を開発して販売店で販売しようと思っても、簡単には販売店は取り扱ってくれないかもしれません。
 
パナソニックの創業者である松下幸之助氏の伝記などを読むと、幸之助氏が自転車用の砲弾型ランプを自転車屋に売り込むためにどれだけ苦労したかが述べられており、商売の難しさを実感させます。
 
つまり、良いものを作れば販売店は喜んで取り扱ってくれるのだ、というのは、取引の実態に合わないことが多いのです。
 
ところが、そういう商売の難しさを知らない人間が、この「容易に確保」という文言を文字どおりに解釈すると、代わりの販路を見つけるのが「容易」でなかったので違法だ、ということを言い出しかねません。
 
言うまでもなく、ここで問題なのは、排他条件付取引などの行為によって、当該行為がなかった場合に比べて容易でなくなったかどうか、なのです。
 
絶対的に「容易」かどうか、ではありません。
 
あくまで「行為ナカリセバ」の場合と比べての、比較の問題であることを見逃してはいけません。
 
これをもし川濱先生流に言えば(おっしゃるかどうかわかりませんが)、競争のベンチマークをどこにおくかの問題だということになるでしょうし、白石先生流にいえば(これも、おっしゃるかどうかわかりませんが)、行為と結果との間の因果関係の問題だ、ということになるでしょう。
 
これは法律論としては当たり前すぎて、それだけにあまりはっきりと言われることがないことなのですが、注意すべき大事な点だと思います。
 
そういう意味では、「容易に」などという、商売をなめたかのような表現は、あらためた方がよいと思います。
 
完全競争を前提に議論する経済学者や、仕事は向こうからやってくるのがあたりまえの役人が、「容易」かどうかを判断するときには、そういう誤解をしないように気をつけた方がよいです。
 
「容易」な商売など、どこにもないのです。
 
これが排除型私的独占ガイドラインの排他的取引の説明になると、
 
「・・・ある事業者が,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とすることにより
 
競争者が当該相手方に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない場合には,
 
その事業活動を困難にさせ,競争に悪影響を及ぼす場合がある。
 
このように,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とする行為(以下「排他的取引」という。)は,排除行為に該当し得る(注12)。」
 
というように、「ことにより」であること(因果関係があること)が必要であると明記しているので、まだ問題は少ないように思われます。
 
わずかな違いですが、誤解を招くか招かないかという意味では、潜在的には大きな違いです。
 
このあたりに、文章を書く人のセンスが表れたりすると思います。

2018年9月20日 (木)

供述調書への追記申立て

審査規則11条1項には、
 
「審査官は、
 
法第四十七条第二項の規定に基づいて同条第一項第一号の規定により事件関係人又は参考人を審尋したときは、
 
審尋調書を作成し、
 
これを供述人に読み聞かせ、又は供述人に閲覧させて、誤りがないかどうかを問い、
 
供述人が減変更の申立てをしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。」
 
と規定されていて、13条2項で供述調書(任意の取調べでの調書)にも準用されています。 
 
同様の規定は刑事事件の供述調書にもあって、刑事訴訟法198条4項では、
 
「前項の調書〔被疑者の供述調書〕は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。」
とされています。
 
ところが実際の運用では、公取委はだいたい自分の都合の良い事実だけをつなぎ合わせて調書を作ります。
 
そのため、背景や文脈を無視した調書になり、本来であれば正当な理由があってやっていることが、真っ黒な反競争的行為であるかのように仕立てられてしまいます。
 
そこで事情聴取の時には、
 
「これはこういう事情があってこうしたのだから、その事情の部分もちゃんと書いてください」
 
という(従業員の方に言ってもらう)のですが、たいていの場合、
 
「でも書いてあることは事実だろう」
 
「追加で言いたいことがあるなら別途書面で出せばいいではないか」
 
「なんでそんなことにこだわるんだ。結論には影響しないじゃないか」
 
などといって、応じてもらえません。
 
しかし、審査規則には「減変更」と、増加も記載しなければならないことが明記されているのですから、このような運用は明らかに審査規則違反です。
 
審査規則と同じ文言の前記刑訴法198条4項の解説でも、
 
「増減変更の申立てがあったときは、そのままを調書に記載する。」(『条解刑事訴訟法』p321)
 
と、これ以上ないくらいにクリアーに述べられています。
 
そしてこのことは、
 
 
の5頁にも、
「調書の記載に誤りがあれば,自ら供述した内容についての増減変更(調書の記載の追加,削除,訂正)の申立てをすることができます。
 
聴取を受けた方から申立てがあったときは,審査官等がその趣旨を十分に確認した上で,その申立ての内容を調書に記載し又は該当部分を修正し,署名押印をいただくこととしています」
と、はっきりと書いてあります。
 
