企業結合における市場支配力の意味
企業結合の案件でお客さんに独禁法の説明をするときに、
「企業結合で市場支配力が生じて価格が引き上げられるときに独禁法上問題になるのですよ」
ということを簡単に説明することが多いです。
ただ、「市場支配力」という、経済学や独禁法をやらない人にはよくわからないはず(だけど、なんとなくわかったような気にさせる)用語を使ってしまうところに、自分でもごまかしがあるような気がしています。
そこで、わたしが「市場支配力」という言葉を使って説明しているときに、実は頭の中ではどのようなことをイメージしながら説明しているのかを、少し説明してみたいと思います。
まず、わたしが「市場支配力」という言葉を使う場合、オーソドックスな経済学での「市場支配力」をイメージしています。
それは何かと一言でいえば、市場支配力のある供給者の直面する需要曲線は右下がりである、ということです。
つまり、供給量を減らす(横軸に沿って左に移動する)ことで価格を引き上げることができる力が市場支配力です。
さらに付け加えれば、市場支配力の意味はこれ(右下がりの需要曲線)しかありえないのであって、そのほかの力、たとえば、相手方に思うがままの契約条件をのませることができる力とかではけっしてない、ということも大事だと思います。
このことだけでも経済学をまったくしらないと理解しにくいところなのですが、さらに付け加えると、このような市場支配力があるかどうかは供給者(企業結合なら合併後の合併当事者)に価格を引き上げるつもりがあるかどうかとは、まったく関係がありません。
当事者に価格を引き上げるつもりがなくても、引き上げることが利益の最大化になるのであれば引き上げるだろう、というのが経済学の基本的な発想です。
つまり、プレイヤーはあくまであたえられた需要(関数)に消極的に対応するだけの存在にすぎない、と考えられているのです。
この、「消極的に対応するだけの存在であること」というのは、法律だけをやっていると、ちょっとピンとこないかもしれませんが、市場支配力の意味を誤解しないために重要な点だと思います。
(ビジネスをやっている方からすると、価格設定というのは事業運営のキモであり、消極的に対応しているだけなんていうのはとんでもないことかもしれませんが、経済学的な発想としてはこういうことになります。)
したがって、たとえば企業結合の問題解消措置として合併当事者が、「合併後も価格は引き上げません」と約束しても、基本的には何の意味もありません。
以前、JALとJASの合併の時に運賃を引き上げないことを当事者が約束したのを公取委が受け入れて合併が認められたことがありましたが、このような約束はほんらい無意味です。
(実際、当事者は原油価格の高騰を理由に、間もなく運賃を上げました。)
これについては、以前わたしがモデレーターをつとめた国際会議にパネリストとして出席していただいた公取委の企業結合課のF氏(とても信頼できる方です)が、
「値上げしない約束については、当事者が言ったので発表文に載っているだけで、合併の是非の考慮要素にはしていない」
と断言されていて、非常に納得しました。
とくに関東周辺の経済法の研究者の方々の中には、正田先生の影響なのか、独禁法の本質は力の行使だと考えている方々がかなりいらっしゃるように感じますが(これに対して関西では京大の川濱先生をはじめ経済学的な発想が強い方が多いように思います)、そういう「力」と、私がイメージする(経済学的な)「市場支配力」は、相当意味が異なります。
どちらが正しいかは立場の違いですからどちらでもいいのかもしれませんが、少なくとも実務でぶれない判断をするためには、市場支配力(一定の取引分野における競争を実質的に制限できる地位)は、経済学的に理解しておいたほうがよいと考えています。
このように、独禁法をすっきり理解するためには、どうしても経済学が必要なんですね。
依頼者との会議で需要曲線のグラフを書きながら説明したらふつうはドン引きされるので(笑)、まずそのような説明はすることがありませんが、私の頭の中では需要関数(と、多くの場合費用関数)が引かれています。
それをいかに経済学の用語を使わずに、しかも、正確性を失わないように、かつ、その事案に照らして納得感が高い説明をするかに、いつも気を砕いています。
「たくさん独禁法の文献を読んだけどどうもすっきりしない」「かなり独禁法を理解したつもりだけれど専門家と議論すると勝つ自信がない」という弁護士の方で、さらに上を目指したい方は、ちょっと法律はお休みにして、経済学を学んでみることをおすすめします。
独学だと基本的な(=抽象的な)概念をなかなか理解できなかったり、思わぬところで誤解することもあるのですが(昨年末の公正取引協会での小田切先生のゼミではそのことを何度も痛感させられました)、それでも、独禁法実務に役立つ程度の比較的ゆるい厳密さを身につけるためには、独学でも十分役に立つと思っています。
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