ですので、公取委から調査を受けている事業者の方は、審査官のこのような口車に乗ることなく、正々堂々と、
 
「増加の申立ても調書に記載するよう審査規則にも書いてある」
 
といって、応じてもらえないときには断固として署名を拒否すべきです。
 
もちろん、調書に署名拒否しても、何も罰則はありません。
 
現に審査規則11条4項でも、
 
「第二項の場合において、供述人が署名押印を拒絶したときは、その旨を調書に記載するものとする。」
 
と書いてあるだけで、理由なく署名拒否しても罰則がないことは当然の前提になっています。
 
署名を拒否するのに理由も要りません。
 
調査に非協力的だとか非難されることもありえません。
 
(審査官が上司に怒られることはあるかもしれませんが。)
 
それより、一度不利な調書を取られると、審判(はもうなくなったので今は取消訴訟)で決定的に不利になります。
 
そのことをよく肝に銘じて、納得がいかない場合には、絶対にサインしてはいけません。

2018年9月19日 (水)

混合合併と垂直合併の区別

混合合併は、水平合併でも垂直合併でもないもの、といわれています。
 
そして垂直合併は、取引関係にある当事者間での合併である、といわれたりします。
 
でも私は、この整理では垂直合併が狭すぎて、そのぶん、混合合併が広すぎるのではないか、と感じています。
 
そうではなくて、
 
水平合併を、相互に競争関係にある商品役務を供給する当事者間の合併
 
と定義し、
 
垂直合併を、相互に補完関係にある商品役務を供給する当事者間の合併
 
と定義して、そのいずれにも当たらないものを混合合併と定義するのがよいのではないか、と考えています。
 
こう考えると、たとえば混合合併と整理されている平成29年度相談事例集事例4(ブロードコム、ブロケード)のFCSANスイッチとFCHBAに関する部分も、両商品は需要者からみて補完的な関係にあるので、垂直合併と整理できることになります。
 
なぜこのように考えるのが良いのかというと、混合合併で問題視される相互補完的な商品の抱き合わせは排他条件付き取引と構造が同じだからです。
 
たとえば、
 
メーカーA→販売店B→需要者C
 
という商流でAとBが合併しようとする場合、通常は垂直合併と整理されますが、見方を変えると、
 
メーカーAが商品αを供給し、
 
販売店Bが流通サービスβを供給している
 
と捉え直すことができます。
 
そして、
 
流通サービスβがなければ需要者Cは商品αの便益を享受することができず、
 
商品αがなければ需要者は流通サービスβをそもそも需要しない、
 
という関係にあることからすると、商品αと流通サービスβは相互補完的な関係にあるといえます。
 
そのうえで、
 
流通業者BがAの競争者Xと取引しないこと(いわゆる顧客閉鎖。通常は、排他条件付き取引と整理される)
 
は、Bによる流通サービスが需要者Cにとって重要である(市場支配力がある)ことを前提に、
 
AとBが結託して、流通サービスβ(主たる商品)と商品α(従たる商品)の抱き合わせをしているのだ(それによりAの競争者を排除)、
 
と整理することができます。
 
また、
 
メーカーAがBの競争者Yと取引しないこと(いわゆる投入物閉鎖。これも排他条件付き取引と整理される)
 
は、Aの商品αが需要者Cにとって重要である(市場支配力がある)ことを前提に、
 
AとBが結託して、商品α(主たる商品)と流通サービスベータ(従たる商品)の抱き合わせいているのだ(それによりBの競争者を排除)、
 
と整理できます。
 
このように考えると、たとえばブロードコム、ブロケードの相談事例p29で、
 
「ブロケードグループが製造販売するFCSANスイッチ及びブロードコムグループが製造販売するFCHBAは,
 
共通の需要者であるサーバーの製造販売業者らに販売されていることから,
 
本件は混合型企業結合に該当する。 」
 
という混合合併の説明は、両商品が共通の需要者に販売されるから混合合併だ、といっているように読めて、ちょっと舌足らずです。
 
問題の本質は共通の需要者に販売されているかどうかではないはずです。
 
そうではなくて、この両商品が補完的な関係にある(両方あってはじめて用をなす)ことが問題の本質でしょう。
 
私が混合合併の意味をこのように捉えなおすべきだという理論的な理由は、経済学的には、2つの財の関係は、競合的か、補完的か、の2つしかないからです。
 
つまり、
 
需要の交叉弾力性が正(一方を値上げすれば他方の需要が増える)のが競合商品で、
 
需要の弾力性が負(一方を値上げすれば他方の需要が減る)のが補完商品である、
 
ということです。
 
このような経済学的な整理に従って整理したほうが、前述の抱き合わせと排他条件付取引との同質性の議論をみてもわかるように、問題の本質がよくみえると思うのです。
 
垂直合併の通常の定義である、取引関係にある当事者間の合併、というのは、取引関係という法的な概念(取引当事者間に売買契約が存在すること)にしたがって整理しているわけですが、こういう法的な概念にしたがって整理する場合、往々にして、問題の本質を見失わせることにつながります。
 
では、交叉弾力性がゼロの商品を供給する2当事者間の合併を混合合併と定義するとして、混合合併が反競争的な場合というのはどのような場合でしょうか。
 
私はそのような場合はほとんどないのではないか、と考えています。
 
交叉弾力性がゼロの商品を供給する2当事者が合併するケースには、範囲の経済の追求などさまざまな理由があるでしょうが、基本的には、効率性を向上させるだけなのではないか(反競争的な他者排除のために混合合併が使われることはないのではないか)、ということです。
 
交叉弾力性がゼロの商品でも、たとえばセット割引ができるなど、合併により効率性が実現できる場合はあると思います。
 
そういう効率的な合併でも、新規参入者が単一の市場に参入するだけでは参入できなくなるので反競争的なのだ(市場の開放性が阻害されるのだ)という意見もあるかもしれませんが、そこは大きく議論の分かれるところだと思います。
 
少なくとも、補完的な商品の抱き合わせと、交叉弾力性ゼロの商品の抱き合わせとでは、反競争性発生のメカニズムが違うはずです。
 
(ただし、確かに抱き合わせの事件には、エレベーターと保守工事、OSとブラウザ、プリンタとトナー、など補完的なものも多いですが、人気ゲームソフトと不人気在庫ソフト、新潟札幌線と新潟ホノルル線、など、補完的とはいえないもものいくらでもあり、補完的であることは抱き合わせの違法性の要件ではないことだけは明らかです。)
 
なので、垂直合併と混合合併の線を引くなら、取引関係の有無ではなく、交叉弾力性が負かゼロか、で引くのがよい、と思うのです。
 
そうすることで初めて、混合合併独自の反競争性(あるいはそもそもそのようなものがあるのか)という点に光が当たるのではないかと思います。
 
ただ、世の中ではこんな区別をしているのは見たことがないので、ふつうに議論するときには、広く受け入れられた定義にしたがって議論するほうが、お互いに話が通じるので、よいのかもしれません。

2018年9月14日 (金)

相手方が1社の再販売価格拘束

メーカーが、代理店1社に対してだけ商品を扱わせ、その代理店の再販売価格を拘束することは、再販売価格拘束にあたるでしょうか。
 
再販売価格拘束が違法であることの根拠は、流通業者間の価格競争(ブランド内競争)が阻害されるからであるとされています。
 
流通取引慣行ガイドラインでも、
 
「再販売価格の拘束は,流通業者間の価格競争を減少・消滅させることになることから,通常,競争阻害効果が大きく,原則として公正な競争を阻害するおそれのある行為である。」(第1部第1-2(1))
 
とされており、流通業者間の価格競争がなくなることが問題なのだと明言されています。
 
そこから当然に浮かぶ疑問は、それでは流通業者を1社しか選任しない場合にはそもそも流通業者間の競争はありえないので違法とはいえないのではないか、ということです。
 
私は流通業者が1社だけの場合には、そもそも流通業者間の競争がないのだから再販売価格拘束をしても違法にはならないことが多いと考えています。
 
ぜったいに違法になることがないのかというと自信がないので「多い」といっていますが、逆に違法になるのはどのような場合なのかといわれると具体例が思い当たりませんし、少なくとも今まで相手方が1社の事例で違法だというアドバイスをしたことはありません。
 
ところが公正取引委員会の立場はちがうようです。
 
 
「メーカーが、自社商品を特定の小売業者1社とのみ取引している場合において、当該小売業者の再販売価格を拘束した場合」
 
は違法とならないのではないか、という質問に対して、
 
「再販売価格の拘束は、通常、競争阻害効果が大きいため、独占禁止法においては、メーカーが、流通業者に対し、「正当な理由」がないのに再販売価格の拘束を行うことは不公正な取引方法として違法となると規定されており、本指針の考え方に照らして、御指摘のような具体例が正当な理由があるとはいえないものと考えます。」
 
と回答されています。
 
でもこれは論理的におかしいのはあきらかで、ここで「競争阻害効果」を「流通業者間の価格競争の減少・消滅効果」と置き換えると、
 
「再販売価格の拘束は、通常、
 
流通業者間の価格競争の減少・消滅効果が大きいため、
 
独占禁止法においては、メーカーが、流通業者に対し、「正当な理由」がないのに再販売価格の拘束を行うことは不公正な取引方法として違法となると規定されており、
 
本指針の考え方に照らして、メーカーが、自社商品を特定の小売業者1社とのみ取引している場合が正当な理由があるとはいえないものと考えます。」
 
と回答していることになり、論理的に矛盾しています。
 
でも、相手方が1社だけだと再販が違法でないと明言している文献って、ほとんど見たことがありません。
 
少し近いことが、
 
山木康孝編著『Q&A 特許ライセンスと独占禁止法』
 
のp259に書いてあります。
 
そこでは、ライセンサーがライセンシーに対して特許商品の販売価格を制限することが違法となるかという説明において、
 
「非独占のライセンス契約であって、当該ライセンス地域内でライセンサーがライセンシーと並行して特許製品を製造、販売しているような場合には、
 
ライセンサーがライセンシーの最低販売価格を制限しておかないと、そもそもライセンスをするインセンティブが減殺される場合もあり得ると考えられる。」
 
と述べた後、
 
「このような場合に、独占禁止法上問題ないものとできるかどうかは、競争秩序に及ぼす影響をみて、個別具体的に検討しなければならない。
 
本制限が許容し得る場合として考えられるのは、上記のような一対一のライセンスであってライセンサー自身による同一地域内での実施を理由とする場合であり、かかる制限がなければライセンスをするインセンティブが減殺されるような場合に限られるものと思われる。」
 
と述べられています。
 
同書ではその少し前に、
 
「特に、マルティプル・ライセンス契約の場合において、複数のライセンシーに対して本制限が課される場合には、ライセンシー間の価格競争が減殺される効果が大きい。」
 
とも述べられており、ライセンシーの数が重要なんだよという立場がにじみ出ています。
 
公取委の方が書いた文献でここまで踏み込んで書いてくれるのって、ほんとうにありがたいです。
 
ここでの記述も、1対1なら問題なしと断言しているわけではありませんが、拘束される相手方の数が重要なのだ、という視点を提供しているだけでも貴重だと思います。
 
以前、ある公取委OBの方(ちゃんと信頼できる方です)が、相手方が1社の場合、ブランド内競争の制限が考えにくいので、再販が違法になることは考えにくい、ということをおっしゃっていて、やっぱりわかってる人はちゃんとわかっているんだなぁ、と思いました。
 
さて、相手方1社の場合にはぜったい違法にならないのかといわれると、世の中にはいろいろな競争があるので、わたしも違法にならないと断言するのは躊躇します。
 
やはり競争法の分析には、具体的な事実関係を聞くことが必要だからです。
 
でも、実際に相談を受けてみると、問題ないといえるようなケースばかりです。
 
拘束されるのが1社だけというのは、だいたい事業者向けの商品であることが多いです。
 
そして、そういう商品の場合、複数の代理店を起用することに合理性がないことが多いのです。
 
結果的に代理店が1社だけになっているということは、ビジネス上の理由があってそうなっていることが多いのであって、これは当然のことです。
 
つまり、そもそもブランド内競争が期待できないような場合が多いわけです。
 
メーカーが多数の販売店を起用する典型的な理由は、需要者が一様でない(差別化されている)場合です。
 
典型的には、需要者が地理的に全国に散らばっている場合です。
 
そのような場合には、メーカーが価格の支配権を放棄してでも多数の代理店を起用することが合理的です。
 
ところが相手方1社の場合を詳しく聞くと、そりゃ複数の代理店を起用するなんて意味ないよね、と思えるようなケースばかりなのです。
 
というわけで、いろいろな相談を受けた経験に基づいていうと、相手方が1社で再販が違法になる場合というのはちょっと考えにくいな、というのが素直な感覚です。
 
排除措置命令が出た事件はすべての消費者向けの商品なので、相手方(卸や小売店)が1社という事例は皆無です。
 
唯一、公取委の相談事例で、医薬品メーカーA社が、卸B社の薬局等への卸売価格に応じてA社からB社への仕切り価格を修正することが独禁法違反となるとした事例があります(平成12年度相談事例集事例4)。
 
こういう相談事例があるので、相手方が1社なら常に適法とも言いにくいのですが、私に言わせればこの相談事例は間違っていますし、そもそも拘束される卸が1社であることを明確に意識した相談事例ともいえないと思っています。
 
つまり、説明の便宜上「B社」と名付けただけで、実は卸一般に同じような仕切り価格の調整をしようとしていた事例なのではないか、という気がしています。
 
回答も、事後的に仕切り価格を調整したり販売手数料を支給したりという拘束の手段ばかりが分析対象になっており、「B社」が1社であるという観点からの分析(ブランド内競争の制限という観点からの分析)がまったくありません。
 
取引の実態としても、医療用医薬品メーカーは通常複数の卸を使うので、相談の事例も、卸1社という点に力点があったとは考えにくいです。
 
なのでこの相談事例は、拘束の手段という点では先例的価値はありますが、相手方が1社であるという点については先例的価値はないと思います。
 
なお、相手方が1社の場合には、委託販売の形にしてしまったり、メーカーとユーザーの直接取引にしてしまったりできることも少なくないのですが、なかなかそういうわけにもいかない場合も多いものです。 
 
なので、正面切って「相手方1社の場合には問題ない」といえる(上述のように、断定はできませんが)ことは、大事なことだと思います。

2018年9月13日 (木)

垂直的企業結合における競業他社の情報へのアクセスの問題点

垂直的企業結合では、競業他社への情報にアクセスできるようになることが問題だとされることがあります。
 
たとえば、
 
田辺・深町『企業結合ガイドライン』
 
では、ASMLホールディングNBとサイマー・インクの統合(平成24年度事例集・事例4)に言及しながら、
 
「・・・垂直型企業結合における競争者の秘密情報の入手により、当事会社の競争者が不利な立場に置かれ、市場の閉鎖性・排他性の問題が生じる可能性がある・・・」
 
とされています(194頁)。
 
でもわたしには、この「不利な立場」とか、「市場の閉鎖性・排他性」ということの(経済的)意味が、いまひとつよく理解できません。
 
競争者が不利な立場に置かれるM&Aの全部が悪いのだったら、効率性を向上させるM&Aが全部悪いことになってしまわないでしょうか?
 
「市場の閉鎖性・排他性」っていうのも、けっきょく、「市場が誰にでも平等に開かれているのが良い競争だ」ということを抽象的に言っているだけであり、競合情報へのアクセスがどのように市場の閉鎖性・排他性につながるのか、そのメカニズムがよくわかりませんでした。
 
垂直合併で競業他社の情報を入手するのは汚い、という感情論はわからないではないですが、でも、だからといってそれがなぜ反競争性につながるのかよくわかりませんし、なにより、競合他社は、そのような、ライバルをグループ内に有する合併当事会社とは取引しなくなるだけなんじゃないでしょうか?
 
そこで調べてみたら、 
 
Steven C. Salop & Daniel P. Cully, "Potential Competitive Effects of Vertical Mergers: A How-To Guide for Practitioners"
 
という論文に納得のいく説明がありました。
 
同論文p22では、垂直統合会社がライバルの情報にアクセスできると競合他社に先んじて競争的行動をとることができ、そのため、ライバルが競争的行動をとるインセンティブを失ってしまい、First-Mover advantageが失われる、と説明されています。
 
さらに、情報を悪用されるのを恐れるライバルが、より高価で品質の劣る他社から購入せざるを得なくなる(involuntary self-foreclosure)という問題点も指摘されています。
 
(ちなみに日本の公取も海外の当局も、垂直統合企業が競合情報にアクセスできることにより市場が協調的になるという点では一致しており、ここで問題にしているのは、そのような協調促進効果以外の反競争性メカニズムです。)
 
これくらいきちんと理詰めで反競争性のメカニズムを説明してもらってはじめて、どうして競合他社への情報にアクセスできるようになることが反競争的なのかが理解できるのだと思います。
 
たんに競合他社が不利になるというだけなら、垂直合併を産業スパイと同レベルで論じていることになり、説得力がありません。
 
(「市場の閉鎖性・排他性」というのは、involuntary self-foreclosureを意味しているのかもしれませんが、はっきりしません。)
 
そういう意味で、公取委の企業結合相談事例集の反競争性メカニズムの説明は甘いといわざるをえません。
 
あまり外国の文献ばかり褒めたくはありませんが、さすがアメリカは議論の厚みがちがうといわざるをえませんし、さすがサロップ教授だなぁ、と思います。
 
役所の文書というのは一度こう書くというプラクティスが固まるとなかなか変えがたいものがあるようですが(平成29年度事例集の事例2(日立金属と三徳)と事例4(ブロードコムとブロケード)にも同様の記載があります)、ぜひ、今後はプロの目からみてもなるほどと思わせるような、説得力のあるものに改善されていくことを希望します。

2018年9月12日 (水)

私が独禁法のアドバイスで心がけていること

実務では、公取の見解はどうなんだ、ということがいつも問題になります。
 
一弁護士の個人的な意見はあまり重要視されません。
 
でもむずかしいのは、独禁法では公取の建前と本音が大きく異なることが多いことです。
 
しかも公取の建前(ガイドラインなど明確に書いたものに現れている考え方)にしたがうと、とても厳しい内容になり、極論すればほとんど何をやってもだめ、ということになりかねません。
 
そこで私は依頼者の方にアドバイスするときに、
 
①ほんとうに公取に摘発されるリスクがあるレベル
 
②公取が本気で違法と考えているレベル
 
③公取が建前では違法といっているけれど、本音では違法とは考えていないレベル
 
④公取に聞くと違法と言われるけれど、聞かずにやれば違法と言われることはないレベル(聞くとやぶ蛇になるレベル)
 
くらいにわけて説明しています。
 
そして、公取が本気で違法と考えている行為の中にも、理論的には違法とはいえない行為というのがあります。
 
そういうときには、個人的な見解と断ったうえで(前提として私は理論に基づいてアドバイスしています)、公取はこれを違法というかもしれないが理論的には違法とはいえない、とアドバイスします。
 
そして、建前で違法といっているレベル(③)と、本気で違法と考えているレベル(②)とを区別するには、理論の裏付けが不可欠です(とくに経済理論)。
 
独禁法をあまり理解していない弁護士さんの中には、公取が建前で違法といっているだけのものをすべて違法とアドバイスする人もいるでしょうが、それでは、しかるべき専門家からアドバイスを受けてきちんと競争法の分析をした競業他社に競争で負けてしまいます。
 
なので私は、「公取委の先例はこうだ」というだけでは、独禁法のアドバイスとしては不十分だと考えています。
 
まず、似たような先例があるというだけでは、それが目の前の問題にも適用されるのかが明らかではありません。
 
ひどいのになると、外形上似ている先例を持ってきて、競争の実態はぜんぜんちがうのに、「先例はこうです」というアドバイスも見かけます。
 
独禁法のやっかいなのは、外形上似ていても、目の前の事案で同様に考えて良いかどうかは理論(特に経済理論)がわかっていないと、正確に判断できないことです。
 
なので、たんに似た先例があるというだけでは不十分です。
 
しかも、その先例が目の前の案件と似ているといっていいのかどうかを見分けるのが、非専門家には非常に困難です。
 
それでも私は、できるだけ理論に基づいて、先例と相談を受けた実際の事例との類似点と相違点をきちんと説明するようにしています。
 
中には、公取委がどう考えるかだけに関心のある方も少数ながらいらっしゃいますが、そういう方は公取委に直接尋ねられたらよいと思います(無料ですし)。
 
ただしそのときには、やぶ蛇になるレベル(④)というのがかなり多くある、ということは覚悟しておくべきでしょう。
 
それでかまわないというのも一つの方針ですから、とやかくいうこともないのでしょうけれど、独禁法専門弁護士としては、現実的なリスクについてていねいに説明することが大事なんだろうと考えています。

2018年9月 7日 (金)

最高再販売価格拘束の見極め方

公取委の公式見解(建前)は、最低であろうと最高であろうと、再販売価格拘束は原則違法だ、ということなんだろうと思われます。
 
その根拠として、たとえば、平成27年流通取引慣行ガイドライン改正パブコメ回答の111番で、
 
「メーカーが、流通業者に対し、再販売価格の上限を拘束するが、流通業者間で活発な価格競争が行われる場合」
 
について違法でないと考えていいのかという質問に対して、
 
「再販売価格の拘束は、通常、競争阻害効果が大きいため、独占禁止法においては、メーカーが、流通業者に対し、「正当な理由」がないのに再販売価格の拘束を行うことは不公正な取引方法として違法となると規定されており、本指針の考え方に照らして、御指摘のような具体例が正当な理由があるとはいえないものと考えます。」
 
と回答されています。
 
(別に隠すこともないので白状すると、この設問は、当時所属した大江橋法律事務所の同僚と一緒に私が出した質問です。)
 
事案によるので一概には言えません、くらいのゆるい回答かなぁと思いながら質問したのですが、今読み直しても、これ以上ないくらい、断定的に違法といっています。
 
公取が本音でそう思っているのか、ほんとうに経済学の二重限界化の議論も知らないのか、あるいはパブコメ回答はガイドラインの担当部署かぎりで出しているのか、真相はわかりませんが、一ついえるのは、最高再販売価格拘束が違法とされる可能性は実務的にはきわめて低いということです。
 
今まで実例もありません。
 
でも、最高価格の拘束が、事実上最低価格の拘束として機能する場合には、最高の拘束も最低の拘束として違法になるんだ、ということがよくいわれます。
 
そこで、最低価格の拘束なのか、最高価格の拘束なのかを区別する基準が必要になります。
 
ここで最もやってはいけない間違いは、「小売店の価格が同額になっているので事実上の最低価格の拘束だ」、という認定です。
 
最高価格の拘束でも、結果的に当該拘束価格に収れんすることはありえます。
 
反対に、最低価格の拘束でも、拘束を守らず拘束価格以下で販売する小売店もあるでしょう。
 
したがって、結果的に同一価格になっているからというのは、事実上の最低価格として機能していることの証拠にはなりません。
 
そこで両者の区別は、次のような手順で行うべきでしょう。
 
まず、拘束価格よりも低い価格で販売している小売店が相当数(イメージとしては、全体の2~3割くらい)いるなら、最低価格の拘束ではない、といっていいでしょう。
 
その2~3割に対してメーカーがなにも文句を言っていないなら、なおよし、です。(最高価格の拘束なので、もちろん、文句を言うはずはないでしょう。)
 
では、拘束価格以下で販売している小売店がほとんどいない場合、どうすればいいでしょう。
 
その場合は、拘束を守っている小売店の利益最大化価格を、聞き取りをするなり、経済分析をするなりして、推定し、その利益最大化価格が拘束価格を上回っているなら、最高裁販売価格拘束である、と考えてよいでしょう。
 
つまり、小売店はほんとはもっと上げたいんだけど上げられない、という状況です。
 
これに対して最低再販売価格拘束の場合は、小売店の(他の小売店が再販を守らない前提での)利益最大化価格は、拘束価格を下回るはずです。
 
結局、最高と最低の区別は、これしかないと思います。
 
もちろん、契約書に最高価格だと明記すればずいぶんとリスクは下げられますが、「事実上の最高額として機能している」というだけの理由で違法とされるおそれがあることからすると、契約書の文言だけではちょっと心配です。
 
ただ、利益最大化価格とかいうと小難しく聞こえますが、小売店がもっと高く売りたいのかどうかというのは、事情を聴けばだいたい判断できます。
 
しかしそれでも、利益最大化という経済学の考え方についてのリテラシーのない人が、結果的に価格が一致していたら最低(あるいは特定価格の)再販売価格拘束なんだ、とかむちゃくちゃなことをいいかねないので、利益最大化価格という考え方が大事なんだよ、といいたいのです。
 
最高再販売価格拘束がなぜ問題ないのかは、「もし最高再販売価格拘束がなかったらどうなるか」を考えてみればわかります。
 
小売店の利益最大化価格が当該拘束価格を上回っていれば、当該拘束がなければ価格は上昇するので、消費者に悪影響がおよびます。
 
これに対して、小売店の利益最大化価格が当該拘束価格を下回っているのであれば、拘束があろうがなかろうが小売店は当該利益最大化価格を設定するので、拘束による影響はありません(いわば空振り)。
 
よって、最高裁販売価格拘束は、消費者にメリットがあるか、あるいは何も影響がないか、のいずれかなわけです。
 
したがって、最高再販売価格拘束は独禁法上問題ない、ということになります。

2018年9月 6日 (木)

第一興商事件について

通信カラオケ大手の第一興商が、子会社のクラウンと徳間に、通信カラオケ競合のエクシングへの楽曲使用許諾更新を拒絶させたことが取引妨害だとされた事件があります(第一興商事件・平成21年2月16日審判審決)。
 
この事件には白石先生や泉水先生はじめ有力な批判も多く、わたしもおかしい点が多々あると思うのですが、最近なぜか公取委が私的独占の摘発を活発化させていることもふまえ、この事件について考えるところを記しておきます。
 
(なおこの事件は当事務所の神垣弁護士が当時の公取委委員の一人であり、多田弁護士が第一興商の代理人なのですが、わたしの意見はそれとは関係のないまったく個人的なものです。)
 
この事件のおかしなところの一つめは、第一興商が更新拒絶させた管理楽曲(レコード会社が著作権法施行前から独占的に管理する楽曲)が「ナイト市場」においてあたかも不可欠施設であるかのような認定をしているところです。
 
数千曲はあるであろう通信カラオケのなかでわずか数十曲の管理楽曲が不可欠施設だなんていうのは、あまりにハードルが低すぎます。
 
私的独占ならとうていこんな認定は許されないでしょう。
 
本件は取引妨害なので私的独占ほどの競争への影響は不要だとはいえ、それでも、かなり怪しいものです。
 
それから、更新拒絶が不当だとされた理由として、拒絶の理由がエクシングとその親会社のブラザー工業から特許侵害訴訟を起こされたことの意趣返しであることがあげられていますが、そんなことは競争とは何の関係もないことです。
 
むかし大学時代に取っていた会社法の授業で、
 
「中小同族企業の内紛なんて、専務が社長の愛人に手を出したとか、そんなレベルの話だったりするので、裁判所はそういう背景も踏まえて合理的に事案を解決している可能性があり、まじめに同族会社の判決だけをとらえて大企業での会社法の解釈論を論じることには注意が必要」
 
という話を聞いたことがあります。
 
判決に書かれない理由というやつですが、公取委の審決では、こういう「愛人に手を出した」レベルのことが堂々と審決に書かれてしまうところが、解釈論としての幼稚さを感じさせます。
 
特許紛争はまだビジネス紛争っぽいですが、もし、エクシングの社長が第一興商の社長の愛人に手を出した意趣返しとして第一興商が管理楽曲の利用拒絶をした、というのだったら、公取委はどう判断したのでしょう?
 
(論文には書けないような、あんまり上品な例でない例で恐縮です。ブログなのでご容赦ください
 
公取委はそれでも、「競争方法として不当だ」といったのでしょうか?(たぶん、いったのでしょうね。)
 
こういう想像力を働かせると、特許紛争の意趣返しというのが競争とは関係ない話だということがよくわかります。
 
ひょっとしたら、特許侵害訴訟を起こさせない威嚇効果がある、という点に、愛人に手を出したケースとちがい競争への影響が認められるのかもしれませんが、もしそうならそうと、本件特許侵害訴訟がどのようなものであったのか、それに対する意趣返しをすることがどのように競争に影響があるのか、といったことを、きちんと認定しなければならないはずです。
 
たんに「意趣返し」というだけなら、特許紛争も愛人問題も区別できません。
 
それから、本件では第一興商が子会社とはいえ別法人のクラウンと徳間に拒絶をさせた(間接の取引拒絶)点に、単独の直接取引拒絶とはちがった問題を見いだそうとする見解があるかもしれませんが、子会社は競争上は親会社と一体とみるべきですから、そのような解釈は誤りです。 
 
なので、本件は純粋に単独の取引拒絶の事件とあつかうべきです。
 
そして単独の取引拒絶を違法とすることは、違反者の取引先選択の自由との深刻な対立が生じるため、慎重の上にも慎重でなければならないはずです。
 
それが、取引拒絶から取引妨害に看板をすげ替えただけで違法になってしまうというのでは、まさに「取引妨害は何でもあり」「困ったときの取引妨害」です。
 
では、本件で公取委が実質的には単独の取引拒絶の事件を簡単に違法とすることに躊躇がなかった理由として何が考えられるかというと、第一興商が更新拒絶の直前にクラウンと徳間を子会社化している、という背景が影響しているのではないかとわたしはにらんでいます。
 
時系列を記すと、
 
平成7年12月1日~平成12年11月30日  徳間使用許諾
 
平成9年12月21日~平成12年12月20日  クラウン使用許諾
 
平成13年1月  第一興商、クラウンの筆頭株主
 
2月  クラウン、更新拒絶伝達(ただしその後使用を認めた)
 
10月  第一興商、徳間の全株式取得
 
11月  第一興商、クラウンの過半数株式取得
 
11月6日  徳間、エクシングに使用料不払いの釈明を求める
 
12月6日  徳間、更新拒絶通知
 
12月18日 クラウン、更新拒絶通知
 
という流れです。
 
これをみると、子会社化した直後に更新拒絶していることがわかります。
 
知財ガイドラインでは、
 
「ウ 一定の技術市場又は製品市場において事業活動を行う事業者が、競争者(潜在競争者を含む。)が利用する可能性のある技術に関する権利を網羅的に集積し、自身では利用せず、これらの競争者に対してライセンスを拒絶することにより、当該技術を使わせないようにする行為は、他の事業者の事業活動を排除する行為に該当する場合がある。(買い集め行為)」
 
とされていますが、これに近いといえるわけです。
 
それからもう一つ、管理楽曲を創作したのはクラウンでも徳間でもなく、まして第一興商でもなく、作曲家や作詞家である、という事情も影響しているかもしれません。
 
もし本件のような判断が、純粋に内部で開発した技術の取引拒絶にまで及ぶとしたら、取引先選択の自由や、投資インセンティブに与える悪影響は計り知れません。
 
公取委も、もし第一興商が純粋に内部で創作した(=他から買ってきたわけでも、他から管理の委託を受けたわけでもない)知的財産が問題になっていたのなら、このようにあっさりと独禁法違反とはいわなかったのではないか、と思います。 
 
というわけで、第一興商事件の適用範囲はかなり限定して読むべきだと思います。
 
それからそもそも論ですが、この事件は違反審査の事件ではなく、そのまえの子会社化の企業結合の事件として処理すべきだったのではないでしょうか。
 
本件が企業結合の問題でもあることは、
 
泉水文雄「通信カラオケ事業者による競争者に対する取引妨害」(NBL925号62頁)
 
でも、
 
「・・・垂直型企業結合の市場閉鎖効果および下流市場で不可欠な投入物の取得による自由競争減殺が起こっているとも考えられる。」(67頁)
 
と指摘されています。
 
2社の株式取得が届出の対象だったかどうかはわかりませんが、ウィキペディア情報によると、徳間ジャパンコミュニケーションズの純利益は2010年2月期で8億7000万円あまりなので、売上はおそらく50億は超えていたでしょう。
 
そうすると、今の法律なら事前届出の対象です。
 
平成21年独禁法改正前は株式取得は事後報告で、発行会社が総資産10億円超のときに届出必要でした。
 
同じくウィキペディア情報では徳間の2010(平成22)年2月28日時点での総資産は23億円なので、子会社化の平成13年当時もおそらく報告対象だったのではないか、と思います。
 
とすると、公取委は報告時には問題にしていなかったわけで、企業結合では問題にしなかったのを違反事件で問題にするというのは、なんとも釈然としないものを感じます。
 
レコード会社を通信カラオケ会社が買収すれば管理楽曲の競合他社へのライセンス拒絶(投入物閉鎖)が起きそうなことくらいわかりそうなものですが、それくらい、当時の企業結合審査はザルだったということでしょう。
 
まあ、第一興商が正直に問題点を公取に事前相談すれば公取もうんとはいわなかったでしょうから、どっちもどっちですし、企業結合審査に通ったからといって、その企業結合審査で潜在的に問題視される論点についてすべて公取がOKしたことになるか、というとそういうわけでもありません。
 
(なのでそういう懸念があるときは、わたしは明示的に公取委に伝えますし、企業結合届出書にも「結合後はこういうことをやります」とはっきり書きます。) 
 
ともあれ言いたいのは、本件は、他から権利を買ってきて取引拒絶した事例であるのがポイントで、自社開発した技術や権利まで同等に考えてはいけない、ということです。
 
あと本件では、そもそもレコード会社が通信カラオケでの利用を許諾する権利があるのか(権利があるのはレコード等へのコピーだけであり、通信カラオケでの配信は対象外ではないか)、も問題となっており、審決は、市場関係者がレコード会社の許諾を必要と認識していたならその認識を前提にすればいいとして、それ以上この問題には立ち入っていません。
 
でももし仮にレコード会社に権利がないとしても、権利がないのにあるかのように取引関係者に告知してまわること自体が(あるいは、権利があって告知して回るのよりもいっそう)取引妨害である、といえると思います。
 
少し前のワンブルーの事件で、FRAND宣言した標準必須特許では差止めはできないと最高裁判例がいっているのに差止できるかのように告知したのが虚偽の告知の事実で取引妨害になる、とされたのと同じ理屈ですね。
 
前記泉水先生の論文で、本件での告知は誹謗中傷に近いといわれているのも、同じ趣旨でしょう。

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